2004年12月31日

大晦日です

大晦日。

今年1年を振り返る……と言うよりも、僕は今この2年間を振り返る気持ちが強いです。もっと言うと、1冊目の「三月の水 アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック」を書き始めた……その前にリオに行った……2002年の初めからの3年間かもしれませんが。「三月の水」と「愛と微笑みと花」を執筆・上梓することができたこの2〜3年間は、僕にとってはある特別の期間だったように思います。

この間に起こった大変大きな出来事の一つが、ジョアン・ジルベルトの来日でした。「人生が変わった」と言ったら陳腐に聴こえるかもしれませんが、でも、あのジョアンの演奏に接して、何か心の中に一つの基準と言うか、あるいは核と言うか、もしくは、目標とはちょっと違うけれども、「あんなふうに生きていくことができればすばらしいな」というイメージのようなものが形作られてきたことは事実です。

で、僕の「愛と微笑みと花 アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック2」を省みると、恥ずかしいという思いが強く残ります。もっとこういうふうに書けば良かったという後悔がたくさんあります。ただ、それは僕という人間の欠点・短所そのものであるわけで、これからちょっとずつ改善していくしかないのだろうと思います。

さて、今年いちばん嬉しかったことの一つ。それは、このブログを始めていたおかげで産経新聞からジョアン・ジルベルトのコンサート評という思いもかけない仕事をいただいたことです。

その連絡をいただいた夜は、うちの相方と、編集の春日さんと、飛び上がって喜びました。嬉しかった。僕のように権威でも何でもない人間にとって、それは、信じられない、普通では考えられない仕事でした。ご評価いただいたことを今でも本当に嬉しく思います。

そこで、一年の最後に、このブログをお読みいただいた感謝を込めて、11月2日の産経新聞に掲載されたその文章を、再録することにします(この文章は「愛と微笑みと花」にも収録しています)。

それでは皆さん、良いお年をお迎えください。


神様からのプレゼント

「ボサノヴァの神様」ことジョアン・ジルベルトが昨年に続いて二度目の来日。大阪、東京で計六回の公演を行なった。

 ジョアン・ジルベルトに関してはその奇人変人ぶりばかりが面白おかしく取り上げられてきたきらいがある。コンサートの開演が何時間も遅れる。しかもその遅刻の理由が「ズボンを選んでいた」。今となっては真偽のほどはわからない。少なくとも僕たち日本のファンの前では彼は一人の折り目正しい紳士であった。

 昨年の四日間の公演はいずれもすばらしかった。ボサノヴァの発祥の中心人物であるジョアン・ジルベルトは、自らのギター一本で弾き語るステージで日本のファンの心を確実に掴んだ。そして驚くべきことに、日本のファンも彼の心を掴んだのだ。その最大の証拠がこの二年連続の来日である。

 僕は東京での四公演を聴いたが、今回も実に魅力的で感動的なステージだった。ジョアン・ジルベルトの音楽の特性を一言で表現すると「静けさ」ということになるだろう。呟くような、囁くような歌唱。でも、それは同時に力強くもあるのだ。ジョアン・ジルベルトの音楽は音こそ小さいが、決して吹けば飛ぶような軟弱な音楽ではない。

 それにしてもなんと純粋で真摯な音楽であることだろう。世の中の数多のジャンク・ミュージックに辟易していた日本の音楽ファンが彼の音楽を熱烈に愛し、その一音一音を聴き逃すまいと完璧な静寂の中で彼の演奏を受け止めたことは、ごく自然な反応だったと思う。

 最終公演のステージは三時間四十六分。演奏曲数は「イパネマの娘」などを含めて四十五曲に及んだ。そして彼はなんと日本のファンのために短い即興を歌ってくれたのだ。それは「ボサノヴァの神様」からのまたとないプレゼントだった。彼自身がすでに神様からのかけがえのない贈りものなのだけれど(十月十一日、東京国際フォーラムにて)。



2004年12月30日

3万アクセスを超えました

12月29日までのアクセス件数が30,087となり、3万アクセスを超えました。10月10日のスタート以来81日間の数字です。最近でも毎日300前後のアクセスをいただいており、ジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンの根強い人気を痛感します。当面はこのペースで書き込み続けていこうと考えています。どうぞ宜しくお願いします。

昨日は仕事の帰りに青山のTさんのお宅で上田力さんを囲んでの忘年会。貴重な音源をお聴きして、上田さんのCDと僕の本についてああだこうだ言いながら楽しくやりました。僕はなんと終電を逃してしまって、結局また泊まってしまった。Tさんに朝食までいただいて、とんだご迷惑をおかけしてしまいました。

今日から昼間の仕事は休みなのですが、持ち帰っている仕事の量に呆然。ずいぶん忙しい正月になりそうです。とりあえず今日は大掃除。本を一冊書いた余波で部屋の中に資料が散乱しているので、これを何とかしなければ新年が迎えられません。

皆さんどうぞ良いお年を。
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2004年12月27日

トム・ジョビン「エン・ミナス」のMCの要旨

土曜日にヴァスコ・デブリートの自宅でトム・ジョビンのミナスのライヴを一緒に聴きました。彼は僕にそのCDをプレゼントしてくれるつもりでいたらしいのですが、ブラジルとほぼ同時に日本で発売されていたことにすごく驚いていました。

で、このライヴのトムのMCの、僕の語学力ではとても理解できなかった部分をヴァスコに解説してもらったので、要旨を報告しておきます。

@オープニング。「今まで演奏する時はいつもサポートメンバーがいたけれど、プロダクションから勧められて一人で演奏することになった。このソロ演奏を皆さんに捧げます」という意味のことを言っているようです。やはりこの「ピアノと声」のソロ演奏がとても珍しいライヴだったことがわかります。

A続いてトムはニュウトン・メンドンサのことを喋ります。「昔、誰一人ニュウトンの曲を録音しようとしなかった。ジョアン・ジルベルトもそうだった」と。そして、「ヂサフィナード」を歌い始めます。このMCに代表されるように、トムはこのライヴで一貫して「共作者の思い出」を語っています。

B「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ」が終わるとドロレス・ドゥランの話。ドロレスが「ポル・カウザ・ヂ・ヴォセ」の歌詞を楽屋でアイペンシルで書いたという例の話。余白に「ヴィニシウス、ほかの歌詞だなんて卑怯だわよ」と書いたこと。そして、「ポル・カウザ・ヂ・ヴォセ」を歌います。

C今度はヴィニシウスと「オルフェウ・ダ・コンセイサォン」を作った時の思い出を話して、「シ・トドス・フォッセン・イグアイス・ア・ヴォセ」を歌います。

D「有名になるかもね。カルナヴァルの歌を作れるかもね」とふざけて、「もう一曲、ヴィニシウスと作った曲を」と言って歌い始めるのが「エウ・ナォン・エジスト・セン・ヴォセ」。

E「へトラート・エン・ブランコ・イ・プレート」の前にシコ・ブアルキに言及。前にも書いたけど、この演奏が本当にすばらしい。

F「ちょっと狂ったパートナーの歌を歌います。そのパートナーは、アントニオ・カルロス・ジョビン」と言って客席を笑わせて始まるのが、「コルコヴァード」。

だいたいそんなところかな?

*四曲目に入っている、ピアノ演奏のみの「エストラーダ・ド・ソウ」。ヴァスコは「トムは歌詞が出てこなくてインストゥルメンタルになっちゃったんじゃないかな?」と言っていました。それ、何だかわかるような気がします。

2004年12月26日

ヴァスコの自宅でクリスマス・パーティ

連日連夜、公私ともにいろいろと用事が詰まっていて、ここのところろくな書き込みができていなくてすみません。

昨日は友人ヴァスコ・デブリートの大磯の自宅でクリスマス・パーティー兼ヴァスコ・バースデイ・パーティ。リオから戻ってきたばかりのヴァスコを囲んで、昼過ぎから夜中まで、延々12時間、飲み続け、話し続け、歌い続けました。結局また泊まってしまった。楽しい一日でした。ゆうこさんのバカリョアーダも絶品でした。

僕はヴァスコとの親交がなかったら、トム・ジョビンやジョアン・ジルベルトの音楽をもっと表面的なところでしか聴いていなかったと思います(今でも充分表面的かもしれないけれど)。トムについて本を書くなんてことは考えてもいなかったに違いありません。だから彼はある意味では恩人なのです。そして僕の最愛の友人なのです。

とてもいい音楽を創るので、「ヴィジョンズ」「プライア・ドス・コライス」といったCDをお聴きいただけると嬉しいです。僕が彼にインタヴューした記事はコアラ・レコードのサイトに載っています。

http://www.koalarecords.net/migi-naoki.html

それと、僕たちにとってはビッグ・ニュース。うちの相方が描いたCD『シコ・ファリア・カンタ・シコ・ブアルキ』のブックレットのイラストを、シコ・ブアルキが気に入ってくれてるって! やった! これはもしかすると、もしかするかも!?
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2004年12月20日

『ストーン・フラワー』の日本語ライナー(大島守さん)

『ストーン・フラワー』の日本版LP、僕の手元にあるのは78年発売のCTIオリジナル1500というシリーズの一枚(キング)で、ここでもライナーを故・大島守さんが書いています。

@この頃トムが住んでいたレブロンの家の場所を大島さんは紹介しています。この通りに歩いたら行けそうだけど、こんなこと書いちゃっていいのかな。

Aジム・ウェブがトムの家を訪問した話。

B大島さんはドロレス・ドゥランのことを「自殺した」と書いているけれど、僕の記憶では心臓麻痺だった気がする。どうなのだろう?

C大島さんはトムがアリ・バホーゾの影響を大きく受けていると述べ、その好例として「フォイ・ア・ノイチ」とアリ・バホーゾの「Folhas Mortas」の楽譜を掲載しています。「Folhas Mortas」をいくつか聴いてみましたが、確かにそう言われてみるとちょっと、ですね。

http://www.cliquemusic.com.br/artistas/artistas.asp?Status=DISCO&Nu_Disco=2656

http://www.cliquemusic.com.br/artistas/artistas.asp?Status=DISCO&Nu_Disco=6545


2004年12月17日

『マチータ・ペレー』の日本語ライナー(大島守さん)

以前にジョアンのTVグローボ・ライヴの日本版LPのライナーノーツの一部を紹介したことがありますが、その直後にある方と、「以前に日本で出ていたLPの日本語ライナーって結構貴重」「それでしか読めない情報わりとあるんだよね」という話をしました。

今手元にある『ジョビン』というレコード。『マチータ・ペレー』の日本版で、73年発売です。このLPの日本語のライナーは故・大島守さん。その中から興味深い部分を紹介します。

@「アグアス・ヂ・マルソ」の邦題を、大島さんは「秋の流れ」と訳しています。

A「昨年イパネマでひょっこり彼(トム)と会ったとき「日本に一度行ってみたいと思っているが演奏家としては行きたくない。それは私がピアニストでもギター奏者でも歌手でもないからだ。作曲家として迎えてくれるなら喜んで訪日したい」といっていた」という文章があります。

トムは同じことを、来日した時にインタヴューした上田力さんにも言っていたそうです。それで長年日本に来れなかったのだと。

B大島さんはニュウトン・メンドンサのことを、「ヂサフィナード、ワン・ノート・サンバなどを作詞したピアニスト」と書いています。うーむ。

C「リオデジャネイロ交響曲」という日本語の直訳は誤解を招くものであり、正しくは「リオデジャネイロ組曲」と表記した方が良いという記述もあります。確かに。

そんなところでしょうか?


2004年12月16日

「私が好きなジョビンこの一曲」の面白さ

 先日、ブラジル総合モバイルサイトの「ポケブラス」(http://pokebras.com/pcjp/index.html)というサイトに、彩流社の編集の春日さんからお願いして僕の「愛と微笑みと花」の告知をしていただきました。

 その時に、本をプレゼントしようという企画になり、応募の条件として「いちばん好きなジョビンの曲は?」というアンケートをつけたのだそうです。

 結局、23件の応募があったそうです。で、「上位5曲は次の通りで、あとの曲は1票ずつの応募でした」とEメールが届きました。

 僕は慌てて「その1票ずつの曲も全部教えて欲しい」とお願いしました。で、今日、その結果が届きました。

 まずはその結果から。

@ウェイヴ        3
Aイパネマの娘      2
A三月の水        2
Aトリスチ        2
Aリジア         2
E想いあふれて      1
Eワン・ノート・サンバ  1
E黄金の歳月       1
E偉大なる愛       1
Eジェット機のサンバ   1
Eばらに降る雨      1
Eヂサフィナード     1
Eア・フェリシダーヂ   1
Eコルコヴァード     1
(合計して20票なので、あとの3票は曲名を書いてこなかったのではないかと思います)

 どうでしょう? 面白いと思いませんか?

 実は僕もいずれ何らかの方法で「いちばん好きなジョビンの曲アンケート」を実施してみたいと思っていたのでした。それは絶対に面白い結果になると思っていたからです。で、上記の結果は、規模こそ小さいですが、だいたい僕が予想していた通りの面白いものになりました。

 第一、「好きな曲」を書いてきた人が20人いて、その答えが14曲に分かれているのですよ? ほかのコンポーザーではほぼあり得ないことですよね。最大獲得曲の票数が3票というのも面白い。

「トム・ジョビンの作品はそのくらい名曲が揃っている」……という言い方をしてもいいのですが、それよりも「トム・ジョビンのさまざまな表情がそれぞれに愛されている」ということを強く感じます。何だか非常に嬉しいです。

 しかしこのアンケート、一曲だけ訊ねるという潔さがいいよなあ。僕なんかが考えると三曲くらい挙げてもらって点数制にしてカウントして……などとなりがちですが、それはやはり良くないですね。うん、ずばり一曲だけ挙げてもらう。いずれ僕が考えているアンケートもこれでいこう。

 「リジア」2票、「トリスチ」2票、「黄金の歳月」1票、「偉大なる愛」1票というのも面白い。日本のファンはやはりすごいです。


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2004年12月15日

リオにトム・ジョビン記念館設立

 すでにお読みになった方もたくさんいらっしゃることと思いますが、読売新聞12月10日号に、トム・ジョビン関連の記事が出たことを昨日教わりました。

 リオにいる中島さんという記者が書いた記事で、読売新聞がパウロ・ジョビンにインタビューするということはそう言えば小耳に挟んでいたのですが、タイトルは「ボサノバでアマゾン保護 ジョビン没後10年 記念館設立へ」という形で出ました。

 リオのジャルヂン・ボタニコにトム・ジョビンを記念した「環境・文化センター」なるものが設立されるとのこと。トムの遺志を継いだ環境保護色の強い記念館になるようです。

 企画はパウロの「ジョビン協会」、石油会社「ペトロブラス」が出資。来年3月着工で、トムの録音や楽譜など「約3万点の資料をデータベース化した基地になる」と。

 リオのトム・ジョビン名所がまた一つ誕生することになりそうです。

 ただ、「記念館」という形は、ちょっと複雑な気もしますけれどもね。

記事はこちら

http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20041209id21.htm

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2004年12月14日

シナトラ・ジョビン・セッションズ

*さて、トム・ジョビン・ウィークも終わりましたし、僕の本は今週中には大型書店には並ぶことと思います。今日から気分を一新して、年内を駆け抜けたいと思います。僕が駆け抜けなくても向こうの方で勝手に駈け抜けて行きそうですが。


 一枚のアルバム(LPまたはCD)にいくらまで出したことがあるか?

 僕は1万円までです。それ以上は出さないと決めているわけではありませんが、まず出さないと思います。おかげで今までずいぶん珍しいレコードも買い逃しました。「あの時買っておけば良かったかもしれないな」と思うトム・ジョビン関連のレコードもいくつかあります。でもまあそれは別にいいです。後悔というほどのものはありません。普通に生きて普通に暮らしている普通の人間にとって、それは普通の金銭感覚だと思います。僕は本当のコレクターにはなれないですね。

 で、これまでに1万円近く出して買ったアルバムは何枚かあるのですが、つい先日、やはり1万円出して買ったLPがありました。それは実はあとから考えると2枚組だったので、1枚5,000円とするとそれほどの高額とも言えませんが、絶対金額として、小さくはない金額です。今日はそのレコードの話をします。

 それは僕が生きているうちはめぐり合えないだろうと思っていたレコードでした。ブラジル・リプリーズから一度だけ発売された『シナトラ・ジョビン・セッションズ』。トムがシナトラと共演した二枚(一枚半)のレコード(『フランシス・アルバート・シナトラ・アンド・アントニオ・カルロス・ジョビン』と『シナトラ・アンド・カンパニー』)を編集した二枚組です。

 このレコードがなぜ珍しいかと言うと、このレコードでしか発売されていない二曲が入っているのです。その二曲とは、「ボニータ」と「サビア」。どちらも『シナトラ・アンド・カンパニー』のA面に収録されているのと同じセッションで録音されたもの。録音は69年です。

 まず「ボニータ」ですが、これはシナトラがアルバム収録にノーを出したのが良くわかります。歌い出しのところで微妙に音を外している感じなのです。中盤も何だかどんよりしているし。終わりの間際にも微妙におかしいところがあるし。シナトラがファースト・テイクしか歌わなかったのは有名な話。リプリーズ(シナトラの会社ですが)としては泣く泣く没にせざるを得なかった録音なのだと思います。で、バックでギターを弾いているのがトムのようです。

 もう一曲の「サビア」の方は、お、いいじゃないの? どうしてこれが『カンパニー』に入らなかったの? と思ってしまいました。それは他の曲との兼ね合いの、相対的な問題だったのでしょうか? で、トムはこの曲には参加していない感じです。ギターもピアノもいまいち聴き取りにくいので良くわからないのですが。

 でも、この二曲以上の聴きどころ(?)は、「ワン・ノート・サンバ」の前にシナトラが「ドアを閉めろ!」と怒鳴るところ。怖いっ! で、笑って場を取り持っているのがトムだろうか? きっとそうだろうな。こういう場面で笑えるのは彼だけでしたでしょうから。

 ということで、僕にとっては楽しいけれど、ただもの珍しいというだけで、万人にすすめられるレコードではないですね。血眼になって探すような内容ではないと思います。

 結論。やはりレコードは1万円までだな。うん。

*実はここで聴けるんですが。

http://www.jobim.com.br/cgi-bin/clubedotom/discfr.cgi
posted by naoki at 00:02 | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月09日

昨夜のコルコヴァード

感慨無量のすばらしい夜でした。

トム・ジョビンを愛するオーナー夫妻の店で、トム・ジョビンを愛するリーダーのもとに、トム・ジョビンを愛するミュージシャンが集まって、トム・ジョビンを愛するファンが耳を傾ける……そういう夜でした。

コルコヴァードの飯島さんとヘジーナ。リーダーのスティーヴ・サックス。山本のりこさん、ピアノの二村希一さん、チェロの四家卯大さん。ありがとうございました。今夜はとても美しい夜でした。

このユニット、今夜だけではもったいないです。継続してくれるとすばらしいと思います。

取り急ぎ演奏曲目を。

第一部
チェロ+フルート:ショーロ/全員:ウ・ノッソ・アモール/アンティグア/ソ・ダンソ・サンバ/モハーヴェ/アノス・ドウラドス/スティーヴ抜ける:エストラーダ・ブランカ/スティーヴ戻る:レッド・ブラウス

第二部
チェロ+ピアノ:ポル・トーダ・ア・ミーニャ・ヴィーダ/全員入ってチェロのみ休み:エストラーダ・ド・ソウ/全員+ヘジーナさん:ジャネラス・アベルタス/ディアローゴ/スティーヴ抜ける:ショヴェンド・ナ・ホゼイラ/スティーヴ戻ってチェロのみ休み:ピアノ・ナ・マンゲイラ/コルコヴァード/シェガ・ヂ・サウダーヂ/アンコール:ガロータ・ヂ・イパネマ

そして拙著「愛と微笑みと花 アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック2」も無事できあがりました。こちらも編集の春日さん初め、ご協力いただいた多くの皆さんに感謝。

地球の裏側でこのようなライヴが行なわれたこと。トム・ジョビンも喜んでくれていることと思います。

2004年12月08日

トム・ジョビンの十回目の命日です


 今日12月8日は、アントニオ・カルロス・ジョビンの十回目の命日です。

 トム・ジョビンの没後十年は、やはり巷ではほとんど話題になっていないように思います。ちょっと淋しい気もしますが、でも、別に淋しがることはないのかもしれませんね。少なくともトム本人は、「いつものことさ」くらいに思っているのではないでしょうか?

 最近、エイトール・ヴィラ・ロボスのことを書いた「白いインディオの思い出」(アンナ・ステラ・シック著 鈴木裕子訳 トランスビュー)を読んだのですが、その中に、こういう言葉がありました。

 作曲家が亡くなった後の十年間は、多くの場合、よく言われるように「死後一時的に忘却される期間」であるのは本当のことだ。

 なるほどこういう考え方もあるのだなあと思いながら読みました。僕がもともとトム・ジョビンのことを書いみてみたいと考えたのは、「没後10年を境にして色々なことが風化してしまうのではないだろうか?」と思ったことが一つの動機だったのですが、もしかしたらトムの作品はこれからいよいよ味わいが出てくる「旬」になるのかもしれません。

 さて、今夜は高田馬場コルコヴァード(03−3209−2334)で山本のりこさんの『tribute to jobim』ライヴ。リーダーはSteve Sacksさん(sax,fl)、ピアノは二村希一さん、チェロが四家卯大さん。半分がインストで、「非常にマニアックな選曲」になっているとのことです。

 僕は昼間の仕事で大事なアポが二つ入っていて、それが終わってから駆け付けます。十周忌ライヴ(日本で言えば十一周忌ですけれど)なんて十年に一度のことですからね。楽しみにしています。

 それと、僕の「愛と微笑みと花 アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック2」が昨日仕上がっているはずで、今夜コルコヴァードで編集の春日さんから受け取る予定なのです。

 なんとトム・ジョビンの十回目の命日にですよ!

2004年12月07日

「でも今トムはどこにいるんだ?」

 先日「通りすがり」さんのコメントでジョアン・ジルベルトの80年8月のTVグローボのライヴのことを思い出して、そのLPの日本盤「ミステリオ ジョアン・ジルベルト・ライヴ」を取り出して日本語のライナーノーツを眺めていたら、ルイス・カルロス・マシエルというTVグローボのプロデューサーの次のような文章が載っていました。長い文章の最後の部分を引用します。

 ある夜、グト(音楽監督)の家で打ち合わせをしたあと、私たち……ジョアンとクリコル(マネジャー)と私……は夜明けのイパネマ海岸に出た。ジョアンは私を車で送ってくれると言った。車がヴィエーラ・ソート通りに差し掛かった時、死んだ友だちの思い出を話していたジョアンは、本当に真剣に、人間は死んだあとどこへ行くのかとたずねた。
 “ジョアン・ドナートは、人は空へ行くと言っている。マシエル、君はどう思う?”
 “この地上に残ると思うよ”と私は答えた。“もちろん、他のものに変わるんだろうが”
 “そう、ここにね”とジョアンは、はっきりと繰り返した。“この全体の中に。そうだよね”


 この言葉は、トム・ジョビンの死去の直後にジョアンが語った言葉に繋がっています。ジョアンは電話で雑誌「ヴェージャ」の記者に向かって「でも今トムはどこにいるんだ?」と問い掛けました。その時のジョアンの談話は、宜しければ僕の今度の本「愛と微笑みと花」のいちばん最初の章をお読みください(宣伝みたいになってしまって恐縮ですが、一部を選んで紹介するのが勿体ない部分なのです。5分くらいあれば書店で立ち読みできるくらいの分量です)。

 ジョアンにとって「人は死後どこに行くのか?」がとても大きな問題であったことがわかります。では、トムは? トムは「死後」のことをどう考えていたか?

 一つだけ確かなことは、神は人間を突然破壊するために創造したのではないということだ。ちゃんと説明できないことはいくつかあるけれどもね。僕について言えば、この美しい惑星を楽しんでいるよ。ここに残らせてもらっている間は残らせてもらうことにするよ。もしある日行かなければならないとしたら、いい場所があるに違いないさ。結局、もし神がアマゾンの何百万もの樹林のこんなにもでたらめな破壊を認めるのだとしたら、それは猿も花も小鳥も生まれ変われるほかの場所を拵えているからなんだろう。僕もそこに行くんだよ。

 明日は、アントニオ・カルロス・ジョビンの10回目の命日です。

2004年12月06日

「サウージ!サウダージ」でジョビン・ウィーク開幕

J-WAVE「サウージ! サウダージ」の「トリビュート・トゥ・アントニオ・カルロス・ジョビン」を聴きました。曲目は公式サイトに出ているのでそちらをご覧下さい。
http://www.j-wave.co.jp/original/saude/

番組の中でパウロ・ジョビンが語っていた、トムが良く口にしていた言葉ですけれど、僕の前作「三月の水」のジョビン語録でも紹介しています。これ、ストラヴィンスキーの言葉だったとトムは言っているのですね。

「僕はストラヴィンスキーと同様に信じている。現代の音楽は5%の霊感(インスピレイサォン)と95%の発汗(トランスピレイサォン)によるものだってね。ピアノを懸命に叩き続けるまでのことさ」

ん? パウロは99%の発汗と言っていたけれど……。

2004年12月04日

トム・ジョビン・ウィークへ

 1994年12月3日。

 10年前の今日、トム・ジョビンはニューヨークに降り立ちました(*)。

 目的地は、マウント・サイナイ病院。

 表向きは血管形成術を受けるためでしたが、実は膀胱癌の摘出のためでした。

 入院の時には「スーパーマンみたいに見えるだろう?」と言って周囲を笑わせます。

 あれほど愛したリオに二度と戻れないなんて、想像もしていなかったのではないでしょうか?

 来週は、いよいよトム・ジョビン追悼ウィーク(と勝手に名付けています)。

 以前に紹介したものも含めて、次のような催しが予定されています。

●12月5日(日)
 中原仁さんの「SAUDE! SAUDADE...」(J−WAVE 17:00〜17:54)がトムのトリビュート・プログラムを組むそうです。パウロ・ジョビンのコメントなども流れるとのこと。

●12月8日(水)
 命日当日には、高田馬場コルコヴァードで山本のりこさんの『tribute to jobim』ライヴ。リーダーはSteve Sacksさん(sax,fl)、その他、二村希一さん(p)、四家卯大さん(cello)。半分がインストで、「非常にマニアックな選曲」になっているとのこと。
 高田馬場「コルコヴァード」03−3209−2334

●12月10日(金)
 ジョビン全曲演奏に取り組む上田力さんのバンド「NANDA NOVA」の29回目のライヴ。没後十年ということで、遺作「アントニオ・ブラジレイロ」の曲を中心に演奏するそうです。ドラムス吉田和雄さん。
 都内赤坂「B♭」03−5563−2563

 僕の本も8日にはできると思うし、10日の上田さんのライヴの時にはお分けできることと思います。そう言えば上田さんのCDももうできているはずです。

 関東在住の方は、宜しければライヴでご一緒して、生ビールでも飲みながら、トムを偲んで語りませんか?

 ね、飯島さん。

*トムのニューヨーク入りの日付は文献によって異なりますが、これは雑誌「ヴェージャ」の記事によるものです。