2006年01月31日

トム・ジョビン「謎のディスク」(9)

*さて、長々と掲載してきた、クルービ・ド・トムの「トム・ジョビン謎のディスク」の最後の部分です。まず、ルイス・ホベルト・オリヴェイラがこう紹介しています。

我々の新しい友人ロレンソ・アロカスが舞台に入り込んできます。彼は海賊行為を確証し、クラウス・オガーマン、トム、ビル・エヴァンス(クラウスは彼のためにも素晴らしいアレンジをしています)について語ります。

ルイス・ホベルト・オリヴェイラ

*そしてそのロレンソ・アロカスからの通信です。スペイン語なので、一部意味が良くわからない頭の部分は省いて、途中から紹介します。

97年8月23日

(前略)

同国人アントニオが断定しているように、このCDは一九九四年にDivucsaによって「Amor de Samba」として編集され、Divucsaによってディストリビュートされているほとんどすべての作品と同様に特売価格で販売され、それだけではなく、CDの中にレコーディング・データの記述をまったく提供していませんでした。私は一九九五年にこれを入手しましたが、最初に聴いた時から、トムがそのCDに参加していないことを絶対に確信できました。作曲においても参加していませんし、演奏においても参加していません。ほとんどすべての曲と編曲はひどい味わいで、通俗で単純で、これが小音楽家の仕事であることを示しています。このアレンジが、トム、ビル・エヴァンス、彼自身のアルバムのアレンジで私たちが良く知っているクラウス・オガーマンのアレンジであるはずがありません。彼の仕事は常に傑出しています。私はこのアルバムのいくつかの曲を八〇年代始めにスペインで発売されたブラジル音楽のLPで聴いたことがあることを確信しています。おそらくアントニオ・オルティスがボンファのアルバムのいくつかの楽曲のことを言っているのには充分な理由があります。録音技術の質が不足しているのは私には特別に珍しいことのように思えます。同時代のほかのレコードは不正に録音されたものでもとても優れた品質を持っています。

CDの各曲はすべてが同一のオリジナル・アルバムに属していたものではないし、おそらく同一の音楽家のものでもないことは明白だと私は信じています。ところどころ滑稽な結果になっているこの録音でトムはまったく何もしていないと確信しています。楽曲の名称はおそらくアルバムのデータをまったく持っていなかった編集者によってでっち上げられているようです。「Samba of love」や「cupids」のような名称は私には本当に胡散臭く思えます。

私の感想が退屈でなければ良いのですが。もしちょっとでもそうならおっしゃってください。抱擁を。

ロレンソ・オリオルス・アロカス
スペイン・ヴァレンシア

2006年01月30日

トム・ジョビン「謎のディスク」(8)

*そしてこのスペインのアントニオさんがさらに次の情報を伝えてきます。

97年6月16日

我らが親愛なるアントニオ・オルティスが再び議論します
ハロー・アゲイン、ルイス

もう一つの新発見

トムの不正CD「ESTRADA BRANCA」の「INCERTEZA」(ジョビン=ヂ・モライス)のテーマはヴィオロニスタのルイス・ボンファのアルバム「LUIZ BONFA PLAYS AND SINGS BOSSA NOVA」の「SILENCIO DO AMOR」のテーマそのものです。「Estrada Branca」にはルイス・ボンファのこのアルバムのほかのテーマも存在するかもしれません。

情報
http://siteworks.com/szabo/ls_others.htm
(アルゼンチンのジャズ・ピアニスト、ラロ・シフリンのコラボレイション)

ではまた、
アントニオ・オルティス・カハースコ
サント・クガット・デル・ヴァレス(スペイン・バルセロナ)

2006年01月29日

トム・ジョビン「謎のディスク」(7)

*さて、これでこの件は一件落着かと思われたのですが、続いてルイス・ホベルト・オリヴェイラはこう書いています。

ところがこの物語はまだ終わっていませんでした。スペインのアントニオ・オルティスが書いてきたことを見てみましょう。この海賊行為は細分化されてきているようです。

*そしてその、こちらもアントニオさんからの通信です。

97年4月18日

ハロー・アゲイン、ルイス

トムのディスク「Estrada Branca」はいんちきです。スペインには「Amor de Samba」という同じディスクのもう一つのヴァージョンが存在します。「Estrada Branca」の曲とアレンジはとてもひどく、二曲はスタン・ゲッツとルイス・ボンファのアルバム「Jazz Samba Encore」の中の曲です(「Ebony Samba」と「Tribute to Getz」)。トムのクオリティは高いし曲は良いし、これは海賊録音ではありません!

トムのファンは「Estrada Branca」がいんちきだと知っておくために「謎のディスク」を忘れない方が良いでしょう。

*さらに続けてもう一通。

97年4月22日

どうもです。で注釈……。「Estrada Branca」のスペインでの名称であるディスク「Amor de Samba」はスペインのレーベルDivucsaによって編集されています。クアルテート・エン・シーの「Chico em Cy」(あなたの友人シコ・ブアルキのソングブック)の海賊版である「シコ・サンバス」というのもあります。それもまたDivucsaのレーベルから出ています。

アントニオ・オルティス(スペイン・サント・クガット・デル・ヴァレス)

2006年01月28日

トム・ジョビン「謎のディスク」(6)

*さて、エリコ・サン・ジュアンからさらにもう一通のEメールが届いて、ルイス・ホベルト・オリヴェイラがこう紹介します。

エリコ・サン・ジュアンの新しいEメールはこのミステリーを一挙に終結させるものであり、言うべきことをちゃんと言っています。

*そしてそのエリコ・サン・ジュアンのEメールです。

97年4月16日

私は先のEメールで言葉尻の間違いをしてしまいました。CD「Estrada Branca」は「海賊」盤だと断定してしまいました。そうではなくて、その表現を用いたのは私の誤りです。これはトムが参加していない「不正盤」として取り扱うのが正解です! もしこれが海賊だとしたら、「tonzófilos」(岩切註:この言葉の意味はわからないのですが、この盤を制作した人たちのことを指している言葉です)は有頂天になるでしょう。実際にマエストロの未発表の録音が不正規な形で録音されてプレスされたということなのですから。

でも不正盤という取り扱いになれば、それは下劣なことです。さて、以下、フイ・カストロの以前の一節の書き写しであることを誓約します。タイトルは「魔術によるさらなるトム・ジョビン」で、1996年7月11日のサンパウロ州新聞に掲載されたものです。この記事で、フイはトムの公式盤こそがファンに購入されるべきだと、重視されるべきだと、選集でも間違いのないように警戒すべきだと勧告しています。最後の節ではこう断言しています。「恥知らずなのは「1969年にニューヨークで録音された」トムの未発表盤として紹介されているフランスのKardumというレーベルから発売されたCD「Estrada Branca」だ。これはトムの録音ではない。ヴォーカルさえ偽造と納得できるものだ。でもこれはすでに幽霊の追跡を受けているに違いない。亡き作曲家の夫人アナ・ロントゥラ・ジョビンの弁護士たちによって」

今回の誤解(勘違い)に終止符が打たれることを期待して、お別れを言います。偉大なる抱擁を、ルイス!

エリコ・サン・ジュアン

2006年01月27日

トム・ジョビン「謎のディスク」(5)

*続いて今度はルイス・ホベルト・オリヴェイラの方から返信があります。

97年4月15日

今日、私の友人でピラシカーバ新聞のエリコ・サン・ジュアンからEメールを受け取りました。以下に転送しますが、おそらく「謎のディスク」のご質問に決定的な光を与えるものだと思います。

*以下はそのエリコ・サン・ジュアンからのEメールの文章。

親愛なるルイス

我らがトムのすばらしいホームページに書いたり褒めたりするために戻ってくるのに大変時間が掛かってしまいました。アントニオ・カルロス・ジョビンの未発表作品として友アントニオ・メーナ・ゴンサルヴェスによって告知されているディスク「Estrada Branca」について発言させていただこうと思います。

ジャーナリストのフイ・カストロは、新聞「サンパウロ州」で発表した記事で、問題は海賊盤なのだと断言しています。マエストロを失った夫人アナ・ロントゥラ・ジョビンの弁護士までも、合法な方法を侵食する不正な市場で発表されているトラックがあると言っています。

もしお望みでしたらその記事の一節を別のEメールでお送りします。その文章は家にありますので、見つけるのは難しくありません。誤解を終わらせるために寄与できることを期待しています。署名、

抱擁を
エリコ・サン・ジュアン

2006年01月26日

トム・ジョビン「謎のディスク」(4)

*こんなふうにしてアントニオさんの文章はどんどん熱を帯びていきます。行間から「自分は今世界的な発見をしているのかもしれない。少なくともジョビン・マニアにとっては歴史的な発見をしているに違いない」という興奮が伝わってきます。

97年4月9日

親愛なるルイス

CD「Estrada Branca」の表ジャケットと裏ジャケットとあなたと話した件についての記載のカラーコピーを、追って郵便で送ります。1969年のオリジナルの録音を収めたこのCDは、1995年にフランスで編集されました。このCDは僕を半分困惑させています。これまでに売られているのを見たことは一度もありませんでしたし、この件について読んだことも一度もありませんでした。最も信じられないのは、トムのスペシャリストであり、我らのマエストロの作品についてのたくさんの資料を調べ上げ、たくさんの手紙を受け取っているあなたが、このCDが存在するという情報さえ持っていなかったということです。あなたにこのニュースをお伝えできたことはとても自慢に思います。でも同時にとても不安にも思います。これは一種の偽造なのではないかと。

トムの音楽の権利の所有者たちがこのディスクを知っているかどうか知る手段はありますでしょうか?

最後に、僕はこれらのコピーがただちに到着することを望んでいます。最近、ECTは非常にのんびりしているということを読みました(そして自分の経験からも知っています)。もし僕の手紙が合理的な期限に(十五日とかそのくらいで)着かなければ、お知らせください。もう一度送ります。そのお便りを気に掛けています。

友の抱擁を
アントニオ・メーナ・ゴンサルヴェス
米国メリーランド州ベゼスダ

2006年01月25日

トム・ジョビン「謎のディスク」(3)

*今日はトム・ジョビンの79回目の誕生日です。

*引き続き、アントニオさんからクルービ・ド・トムに送られた手紙の紹介です。

97年4月6日

親愛なるルイス・ホベルト

最近Eメールをやり取りしたESTRADA BRANCAのディスクのミステリーを解明したのでもう一度失礼します。僕は今日そのディスクを買いました。とても驚いたことに、一つの未発表編集盤の問題を、あるいは少なくともそのディスクがある録音の存在を肯定していることを確認できました。

そのディスクはパリのパッセージ・サンセバスチャン75011‐5に住所のあるKardum/IMPによってプロデュースされ、ラ・プレーヌ・サンドニのリュー・デュ・ベイリー93210‐30乙(ビス)に住所のあるNIGHT & DAYによってディストリビュートされています。CDに添えられている解説は、収録されているのが1969年の一つの録音であることを語っていて、トムのディスコグラフィでは1967年のA certain Mr. Jobimと1970年のTideの間に挟み込まれるはずだと伝えています。

その解説は、オリジナルの録音は1969年の4月にニューヨークのA&Rスタジオでされたもので、商業的にスタートする以前に破産が明らかになったヴァーサタイル・ブランドのための録音だったと説明しています。さらにその解説によると、テープは弁護士の保護の下に残っていて、1994年のトムの死に動機付けられ、95年に発売を奨励することが決定されたということです。

このCDには十一のトラックが入っていて、トムと共作者の作品は六曲あります。Janelas abertas、Samba não é brinquedo、Incerteza、Estrada branca、O morro、Lamentoです。そのほかの五曲は、Samba de amor(V.Borjas)、Three note samba(E.Hess e V.Gabriel)、Cupids(S.Valdez e B.Whitney)、Live for tomorrow(B.Rodriguez)、Girl upstairs(B.Whitney e E.Gazas)です。アレンジはトムとクラウス・オガーマンで、ミュージシャンは、James BuffingtonとRay Alonge(フレンチホルン)、Candido Camero(ボンゴ)、Mel DavisとBernie Glow(トランペット)、Phil Bodner(フルート、オーボエ、アルトサックス)、Wally Kane(バリトンサックス)、Tom Jobim (ピアノ、ヴィオラォン、ヴォーカル)、Dom Um Romão(パーカッション)、Bob Bushnell(ベース)、Gracinha Leporace (ヴォーカル)です。トムは二つのトラックで歌っていて(IncertezaでGracinha Leporaceと。もう一曲はLamentoで)、そして明らかに、ほかのすべてのトラックでピアノまたはヴィオラォンを弾いています。

結局、新発見のCDの問題は、技術的に、留意するに値するかどうか、主要ディスコグラフィに載せるべきかどうかということです。この演奏は特別にすばらしいということはありませんが、当時の彼らが作っていて持っていた高品質の水準には合致します。歴史的な価値があることには疑いありません。

もしご興味がおありでしたらその表ジャケットと裏ジャケットと解説のコピーをお送りします。スキャナーを持っていないので、郵便でお送りします。もしコピーをご希望でしたら住所を送ってください。

*明日に続きます。

2006年01月24日

トム・ジョビン「謎のディスク」(2)

*さてではアントニオさんからクルービ・ド・トムに送られた最初の手紙です。

97年3月31日

親愛なるルイス

僕は名前をアントニオ・メーナ・ゴンサルヴェスといって、米国はワシントンDC大都市圏の一部であるベゼスダに住んでいます。ブラジル音楽の貪欲かつ執拗なコレクターで、大巨匠ジョビンの記念碑的作品を僕たちの子孫に引き継ぐために、できるだけ完璧なトムのディスコグラフィを完成させようと努力してきました。僕が当たってきたリストには矛盾があちこちに含まれているので、その仕事は多少厄介ではあります。苦痛ということはまったくないのですが。

さて、ある日ニューヨークで発見した一枚のCDが僕を打ちのめしました。クルービ・ド・トム(ところでこれすばらしいです)を含めて、これまでに目を通したどの記録のどの資料でも一度も見たことがなかったものだったからです。編集されたディスクであることはわかりましたので、商品にはそれほど興味が持てませんでした。でも良く調べてみたところ、録音データの表示には興味津々でした。CDの名称は「ESTRADA BRANCA」です。1969年にニューヨークでクラウス・オガーマンと録音されています。そして次の曲が含まれています。

Samba de amor
Three note samba
Cupids
Live for tomorrow
Samba não é brinquedo
Incerteza
Estrada branca
Girl upstairs
O morro
Lamento

このディスクについて何かしら情報をお持ちですか? このエニグマをどう説明するかお考えはありますでしょうか? 我らがトムは天国で録音してニューヨークの店にディスクを登場させているのでしょうか? どうかヒントをお願い致します。

*明日に続きます。

2006年01月23日

トム・ジョビン「謎のディスク」(1)

アントニオ・カルロス・ジョビンの誕生日は1月25日。今年は生誕79周年に当たります。そこで今週はスペシャル・ウィークということで、以前にトム・ジョビン研究サイト「クルービ・ド・トム」で紹介された、「トム・ジョビン謎の未発表CD発見か!」の話を掻い摘んでお伝えしましょう。

まず、このサイトの主宰者であるルイス・ホベルト・オリヴェイラは前文でこう述べています。

「トムのレコード・コレクターであるアントニオから受け取った詳説をここに公開する。エリコ・サン・ジュアンから送られた情報で、そのミステリーは今や完全に解明された。

クルービ・ド・トムは感謝する。確実性に疑問を投げ掛けてくれたアントニオに。この問題を終結に導くために大変な努力をしてくれた、このサイトの古くからの熱狂的なファンである、ジャーナリストのエリコ・サン・ジュアンに。

しかしこのストーリーはスペインのアントニオ・オルティスから送られた新しい事実によってまだ続いている。この海賊行為は多国籍なのだろうか?」

*このエピソード、どこまで丁寧にご紹介できるかわかりませんが、一応明日に続きます。

2006年01月22日

1月22日に聴いたレコード

*7時起床。窓を開けると一面の雪景色。快晴。入浴のあと、午前中はピアノ・トリオを掛けながらのんびりと過ごす。

『フライト・トゥ・デンマーク/デューク・ジョーダン』AB面

『ブライト・アンド・ブリージー/レッド・ガーランド』A面

『スピーク・ロウ/ウォルター・ビショップ・ジュニア』A面

『ケリー・ブルー/ウィントン・ケリー』A面

『グリーン・ドルフィン・ストリート/ビル・エヴァンス』A面

*秩父宮ラグビー場でマイクロソフトカップ二試合を観戦。試合後に出口の階段で滑って転んで腰を強打する(現在湿布中)。試合に出たわけでもないのに、情けないったらない。

*以下、帰宅して少しだけ仕事をしながら。

『エン・シー・マイオール/クアルテート・エン・シー』A面

『ワーク・オヴ・ラヴ/レニータ・ブルーノ』A面

『ドイス・ナ・ボッサ』A面

『ジョンゴ・トリオ』

*以上、最後の一枚だけCDで、あとはLPです。

*今日の午前中に聴いたジャズ・ピアノのアルバム5枚に共通して含まれている曲を挙げられる人は、かなりのジャズ・ピアノ・ファンでしょう。答えは、「on green dolphin street」。僕はなぜか良く晴れた日曜日の朝にはこの曲が聴きたくなるのです(特に5月くらいに)。

*ところで先週後半から、人生の分岐点と言っても良いくらいのできごとが持ち上がりました。今日ようやく決断を下したところです。良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、まあ、自分のできることに全力で取り組んで生きていくしかないですね。頑張ります(何だか思わせぶりで申し訳ありませんが)。
posted by naoki at 23:48| Comment(15) | TrackBack(0) | 今日聴いた音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

『トリブート・ア・トム・ジョビン』クラウディア・テリス

 クラウディア・テリスのこのジョビン集、たぶん二〇〇五年に出たものだと思います。

 一昨日紹介したシルヴィア・テリスの愛唱曲集に比べるとずいぶんと肩の力が抜けていて、僕はこういう歌の方が好きです。前半の、「Fotografia」、「O grande amor」、「Brigas nunca mais」、「É preciso dizer adeus」と並んでいる辺りが良いです。

 ところが、「Estrada do sol」と「Triste」のメドレーはまったくいただけない。「Samba de uma nota só」も遊び過ぎで気に入りません。どうしてこういうふうにしてしまうのだろうなあ。

 それにしても、以前はあまりぱっとしないMPBばかり歌っていた彼女が、最近すっかりボサノヴァづいているのは興味深いです。

2006年01月20日

『ポル・カウザ・ヂ・ヴォセ』クラウディア・テリス

 以前にコアラ・レコードの新譜を紹介した、シルヴィア・テリスの娘のクラウディア・テリスによる、母シルヴィアの愛唱曲集。全十六曲中八曲がトム・ジョビンの曲で占められています。録音は一九九七年。

 このCD、僕は先に日本盤(邦題は『クラウヂア・カンタ・シルヴィア』)を買ったのですが、ずいぶん経ってから「権利上の都合でオリジナル・アルバム収録の「Dindi」と「Se Todos Fossem Iguais a Você」は収録されておりません」と書いてあるのに気がついて、よりによってその二曲をカットするとは!と、あとからブラジル盤を買い直しました。そしてその「権利上の都合」が何のことなのかがわかりました。この二曲でクラウディアは母シルヴィアとデュエットしているのです。もちろん「アンフォゲッタブル」形式の多重録音で。

 収録曲の中ではその「Se Todos Fossem Iguais a Você」と、あとは「Por Causa de Você」、「Duas Contas」あたりが良いです。クラウディアは母親譲りの好ヴォーカルを聴かせますが、ただ、シルヴィアのあの繊細さ、精妙さはさすがにちょっとないですね。でもまあ安心して聴ける好盤だと思います。

2006年01月19日

ハンス・ヨアヒム・コールロイター

 トム・ジョビンの最初の音楽教師だったハンス・ヨアヒム・コールロイターが、セヴェリノ・アラウジョの教師でもあったことを先日書きましたが、ウィキペディアの記事にさらに驚きの事実がありました。

 1915年9月2日生まれのコールロイター、なんと、亡くなったのは2005年9月13日だったとのこと。すなわち昨年の9月、今からたったの四ヶ月前です……。

 しまったなあ。何とかして会いに行っていれば良かった。

 1937年にドイツからブラジルに移住したコールロイターは、1939年から「ムージカ・ヴィヴァ」という運動を始めてその中心人物となります。そしてその生涯にたくさんの生徒を持って音楽を教えます。その中には、トム・ジョビン以外にも、ポピュラー音楽またはクラシック音楽の分野で大成した次のような面々がいました。

 ヂャルマ・コヘーア、カエターノ・ヴェローゾ、トン・ゼー、ジルベルト・メンデス、マーロス・ノブリ、ティム・ヘスカーラ、クララ・スヴェルナー、ジルベルト・ティネッチ、マルセーロ・ブラッケ、ネルソン・アイレス、パウロ・モウラ、ホベルト・シオン、ジョゼ・ミゲル・ヴィスニック、ヂオゴ・パシェコ、アイザック・カラシェフスキー、ジュリオ・メダリアという面々です(僕には半分くらいわからないのですが)。

 音楽を教えることについて、コールロイターは次のような言葉を残しています。

「私は教えるとはどういうことかを生徒から学んだ。教訓は三つある。(1)絶対的な価値などない、相対的な価値があるだけだ。(2)芸術には誤ったことなどない、重要なのは新しいものを創り出すことだ。(3)教師の言うことはまったく信用できない、君が読んだことも、君が考えたこともだ、常に問い掛けることが必要なんだ」

http://www.stickel.com.br/atc/site/materia.php?materia_id=1634
posted by naoki at 00:33| Comment(13) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

愛と哀しみの翻訳講座(後)

 前出のサイトの記事の中に、tataravôという単語のことが出てきました。「パラトドス」の歌詞の始めのところでシコは自分の父や祖父や曽祖父の出身地を歌っているのですが、その最後に出てくるのがtataravôです。僕はこれを無造作に高祖父と訳してしまったのですが、シコ自身がこの単語を誤って使っているのではないかという話です。

 祖父はavôですし、曽祖父はbisavôです。そして高祖父は?と訊かれると、多くのブラジル人はtataravôと答えるそうです。でも実際は、高祖父を表わす語として辞書に載っているのはtrisavôだということです。

 さらにいくつかの辞書では、tataravôはtrisavôの父親であるtetravôの相似形として説明されているということです。

 さらに加えて、その他の辞書では人々の最近の使い方を認めるようになってきている、すなわち、tataravôを高祖父を表わす語として受け入れるようになってきているということです。

 僕も最初は「シコほどの人でも言葉の本来の意味を取り違えて歌詞を作ったのかなあ」と思ったのですが、音節を数えて、納得がいきました。音節数は、tataravôは4で、
trisavôは3です。すなわち、シコはおそらくヘドンヂーリャを手に入れるためにこのtataravôという語を故意に誤用したのではないかと思われます。

*今日までのアクセスが140,009と、14万を超えました。いつもご覧いただいてありがとうございます。
posted by naoki at 23:58| Comment(11) | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

愛と哀しみの翻訳講座(前)

*別に講座でも何でもないのでそのつもりでお読みください……。

 シコ・ブアルキの「パラトドス」を訳した時に書こうと思っていたことを忘れていました。

 この歌詞には辞書を引いてもなかなか載っていない単語がいくつか出てくるのですが、avoandoもその一つです。avoarという動詞の現在分詞だということはわかるのですが、avoarという言葉は僕のどの辞書にも出ていない……。

 僕はこういう時には知り合いのブラジル人に質問するか、ネットで検索することにしています(調べたい内容によります)。この時はネットで調べて、そうしたら以下の記事を見つけたのでした。
http://www.tvcultura.com.br/aloescola/linguaportuguesa/significacaodaspalavras
/variacaodovocabulario-voar-avoar.htm

 要するに、avoarはvoar(飛ぶ)の変化形だということです。そしてポルトガル語には、このように変化形や相似形を持っている言葉がたくさんあるということです。

 ポルトガル語の歌詞や文章を読み込もうとしていつも止まってしまうのは、このようなちょっとしたことです。すなわち、「誰かに説明してもらえば良くわかるのだけれど、こちらから質問しないかぎりは誰も説明してくれないこと」です。

 でもそれを言えば、日本語がいちばん厄介なのだろうなあと容易に想像できます。avoarとvoarに関して言えば、「すてる」=「ふてる」とか、「ゆでる」=「うでる」という感じなのでしょうね、きっと。
posted by naoki at 22:59| Comment(6) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

シコ・ブアルキ「ブダペスト」

未確認情報なのですけれど、シコ・ブアルキの最新小説「ブダペスト」の邦訳が刊行されるようです。昨日知り合いから聞きました。詳しいことがわかればまた報告します。

僕はポルトガル語版と英語版を左右に置きながら一読して、今またノートを取りながら再読していたところでした。「誰も訳さないのなら……」と思っていたところなのですが、正式な訳が出るのであれば大変に良かったです。

刊行を楽しみにしています。
posted by naoki at 12:18| Comment(10) | TrackBack(0) | シコ・ブアルキのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

トム・ジョビンのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(4)

 ほかにも、この本で紹介されているアーティストで、触れておきたいアーティストはたくさんいます。ガロート、ジャネッチ・ヂ・アルメイダ、カルロス・ジョゼ、ミルチーニョ、セルジオ・アウグスト、マリオ・ヘイス、などなど。でもきりがないので、トム・ジョビンのことにちょっとだけ触れてこの本の話は終わりにします。

 坂尾さんはトム・ジョビンとずいぶん親しかったのですね。べろべろに酔ったトムが坂尾さんの肩に腕を回して何やら喋っている写真は、大変に微笑ましいです。

 トムについての文章の中でいちばん深く肯いたのは、「シェガ・ヂ・サウダーヂ」発売前にバーでピアノを弾いていたトムを聴いた時の坂尾さんの印象です。

「この人はジャズマンではないな、という感じを受けた」

 僕はもちろんその時代にトムがどういうピアノを弾いていたのかは知る由もありませんが、その話はとても良くわかります。トム・ジョビンのピアノは後年になっても多くのジャズ・ピアニストのピアノとはまるっきり違っていました。それは、僕の本にも書いたことですが、たくさんのジャズ・ピアニストと同じ夜にカーネギーホールのステージに立った、ヴァーヴ50周年のVHSとCDで一聴瞭然です。他のピアニストが叩きまくった鍵盤の前にトムが座ると、何ともまろやかで含みのある音が生み出されてきます。

 そして坂尾さんは、ジャズマンではない人のボサノヴァの名曲を「ジャズ化作品」とは言えないはずだ、と書いています。僕も深く同感します。

*「ボサ・ノーヴァ詩大全」の話はひとまずここまでにします。興味のある方はぜひともお読みください。
posted by naoki at 23:50| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

イザウラ・ガルシアのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(3)

 イザウラ・ガルシア(イザウリーニャ・ガルシア)のこともこのブログで先月書いたばかりでした。

 僕はイザウラ・ガルシアのアルバムは『ア・ペルソナリッシマ』という彼女のニックネームをタイトルにしたベスト盤しか持っていないのですが、確かに「ア・ペルソナリッシマ」(非常に個性的)です。歌い方だけではなくて発音にも特徴があるように思っていたのですが、この坂尾さんの解説で初めてわかりました。彼女はイタリア系で、これはイタリア訛りなのですね。

 そして坂尾さんの文章によると、トム・ジョビンとニュウトン・メンドンサがイザウリーニャに「メヂタサォン(メディテイション)」を提供したのは、「ラジオの女王」と呼ばれたイザウリーニャの当時の名声にあやかりたかったからということのようです。

 でもトムもニュウトンもそのイザウリーニャの歌い方が気に入らなくて、結果としてジョアン・ジルベルトのあの録音が生まれたというのは、これまた運命のいたずらで面白いです。歴史の端境期らしいエピソードだと思います。
posted by naoki at 23:01| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

ヂャルマ・フェヘイラのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(2)

 坂尾英矩さんの「ボサ・ノーヴァ詩大全」では、このブログで以前に紹介したヂャルマ・フェヘイラ(坂尾さんの表記ではヂジャルマ・フェレイラです)の二曲が紹介されていて、このほとんど話題に上らない作曲家の略歴が明らかにされています。五〇年代末から六〇年代に掛けてルイス・アントニオとコンビを組んで、テレコ・テコ・サンバのヒット曲を次々と生み出していたとのこと。ちなみに僕が以前に書いたものは2005年4月23日の記事をお読みください。

 坂尾さんが取り上げている「サウダーヂの香りCheiro de Saudade」という曲、マイーザの『ヴォルテイ』での録音とヴァルテル・ヴァンデルレイ(ワルター・ワンダレイ)の『レイン・フォレスト』での録音を聴いてみたのですが(後者は「Taste of Sadness」というタイトルになっています)、これまたチャーミングなメロディの佳曲です。「リカード・ボサノヴァ」も「フォイ・ア・サウダーヂ」もそうですが、本当に才能豊かなメロディ・メーカーだったのだなあと思います。

 ただ、坂尾さんはヂャルマ・フェヘイラが亡くなったとは書いていないですね。僕はその記事を確かに読んだ記憶があるのですが、今ちょっと探してもどこにあったかわからなくなってしまいました(今年は記事中に出典をちゃんと記さなくてはいけないと思っています)。

 ヂャルマ・フェヘイラ。再評価されて欲しいコンポーザーの一人です。
posted by naoki at 23:54| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

アニタ・オデイのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(1)

 坂尾英矩さんの「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んだ感想を、ちょっとずつ書いておきます。

 大島守さんが「ボサノヴァはアニタ・オデイの影響を受けている」と指摘したという話はすごく面白いです。ジョニー・アルフがアニタ・オデイの大ファンだったことを言い当てたという話。それでさっきからアニタ・オデイを聴いています。僕もアニタ・オデイは大好きで、LPを数えたら13枚ありました。「イパネマの娘」を歌っているのも出てきました。

 たった今、スタン・ケントン楽団で歌っている40年代の録音を聴いています。もちろん50年代のヴァーヴの録音も良いのですけれど、この若い頃は本当にすばらしいです。非常にクールで、独特のリズム感があります。月並みですが、「粋」なのです。

 でも、これをボサノヴァに結び付けて考えるという芸当は、やはり常人にはできません。大島守さんの慧眼には、何枚帽子を脱いでも足りません。

 ただ、これが「ボッサ」なんだと言われたら、何となく、ああそうなのかと思うところもあります。この絶妙のフィーリング。ほんのちょっとした、ほかの歌手とは違う感じ。

 しばらくアニタ・オデイを聴き込んでみようかなと思ったりしています。

posted by naoki at 23:57| Comment(16) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする