2005年03月31日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(8)

*昨日の続きです。私たちが東京公演で耳にしたものはこれだったんだなあと思います。

「舞台における反響についての彼の有名な執着は、その環境におけるヴィオラォンのヴォリュームと声のヴォリュームについての執着ではない。高音、中音、低音の間の、周波数の調和した、透明さ、純粋さ、詳細さ、釣り合いについての執着である。それによって声のサウンドとヴィオラォンのサウンドがまるで観客のすぐ近くに清澄に残ることができるようになる。要するに、彼は一人一人の耳元に達したいのである。何十メートルも離れているのではなくて、まるで数センチメートルの距離にいるように」

 これは理想郷のようではあるが、大きな会場で役者や歌手が割合小声で話しているのに、まるで観客の脇にいるように鮮明に聴こえるケースはたくさん記録されている。ギリシアの遺跡の競技場や劇場の観光案内もその一つだ。(続く)

2005年03月30日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(7)

*昨日の続きです。重要な部分なのでそのまま引用します。

「一九七九年のカネカォンなどのブラジルのいくつかの公演で、ジョアン・ジルベルトは反響の問題に立ち向かっていた。たとえ多くはヴィオラォンと彼一人だったとしても。あるいは彼の音楽的アイデンティティのシンプルな音響的組み合わせと彼一人であったとしても。それはさらなる異論と非難(司法裁判の訴訟にさえなっている)と、とりわけジョアン・ジルベルトについて回る不当な評判を引き起こす一つの局面だ。たとえショウビジネスの何人かのスターの要求とはかけ離れていたとしても、ジョアンは非の打ちどころのない状態になければならない反響の品質という問題においては譲渡しない。声とヴィオラォンは、彼自身のパフォーマンスへの完璧なリターンとともに、どの地点からも完全に釣り合いが取れて聴き取れなくてはならない。結局彼はほとんど完璧というくらいでは受け容れられないのだ。彼の聴覚の研ぎ澄まされ方は、技術者にも聴き取れないものを瞬時に見つけ出し、彼らの立場を怪しくするほどの秩序なのだ。こうしてついに正義が彼にあることが認められるのだ」(続く)

2005年03月29日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(6)

*昨日の続きです。少し先を急ぎます。

「その唯美主義者ぶりはジョアン・ジルベルトがブラジルで暮らすために戻ってきたあとに行なった公演とレコードで聴くことができる」

 すなわち、一九八〇年と八一年に残した二枚のレコードの、ヒタ・リー、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、マリア・ベターニャとの共演には、ジョアンのエッセンスが詰まっている。マリア・ベターニャはジョアンとの共演について、録音を聴いて自分でびっくりしてしまったと、「これが私なの?」と声を上げてしまったと語っている。ジョアンは彼女に歌い方を指示したわけではなかった。しかしマリア・ベターニャはこの時のことを「私は新しい自分を贈られた」と回想している。(続く)

2005年03月28日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(5)

*先週からの続きです。

「ジョアンのあとにオリジナルのヴァージョンを聴くのは驚くべき体験である。付け加えられている情報の豊富さがより明らかになるからだ。彼は歌を断片の一つ一つに、語句の一つ一つに、コードの一つ一つに分解する。そして再建する。職人のように。声とヴィオラォンのサウンドの一義的な形のもとに。唯美主義者の書体を付け加えて」(続く)

2005年03月27日

コルコヴァードでトム・ジョビン特集ライヴ

昨夜は高田馬場コルコヴァードでスティーヴ・サックスさんリーダーのトム・ジョビン特集ライヴがありました。昨年12月8日のトムの十回目の命日に続く二度目の演奏です。

メンバーは、スティーヴ・サックスさん(各種フルートとアレンジ)と山本のりこさん(ヴォーカルとギター)を双頭に、ピアノの二村希一さん(「この容貌のどこからこんなに美しい音が出てくるのだ!」と言ったのは僕ではなくて澄淳子さんです)とチェロの四家卯大さん(巻上公一さんでおなじみのトゥバのホーメイにはまっているそうです)が脇を固めます。

原曲の美しさを最大限に引き出したシンプルかつユニークなアレンジと、達人たちの控えめながらも深みのある演奏が合致して、すばらしいライヴになりました。トム・ジョビンのカヴァーをいろいろと聴いてきましたが、その中でも稀有な、世界的に見てもすばらしい価値のあるユニットだと思います。

何よりもメンバー一人一人の楽曲に対する解釈が深いのでしょう。例えばスティーヴさんと四家さんがテーマを対旋律的なメロディで紡ぎ合って絡み合っていくシーンなどは、ぞくぞくしてしまいました。今後もぜひとも活動を続けて欲しいものだと思います。

第一部
ショーロ(スティーヴさん+四家さん)/ウ・ノッソ・アモール/アンティグア/ソ・ダンソ・サンバ/モハーヴェ/アノス・ドウラドス/エストラーダ・ブランカ(山本さん+二村さん+四家さん)/レッド・ブラウス

第二部
ポル・トーダ・ア・ミーニャ・ヴィーダ(二村さん+四家さん)/エストラーダ・ド・ソウ/ジャネラス・アベルタス(+ヘジーナさん)/ディアローゴ/ピアノ・ナ・マンゲイラ/コルコヴァード/シェガ・ヂ・サウダーヂ/ガロータ・ヂ・イパネマ(アンコール)

そしてコルコヴァードは、今月末をもってしばしのお休みに入ります。僕はこの店がなかったら相方とも会っていなかったと思うし、ああいう本を書くこともなかったと思います。だからちょっと淋しいというのが正直なところです。

再開の時期は未定のようですが、気長にお待ちしたいものだと思います。飯島さん、ヘジーナさん、長い間お疲れ様でした。どうぞゆっくりお休みください。そして、またお会いしましょう。ヒロキーニョもね。

2005年03月26日

上田力さんの「ジョビン・マイ・ラヴ」ライヴ

昨夜は赤坂B♭で上田力さんとナンダ・ノヴァの「ジョビン・マイ・ラヴ」の30回目のライヴがありました。

曲目がすごいです。「おいしい水」、「三月の水」、「バラに降る雨」あたりはともかくとして、「ジンガロ」(「白と黒の」ではなくて)、「カリブ」、「スー・アン」、「テーマ・ジャズ」、「ボト」、などなど。もちろん上田さんの遊び心いっぱいのアレンジが全編にわたって施されていて、生ビール片手に堪能させていただきました。

次回は4月17日に前橋・煥乎堂ホール、次々回は5月4日に佐野・ハーブガーデン6月の森。佐野では私も大役を仰せつかってしまいました。上田さんのいろいろな企画には私もできるかぎりお手伝いさせていただく予定です。いつ頃形になるかはまだわかりませんが、皆さんどうぞお楽しみに。

演奏曲目

第一部
ズインガロ/おいしい水/バラに降る雨/ソ・ダンソ・サンバ/ヂサフィナード/フェリシダーヂ

第二部
おいしい水/三月の水/カリブ〜スー・アン/テーマ・ジャズ/ストーン・フラワー/ボト/ジョビン・マイ・ラヴ

2005年03月25日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(4)

*昨日の続きです。

 二〇〇〇年から公演に取り入れたエリヴェルト・マルチンスのサンバ「アス・トレス・ダ・マニャン」は、彼によれば一九四六年のアラシ・ヂ・アルメイダの最初の録音で覚えた曲である。

「ジョアンは彼の公演用と考えられている曲以外のたくさんのブラジルの歌の兵器工場を持っている。実際に時の流れの中で失われるところだった過去の歌と史料編集的な関係を保っている。四〇年代のヴォーカル・グループとの彼の結び付きは、観客を混乱させ批評家に挑戦する曲をピンセットで摘み取るための源泉の一つである」(続く)

2005年03月24日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(3)

*昨日の続きです。ジョアンのレパートリーについての部分です。

「一九六六年のTVレコードの番組「オ・フィーノ・ダ・ボッサ」への出演で、ジョアンはたった三曲を歌っただけだったが、ブラジル・ポピュラー・ミュージックの貴重な授業を行なった。最初はジャネッチ・アルメイダの「エウ・サンボ・メズモEu sambo mesmo」だった。一九四六年にアンジョス・ド・インフェルノというグループによってリリースされ、何十年ものちの一九九一年にジョアンによる録音があるだけの曲だ。ほかの二曲はまだジョアンに録音されていない。一九五六年にジャメラォンによって歌われた有名なサンバ「Exaltação à Mangueira」と、一九四二年のカルナヴァルのためにクァルト・アセスとウン・クリンガに録音されたアリ・バホーゾのマルシーニャ「Pica-pau」だった」(続く)

2005年03月23日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(2)

*こんばんは。今、関空にいます。

*昨日の続きです。

 彼の舞台は「ブラジル音楽の、「ブラジル」という言葉を歌う喜びから始まる有名なブラジリダーヂの、真の教室」である。

「ライヴでは彼のレパートリーは二つのグループに分類される。一つは古典。彼が過去に発表した歌であはあるが、無限の再創作に次ぐ再創作で一つ一つの演奏の音楽的情報をたくさん書き換えているために価値のある歌だ。録音回数がいちばん多い「ヂサフィナード」の場合、今回はどういうふうになっているのかを知るために熱烈に待ち望まれている真新しさが常にある。もう一つのグループは、ジョアンが彼の金庫から引き出してくる宝石である。その歌がどこで生まれたのかを知らない人々には互いの顔を見合わせさせる。普通それらは……ジョアン・ジルベルト的解釈と呼ばれるジョアン・ジルベルトのヴォイス・アンド・ヴィオラォンの音響効果で完全に再構成された……古いサンバやヴォーカル・グループのマルシャなのだ」(続く)

2005年03月22日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(1)

*しばらく間が空いてしまいましたが、ズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」から、「ソン」の章を要約・拾い訳します。「音」を示すポルトガル語はいくつかありますが、「ソン」という言葉は僕は普通「サウンド」と訳しています。

*「歌(カント)」に続いて非常に力の入った章で、本文のほぼ最後の、この本のクライマックスとなる部分です。全部紹介するのに十回くらいかかると思いますが、ちょこちょこと出張などもあるので途中何度も中断を挟みます。どうかご容赦ください。

 普通の歌手がヴィオラォンを伴奏に使う時、歌手は楽器に彼の声を補完させ、音程とメロディラインを見失わないように先導させる。「楽器は観客の大多数にとってよりも歌手にとってより重要だ。観客にとってはヴィオラォンは二の次である」

 けれども、「ジョアン・ジルベルトにおいては、ヴィオラォンは声によって補完される楽団の二分の一である。ヴォイス・ウィズ・ヴィオラォンではなくてヴォイス・アンド・ヴィオラォンという一義的な存在を、そのひとかたまりを形成する楽団の二分の一である。したがってそれは別個の概念なのだ。人の声とヴィオラォンの弦という二つの異なる音色によって表現される、彼の声のために絶対に入念な容積を必要とする第三の音色を形成する別個の概念なのだ」

 この「移り気で見事に釣り合いの取れた音響的存在」こそが、ジョアン・ジルベルトの宇宙であり、一つの歌に対する彼の見方であり、一つの演奏に対する解釈の仕方であり、彼の作品に存在する曲の形式だ。日常の何気ない一言が、オリジナルの精神を損なわないで、初めて耳にするもののように聴こえるのもこのサウンドのためなのだ。(続く)

2005年03月21日

続木徹さんのこと・下

*一日空いてしまいましたが、一昨日の続きです。

 で、13日の山本さんのライヴで、続木さんと何かの切っ掛けでグレン・グールドの話になりました。思い出した。その時の店のピアノがちょっと具合がおかしくて(聴いてすぐにそれはわかりました)、扱いが難しいと、そういう話からでした。まあ、それはいいとして。

 で、続木さんの愛聴するクラシックのピアニストの名前がいくつか出てきました。ディヌ・リパッティ。イーヴォ・ポゴレリッチ。面白いですね(それで今リパッティを聴いています)。ジャズ・ピアニストではバド・パウエルとジーン・ハリスと言っていたかな? まあ、それもいいとして。

 で、特にそういうクラシックのピアニストたちのものすごい演奏を聴いていて、「こういう演奏がすでにあるのに、ピアノでできることはあと何が残されているんだろう?」と落ち込んでしまった時期があるという話を聞きました。でももうそういう時期は脱したとのこと。そして、続木さんが今考えていること。

「動機が大事だと思うのです。音楽というのは行為ですからね。行為には動機が必要で、その動機が良い動機であれば、結果として良い音楽ができるのではないかと思うのです」

 僕はこの言葉に非常に……心から……共感します。

 そして、こういう本質的なことを僕などに向かってちゃんと喋ることのできる続木徹という人間はすばらしいと思います。

 何だか「愛と微笑みと花」の「あとがき」の続きみたいになってしまいました。

 明日からは真面目にボサノヴァの話に戻ります。
posted by naoki at 13:32| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月19日

続木徹さんのこと・上

 もうほとんど1週間が経ってしまいましたが、13日(日)は吉祥寺ストリングスで山本のりこさん、続木徹さん、スティーヴ・サックスさんの演奏を聴きました。

 山本のりこさんとスティーヴ・サックスさんのことはこのページをご覧いただいているほとんどの方がご存知だと思いますので、今日はジャズ・ピアニスト続木徹さんの話をします。

 彼のピアノを聴き始めて何年になるでしょう? おそらくは15年ちょっとくらいだと思います。親しく話をするようになったのは、吉祥寺の某ジャズ・ライヴ・バーのマスターが亡くなった頃からです。それが一九九九年九月ですから、良く話すようになってからだいたい5〜6年くらいだと思います。そう言えば澄淳子さんの運転する車で浅草から四人で一緒に(もう一人はうちの相方)帰ってきたこともありました(だいたいみんなこの辺の住人なので)。

 ちなみに僕は続木さんが1984年にポリドールのサウンド・デザイン・レコードに吹き込んだ『ネプチューン』というLPを持っています。それから実を言うと、僕の「愛と微笑みと花 アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック2」の「あとがき」に登場する「旧知のピアニスト」というのは続木さんのことです。

 僕は彼のピアノが大好きで、特に、その例の吉祥寺のジャズの店には、女性ヴォーカルのバックで丁寧な伴奏をつけている彼の演奏を聴きにずいぶん通いました。0時近くなって、客もほとんどいなくなって、エアコンの音だけが響いている静まり返った店内で、ラストセットのスタートのベースとのデュオの小品を続木さんが弾き始めると、その場の空気ががらりと変わってしまう……ということを何度となく体験しています。

 山本さんは続木さんのピアノを「大地のような」と表現していました。僕は以前は「海のような」と形容したこともあります。でも最近は良くわからなくなりました(笑)。いろいろな表情のあるピアノです。大きなピアノなのですが、細やかなニュアンスがすばらしいピアノです。派手なピアノではありません。でもとても熱いピアノです。そして同時にリリカルでもあります。そして……、うーん、語彙が不足でうまく伝えられません。

* 何だか長くなってしまったので、続きはまた明日書きます。
posted by naoki at 23:57| Comment(185) | TrackBack(6) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月18日

シコ&トム 下 トムが語るシコ(2)

もう一つトムの言葉を紹介します。

「『白と黒のポートレイトRetrato em branco e preto』には僕の言葉は一つもないことを宣うよ。僕は平凡な音楽家だ。僕が僕の親愛なる作詞家たちに仕事を頼んだ時、例えばヴィニシウスもそうだけど、僕は彼らにとっては大きなマイナスとなる歌詞の一節を提供してしまった。僕は喋り過ぎる傾向がある。最近はそれを抑制しつつあるけれども。『ポートレイト』のケースでは、僕はシコに歌詞に関して何も言わなかった。歌詞は彼が書いたし、それは天才的な仕事だった。僕は、オリジナルのタイトルは『ジンガロZingaro』だと、それはジプシーのことだと言った。それは、ヴァイオリンを質に入れてしまって、ヴァイオリンもなく、仕事もなく、自分の音楽さえなく、広場に座り続けている音楽家の話だったんだ。シコの仕事は『サビア』でも『ポートレイト』と同じように天才的だった。ピリオド」

*参考:「カンシオネイロ・ジョビン」

2005年03月17日

シコ&トム 下 トムが語るシコ(1)

トムはシコのことを次のように語っています。

「シコ・ブアルキと作った曲はどれもこれも大成功だった。僕たちには一九六八年のフェスティヴァルで優勝した「サビアSabiá」があるし、「ポイズ・エPois é」があるし、最高に美しい「白と黒のポートレイトRetrato em branco e preto」がある。『私はもう一つのソネットをコレクションする/私の心を苦しめる新しい白と黒のポートレイトを』。美しい」(続く)

2005年03月16日

シコ&トム 中

 トムはシコに「ウェイヴWave」の歌詞も付けてもらいたがっていたのですが、トムの冗談と言葉遊びの洪水を怖れて、シコは最初の一行「Vou te kontar」から離れることができず、結局残りはトムが作ることになりました。

 同じ理由で、彼らはおそらく「Que horas são」というタイトルを名乗ることになるはずだったサンバも完成させることができませんでした。この曲の歌詞をシコは結局ほかの曲で、単独作品の「スブルバーノ・コラサォンSuburbano coração」で再利用しました。

 二人の共作は、先にトムが作った曲の上にシコがいつも一人で歌詞を書くという方法でした。シコはこの友人の冗談好きな精神に慣れるのにいくらか苦労しました。

「実際、彼は仕事のあとに一緒に生ビールで乾杯する動機が欲しくて共作者を持ちたがっていたんだよ」とシコは回想しています。

 シコはもう少しのところで会話的サンバ「バチ・ボカBate-boca」の作者の名前をトムと分け合うところでした。この曲はトムの死の三年後にクアルテート・エン・シーとMPB4によって初めて録音されました。(続く)

2005年03月15日

シコ&トム 上

 トム・ジョビンが人生の後半に最も信頼した共作者はシコ・ブアルキだったのではないかと思います。

 シコ・ブアルキは六〇年代の中ごろにトムと個人的に知り合いました。当時のシコはまだ二十二歳で、彼の最新のサンバ「ペドロ・ペドレイロPedro pedreiro」に対する巨匠の感想をしきりに聴きたがっていました。巨匠はその曲を気に入って、二人はヴィニシウス(シコの父親と親交があった)の尽力のおかげで翌年にはもう友人になりました。

「最高に音楽的で、最高の音感で、メロディの王様で、ハーモニーもとても面白くて、だからヴィオラォンのベースの三弦で転位したコードを使うことができる」(トムの言葉)シコを見出したのは、最初の共作者になることを申し出たトムでした。シコは「ジンガロZingaro」に歌詞を付け、この曲は以後「白と黒のポートレイトRetrato em branco e preto」として知られることになります。巨匠の奥の深さを味わうために、シコはトムの勧めに従って教師(ヴィルマ・グラーサ)に付いて音楽を真剣に勉強することまでしました。

一九六八年以降に二人が作った作品はほとんど一ダースになります。「サビアSabiá」「ポイズ・エPois é」(一九六八年)、「オーリャ・マリアOlha Maria」(ヴィニシウス・ヂ・モライスを含めた三人の共作、一九七〇年)「エウ・テ・アーモEu te amo」(同名のアルナルド・ジャボルの映画のテーマ曲、一九八〇年)、「イマジーナImagina」(一九八三年)、「ア・ヴィオレイラA violeira」(一九八三年)、「メニーノス、エウ・ヴィMeninos, eu vi」(一九八三年)、「バングザリアBangzália」(一九八五年)、「黄金の歳月Anos dourados」(一九八六年)、「マンゲイラのピアノPiano na Mangueira」(一九九二年)……実に豪華なラインアップです。(続く)

2005年03月14日

5万アクセスを超えました

昨年10月10日の開設以来のアクセス数が、昨日までで50,101とちょうど5万を超えました。いつもお越しいただいてありがとうございます。

当面は細々と続けていくつもりです。これからも宜しくお願いします。
posted by naoki at 22:00| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月13日

マリア・ベターニャのヴィニシウス集

タイトルは『キ・ファルタ・ヴォセ・ミ・ファス』。楽しみにしていたのですが、タワーレコード吉祥寺店に並んでいたので早速買ってきました。今聴いていますけれど、予想に違わないすばらしい出来です。

ちょうどあるミュージシャンと「行為の動機」について話して帰ってきたところなので、いろいろな思いが頭をよぎります。その話はまた。
posted by naoki at 23:50| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

スカイパーフェクトTVで観るトムのライヴ

僕はほとんど海外のラグビーフットボールの試合を観るだけのためにスカイ・パーフェクト・TVを視聴しているのですが(あとは映画も良く観ますけど)、ミュージック・エアというチャンネル(271)で時々放映される番組に、トム・ジョビンの貴重なライヴの映像があります。

番組は約五十分。一九八六年の来日直前のモントリオールのジャズ・フェスティヴァルのライヴ。バンダ・ノヴァのコーラスの女性たちの衣装が日本公演とほぼ同じなのがほほえましい。一応、演奏される曲目を書いておきます。

サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ
おいしい水
シェガ・ヂ・サウダーヂ
トゥー・カイツ
ウェイヴ
ボゼルギン
ファランド・ヂ・アモール
ガブリエーラ
フェリシダーヂ
ジェット機のサンバ
三月の水
ガロータ・ヂ・イパネマ
サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ

「イパネマの娘」の中国風のエンディングはこれが初演かもしれません。この曲が終わるとトムはモントリオールのお客さんに「アリガト」と言っているのだけれど、いったい通じているんだろうか?

まあ、こういう貴重な映像が各国のテレヴィ局にはたくさん残されていると思うのですよね。92年のリスボンのライヴDVDの噂もあることですし。発掘を切に望みます。

*番組表を改めて眺めたら、最近はあまり放送されていないようです。残念です。

2005年03月11日

ザ・サウンド・オヴ・サイレンス〜ローラ・マッカーシー

以前に何度かeメールを交換したことのある、ローラ・ペルナー・マッカーシーのサイトを紹介します。

以前はもっとジョアンの記事がたくさんあったのですが・・・。

エッセイのところにある「ザ・サウンド・オヴ・サイレンス」をぜひ読んでください。

http://silkpurse.net/
posted by naoki at 21:58| Comment(11) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする