2006年09月30日

「Sem Voce」のライヴ

木曜の夜は中目黒の楽屋で「Sem Voce」のジョビン・トリビュート・ライヴ。今回も実に楽しかったです。

いつものように生ビールをがぶ飲みしている僕に、「この演奏は呑まないで聴くべきですよ」と、居合わせたAさん。彼はこの日遠距離を車を飛ばして帰らなくてはならない事情があってソフトドリンクを飲んでいたのですが、負け惜しみではなくて、「これはちゃんと覚醒した状態で聴くべき音楽です」と真顔で言っていました。

このユニットを初期の頃から聴いているのですが、単に端正な演奏というだけではなくて、だんだんと「遊び」の部分が出てきたように思います。それがすごく好ましい。選曲も実に渋くて、「ポル・トーダ・ミーニャ・ヴィーダ」「フォーエヴァー・グリーン」「ジャネラス・アベルタス」と、普段はなかなか聴くことのできない「秘曲」揃いです。中でも「ポルト・ダス・カイシャスのワルツ」には引っ繰り返りそうになりました。

しかし二村希一さんのピアノはすばらしい。ジャズピアニストがブラジル音楽を演奏すると「何だかちょっと違うんだよなあ」という感じになることが良くありますが、二村さんのピアノは本当にすばらしかった。何でも、ジャズを弾く時とブラジル音楽を弾く時とは完全にスウィッチを切り替えているそうですが、コード進行に頼るのではなく、ご自分の歌を本当に良く歌っていました。見事!

今後ともこのメンバーで長く活動してくれることを切に望みます。

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2006年09月27日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(2)

 「ディスコ・ヂ・ボルソ」の冊子のトム・ジョビン語録の続きです。

……僕は、僕たちが大きなジレンマの中にいることを感じている。人間は、進歩の苦悩の中ですべてを破壊している。樹木を、河川を、動物を。立ち上るすべての煙突、自動車、燃焼を基本としているすべてのものが、空気中の酸素を破壊している。僕たちのたった8キロメートル上空を見てごらん。それはすでにものすごく広がってしまっている。結局、進歩はいくつかの問題を解決するだろうけれど、同時にサンパウロやニューヨークという神経症の都市を作り出している。リオデジャネイロにも苦悩がある。強盗、機関銃、アパートメント、孤立、冷房。僕は「マチータ・ペレー」のような曲を作って、辞書で意味を調べなくちゃならない人間の商売を続けている。マチータ・ペレーは奥地の鳥だ。彼は、洗剤を買ったり、スーパーマーケットに行ったり、洗濯機を買ったりする足しにはならない。それで彼は姿を変え始める。例えば、民間伝承的な姿に、実在するものに、あるいはサッシに。でもリオの雑踏がサッシとどんな関係がある? サッシはアパートメントは襲わないよ。

*最後のところは意味はあまり気にしないで流して読むのがトム・ジョビンの発言を楽しむ「コツ」だと思います。どうしてマチータ・ペレーが姿を変え始めるのだろうなどと深く考え込まないように。

2006年09月26日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(1)

 「三月の水Águas de março」のオリジナルである「ディスコ・ヂ・ボルソ」の冊子には、トム・ジョビンの言葉をふんだんに盛り込んだ長文のエッセイが掲載されています。署名がないので確かなことはわからないのですが、これもセルジオ・ヒカルドか、あるいは編集者として名を連ねているルイス・ロボあたりが書いた文章なのではないかと思います。

 おそらくこの冊子に掲載されただけで埋もれたままになってしまっていた……他のところで引用された形跡のない……ましてや日本語になど絶対になったことのない……言葉なので、いつもながら拙劣な翻訳で恐縮ですが、紹介しておきます。「かたまり」ごとに、編集せずに訳すことにします。

 1972年5月に発売されたものであることを頭に入れて読むと面白いです。

……原則として僕は45年間プロテスト音楽や政治参加的音楽と関係していないと語ることを好んでいる。僕が本当に欲しているのは音楽を書くことだ。ボサノヴァとかナォン・ボサノヴァとかいうようなレッテルには関心がない。

*これだけは短いですが、このあと出てくるのは結構長いです。

2006年09月24日

みなとみらい線でジョアン・ジルベルト!

先週仕事で横浜に行って、ついでに中華街で食事をした帰りに、東急東横線と言うかみなとみらい線と言うか、とにかくその線の地下鉄に乗っていて、あっと驚きました。

電車の中に据え付けられている動画の画面に、ジョアン・ジルベルトの公演の宣伝が映し出されているではありませんか!?

あの宣伝、普通に地上波でも流れているのでしょうか? 僕はTVをほとんど観ないのでわからないのですが。その中には夜のスタジアム(マラカナン?)のピッチの上の映像があったりして、なんだかちょっと違うんだけど……という感じでした。あれで「よし、ジョアン・ジルベルトの公演に行くぞ!」と思う人は少ないのじゃないのかなあ。

もしかしてチケットがかなり売れ残っているのかなあなどと、ひとごとながら気になります。

2006年09月23日

9月23日に聴いたレコード

金木犀が香り始めた初秋の一日。久しぶりに予定がまったくなく、一日ゆっくりと自宅で仕事をしながら過ごしました。時々音楽をかけながら。

『ケン・エ・ケン/ジョアン・ドナート』A面

『ブルーズ・ムーズ/ブルー・ミッチェル』A面

『勝利者たちの絆(メティエンド・マーノ)/ウィリー・コローン&ルベーン・ブラデス』A面

『我が愛するブラジル/クララ・ヌネス』B面

『九月の雨/ジョージ・シアリング』A面

『バッハ・リサイタル/グレン・グールド』AB面

『ヴィラ・ロボス ブラジル風バッハ第一番・第五番/ザ・プリース・チェロ・オクテット』B面

『マチータ・ペレー/トム・ジョビン』A面

『ゲッツ=アルメイダ/スタン・ゲッツ&ローリンド・アルメイダ』A面

『思い出の夏(山形ライヴ)/アート・ペッパー』B面

『エラ・エ・カリオカ/ジョアン・ジルベルト』A面

『ムード・インディゴ/デューク・エリントン』A面

*今日はすべてLPレコードです。

posted by naoki at 23:02| Comment(10) | TrackBack(0) | 今日聴いた音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

赤いからす・松本啓司さんのトリビュート・ライヴ

休日だった月曜日の夜、僕のかつてのホームバーだった吉祥寺のジャズバー「赤いからす」で、前マスター・松本啓司さんを偲んでの追悼ライヴがありました。古くからの常連とこの店ゆかりのミュージシャンたちと飲んで喋って騒いで深夜まで過ごしました。

僕がこの店に通い始めたのは18年くらい前だったと思います。まだまだ駆け出しの酔っ払いだった当時の僕にとって、松本さんは望み得るかぎり最高のバーのマスターでした。ジャズバーであれ何バーであれ、僕がバーに望んでいる応対はたった一つ、「放っておいてくれること」なのですが、松本さんはこの「放っておいてくれること」が抜群にうまかった。ちゃんと気にかけていてくれるのですが、放っておいてくれるのです。そのさりげなさが本当に絶妙でした。あれは天性の「やさしさ」だったとしか思えません。

それで15年くらい前にはずいぶんこの店に通いました。もちろん食事もおいしかったし、演奏も楽しかった。おまけに料金はすごく安かった(毎回2千円くらいで飲んでいた記憶があります)。出演している女性ヴォーカルとステージのあとに皆で二次会などということも良くありました。とにかく酒だけはずいぶん飲みました。

1999年9月18日に、松本啓司さんが亡くなりました。その翌々日だったと思うのですが、会社で「赤いからすの松本さんという方から電話です」と呼ばれて電話に出ると、ママの声でした。僕は咄嗟に、「ああ、ボウリング?」と言いました。以前から誘われていた常連各位のボウリング会にお呼びが掛かったのだと思ったのです。ところがママは、「啓さんが亡くなったのよ」と短く言いました。僕は「え!」と大声を出して、本当に飛び上がってしまいました。もうすっかり良くなっていたものと思っていたので。

赤いからすでの葬儀ライヴのことは語り草になっています。あれは本当にすごいライヴでした。出演したミュージシャンは130名。出棺はたまたま脇にいた僕も手伝って4階から1階まで階段を下りました。

その後、現オーナーの杉田さんが見事に店を引き継いで現在に至っているのですが、最近は僕の生活スタイルも変わってしまって、年に数えるほどしか店に行けなくなってしまいました。だから「かつてのホームバー」と呼んでいる次第です。

内装はいくらか変わってしまったものの、全体の雰囲気は当時のままです。吉祥寺にいくつかあるジャズ・ライヴ・バーの中でも極めて気さくな店ですので、お近くまでお越しの際にはお立ち寄りください。かつての常連の末席を汚している僕としては、この店がいつまでも存続してくれることを願ってやみません。
posted by naoki at 02:50| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」3

「三月の水」の「ディスコ・ヂ・ボルソ」の冊子の画像、これが最後です。


奥付

冊子の奥付に当たる部分。ディレクターはセルジオ・ヒカルドとルイス・カルロス・ブラーヴォ、音楽ディレクターがセルジオ・ヒカルド、美術ディレクターがカルロス・プロスペリ、プロデューサーがエドゥアルド・アセヂ。


裏表紙広告

裏表紙(表4)にムタンチスの広告を載せていて、時代を感じさせます。


レコード

そしてこれが肝心のレコードです。
posted by naoki at 05:24| Comment(14) | TrackBack(1) | 「三月の水」について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」2

昨日に続いて「三月の水」のオリジナル・フォーマット、「ディスコ・ヂ・ボルソ」の冊子を画像で紹介します。


歌詞と楽譜

「三月の水」の歌詞と楽譜が掲載されています。



レコード袋1

レコードそのものは冊子の中央に綴じられているこういう袋に入っています。



レコード袋2

レコードの袋の裏側です。デザインが秀逸です。



ノエル・ホーザ

ノエル・ホーザについてセルジオ・カブラルが一文を寄せています。



*続きはまた投稿します。
posted by naoki at 08:16| Comment(10) | TrackBack(1) | 「三月の水」について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」1

本当にサボってばかりで申し訳ありません。ぼちぼちと再開します。

まずは以前から紹介している「三月の水」のオリジナル・フォーマット、「ディスコ・ヂ・ボルソ」の冊子を画像で紹介します(うまくいくかどうか…)。



カヴァー

これがカヴァーです。



漫画

ページをめくるとこういう漫画があります。



トムについて1





トムについて2

トム・ジョビンについてのエッセイです。トムの言葉は今度訳して紹介するつもりです。



*後半はまた別途投稿します。


posted by naoki at 11:39 | TrackBack(0) | 「三月の水」について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

サボっていてすみません

書き込みをサボってしまっていて申し訳ありません。身辺でいろいろと大きな変化がありまして、多忙を言い訳に放置してしまいました。

おまけに今日から5日間留守にします。訳したい文章などはたくさんあるので、戻ってからまた少しずつ紹介しようと思います。
posted by naoki at 08:43| Comment(12) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする