2005年08月31日

ブラジリア、暁のシンフォニー(1)

 ディスコグラフィを眺めては、「こんなレコードには一生巡り合うことがないだろうなあ」と思っていたレコードと、ばったりと巡り合ってしまいました。

 そのレコードとは、『Brasilia, Sinfonia da Alvorada』。詳細は僕の「愛と微笑みと花」を読んでいただきたいのですが、一九六一年四月二十一日のブラジリア開幕記念式典のために、トム・ジョビンが作曲、ヴィニシウス・ヂ・モライスが作詞した、ジョビン唯一のシンフォニーです。

 ただ、今回入手したのはオリジナル盤ではなくて、一九八三年のブラジリア23周年を記念した復刻盤。ジャケットもあのオスカー・ニーマイヤーのチャーミングなイラストではなくて、ピアノを弾いているトム・ジョビンを上から写した写真です。

 もちろん何万円もするものは買えないのですが、1万円出して半分くらいお釣りが来る価格だったので、まあこれは僕には一生もんだからと自分に言い聞かせながら買いました。

 で、いろいろと面白いことがわかったので、それはまた書き込みます。

2005年08月29日

シコ・ブアルキのDVD3枚組が大ヒット

ラティーナのサイトによると、先月発売されたシコ・ブアルキのDVD3枚組は早くも10万ボックス以上売れているとのこと。すごいですね。続編も予定されていて、とりあえずCDが3枚出る予定で、そのうちの1枚が「シコ&トム」だそうです。楽しみ。
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2005年08月27日

『イネーヂト』発売中

『イネーヂト』はすでに入荷されているようで、昨日ディスクユニオンにありました。

驚いたのは、1枚組なんですね。収録曲は24曲。良く入るものですね。

ヴェラ・アレンカルの発案によってトム・ジョビンの60歳の誕生日を記念して制作されたアルバムで、ブラジル企画製作社(CBPO)とオデブレヒト財団がプロデュース(この時同時にセルジオ・カブラルによる評伝も編集・発行されています)。1987年5月〜8月にリオのトランスアメリカのスタジオで録音されました。トムのパートは自宅で録音されていて、「もう少しでパジャマを着たまま録音するという贅沢を味わうところだった」そうです。

当初のLP(2枚組)のタイトルは『トム・ジョビン』で、長年コレクターズ・アイテムでしたが、1995年にCDとして発売された時に(LPは限定4千枚のプレスで、それまでほとんど一般には売られていなかったことから)『イネーヂト』というタイトルが付けられました。

アルバムの企画の段階で「いくら使っても構いません。どんなに有名なミュージシャンを雇っても構いません」と言われたトム・ジョビンは、レコーディング・メンバーに普段の自分のファミリーバンドであるバンダ・ノヴァを起用しました。音も本当に、家族や仲間と音楽をする喜びに溢れています。有名曲の大半をカヴァーしていますし、トム・ジョビン入門編としては最適のアルバムです。

個人的には、「eu nao existo sem voce」、「por causa de voce」、「sucedeu assim」と続く1枚目の後半のあたりがすごく好きです。

2005年08月24日

9万アクセスを超えました

8月20日までのアクセスが90186と、9万を超えていました。ここのところサボることが多かったので、何だか申し訳ないような気持ちです。せいぜいせっせと書くことにします。

もし10万になったら何かしないといけないですかねえ……。

まあ今後とも宜しくお願いします。
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2005年08月23日

ディスコグラフィ

トム・ジョビンが作った曲は、本人によれば500曲、パウロ・ジョビンによれば300曲(いずれも上田力さんのインタヴューより)。でも、僕がいちばん信頼しているディスコグラフィ……『アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男』の日本版……にさえ、261曲しか記載されていません。ポルトガル語と英語とで二重に掲載されている曲もあるので、実質はもっと少ないです。

このディスコグラフィにない曲も、すでにいくつかわかっています。昨日紹介した曲などもその一つです。亡くなったあとに発見された曲もいくつもあります。

コンプリート・ディスコグラフィの編集を待ちたいところです。誰か挑戦しないかなあ。

2005年08月22日

マリア 私の愛

谷川理恵『夏の手紙』というCDを譲ってもらいました。「トム・ジョビンが一曲提供していますから聴いてみてください」と。

この歌手がどんな歌手なのかわからないし、その「トムの曲」以外は聴いていないので本当に何もわからないのですが、トムはこういう歌手にも曲を書いたりしたのでしょうか? ちょっと信じられないですが。確かに晩年は小銭稼ぎみたいな作曲もたくさんしていたのは事実ですが…。

曲名は「マリア 私の愛」。そう言われて見ればそういう雰囲気もある……かなあ。1992年の録音みたいです。

2005年08月14日

8月の音楽

この季節になると、7年前に失われた、一つの小さな命のことを思わずにはいられなくなります。と言うよりも、そのことしか考えられなくなります。

あの時、井の頭公園で、若者たちが演奏している音楽が本当にいやだった。静かにしていて欲しかった。自分の中に流れている音楽(特定の音楽ではありません)を邪魔しないで欲しかった。

10代や20代の頃は、疲れたときやしんどいときには音楽を求めたものでした。でも最近、そういうときこそ静かに、何も聴かずに過ごしたいという思いが強くなりました。

最近ちょっと、音楽との距離の取り方が、微妙に変化してきています。

歳を取っただけのことかもしれないけれど。

というわけで、今日も我が家の音楽再生装置は一日中お盆休みでした。
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2005年08月11日

ヴィニシウスはなぜ行かなかったのか?

1962年11月21日、ニューヨーク・カーネギーホールのボサノヴァ・コンサート。トム・ジョビンも皆より一足遅れて会場に到着、ジョアン・ジルベルトともにこのコンサートの中心的役割を演じました。

でもそのトムに渡米を説得したうちの一人、ヴィニシウス・ヂ・モライスはコンサートに出演していませんでした。なぜか?

犯人はJ.F.ケネディです。

ヴィニシウスはキューバとの連帯義務を果たしたのでした。米国のキューバ侵攻の諸政策にイタマラチ(ブラジル外務省)として抗議していたのです。考えてみれば、いわゆる「キューバ危機」は、10月22日(ケネディのテレヴィ演説)から30日(マングース作戦中止)までの約1週間。「ボサノヴァ・コンサート」からほんの1ヶ月前の出来事でした。

JFKのキューバ政策がもっと温和なものだったら、ヴィニシウスもトムやジョアンとともにあの時のカーネギーホールに出ていたかもしれないわけですね。歴史は面白いです。
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2005年08月09日

キューバとブラジル

プラッサ・オンゼの故・浅田英了さんが、亡くなるちょっと前に、うちの相方にこんなことをこぼしたことがあるそうです。

「ブラジルはもうすっかりすれてしまったよ。そして、ブラジルが失ってしまった最良のものが、キューバには残っている。オレは今はキューバの方が好きなんだ」

今となっては真意は不明ですが、何となくわかる気がします。「わかる気がする」なんて失礼かもしれませんが。僕はまだブラジルにもキューバにも一度ずつしか行ったことないのですが。

でも、「カストロ後」のキューバは米国資本が一気になだれ込んできて、急速に変わってしまうことでしょう。わかっていても、誰にも止められない。それはすごく残念です。

リオも恋しいけど、ハバナも恋しいです。
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2005年08月08日

イブライム・フェレール死去

僕がブラジル音楽に次いで敬愛しているのはキューバ音楽なのですが、「キューバのナット・キング・コール」ことイブライム・フェレールが亡くなったそうです。今日の夕刊で知りました。

78歳だったとのこと。残念です。静岡の焼津で聴いた「ドス・ガルデニアス」を僕は一生忘れないでしょう。

ご冥福をお祈りします。
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2005年08月06日

シコよ、あなたもか?

シコがビスコイト・フィーノから新しいCDを発売することになったと、ビスコイト・フィーノが昨日発表しました。今月末から新曲のレコーディングに入り、年末か来年の発売になるそうです。1998年のAs Cidadesからすでに7年。小説もいいけど、やはり彼の音楽が待ち遠しいものです。
http://www.biscoitofino.com.br/bf/not_bfnamedia_cada.php?id=395
それにしてもビスコイトはますます21世紀のエレンコみたいになってきたな。
posted by naoki at 11:43| Comment(10) | TrackBack(0) | シコ・ブアルキのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月02日

alvoradaの話の続き

「吉祥寺ブラジル化計画」を推進しているAlvoradaのマスター黒沢さんは写真もお上手で、ブラジルで撮影した写真がトイレに何枚も貼り付けてあります。

その中の一枚に僕が反応して、「あれ、トム・ジョビンが住んでいたアパートメントのそばでしょう?」と言ったら、「良くわかりますね。それ言ったの岩切さんだけですよ」と言われました。

モノクロームのその写真には、あの、イパネマのナシメントシウヴァ通りの光と、木陰と、風が、完璧に表現されています。木の葉の擦れ合う音が聴こえてきそうなくらい。

で、「これはジョビンが住んでいたアパートメントの前の写真です」なんてキャプションに書いてないところが格好いい。ニクイです(笑)。

吉祥寺に出かけることがあったら、alvoradaに立ち寄って、トイレの写真を見てください。ぜひ。

食事もおいしくて安いですよ。
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2005年08月01日

昨日ヴァスコと吉祥寺Alvoradaで

昨夜はヴァスコ・デブリートとJ子さん(ホブソン・アマラールのムリェール)と吉祥寺Alvoradaで痛飲(ホブソンは長崎に長期出張中)。

ヴァスコは昔このAlvoradaから歩いて5分のところに住んでいたので、当時のことを思い出しました。そう言えば、初めて彼に食事に招かれて遊びに行った時、たくさん集まるパーティなのかと思って出かけたら、ゲストは僕一人だったのでびっくりしたものでした。あの時Y子さん(ヴァスコのムリェール)が焼いてくれたいわしの味は今でも忘れられません。

極めて個人的な話で恐縮ですが。
posted by naoki at 21:02| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする