2006年10月30日

どうして「最後の奇跡」なのか?

いよいよ、ジョアン・ジルベルトの三度目の来日公演が迫ってきました。

何もかもが本当に新鮮な驚きだった初来日、最終日の「45曲・3時間46分」に打ちのめされた再来日と比較して、今回はどのようなステージが繰り広げられるのでしょうか? あれから二年。ジョアンが万全のコンディションで臨んでくれることを祈ります。

ちょっと気になっているのは、「最後の奇跡」という宣伝コピーです。まあ、この手のコピーにはアーティストの意図や本質から懸け離れたひどいものが多いことは承知していますが、「最後の」と言い切っているということは、もしかしてこれが最後の来日だとジョアンが表明しているのでしょうか?

あるいは、日本だけではなくてどこの国においても「これからはもう人前で演奏しない」とジョアンが意思表示しているのでしょうか? ステージでそう宣言したりするのでしょうか?

思わせぶりなこの宣伝コピーが何を意味するのか? 10日後には判明しているのでしょうね(ついでに言うと、「奇跡」という言葉も、人の生き死にに関わる時にだけ用いた方が良いような気がするのですが……)。

何はともあれ、さあ、ジョアン・ウィークの開幕です。

2006年10月29日

10月28日に聴いたレコード

秋らしい一日でした。一日仕事をしながら音楽を聴いていました。

『ゲッツ・ジルベルト#2』B面

『レニー・デイル・イ・オ・サンバランソ・トリオ』A面

『エルネスト・ナザレー作品集/デオ・リアン』AB面

『ブライト・アンド・ブリージー/レッド・ガーランド』A面

『ビフォー・ザ・レイン/リー・オスカー』A面

『ア・サーテン・スマイル ア・サーテン・サドネス/アストラッド・ジルベルト』A面

『バイーアの郷愁/ドリヴァル・カイミ』

『エウ・イ・ア・ムジカ/ワンダ・サー&メネスカル』

『オルフェ/ロン・カーター』

『ミウーシャ・カンタ・ヴィニシウス&ヴィニシウス』

『ジョ…/マリア・クレウーザ』A面

『マリポサ/ルイス・ヴァン・ダイク』AB面

*AB面の表記のあるのがLPで、ないのがCDです。

*さて、そろそろジョアン・ジルベルト・モードに入っていかなくちゃ。今年の公演に期待するものを明日から少しずつ書いていきます。
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2006年10月27日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(おまけ)

 「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録のおまけです。この文章では、トムの言葉の合間に面白おかしいエピソードがいくつも紹介されているのですが、その中の一つです。

 「トムは冗句の王様だ。ある時、彼とアセヂはLPのための編曲を準備しながらイタコアチアーラにいた。そこにピンポンのゲームに招かれた大勢の少女がやってきた。彼女たちは到着した。家の中で自己紹介が始まった。はじめまして。レイラ・フェーホです。ヴェラ・フェーホです。ソニア・フェーホです。マリア・フェーホです。七人の娘、父親、母親、祖父。全員フェーホなんだ。で、トムが自己紹介した。感激しました。アルフレッド・シュンボです」

岩切註:フェーホはポルトガル語で鉄、シュンボは鉛です。

2006年10月25日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(7)

 「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録の最後の部分です。

……僕の人生には、輝きの中に、波の頂点に、最前線にいた時期があった。でも成功は本当にアーティストを混乱させる。もし君が一日中インタヴューを許可しなくちゃならないとしたら、テレヴィ局に行って、ブラジリア直行の飛行機を捕まえて、ニューヨーク、レシーフェ、モスクワまでノンストップで急行して、自分を見失ってしまう。飛行機の中ではこのセルジオ・ヒカルドのスタジオと同じ静穏さでは作曲できない。そう、ある種の匿名性はアーティストを保護する。ずっと静穏に製作していたのに、成功してから急いで次作を発表しなくちゃならなくなった人のケースは無数にあるだろう? 成功したある型を維持するためには非常に特殊な作り方を手に入れる必要がある。すべてを変えてね。家庭内の人生も、臓物も含めてね。

*このあとに地の文で、「これがアントニオ・カルロス・ジョビンの、いや、アントニオ・カルロス・ブラジレイロ・ヂ・アルメイダ・ジョビンの調子(tom)である」という結びの言葉があります。

2006年10月24日

シコのDVDさらなる新作3本は……

シコ・ブアルキのDVDシリーズ、なんと、さらに3本出てしまいました。前の3本を僕は「あまり面白くない」と書きましたが、こうやって発売されると買わないわけにはいかなくて、その3本をようやく観終えましたけれど……。

映画をテーマにした「Cinema」は、映画「ガロータ・ヂ・イパネマ」でシコが歌っているシーンなどもあってそこそこ興味深いです。子供の歌をテーマにした「Saltimbancos」は、まだ子供のべベル・ジルベルトなども出てきますが、これは面白くない。12本目となる、シコの青春期をテーマにした「Roda Viva」は、1960年代末のフェスティヴァルの映像が多くて貴重です(68年の国際歌謡フェスティヴァルで「サビア」が優勝した時のシナーラとシベーリが歌う姿も出てきます。後ろにトムとシコが映っています。でもこれ、YouTubeでも観れます)。しかしやはり3本を総じて言うと、最初の6本に比べると作品としての中身は薄いです。12番煎じですからね。仕方ないですね。

これで打ち止めでしょうか? また出るようであれば、次は買わないかなあ。
posted by naoki at 03:38| Comment(12) | TrackBack(0) | シコ・ブアルキのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(6)

 「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録ももう残り僅かです。

……自分たちがいる段階を知って人が不安になるのはとても自然なことだ。僕もたくさんのものを支払わされている。新しい作品は?と訊かれたら、ドリヴァル・カイミのように答えるよ。胸糞悪い! 僕は新しいものは作っている。でもそれは公表していない。匿名性はアーティストを保護する。そしてすべては適切なタイミングで公けに発表される。さっきも言ったように、ポピュラー音楽ではそれは慣用的な話法の役割においてより明敏な問題になる。でも一般には、偉大な芸術作品は沈殿した材料で作られている。新しい材料で本当に良いものを作るのはとても難しい。50年代のエレクトロニクスの音楽家たちの問題はこれなんだ。彼らは沈殿していない材料と、動かし方のわからない機械を持っていて、手に負えない、まったく思いがけない結果をもたらした。だから創作者は自分の作品に関して最小のコントロールしかしていない。そして結局困難な地平に陥っている。旧知の材料を取り扱っていて、実際にブラジルで最大の成功を収めている現代の人物の実例を挙げるなら、シコ・ブアルキ・ヂ・オランダだ。彼はポルトガル語を異常なくらい良く知っているし、彼が作っているものは天才的だ。新しい絵の具を取り扱うのはとても難しい。シコは古い言葉を今までとは異なる方法で整理している。ギマランエス・ホーザも沈殿した材料を使っていた。ポピュラー音楽には毎年新しい流行がある。束の間の、滅びゆく流行がね。僕は沈殿したものを取り入れようとしたことは一度もなかったし、これからも決してしないつもりでいる。それは向こう見ずなことだと思う。もし君がヒットパレードに入りたくないのなら、それはとても良いことだ。もし入りたいのなら、それもとても良いことだ。家賃を支払い、ライスつきのフェイジョンを食べ、ビールを飲んで、その支払いをしなくちゃいけない一方で、僕はどんなことをしてでも一つの傾向を重視して曲を作るという過失をしようとは思わない。そしてここにいても外国にいても曲を書くことはできる。ギマランエス・ホーザがストラスバーグで書いていて、ジョアン・カブラルがバルセロナで書いているという事実の重要さは小さくない。材料は彼らの頭の中にあったんだ、ね?

2006年10月19日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(5)

 またずいぶん間が空いてしまいまして申し訳ありません。「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録を続けます。

……僕は、すべての芸術作品は、小品も大作も、ポピュラーもクラシックも、特定の時代に密着していることを明らかにしたかった。ポピュラー音楽ではその問題は慣用的な話法のためにより明敏な問題になる。すべてのポピュラー音楽が流行に基づいているわけではない。不滅の時代は変化する。たとえたまたま終わりになる時が来るかもしれないとしても、バッハの不滅は絶対だ。君が彼の作品の初期が好きなのか中期が好きなのかとか、後退期があったのか復活期があったのかとかは、あまり重要ではない。バッハの作品を不協和音の用法という点で論じることができるかどうかも重要ではない(ところで彼は不協和音は使っていない)。大切なのは、話法なんだ。バッハのハープシコードが調律されていなかったか平均律だったかも重要ではない。でも彼がシンと言うのなら、それは大変重大だ。明らかに話法が変わるからだ。わかるね?

*これもまた何を言っているのか良くわからない箇所ではあります。翻訳の拙劣さを差し引いたとしても。

 上記の中でいちばん注目したいのは、「調律されていない」と訳したところで、もとの言葉は「desafinado」です。そして、トムはこの言葉を、「temperado」(ここでは「平均律」と訳しました)の反語のようにして使っています。「desafinado」というのは「temperado」の反語であって、「平均律ではない」という意味を含んでいることがわかります。面白いです。

2006年10月09日

「親愛なる詩人へ」

*滅多にないことなのですが、急に思い立って伊豆に行き、温泉に一泊してきてしまいました。たまにはこういうのもいいものです。

 先日、新宿ディスクユニオンに「Querido Poeta」という本があったので買ってきました。副題が「Correspondência de Vinicius De Moraes」。ヴィニシウスの往復書簡集です。2003年にコンパーニャ・ダス・レトラス社から出たもので、フイ・カストロが編んでいます。

 まだぱらぱらとページをめくっている段階ですが、非常に興味深いです。トム・ジョビンとのやり取りは思ったよりも少ないですが、何通かはあるので、これもそのうちに訳してみたいと思います。

 こういうものの翻訳が日本で出るようになると本当に嬉しいのですが、おそらく難しいのでしょうね。

*この本、早速ビールをこぼしてしみをつくってしまいました。まあ、ヴィニシウスのことですから許してくれるでしょうけれども……(それとも「ウィスキーにしろ」と言われるかな?)。

2006年10月08日

10月7日に聴いたレコード

台風一過の快晴。外出するつもりでいたのですが、窓を全開にして音楽をかけながら仕事をしていたらすごく気持ちが良くて、そのまま夕方まで過ごしてしまいました。

『トム・ジョビン(CBPO)』CD面

『バイ・リクエスト/ケニー・ドリュー』A面

『ネグロ・ヂマイス・ノ・コラサォン(ヴィニシウス・ヂ・モライス)/ジョイス』AB面

『ボサ・ノーヴァよ永遠に/アントニオ・アドルフォ&カロル・サボイア』

『ウィ・スリー/ロイ・ヘインズ』A面

『トドス・オス・トンズ/ハファエル・ハベーロ』

『フロム・トン・トゥ・トム/トニーニョ・オルタ』

『トーカ・アントニオ・カルロス・ジョビン/ヴィクトル・アシス・ブラジル』A面

『ジャズ・ウィル・オー・ザ・ウィスプ/アル・ヘイグ』A面

『ノ・フラッグ/ルイス・カルロス・ヴィーニャス』

『サマータイム/ポール・デスモンド』B面

『プレイズ・コール・ポーター/ソニー・クリス』A面

*ジョイスのヴィニシウス集は良いなあ。僕にとってジョイスのベスト・アルバムです。

*AB面の表記のあるのがLPで、ないのがCDです。

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2006年10月05日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(4)

 「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録。今日は、ジャズについて述べている箇所です。

 拙著「三月の水」でもいくつかの発言を引用して強調しましたが、アントニオ・カルロス・ジョビンは自らのジャズとの関わり合いを明確にかつ執拗に否定しています。このことは、ジョビン・ミュージックのファンとしてはぜひとも知っておきたいと思います。

……僕はジャズに没頭したことは一度もなかった。たとえジャズがどんなに世界的な影響を誇っていたとしても。もし僕がアメリカ音楽を作るために自分の技能を使ったとしたら、僕が作れるブラジル音楽よりも千倍粗悪なものになるよ。僕はポルトガル語で話すし、モーホに上ったし、ノエルやピシンギーニャを知っているし、そういうものを聴きながら生涯を送っている。ボサノヴァの時代にアメリカ人がそれをラテン・ジャズの娘と呼んだ時には、混乱してしまったよ。音楽がバランサするとアメリカ人はそれをジャズと呼ぶ。アフリカ人が叩いているサンバまで彼らの国ではジャズなんだ。僕たちが立ち去ったあとにはアメリカ人が必ずやって来る。そしてハワイ音楽もキューバ音楽もブラジル音楽も捕まえて商業化してしまう。

*トムがここで言おうとしていることは、折を見て何度でも繰り返して取り上げたい重要なテーマです。いずれまた書きます。

 そう言えば、山下洋輔さんの「世界にとってアントニオ・カルロス・ジョビンは一人しかいなかった」という一文も必読です。「アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男」(エレーナ・ジョビン著)の翻訳版に収録されています。

2006年10月04日

「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録(3)

 日にちがあいてしまいましたが、「ディスコ・ヂ・ボルソ」のトム・ジョビン語録の続きです。

……でも、実際には、ブラジル的な主題を持った曲を作曲すると、普遍的な曲を作曲しようとするよりも、その曲がずっと容易に普遍的になると僕は感じている。ボサノヴァの場合もそうだし、ヴィラ・ロボスの場合もそうだ。ヴィラは交響曲の語法にブラジル的なものを配置した。時には民間伝承に基づいているものを、時にはそうでないものを。そして僕たちの伝統的なモデルを書いた。インプロヴィゼイションも、ロックのグループも、あるいはそういう感覚のほかのどんなものもなしにね。近頃では若手の作曲家が交響曲と向かい合おうとすると、すでに書かれたものごとがあまりに多いことに怖れをなしてしまう。そして新しい楽器を発明したりエレクトロニックに走ったりする誘惑に陥ってしまう。ヴィラは伝統的な楽器のために書いた。吹き矢の筒のためにも電気ギターのためにも書かなかった。ヘコヘコやザブンバを国際的に用いると、海外の楽器演奏者に厄介をもたらすことは明白だ。でもヴィラはそれらを楽譜に注入して強要した。彼はブラジルに最大の奉仕を提供することはできなかったと思う。世界最大の音楽家の一人になるために最良のことは、ブラジルのものごとを語るブラジルの音楽家になることだ。この国では才能のあるたくさんの人が国際的な師父の伴奏に従事している。