2004年11月28日

トム・ジョビンの新発掘ライヴ

アントニオ・カルロス・ジョビンの新しいCDが発売されました。

タイトルは「Antonio Carlos Jobim em Minas ao vivo piano e voz」。1981年3月15日、ベロオリゾンチ・パラーシオ・ダス・アルチス劇場でのライヴを収録したものです。

今日タワーレコードで見つけて買ってきて、さっきから聴いていましたが、恥ずかしながら、聴いているうちに涙が止まらなくなってしまいました。全編これトムによるピアノの弾き語りです。トム・ジョビンの音楽をこれほどピュアな形で伝えてくれるCDは、もしかしたらこれが初めてかもしれません。こういうアルバムが没後十年の命日の直前に発売されたというのは、トムに対する最高の供養になるのではないかと思います。

ヴィニシウスを失った直後のライヴでもあり、トム=ヴィン作品が全体の4割を占めています。ヴィニシウスを亡くしたトムの深い哀しみがダイレクトに伝わってくる、とても個人的な感じの録音です。そういう意味では「ヴィニシウスを歌う」の原型のようなアルバムです。

それと同時に、ジョアン・ジルベルトの「イン・トーキョー」と対を成す録音のように思いながら聴きました。一般的に「ボサノヴァ」と呼ばれている音楽の原点が、この二枚のアルバムにしっかりと記録されていると思います。

ああ、これは僕にとってはちょっとショッキングなくらいに大変なアルバムです。もうちょっと早く発売されていたら、僕の次の本に感想を書いたんだけどなあと思ってしまいます。

一応、曲目を紹介しておきます。

「ヂサフィナード」/「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ」/「あなたのせいで」(◎◎)/「太陽の道」(ピアノのみ)/「もし皆があなたと同じだったら」(◎◎◎)/「おいしい水」/「エウ・ナォン・エジスト・セン・ヴォセ」(◎◎)/「あなたを愛してしまう」/「モヂーニャ」/「シェガ・ヂ・サウダーヂ」(◎◎◎◎)/「ヂンヂ」/「エウ・プレシーゾ・ヂ・ヴォセ」(◎)/「白と黒のポートレイト」(◎◎◎)/「コルコヴァード」/「リジア」(◎)/「愛の語らい」(◎)/「三月の水」(◎)/「イパネマの娘」

トム、こんなにすばらしい録音を残してくれて、本当にありがとう。

僕はこのアルバムを、一生大事に聴いていこうと思います。


2004年11月27日

ピエール・バルーと続木力

今夜も吉祥寺バウスシアターのピエール・バルー・フィルム・フェスティヴァル「サラヴァの夕べ」に行ってきました。映画は「アコーディオン」。ライヴに続木力さんが出演。

僕はずっと前からの続木ブラザーズのファンで、特に徹さん(ピアノ)には何かとお世話になってしまっているのですが…。それはそうと、力さんのハーモニカはいつ聴いても絶品です。トゥーツ・シールマンもリー・オスカーも目じゃありません。本当です。一度聴いてみて欲しいものです。

今夜も非常に良いライヴでした。ここのところ贅沢な夜が続いています。
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2004年11月26日

山本のりこさん「ジョビンを歌う」

今夜は高田馬場コルコヴァードで山本のりこさんの「Jobimを歌う」ライヴでした。

彼女の歌と演奏はなぜだかとても印象的です。自然体でありながら個性的で、すっとしているのに確固としている感じがします。特に今夜は、ジョビン作品を演奏するという明確なテーマを掲げていたことが、彼女の良さをさらに引き出している感じがしました。それと、ピアノの須藤かよさんとの絶妙の連携。なかなか素敵なライヴでした。

演奏曲目

第一部
ソロ:エウ・セイ・キ・ヴォウ・テ・アマール/インセンサテス/須藤かよさん(ピアノ)入る:メヂタサォン/ルイーザ/サビアー/アグア・ヂ・ベベール/コヘンテーザ

第二部
ソロ:ア・フェリシダーヂ/リジア/須藤かよさん入る:パト・プレート/シャンソン/エストラーダ・ド・ソウ/Hiroquinho(今夜はソプラノ・サックス)入る:オトラ・ヴェス/ソ・ダンソ・サンバ/アンコール:アイ・ラヴ・ユー(コール・ポーター)

2004年11月24日

ピエール・バルーとかぼちゃ商会

 今週は吉祥寺バウスシアターでピエール・バルー・フィルム・フェスティヴァル「サラヴァの夕べ」で、今夜はネオチンドン「かぼちゃ商会」のドキュメント「サ・ヴァ、サ・ヴィアン(bis…)」の上映と彼らのライヴだったので行ってきました。バウスシアターは歩いて15分くらいなのです。

 このブログとはちょっと趣旨が違うのであまり詳しくは書きませんが、上映後ピエール・バルーが熱心に説明してくれたのが、「かぼちゃ商会は自分たちの音楽をしっかりと持っているから他の音楽と交流できるんだ。それが本当の文化交流なんだ」ということでした。

 ちなみにかぼちゃ商会の「ちんどん」担当・長岡純子は、僕の昼間の仕事を時たま手伝ってくれるおきゃんな良い子です。それで僕もこのバンドをかれこれ10年以上聴いているのですが、まさか彼女がバーデンの息子たちと共演することになろうとは。

 人生って面白いです。
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2004年11月13日

5 パラ・ナォン・ソフレルPara nao sofrer

パラ・ナォン・ソフレルPara não sofrer

 トムの単独作品。僕が調べた範囲では三つのヴァージョンが残されている。

(一)一九六二年四月に発売されたセリア・ヘイズの録音がおそらくオリジナル。でも僕はこの歌唱を聴いたことがない。

(二)ネリー・マルチンスが一九六二年五月に録音した同年発売のヴァージョン(RCAヴィクター 80.2465B)は、『ハーロス・コンパッソスRaros compassos』の三枚目で聴くことができる。曲想はユニークなのだが、このネリー・マルチンスという歌手がごくごく当たり前に歌ってしまっているのが惜しい。編曲はオルガンをフューチャーしている。

(三)フルートのジョルジーニョの一九六三年の録音(RCAヴィクター LP-CALB-5067)でもオルガンがフューチャーされている。これまた『ハーロス・コンパッソス』の二枚目で試聴可能。

2004年11月12日

4 フラーゼ・ペルヂーダFrase perdida

フラーゼ・ペルヂーダFrase perdida

 マリーノ・ピントとの共作。これもおそらく録音されたことは一回しかなくて、そのエルナーニ・フィーリョの七十八回転盤(オデオン14226A)のヴァージョンが『ハーロス・コンパッソスRaros compassos』に収められている。一九五七年四月録音、同年七月発売。

 典型的なサンバ・カンサォンで、ちょっと大げさなくらいにドラマティックな曲想の作品なのだが、これはこれで悪くないと思う。現代ふうにアレンジしたらとても魅力的な曲として生まれ変わるのではないだろうか?

2004年11月11日

3 ドミンゴ・シンコパードDomingo sincopado

ドミンゴ・シンコパードDomingo sincopado

 一九五六年作のインストゥルメンタル曲。共作はルイス・ボンファ。これまでに二つのヴァージョンの録音が残されている。

 一つは一九五六年のルイス・ボンファとエドゥアルド・リンコンのLP『夜と昼Noite e dia』(コンチネンタル LPP3018)における演奏で、これはウェブサイト「クルービ・ド・トム」で聴くことができる。エドゥアルド・リンコンの完璧なモダン・ジャズ・スタイルのピアノもさることながら、ルイス・ボンファのエレクトリック・ギターのソロにも驚かされる。

 もう一つの一九五六年七月発売のハーモニカのエドゥの演奏(コンチネンタル 17291B)は、これまた『ハーロス・コンパッソスRaros compassos』に収録されている。なかなかに軽快で愉快な演奏。ジャンルは「サンバ」と記載されているのだが、もっと言うとこれは「サンバ・シンコパード」なのではないだろうか?

 ちなみに「シンコパード」という言葉には音楽用語としての「シンコペートした」「切分音を置いた」という意味のほかにも「言葉の中音を省いた」「中約した」という意味が含まれている。「ドミンゴ・シンコパード」というタイトルを日本語に訳すとしたら「シンコペートした日曜日」になるわけだけど、「真ん中をカットした日曜日」「途中省略した日曜日」といった意味も匂わせていて、なかなかに洒落ているなあと思う。

2004年11月10日

「ジョアン・ジルベルト」で読むジョアン・ジルベルト@第一章「アンビエンチ」

 ズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」(2001年/プブリフォーリャ社「フォーリャ・エクスプリーカ」シリーズ)を読み始めている。

 第一章は「環境(アンビエンチ)」。

 冒頭で、音楽という見地からは、一九五〇年代から六〇年代のブラジルの若者は「特権階級だった」という記述がある。それは、ジョニー・アルフ、トム・ジョビン、ヴィニシウス・ヂ・モライス、ニュウトン・メンドンサ、カルロス・リラ、ホベルト・メネスカルとホナルド・ボスコリ、セルジオ・ヒカルド、ジョアン・ドナート、バーデン・パウエル、ジェラルド・ヴァンドレ、エドゥ・ロボ、シコ・ブアルキ、ジルベルト・ジル、カエターノ・ヴェローゾ、ジョルジ・ベン、マルコス・ヴァーリ、ミルトン・ナシメント、フランシス・イーミなどの作品を聴きながら育つことができたからだ。

 同感である。特に、ボサノヴァが誕生する一九五八年前後をリオで過ごすことができた当時の若者には、嫉妬という言葉ではとても言い表わせない強烈な嫉妬を僕は感じる。自分たちの周辺で生まれ育った若者たちが新しい音楽様式を創り出し、その中から新しい才能が登場して、それが一つのムーヴメントとして発展し、リオを征服し、ブラジルを征服し、やがては世界を征服していくその過程は、はたで眺めていたらどんなにすごいことだっただろうという想像を禁じ得ない。

 この第一章は、ジョアン・ジルベルトが登場するまでのブラジル音楽の流れを紹介することにページの大半を割いていて、それはこの国でも今まで繰り返し語られてきたことなので、わざわざここで紹介するまでもないと思う。

 ただ、この章の最後に、「そうだそうだ」と膝を打ってしまった指摘がある。

 それは、「ボサノヴァ第〇号」などという表現をされることもあるエリゼッチ・カルドーゾの『カンサォン・ド・アモール・ヂマイスCanção do amor demais』における「想いあふれてChega de saudade」と、正真正銘の「ボサノヴァ第一号」であるジョアン・ジルベルトの『想いあふれてChega de saudade』における「想いあふれて」の違いである。

 エリゼッチ・カルドーゾのそのLPにはジョアン・ジルベルトが二曲(「想いあふれて」と「もう一度Outra vez」)にヴィオラォンで参加していて、のちにボサノヴァと呼ばれることになったその独特のバチーダを披露している。だから実質的にはエリゼッチのこのレコードがボサノヴァの最初のレコードである。だいたい今のところはこちらの方が定説になっているように思う。

 だがこの「ジョアン・ジルベルト」でズーザ・オーメン・ヂ・メーロは次のように述べている。

「大方の見方では、モダニズムの信奉者だった若者たちを呆気に取られさせたのはジョアン・ジルベルトのヴォーカルだった。それは「想いあふれて」のエリゼッチの録音とジョアンの録音の間の大きな違いだった。ヴィオラォンは同じ(ジョアン・ジルベルト)だったのだから。だが、ヴィオラォンの演奏の精妙さは、ジョアン・ジルベルトの録音でより明らかになっていた。それはサンバのシンコペーションの新しい方法だった」

 賛成である。エリゼッチの録音におけるジョアンのヴィオラォンのバチーダと、自身のファースト・アルバムにおけるジョアンのバチーダは、微妙に、しかし決定的に異なっているように思う。

 リズムそのものは同じである。だが、エリゼッチの録音ではまだ突っ込みが浅いように思う。メリハリが弱いように思う。思い切りが足りないように思う。ジョアンが生み出そうとしていたバチーダは、自身の録音でより明確になっている。新しさが際立っている。自信がみなぎっている。やはり「世界を変えた」のはこちらの録音なのだなあと確信する。

*次の章は、「リズム(ヒットゥモ)」です。

2004年11月08日

2 夢を見なくてもいいNao devo sonhar

夢を見なくてもいいNão devo sonhar

 一九五六年にアンジェラ・マリアが『アンジェラ・マリア・アプレゼンタÂngela Maria apresenta』(コパカバーナ CLP3035A)という八曲収録のレコードに録音している曲。これも録音はあとにも先にもこの一回だけだったようである。そして曲の作者としては、トム・ジョビンともう一人、共作者として妹のエレーナ・ジョビンの名前が登録されている。

 この曲もまた『ハーロス・コンパッソスRaros compassos』で聴くことができる。面白いのは、ジャンルの記載が「ボレロ」になっていること。一聴すると、なるほど、一九五〇年代のキューバのボレロだと言われても……例えばベニー・モレーの作品だと言われても……そのまま信じてしまいそうな曲である。そういう意味ではブラジルもラテン・アメリカの一国なのだという当たり前のことを改めて感じさせられる。トムはブラジル人であると同時にラテン・アメリカ人であったのだ。

 不思議なのは、エレーナ・ジョビンの著書「Antonio Carlos Jobim Um Homem Iluminado」(邦題「アントニオ・カルロス・ジョビン……ボサノヴァを創った男」)の原書の巻末に掲載されているディスコグラフィにこの曲が記載されていないこと。意図的に記載しなかったのではないかと思ってしまうのは勘ぐり過ぎだろうか? エレーナは何らかの理由によってこの曲を記録から取り消したかったのではないだろうか?

2004年11月07日

1 君の瞳から消えたものPerdido nos teus olhos

君の瞳から消えたものPerdido nos teus olhos

 トム・ジョビンの数ある作品の中でも一、二を争う「幻の曲」。何しろこれまでに一度しか録音されたことがないのである。

 ニュウトン・メンドンサと共作したサンバ・カンサォンで、「君は僕の夢だったVocê p’ra mim foi um sonho」という副題が付いている。一九五九年一月に発売されたディック・ファルネイの四十五回転盤(オデオン BWB1053)に収録。だからおそらく一九五八年末に録音されたものと思われる。ちなみにこのレコードにはほかにトムとアルシーヂス・フェルナンデスの「孤独Solidão」、トム単独の「まなざしEste seu olhar」、トムとドロレス・ドゥランの「さよならを言うくらいならSe é por falta de adeus」が収められていた。他の三曲と比べるとこの「君の瞳から消えたもの」の無名さが際立っていることがわかる。

 こういう曲はおそらく一生耳にしないままに終わるのだろうと思っていたのだが、二〇〇〇年五月にヘヴィヴェンド社から発売された三枚組『ハーロス・コンパッソスRaros compassos』(「レア・トラックス」くらいの意味である)に収録されていたので腰が抜けるほど驚いた。で、実際に聴いてみた感想だが、なるほど取り立てて面白みのある曲ではない。一九五九年の一月と言えば、ジョアン・ジルベルトの「想いあふれてChega de saudade」(一九五八年七月録音、同年八月発売)と「ヂサフィナードDesafinado」(一九五八年十二月録音、一九五九年二月発売)が世に出る前後である。そのような「ボサノヴァの創世」と並行してトムとニュウトンがこういう「どこからどう聴いてもサンバ・カンサォンそのもの」の曲を世に送り出していたことは興味深い。

 ただ、これはディック・ファルネイのために書かれたとしか思えない、彼の歌声と歌い方に最高にフィットした曲である。それはそれでトムとニュウトンの才能の一端を窺い知ることができるという言い方もできる。また、あまりにもディック・ファルネイにとって「はまり役」の曲だったことは、他の歌手に一度も録音されなかった理由の一つになったのかもしれない。