2006年11月25日

ギとユキコさんのライヴのことなど

夜中に目が覚めてビールを飲んでいます。最近の僕のペースは、仕事・仕事・仕事・ビール・仕事・ビール・仕事・ビール・仕事・仕事という感じです。今日も朝からアポがあるのですが、もう一本飲んでしまおう…。

ギ・タヴァレスとYukikoさんのライヴを11月18日(土)に西荻窪のWillieさんのアパレシーダで聴きました。僕はまだジョアン・ジルベルトの余韻の中にいたのですが、これがとても良いライヴでした。詳しくはえんたつさんが書いていますので、そちらをご参照ください。ギの曲は、カラフルで、一聴すると自然なのですが工夫の限りを凝らしていて、とても気に入りました。ジョアン・ジルベルトの70歳の誕生パーティで歌ったという「アフィナード」(笑)も聴くことができました。欲を言うとYukikoさんの歌(うまい)をもうちょっと聴きたかったです。

それにしても、Yukikoさんによると、今回二人は日本において非常に悲しい思いをしたようです。僕はずっと思っているのですが、すばらしいミュージシャンとすばらしいリスナーとがいる(もしくは「いた」)はずなのに、音楽業界には全然わかっていない人間が非常に多い。頭が固くて、心がなくて。おいおいあんた音楽好きでこの仕事しているのかよと言いたくなってしまうことがたくさんあります。それは結果として日本のリスナーの幼稚化・お子ちゃま化に結びついていると思います。すぐれた音楽を正当に評価して、駄目な音楽はこれは駄目だとはっきりと言う人がやはりどこかにいないといけません。「**産だから良い」とか「最近の傾向だから良い」というわけでは絶対にないのです。まあ、こういう話になったら本当にきりがなくて、いろいろなミュージシャンから恨みつらみをたくさん吹き込まれているので、言いたいことは山ほどあるのですが……。

そういう意味でも、ジョアン・ジルベルトのライヴを過去3回にわたって体験できたことは、僕にとって本当に幸福なことでした。自分の中の一つの基準が確認できたからです。ジョアンのライブを「良かった」と書いたあとで、ほかの音楽をどういう風に書くのかは、僕にとってはきわめて難しい命題であり、しかし、考える価値のある問題です。それは、もっと言うと、人間とか人生とかの話になってしまうので、本当にもうきりがない……。

仕方がないのであと1本ビールを飲んで、少し休んで、仕事に行きます。皆さん良い週末を!
posted by naoki at 05:08| Comment(14) | TrackBack(1) | ライヴ・リポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

雑感(10日間が過ぎて)

 ジョアン・ジルベルトのコンサートが終了して10日間。この間僕は昼間の仕事で一世一代の大イヴェントがあったり、自宅のパソコンが5日間もネットに接続できなかったり(NTTの回線工事ミス)、色々ありました。昨日も今日もどっさりと仕事を抱えていて、立往生していて、完全に日常にはまっています。自宅ではLPやCDは相変わらず聴いていませんが、昨夜はあれから初めてちょっとだけライヴも聴きました(このことは改めて書くつもりでいます)。ジョアンのコンサートはずいぶん遠くなってしまった気がします。で、あれから思っていることを断片的に記します。

 今回のコンサートで4日間とも演奏して、いずれも短い演奏だったのですが、非常に印象に残ったのが、「十字路Caminhos cruzados」と「メヂタサォン(メディテイション)Meditação」でした。これまでの(2003年と2004年の)10回の日本公演では、前者は6回、後者は4回しか演奏していなかったので、特に印象に残りました。もちろん二曲ともトム・ジョビンとニュウトン・メンドンサの作品、いわゆる「New-Tom」作品です。

 それで今回ニュウトン色がちょっと強く出ていたように思ったのは、やはり僕だけでしょうか? 今回は、過去の来日公演では6回演奏した「ある夜Foi a noite」こそ演奏しませんでしたが(この曲がDVDに収録されないのは非常に惜しいです)、ほかにはもちろん、「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ」と「ヂサフィナード」は演奏しました(前者は2回、後者は4回)。全体では回数はさほどでもないのですが、「十字路」と「メヂタサォン」のあの絶妙のデリケートな歌唱には、ニュウトンに対する思いがちょっと含まれていたように、僕は思いました。ただ、「十字路」はもちろん、シルヴィーニャ・テリス・ナンバーでもあるのですけれども。

 それにしてもやはり日本ではニュウトン・メンドンサは作詞家としてしか捉えられていないようです。過去二回の来日時に書かれた「ジョアン・ジルベルトのレパートリー分析」の類では、ニュウトンの名前はことごとく無視あるいは「書き落とされて」しまっています。僕の前の本は何の役にも立たなかったのだなあと、自分の非力を哀しく思います。

 ジョアンがニュウトン亡きあとニュウトンの奥さんに施した善行は本に書いた通りです。ジョアンとニュウトンとは僕などが思う以上に深いところでつながっていたはずです。だいたいボサノヴァというのはそういう音楽なのです。アミザーヂの音楽なのです。

 それに関してちょっと思うのは、今では楽譜さえ残っていなくて、ニュウトンのお姉さんくらいしか諳んじることのできない、失われた「New-Tom」作品のいくつかを、もしかしたらジョアンは歌えるのではないかということです。あるいは、ニュウトン単独の作品の中にも、ジョアンがあっさりと再現できる曲があるのではないかということです。これはもう妄想の類なのですけれど。

 今回、ジョアンのコンサートを聴いていて改めて思ったのは、レコード会社はこれまで一体何をしていたのかということです。ジョアンが寡作なのは、彼がレコーディングを好まないからではないはずです。面倒な仕事を避けて通ってきたレコード会社の怠慢だと思います。ブラジルのレーベルもアメリカのレーベルも日本のレーベルもしかりです。どうしてこれまでジョアンの録音をもっとたくさん残してこなかったのか? どうして誰一人としてそのことを反省して取り組んでこなかったのか? 返す返すも残念に思います。

 でも、今からでも、ジョアン・ジルベルトの全レパートリーをレコーディングできないものでしょうか? それはとてつもなく根気の必要な作業になることとは思いますが、ライフワークとして取り組もうというレコード会社がどこかにないものでしょうか?

 Eさん、やはりレーベル立ち上げるしかないですね。

*もっと色々と書くつもりでいたのですが、ニュウトン・メンドンサの話が中心になってしまいました。何だか変だなと思ってカレンダーを見ていてはたと気が付きました。ニュウトンの命日(11月22日)が近づいているのです。毎年こうなのです。傘とチョコレート。

2006年11月13日

Duas Contasについて

ジョアン・ジルベルトのコンサートが終わるといつものことなのですが、自宅で音楽を聴く気になれません。ジョアンのアルバムでさえ聴きたいと思えません。4日間のコンサートで二十年分くらいの音楽を聴かせてもらった感じがして、我が家はあの日から静まり返っています。もちろんTVも消しっぱなし(昨夜のNHK−TVは見ました。しかし、TVというメディアはひどいですね)。

で、ついさっきから、あれから初めて自宅でかけている音楽が、シルヴィーニャ・テリスの『2 EM 1』。「カリオカ」と「アモール・ヂ・ジェンチ・モッサ」のカップリングです。

ジョアンが今回の来日公演の初日にガロートの「ドゥアス・コンタス」を歌い始めたあの瞬間、「えーーー!」と思ったのですが、良く考えてみると、媒介はシルヴィーニャ・テリスではないでしょうか? もちろんジョアンにはガロートに対する敬愛は大いにあるでしょうけれど、あの曲は、それ以上に、かつての恋人シルヴィーニャを想いながら歌ったのではないかと思います。僕が勝手にそう思っているだけですが。

シルヴィーニャはこの「ドゥアス・コンタス」をこのデビュー盤「カリオカ」で歌っています。

で、これまた「ボサノヴァの歴史」のページをめくると、79ページにこういう箇所があります。

「ジョアンは、作曲者のガロートがトリオ・スルヂーナと録音した「ドゥアス・コンタス」を歌う彼女(シルヴィーニャ)に、何時間でも伴奏をつけてやることができた」。

どうしてジョアンがこの曲を歌う時にその当時を思い出さないことができるでしょうか?

ちなみに、今回も歌った「セン・ヴォセ」も、今回は歌わなかった(前回までは歌っていた)「フォイ・ア・ノイチ」も、いずれもシルヴィーニャ・テリスのレパートリーです。

ジョアンの今回の来日公演のレパートリーには、言葉は悪いかもしれませんが、「老境」が感じられるように思いました。すでにこの世を去っている、トム・ジョビンを初めとする友人を偲ぶ……と言うよりも、淋しがっている感じが、すごくあったと思います。

*などと書いていると本当にきりがありません。さあ、もう寝ないと……。

*でも日曜の夜遅くにAMラジオのような音質で聴くシルヴィーニャ・テリスは、まったく最高です。

2006年11月12日

Solidãoについて

今回のツアーでジョアン・ジルベルトが3日目を除いて毎晩演奏したトム・ジョビンとアルシーヂス・フェルナンデスの「孤独(ソリダォン)」についても、「ボサノヴァの歴史」にほんの短い記載があります。「音・友」版の155ページ・上段・7行目です。

この記述によると、この曲はポルト・アレグレ時代(1955年)のジョアンの唯一のレパートリーだったそうです。すなわち「ジョアン・ジルベルトは最後まで、「クルービ・ダ・シャーヴィ」では、ラジオで流れていたトム・ジョビンとアルシーヂス・フェルナンデスの曲、ノーラ・ネイの歌う「孤独Solidão」以外は歌わなかった」。よほどのお気に入りだったのですね。

少し調べてみたら、この曲には以下の録音がありました。

ノーラ・ネイ(78回転)1954年

ディック・ファルネイ DICK FARNEY E VOCÊ 1974年

ディック・ファルネイ FELIZ DE AMOR 1983年

カエターノ・ヴェローゾ TOTALMENTE DEMAIS 1986年

ゼゼ・ゴンザーガとマウリシオ・カヒーリョ SONGBOOK TOM JOBIM(ルミアール) 1996年

ミウーシャ COMPOSITORES 2002年

ジョアンが今回この曲を歌ったあとで、うちの相方が「この曲、カエターノが歌っているよね」と言ったので、僕は「カエターノがこの曲歌うわけがないよ」と言い返したのですが、ちゃんとありました。

この曲はレコードになったトムの曲としては四番目の曲です。タリク・ヂ・ソウザは「o Tom Jobim inicial do samba canção」と紹介していますが、発売された時の分類は「サンバ」だったようです。ノーラ・ネイによる最初の録音は、つい最近復刻された『Sinfonia do Rio de Janeiro』に入っています。トムの初期の作品を集めた『Meus primeiros passos e compassos』でも聴けます。

なお、共作者のアルシーヂス・フェルナンデスは、「カンシオネイロ・ジョビン」では次のように紹介されています。

「カルナヴァルの曲の作曲家で消防隊の楽団で音楽教育を受けたアルシーヂスは、ジョビン家のメイドの夫で、黒人で、今日ではパヴァォンジーニョとして知られるカンタガーロの丘のファヴェーラに住んでいた。良くトムと連れ立ってバーハ・ダ・チジューカのビーチに行っていて、二人ともそこで凧を上げるのが好きだった。二人の署名のあるサンバは二曲ある。「孤独」と「ヴェム・ヴィヴェル・ア・メウ・ラード」で、後者はジルダ・ヂ・バーホスによって一九五六年に発売された。友人で共作者のトム(彼の息子の代父でもあった)を介してエウテルピに就職し、著作収入の協会のSBACEMに入会した」。

ちなみに同名異曲はたくさんあって、おそらくドロレス・ドゥランの曲がいちばん有名です(ルーシオ・アルヴィスやイザウラ・ガルシアやクララ・ヌネスやナナ・カイミなどが歌っています)。あとはアントニオ・ブルーノの作品にも同一の曲名の曲があって、何人かの歌手が歌っているようです。

*などということを書いているときりがない……。さあ、仕事しないと!

2006年11月11日

pica-pauについて

あのユーモラスな「ピカ・パウ」について、「ボサノヴァの歴史」に一行だけ出てくるところがありました。「音・友」版の408ページ・下段・後ろから6行目です。

1960年代後半のニューヨークでのジョアンのレパートリーとして、「同じく(アリ・バホーゾの)1942年のマルシーニャ「キツツキpica-pau」」と掲載されています。やはり「マルシーニャ」として紹介されています。

ジョアンの60年代からのレパートリーであることがわかります。

雑感(4日間を終えて)

*昨日、一昨日と、また最多のアクセスがありました。11月9日が468人・1592ページ、11月10日が550人・1794ページでした。

ジョアン・ジルベルトの3回目の来日公演が終わりました。

次の来日があるのかどうか、今のところはわかりません。もしかしたらこれが最後なのかもしれないし、また次の機会があるのかもしれません。

でも今回僕は最終日の3曲目くらいから、これはもしかしたらジョアンの僕たちへのお別れなのかもしれないと思いながら聴いていました。この夜のジョアンは自らの最も得意とするレパートリーを片っ端から聴かせてくれたように思います。

そしてあの人間味あふれる演奏。初来日の時の張り詰めた緊張感と、再来日の時の大興奮・大感動と、今回の開けっぴろげなざっくばらんな演奏。もっと言うと、過去3回の来日は一夜一夜、一曲一曲、微妙に表情が異なっていました。そしてそのどれもが、甲乙付けがたい。すべてをひっくるめて、ジョアン・ジルベルトの音楽に触れることができたことを、心から幸福に思います。

今回の4公演に関して言えば、これまでになくすばらしかった部分と、その反対の部分とがありました。後者から言えば、ヴィオラォンには明らかなミスがかなりありました。ヴォーカルもコンサートが始まってからエンジンが掛かるまでに時間を要するようになっていました。その一方で、ヴォーカルの表現は一段と深みを増していたと思います。とても柔らかくて、滑らかだった。そのヴォーカルは、ジョアンの音楽の特質である「静けさ」が、沈黙と見分けがつかなくなるくらいの領域に入ってきたと思います。

相変わらず演奏曲目にも驚かされました。中でもトム・ジョビンの「ソリダォン」。ジョアンがこの曲を演奏しているとは知りませんでした。録音の非常に少ない、トムの初期の「幻の曲」の一つです。それから、アリ・バホーゾのマルシーニャ「ピカ・パウ」。この曲は僕の頭の中で鳴り続けています。そして極めつけは、ガロートの「デュアス・コンタス」。これは本当に絶句してしまいました。

また、最終日に日本初演の曲が途切れたのも、僕には何かの象徴のように思えます。

それにしても、最終日のあのリラックス。過去14回の日本公演(僕は大阪の2回には行っていないので僕にとっては12回の公演です)を通じて、ジョアンと日本のオーディエンスは、こんなにも打ち解けることができるようになったのだと、感慨深いものがありました。それはジョアンと日本のファンとの一種の高度なコミュニケーションの結果に違いありません。ジョアンは今回、僕たちに、かなりの割合で素顔を見せてくれたように思います。特に最終日にはそのことを心から感じました。フイ・カストロが書いている、夜中のリオの海岸のマン・ツー・マンの演奏を聴かせてもらっているような感じがありました。

思いは尽きませんし、淋しさも募りますし、ちょっとした放心状態が続いています。でもそれ以上に、今回は、ジョアンの音楽を堪能できた喜びの方が大きくあります。

そして休む間もなく日常へ。かぎりない余韻を残して。

ありがとう。ジョアン・ジルベルト。この体験を一生大事にしていきます。

2006年11月10日

ジョアン・ジルベルト最終日 11月9日(木)ライヴ・リポート

19:52 最初のブザー。「ただ今ジョアン・ジルベルトが到着いたしました」。

20:02 二度目のブザー。拍手。暗転。1分も経たないうちにジョアン登場。大拍手に打たれてしばらく立ち尽くしていた。

着席して、この日は「こんばんは」も何も言わずに歌い始める。1曲目は「僕は家へは戻らない」。歌い出しの声がかすれていて、やはり息は荒かったのだが、3コーラス(だったと思う)歌ううちに早くも少し落ち着いてくる。それにしても、ジョアンは初来日(2003年)の初日(9月11日)の一曲目をこの曲で始めたことを覚えているのだろうか?

続いて「リジア」。早くもかなり安定した演奏。

「イスト・アキ・オ・キ・エ」。3コーラス目だったか、いつになく強く弦を爪弾いたように思えた箇所があった。好演。

「ノヴァ・イルザォン」。二度目の来日の後半(東京)で毎日演奏していた曲。

5曲目が「マダムとの喧嘩は何のため?」。終了間際にあれ?と思った、コードを間違えたような箇所があった。するとジョアンは驚いたことに一度歌い終えたこの曲のラストの数小説を歌い直した。場内が沸く。その歌い直しの柔らかな感じと言ったらなかった。それにしても、ジョアンと日本のオーディエンスがこれほどまでに打ち解けることを3年前に誰が予想できただろう?

「プレコンセイト」。この曲もジョアンは大好きなのだろうなあと思う。

それからしばらくヴィオラォンを弾いていたが、そのまま「ア・フェリシダーヂ」が始まる。とてもラフな感じの演奏。歌詞が先に先に進む。途中、サビのところで、ヴォーカルがサビを歌いながらヴィオラォンは留まり続けるという面白い演奏があった。

この「ア・フェリシダーヂ」あたりからこの夜の雰囲気が掴めてくる。かつてないほどリラックスしているジョアン。初来日のあの緊張感はすでに過去のもの。まるでオーディエンスの一人一人がジョアンのプライヴェートの演奏に招待されている感じ。

「まなざし」。今回のツアーでは初めての演奏。2コーラスだけだったがまとまっていた。

「ドラリッシ」。左足が特に大きく動く。これも2コーラスだけだったが、エンディングがばっちり決まる。

「ソリダォン」。大半の部分は一つのコードを一度ずつ爪弾く演奏。2回歌って間奏をちょっと弾いてもう1回歌った。今回のツアーのテーマのような曲。

「オール・オヴ・ミー」。そっとそっと、ゆっくりゆっくり歌い始めるジョアン。少し歌って、すぐに続けざまに、キーを上げてもう一度最初から歌い直したのに驚いた。エンディングの「ドゥドゥー」というスキャットは、ジョアンが自分の演奏に満足したことを示すものだった。

「罪の色」。淡々と歌うジョアン。

それからまるで呟くように歌い始めたのが「ティン・ティン・ポル・ティン・ティン」だった。2コーラスだけだったが、ラストのスキャットと、ヴィオラォンを弾き終えた格好でしばらく静止するのは、ジョアンの満足を示していた。

14曲目が「白と黒のポートレイト」。これも呟くように歌い始めて、一つのコードを一度ずつ爪弾く単純な伴奏からスタートする。2コーラス目からリズムを足して、歌詞が先へ先へと進む。3コーラス目は今度は歌詞を引っ張って引っ張っての歌唱。4コーラス目ではまた歌詞が先に進む。そして最後に絶妙のコードが一つそっと付け足された。この夜のベストの一つ。

「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ」。これも静かに静かに歌い始める。例のワン・ノートの部分は、歌詞がどんどん先を歌ってしまってヴィオラォンを待っているのがおかしかった。自在の歌空間。コードが違ったような気がしたところがあったが、良くわからない。でもすごく良かった。ジョアンも終了後しばらく静止。

「エスターテ」。1コーラス目は単調なコードのバッキング。2コーラス目でボサノヴァのリズムが入る。3コーラス目のフレットの高い位置のコード・ワークがクライマックスだった。ラストは一つのコードに幻想的なハミング。これもこの夜のベストの一つ。

「バイーア・コム・H」。ハイ・ポジションのコードをちょっとのけぞって弾くジョアンも観られた。

「十字路」。静かな静かな、まるで子守唄のような演奏。何と言うことはないのだが、すごく良かった。

そして、「我が故郷のサンバ」。一箇所声が出ないところがあったが、ものすごくバランサがあって、すばらしい演奏だった。短かったが(2コーラスだったと思う)、一際大きな拍手が起こる。

「ウェイヴ」。これも良かった。演奏後にしばらく静止するジョアン。

「オ・パト」。この曲はヴィオラォンのリズムが冴え渡っていた。見事。ところが、終了間際にいきなり演奏停止。そしてずり落ち掛けた眼鏡を直す。一言言ったのだが、良くわからなかった。場内に笑い。そして一際大きな拍手がしばらく鳴りやまなかった。

22曲目が「コルコヴァード」。ヴィオラォンの時折のアクセントが絶妙。ヴォーカルは途中ほとんど笑い声に聴こえたところもあった。2コーラス目と3コーラス目の間のハミングが良かった。コードをそっと一つずつ爪弾いて終わるエンディングも良かった。

そして、「想いあふれて」。3コーラス歌う。エンディングの最後の一つのコードを弾くまでの間が実に絶妙だった。

21:31 退場。でも1分ほどで戻って来る。ところどころに立ち上がって拍手している観客もいる。

アンコールの1曲目は、これもこのツアーのテーマのようになった、「トレーゼ・ヂ・オウロ」。好調を裏付ける好演。

続く「ヂサフィナード」は3コーラス歌ったが、2コーラス目の中盤の実に静かで柔らかい歌唱が心に残った。エンディングのハミングも美しくて、またしばらく拍手が鳴りやまなかった。

そして、「ピカ・パウ」。二度歌ってやめるのかと思ったらもう一度、さらにもう一度歌う。しかしこの曲はすっかり耳についてしまった。ジョアンのレパートリーとしてはちょっと異色の、しかし彼にぴったりの歌。

21:47 退場。でもまた1分ほどで戻って来る。ところどころでスタンディング・オヴェーション。

二度目のアンコールは、「メヂタサォン」から。2コーラスだけで短かったが、良かった。

「十字架のもとで」。この夜のざっくばらんなジョアンにしてはとても端正な好演だった。スキャットで終わる。

「イザウラ」。この曲も歌い終えるのかと思ったもう1コーラスを歌うという場面があった。また拍手がしばらく鳴りやまなかった。

そして、静かに静かに「バイーアの郷愁」を歌い始める。途中コードが違ったような気がしたところがあったが、これも良かった。

「君は愛を知らない」。カイミの曲を2曲続けて歌ったのは日本では初めてかもしれない。良い演奏だったが、すぐに終わってしまう。

ラストのラストは「イパネマの娘」。2コーラス目に「グラーサ」の歌詞のところでまた眼鏡がずり落ちてしまい、ヴィオラォンを弾くのを一瞬やめて右手で眼鏡を直したジョアン。場内に笑いが起きる。この曲は終わるのかと思ったところで終わらずに、結局は6コーラス歌ったように記憶している。

22:14 退場。スタンディングオヴェーションの中、途中で立ち止まって胸に手を置く仕草を見せるジョアン。しばらく拍手は鳴りやまなかったが、やがて場内は明るくなってしまった。

2006年11月09日

速報

あーあ、とうとう終わってしまいました。

20時02分 登場。大拍手に打たれてしばらく立ち尽くしていたジョアン。

僕は家へは戻らない
リジア
イスト・アキ・オ・キ・エ
ノヴァ・イルザォン
マダムとの喧嘩は何のため?
プレコンセイト
ア・フェリシダーヂ
まなざし
ドラリッシ
ソリダォン
オール・オヴ・ミー
罪の色
ティン・ティン・ポル・ティン・ティン
白と黒のポートレイト
サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ
エスターテ
バイーア・コム・H
十字路
我が故郷のサンバ
ウェイヴ
オ・パト
コルコヴァード
想いあふれて

21時31分 退場。でも1分ほどで戻って来る。

アンコール

トレーゼ・ヂ・オウロ
ヂサフィナード
ピカ・パウ

21時47分 でもまた1分ほどで戻って来る。

アンコール

メヂタサォン
十字架のもとで
イザウラ
バイーアの郷愁
君は愛を知らない
イパネマの娘

22時14分 退場。スタンディングオヴェーションの中、途中で立ち止まって胸に手を置くジョアン。しばらく拍手は鳴りやまなかったが、やがて場内は明るくなってしまう。

そしてついに日本初演はありませんでした。

ジョアン・ジルベルト3日目 11月8日(水)ライヴ・リポート

19:12 最初のブザー。

19:19 二度目のブザー。ところが場内はしばらく明るいまま。

19:28 ようやく暗転。その1分後、ジョアン登場。大きな拍手の中、何度もお辞儀をして着席する。「こんばんは」と言って、ヴィオラォンを爪弾き始める。

1曲目は「話から話へ」。だが、出だしのキーが合わなくて、すぐに歌い直し始める。ジョアンはまだ声が出ていなくて、息も荒い。ヴィオラォンの音はかなり小さめだが、澄んでいて、とても美しい。

続いて「平和な愛」をそっと呟くように歌い始める。まだ肩慣らしだが、2コーラスとも最後の「ポルケ・オ・アモール・エ……」のところを一オクターヴ高い音程で歌う。

「イスト・アキ・オ・キ・エ」。一度コードを間違える。まだウォームアップ状態。

「トレーゼ・ヂ・オウロ」。今回のツアーでのお気に入りの曲らしい。こういう曲にジョアンの原点があるのだろうなあと思う。

「白と黒のポートレイト」。黄色いライトの中のジョアンは白と黒ならぬセピア色の写真の中にいるようだった。だんだんと調子を取り戻し始める。

6曲目が「君は愛を知らない」。この曲も大半の部分は一つのコードを一度しか爪弾かなかった。でもそこに何とも言えないバランサとサウダーヂが秘められていた。この曲で完全復調。

「黄金の口のモレーナ」。今度は端正にボサノヴァのリズムを爪弾く演奏。デリケートでとても良かった。

そして早くも「ア・フェリシダーヂ」。完璧なコード・チェンジ。サウダーヂたっぷりの歌唱。3コーラス目ではヴィオラォンを先走らせて、4コーラス目では歌詞を先走らせる。自由自在に飛翔する歌声。見事な演奏。まさしくフェリシダーヂを味わったひと時だった。

次は今回のツアーでは初めてとなる「マダムとの喧嘩は何のため」。歌い始めると拍手。3コーラス目でヴォーカルもヴィオラォンもかなり音量を上げた場面があった。ジョアン、かなり乗ってきている。

次が、2日目の終演間際に演奏した「ピカ・パウ」。アリ・バホーゾのマルシーニャ。とてもユーモラスな曲で、間奏のところで「ピカ・ポン、ピカ・ポン、ピカ・ポン」と早口言葉のように歌うところが絶妙。途中の「ショー!」という掛け声も楽しかった。しかし、2日目には危なっかしかったこの曲を、ジョアンはこの2日間によほど練習したのだろう。

続いて「エクリプシ」。2コーラスだけですぐに終わってしまったが、最後にそっと弾いたコードの余韻が長く残った。

それから何やらいくつかのコードを弾いたあと、おもむろに「ウェイヴ」を歌い始める。この演奏は何も書くことがないくらいすばらしかった。

「ドラリッシ」。2コーラスだけの短い演奏だったが、良かった。終わると一際大きな拍手。ジョアンも満足そう。

14曲目が「リジア」。3コーラス目の静かな歌が特に強く印象に残った。

「グアシーラ」。何気なさそうにコードを爪弾きながら、特定の弦を強く爪弾いていることが明らかに感じられる演奏だった。うまい。こういう曲ではジョアンは実に良い。

「ホーザ・モレーナ」。歌とヴィオラォンはまるで別人が演奏しているみたいだった。ジョアンが新境地を見出すきっかけになったこの曲を、ジョアンは実に丁寧に歌った。

「罪の色(ダ・コール・ド・ペカード)」。日本初演。ボロローの曲。これで記録がつながった。

「ファルタ・メ・アルゲン」。最初の来日の時に一度だけ演奏したことのある曲。ジョアンは実に気持ち良さそうに歌っていた。4コーラスか5コーラス歌っていた。途中に珍しくアルペジオ的にヴィオラォンを爪弾く場面もあった。

「我が故郷のサンバ」。完璧な演奏。ラストの「ケン・ツク・ドン」のスキャットも楽しかった。ジョビン・ナンバーとカイミ・ナンバーではジョアンは特別に丁寧に歌おうとしているように感じる。

「十字路」。たった2コーラスだけだったが、すばらしかった。

「オール・オヴ・ミー」。舌打ちのパーカッション擬音を鳴らしたように感じられた箇所があったが、空耳だろうか? 自分自身で「ンー」と相の手のヴォーカルを入れたり、間奏時にベース音だけ爪弾いたり、すごくのっていた。5コーラス歌ったように思う。

そして、「三月の水」。今回のツアーでは初めての演奏。歌詞の先走りもこの曲がピーク。ほとんど二倍速で歌い切ってしまった場面もあった。その間もヴィオラォンは正確なリズムを刻み続ける。2コーラス歌って、ラストは例の「ヴォセ・イ・エウ」のスキャットの引用。白眉。この夜のベスト。

「バイーア・コム・H」。2コーラス目で終わるのかと思ったら終わらずにもう1コーラスを歌う。それにしても、今回のツアーでのジョアンの歌の柔らかさを再認識させられた一曲だった。エンディングは、どこにそういうイマジネーションが残っているのだろうと唸らされるくらいドラマティックだった。

21:04 ジョアン退場。そして1分後くらいに再登場。拍手が大き過ぎてなかなか座らせてもらえない。立ったまま小刻みに頷いて拍手の雨に打たれていたジョアン。

アンコール1曲目は「メヂタサォン」。2コーラス歌ってハミングで終わるのかと思ったらもう1コーラス。とても良かった。

「プレコンセイト」。浮遊するヴォーカル。ヴィオラォンが一瞬止まってしまったような箇所もあったが、それでも良かった。

「オ・パト」。とても楽しそうに歌うジョアン。観客も小さく首を振りながら聴いている。それにしても、このあひるがどうしたこうしたという歌詞の曲で5000人を酔わせてしまうジョアン・ジルベルトは、やはりすごい。エンディングが名残惜しそうだった。

「モーホのアヴェ・マリア」。静かで静かでたまらないほどすばらしかった。

「プラ・マシュカル・メウ・コラサォン」。強弱が明確で、これもすばらしかった。

そして、静かに静かに歌い始めたのが「ビン・ボン」。とても端正な演奏。

次の「十字架のもとで」もヴィオラォンが一度止まってしまったが、ジョアンはとても気持ち良さそうだった。ラストは「ダダーダダー」とスキャットで終わる。

続いて「想いあふれて」。ジョアンはこの曲はいつもほとんどいじらずにストレートに歌う。静かな静かな演奏。ジョアンの左足はずっとリズムを刻んで床を踏んでいた。

「ヂサフィナード」。一度終わりそうになったがもう1コーラスを歌うジョアン。恍惚。

次が「コルコヴァード」。コードを一度間違えたが、曲が終わるととても大きな拍手。

そして、しばらく考えていたジョアンは、2〜3のコードを弾いてから「イパネマの娘」を歌い始めた。3コーラス。ラストは、「ポル・カーザ・ド・アモール」と三回歌っておしまい。

21:53 大拍手の中、ジョアンは途中で三度頭を下げて退場した。

2006年11月08日

速報

今夜も良かったあ。堪能しました。

19時28分 登場。大きな拍手の中、何度もお辞儀をして着席。こんばんはと言ってヴィオラォンを爪弾き始める。

話から話へ
平和な愛
イスト・アキ・オ・キ・エ
トレーゼ・ヂ・オウロ
白と黒のポートレイト
君は愛を知らない
黄金の口のモレーナ
ア・フェリシダーヂ
マダムとの喧嘩は何のため
ピカ・パウ
エクリプシ
ウェイヴ
ドラリッシ
リジア
グアシーラ
ホーザ・モレーナ
罪の色(ダ・コール・ド・ペカード) 日本初演!
ファルタ・メ・アルゲン
我が故郷のサンバ
十字路
オール・オヴ・ミー
三月の水
バイーア・コム・H

21時04分 退場。
21時05分 再登場。でも拍手が大き過ぎてなかなか座らせてもらえない。立ったまま小刻みに頷いて拍手の雨に打たれるジョアン。

アンコール

メヂタサォン
プレコンセイト
オ・パト
モーホのアヴェ・マリア
プラ・マシュカル・メウ・コラサォン
ビン・ボン
十字架のもとで
想いあふれて
ヂサフィナード
コルコヴァード
イパネマの娘

21時53分 大拍手の中、途中で三度頭を下げて退場。

「最後」だなんて言わないで……

*昨日(11月6日)はこのブログ始まって以来最多のアクセス(511人・1452ページ)がありました。

最初の2日間だけ行って、あとは行かないつもりでいたという友人から、最終日もう一度行くことにしたとEメール。良かった良かった。昨日の朝刊に広告が出ていたくらいですから、今からでも一人でも多くの方にジョアンのライヴを体験していただきたいです。もしかしたらこれが……かもしれないのですから。

でも、「最後の奇跡」などと言わないで、来年以降もぜひともこの国でコンサートを続けて欲しいです。3年後になっても5年後になっても構いませんから。「奇跡、四たび」でも「最後の最後」でも「今回は奇跡なし」でも何でも良いではないですか? 

ジョアン・ジルベルトのコンサートを体験してしまった今となっては、これが最後だと宣言されてしまっては、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、ある意味では人生の楽しみが半減してしまいます。ジョアンのコンサートに代わるものなど世の中にあるはずがないのですから。

75歳の高齢で地球の裏側まで飛んで来て4日間たった一人でステージに立つことの過酷さは想像を超えたものがあります。それはわかっているのですが、神様、宮田様、ジョアン・ジルベルト様、署名運動でも何でもやりますから、ぜひともまた次の機会を前向きに考えていただけないでしょうか?

ともあれ、今は、残りの2日間のステージを存分に楽しみたいと思います。

2006年11月07日

雑感(2日目を終えて)

ジョアン・ジルベルトは予想以上に好調です。初日に声の美しさに驚き、2日目にとてもリラックスして聴かせてくれた新境地に驚きました。

僕は初日は2階の5列目でした(ジョアンのコンサートで2階は初めてでした)。2日目は1階の6列目でした。音は初日の方が格段に良かったです。2日目はヴィオラォンの音が大き過ぎて時々おかしかったです(僕の席からは低音がおかしいと感じました。1階の後方で聴いていた方によると高音がおかしかったそうです)。そのことがあるので、初日と2日目の単純な比較はできません。ただ、2日目の後半はこれまでにないくらいのっていたと思います。でもとにかく1日1日微妙に表情が異なるので、やはりどちらが良かったということは簡単には言えません。

ジョアンのヴォーカルは、すばらしいです。歌い方が以前よりもさらに柔らかくなったように感じるのは気のせいでしょうか? いずれにしても、一曲一曲、ものすごく丁寧に歌っていることが伝わってきます。本当に魅了されてしまいます。

一方、ヴィオラォンの演奏にはミスもあるのですが、いろいろなことに挑戦しようとしているので、全体からいうとあまり問題とは思いません。それに、以前にも書きましたが、ジョアン・ジルベルトを聴くということは、ミスの数を数えることではないはずです。

あとは、登場してからエンジンがかかるまでに以前よりも時間を要するようになった気がします。それに関連して言うと、控え室から舞台まで歩くのに息が上がってしまっているようなので、舞台の袖で一休みしてから出てきてくれると良いと思うのですが、そういうことは無理なのでしょうか? ジョアンが申し訳なさそうにしているので、気の毒に思います。

レパートリーは、今回顕著なのは、おとなしめの曲が多いことです。テンポの速い曲が少なくなったように思います。あれほど好んで演奏していた「マダムとの喧嘩は……」も今回はまだですし、「ティン・ティン・ポル……」などはかなり静かに歌っています。たまたまそういう結果になっているだけなのか、ジョアンの心境に変化があるからなのか、どちらなのかはわかりませんが。

ジョアン・ジルベルトのレパートリーは、おそらくまだまだたっぷりと「兵器工場」に眠っているのだと思います。でもそろそろ「日本初演の連続記録」は途切れそうな予感がします。まあ、それはこちらが勝手に面白がっているだけなので、本質的なことではないので、どうでも良いのですが。

レパートリーについて考えると、「ジョアン・ジルベルトはすばらしい」という理由の一つに、(「ヴォーカルがすばらしい、ヴィオラォンがすばらしい」などと並んで)「選曲がすばらしい」という要素があることに思い当たります。第一にボサノヴァの創始者として、第二にサンバの守護神として、そして第三に、海外の名曲の紹介者として、ジョアンの選曲は見事です。例えば「エスターテ」というイタリアの名曲(ブルーノ・マルティーノとブルーノ・ブリゲッティの作品)を自身のレパートリーに加えたのは、本当に見事な選択だったと思います。

でもそれも反対に言えば、ジョアンが歌うとどの曲だってすばらしいということにもなるのですが。

それに関連して言うと、収録が発表されているDVDは本当に難しいと思います。80分という長さになるようですが、昨夜も会食の席上で、「3時間くらい録ってDVD3巻セットで出して欲しい」ということで全員の意見が一致しました。80分と言うと、20曲くらいでしょうか? それだとやはり物足りないし、ジョアン・ジルベルトの持ち味のほんの一部しか収められないのではないかと思います。

そこで、以下、独断と偏見による、DVD収録希望曲リストです。ジョアンがこれまでに日本で演奏した曲の中から、なるべくならばまだ録音を残していない曲を中心に収録して欲しいと思います。でも、これは難しいな。ジョアン自身に選曲してもらうしかないですね。

*ジョビン・ナンバー
 ジェット機のサンバ
 あなたなしで(セン・ヴォセ)
 ある夜(フォイ・ア・ノイチ)
 ソリダォン
 リジア
 ヴォセ・ヴァイ・ヴェル
 白と黒のポートレイト
 十字路
 メヂタサォン
 インセンサテス
 平和な愛
 ア・フェリシダーヂ
 想いあふれて

*ドリヴァル・カイミ・ナンバー
 我が故郷のサンバ
 バイーアの郷愁
 アコンテシ・キ・エウ・ソウ・バイアーノ

*アリ・バホーゾ・ナンバー
 イスト・アキ・オ・キ・エ
 プラ・マシュカル・メウ・コラサォン
 ブラジルの水彩画

*その他
 アス・トレス・ダ・マニャン(エリヴェルト・マルチンス)
 モーホのアヴェ・マリア(エリヴェルト・マルチンス)
 アデウス・アメリカ(ジェラルド・ジャキスとアロルド・バルボーザ)
 マダムとの喧嘩は何のため?(ジャネッチ・ヂ・アルメイダとアロルド・バルボーザ)
 デュアス・コンタス(ガロート)
 エスターテ(ブルーノ・マルティーノとブルーノ・ブリゲッティ)
 僕は家へは戻らない(アントニオ・アルメイダとホベルト・ホベルチ)
 十字架のもとで(マリーノ・ピントとゼー・ダ・ジルダ)
 ボンファに捧ぐ(ジョアン・ジルベルト)

*かなり絞り込んだつもりで27曲。やはり難しいです。

2006年11月06日

ジョアン・ジルベルト2日目 11月5日(日)ライヴ・リポート

17:49 最初のブザー。ジョアン到着を告げるアナウンス。

17:54 スタッフがステージにレパートリー・リストを置きにくる。

17:56 二度目のブザー。暗転。

17:57 ジョアン拍手をしながら登場。にこやかにお辞儀をして、着席して、「こんばんは」。

そしてそっと歌い始めたのが「紙風船」。声がまだ落ち着いていない。3コーラス歌う。

この曲が終わると、「アイム・ソーリー」と言って、続けて「ハア・ハア」と言い、息遣いが荒いことを詫びる。場内に笑い。

2曲目が「プラ・マシュカル・メウ・コラサォン」。声がまだ出ていないが、丁寧に丁寧に歌おうとしていることが伝わってくる。

この曲のあと、「プリーズ、ケン……」と、PAに注文をつける。

「バイーア・コム・H」。まだ落ち着いていないが、これも丁寧な歌唱。

4曲目が、「君は愛を知らない」。少しずつ安定してきたかなと思う。

次が「イスト・アキ・オ・キ・エ」。ヴィオラォンの低音が少しおかしかった。

それから顎に手をやって選曲したのは、「十字架のもとで」。前の夜もこの曲で思ったのだが、非常に凝ったコードで歌い始めるので、まったく別の曲のように思えてしまう。それにしても、おそらくジョアンはこの曲が大好きなのだろう。とても良かった。そして、この曲からジョアンは調子を掴んでいった。

7曲目が「オール・オヴ・ミー」。」途中何度か声を張り上げて、のってきたことが明らかに伝わってきた。

そして、チューニングからそのまま演奏し始めたのが、「十字路」。そっとそっと歌うジョアン。途中にハミングをまじえたりして、すばらしかった。この夜のベストの一つ。

それから、「ア・フェリシダーヂ」を、「ア・フェリシダーヂ・エ・コム・ア・プローマ」のところから歌い始める。先へ先へと進む歌唱。この曲は5コーラス歌ったように思う。今回の来日では一曲一曲をとても短く切り上げているので、その中では異色の演奏。とても気持ち良さそうで、最後のリフレインも延々と続いて、いつまでも歌っていたそうだった。

次の「エクリプシ」は、2コーラスで短く切り上げたが、とても余韻が残ったためか、曲が終わってから拍手が起こるまでに絶妙の間があった。

それからいきなり歌い始めたのが「バイーアの郷愁」。コードを間違えたところも一箇所あったのだが、チャーミングなすばらしい演奏。エンディングは、「ドゥドゥドゥ……」とスキャットして、トム・ジョビンのアレンジによる最初の録音を彷彿とさせる終わり方だった。

そして、「あなたなしで(セン・ヴォセ)」。最初に一気にどんどん歌詞を歌い繋ぐ。これも二重丸のすばらしい演奏。

13曲目が「僕は家へは戻らない」。わざと投げ遣りに歌ったところもあって、ジョアン、とてものっていたように思う。この曲は前夜と同じくヴォーカルの音量が大きかった。

そしてトムの「リジア」が始まる。口の動きを見ていると良くわかるのだが、ジョアンは歌詞の発音に本当に気を遣って、毎回毎回色々なことを試みている。

次の「黄金の口のモレーナ」も良かった。

そしてカイミの「我が故郷のサンバ」。途中に「ダバダバ」と、ラストにも「ケン・ツク・ドン、ケン・ツク・ドン」と、スキャットを入れる。絶妙の楽しい演奏。

17曲目は「白と黒のポートレイト」。これも良かった。曲が終わってしばらく静止したジョアン。本人も満足していたのだろう。

それから昨夜に続いて「ソリダォン」を歌った。ヴィオラォンはコードを一度ずつ爪弾くだけの演奏なのだが、それでもボサノヴァのリズムが背後に見え隠れしている。ただ、この曲は2コーラスで呆気なく終わってしまった。

そのあとの「エスターテ」は、サビのところでヴィオラォンの音がとてもとても大きくなってドラマティックだった。これはこれまでのジョアンのライヴではなかったことで、非常に興味深かった。

次に「オ・パト」を歌い始めると、拍手が起きる。ジョアンは少し微笑んだ。「ケーン、ケーン」と歌ったあとに、「ケン!」と素頓狂な声を出してみたり、ジョアンは実に楽しそうだった。とてものっていた。

「モーホのアヴェ・マリア」。本当に静かで静かな歌唱。

22曲目に、いきなり歌い始めたのが「ウェイヴ」。これも完璧な演奏。

19:26 ジョアン一度退場。でもこの夜も1分も経たないうちに戻ってくる。拍手をしながら現われて、胸に手を置いて気持ちを表現する。そしてアンコール。

「想いあふれて」。これも静かな静かな演奏。キーはBm 。4コーラス歌う。

そして「イパネマの娘」。歌詞の最初の「オーリャ」を歌わないジョアン。これもチャーミングで、ヴォーカルの表情が豊かだった。

アンコールの3曲目は「コルコヴァード」。これは良い意味で少し緩んだような演奏だった。2コーラスのみ。

そのあとに「メヂタサォン」。今回のコンサート・シリーズで、ジョアンはそれぞれの曲をわざと地味なコード進行でまとめようとしているように感じる。この曲などもその典型で、曲のカラフルな表情をあえて消そうとしているように思えた。

そして、「ヂサフィナード」。ヴィオラォンがちょっとびびる。でも、6曲も続けてトムの曲を演奏したのは日本では初めてではないかと思う。

19:48 ジョアン退場。途中で二度頭を下げる。

19:49 これで終わりかと思ったのだが、ジョアン再登場して二度目のアンコールが始まる。

「ビン・ボン」。コードワークの妙を堪能させられた。

「ティン・ティン・ポル・ティン・ティン」。これもかなり節と節との間を摘み取った演奏だった。

そしてジョアンはユーモラスなマルシーニャを歌い始めた。スキャットをまじえた絶妙の演奏。コンサート後に会場に貼り出されていたセット・リストによると、「ピカ・パウ」という曲。日本初演どころか、ジョアンにとってライヴでの初演だそうだ。終わり方にちょっと失敗して、終わるとジョアンは手を合わせて「すみません」と言う。でもとにもかくにもこれで「初演記録」がつながった。

それからとても静かに歌い始めたのが「話から話へ」。途中、わざとちょっとだらだらと歌ったところとか、「プス・プス」という例の擬音をまじえたところもあった。

そのあと、とてもユニークなコードで歌い始めたのが、「インセンサテス」。1コーラス目から2コーラス目に移る時に、ロー・コードからハイ・コードへのチェンジがちょっとうまくいかなかったところがあったが、それを差し引いても良かった。この曲もエンディングでオーディエンスが余韻を楽しんで、拍手が始まるまでに一拍の間があった。

ラストは、前夜に初演した「トレーゼ・ヂ・オウロ」。

20:06 ジョアン退場。大きな拍手の中で、途中で二度、立ち止まって頭を下げた。

*夜も遅いので、全体的な感想はまた。

2006年11月05日

速報

とうとう日本初演曲が途切れるかと思われた、その時でした・・・。

曲目

17時57分 登場。

紙風船
プラ・マシュカル・メウ・コラサォン
バイーア・コム・H
君は愛を知らない
イスト・アキ・オ・キ・エ
十字架のもとで
オール・オヴ・ミー
十字路
ア・フェリシダーヂ
エクリプシ
バイーアの郷愁
セン・ヴォセ
僕は家へは戻らない
リジア
黄金の口のモレーナ
我が故郷のサンバ
白と黒のポートレイト
ソリダォン
エスターテ
オ・パト
モーホのアヴェ・マリア
ウェイヴ

19時26分 一度退場。この夜も1分も経たないうちに戻ってきて、アンコール。

想いあふれて
イパネマの娘
コルコヴァード
メヂタサォン
ヂサフィナード

19時48分 退場。

19時49分 再登場。二度目のアンコール。

ビン・ボン
ティン・ティン・ポル・ティン・ティン
ピカ・パウ(日本初演)
話から話へ
インセンサテス
トレーゼ・ヂ・オウロ

20時06分 退場。

ジョアン・ジルベルト初日 11月4日(土)ライヴ・リポート

17:51 「ただ今アーティストがホテルを出発しました」のアナウンス。場内爆笑。そして拍手。

18:04 最初のブザー。拍手。そしてアナウンス。「ただ今アーティストが会場に到着しました」。また爆笑。

18:10 ステージのセッティングが始まる。今回のステージは(過去2回がどうだったか覚えていないのだが)、黒ずくめ。そこに黒装束の人間が5人くらい出てきて、敷物をして、椅子とレパートリー・リストとマイクをセットする。

18:15 二度目のブザー。暗転。

18:16 ジョアン下手から登場。着席すると、「こんばんは、ごめんなさい」とマイクに言う。場内に笑いと拍手。そして、「ティン・ティン・ポル・ティン・ティン」をそっとそっと歌い始める。一曲目は声がちょっと不安定。この曲は2コーラスくらいですぐに終わってしまう。

ジョアンが次にレパートリー・リストを見回して選んだのは、トム・ジョビンの「リジア」。まだ息が乱れていて、切れ目のない歌詞がちょっとしんどそう。でも早くも歌詞を前倒しに摘み取る歌唱と左足をばたばたさせる動作が出る。気持ちが入っていることが伝わってくる。

3曲目は「トレーゼ・ヂ・オウロ」。この曲名はコンサートのあとで会場に貼り出されていたセットリストで知った。もちろん日本初演。3曲目で早くもまた「初演記録」を更新。興奮。そしてこの曲あたりからジョアンの演奏が落ち着いてくる。

「ウェイヴ」。ジョアンは好調。すごくいい。

「ソリダォン」。これも日本初演。この曲をジョアンが演奏することをまったく知らなかったので驚いた。

次はカイミの「君は愛を知らない」。これも日本初演。唖然。呆然。

7曲目は「十字架のもとで」。だが、キーを落として歌っている(?)からなのか、レコードで聴き慣れているジョアンの「十字架のもとで」とはまったく異なった印象。

8曲目は「プレコンセイト」。この夜のジョアンの声がすごく好調なのが明らかにわかる歌唱だった。

この曲のあとにジョアンはまとまった言葉を喋ったのだが、何を言ったのか良くわからなかった。

次は「オール・オヴ・ミー」。この曲で、会場がすごく暑いことを感じ始めたのだが、それとほとんど同時に空調が入り始める。それからこの曲で、この夜のジョアンが一曲一曲をとても短く切り上げていることがよくわかった。

「エスターテ」。一箇所、「エスターテ…」と歌ったあとで歌詞が出てこなかったようなところがあったが、途中で声が大きくなって盛り上げたところも含めて、ドラマティックですばらしかった。この夜のベスト・パフォーマンスの一つ。

その次が「バイーア・コム・H」。歌詞をどんどん前倒しに摘み取る見事なパフォーマンス。

12曲目が「グアシーラ」。日本初演。この曲も2コーラスだけで終わってしまう。

そして、トムとニュウトンの「十字路」。これも最高のパフォーマンス。

「ヂサフィナード」。全体は短かったのだが、エンディングは延々とリフレイン。楽しかった。

次はカイミの「ホーザ・モレーナ」。この夜のジョアンの声が最高の状態にあることを改めて認識させられる。

そして、サード・アルバムで録音している「初めての時(ア・プリメイラ・ヴェス)」。また日本初演。

次が「白と黒のポートレイト」。この夜のジョアンのヴィオラォンの演奏では、コードが変わるタイミングに中音から低音にかけての弦を2本、ワン・トゥーというふうに続けて2本を爪弾くところが(その的確さが)印象に残ったのだが、この曲にもそういう箇所が低音にあった。

そして、18曲目はなんと、ガロートの「デュアス・コンタス」。ふたたび唖然。ふたたび呆然。もちろん日本初演。

それから静かに静かに始まったのが、「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ」。この曲でも歌詞を前倒しに摘み取っていくスタイルが顕著。節と節との間の歌詞のない部分を、ジョアンは容赦なく埋めていく。そしてこの曲はまた終わり方も唐突でドラマティックだった。

次は「黄金の口のモレーナ」。ジョアンが古くから演奏している曲だが、これもまた日本初演。

そして「モーホのアヴェ・マリア」。この夜のジョアンのヴォーカルがとりわけ低音で見事であることを再認識。でもこの曲もすぐに終わってしまう。

22曲目が「想いあふれて」。曲が始まるとひときわ大きな拍手が起こる。3回終わっておしまい。

19:32 ジョアン退場。だが、1分も経たないうちに戻ってきて、アンコール開始。

そしていきなり、日本のファンのために自ら作ったらしい「ジュヴゼメ・ジャパォン」を歌い始める。一昨年の「ジャパォン・メウ・コラサォン」とは明らかに異なる曲。曲の途中で「あなたたちのことですよ」という意味を込めて手を客席に向けたシーンもあった。エンディングに「I love you」という言葉を歌う。ジョアンはこの曲を二度歌う。一回目と二回目の間に「アイム・ナット・フィニッシュ」と言って拍手を浴びていた。そして、二度目に歌い終わると、そのままほとんど切れ目なく「イパネマの娘」に移行していく。2回歌っておしまい。

次の「コルコヴァード」も最高。

その次の「メヂタサォン」も柔らかくてデリケートで最高。

「話から話へ」。曲が始まると拍手。

「オ・パト」。フィニッシュが絶妙のコード進行とスキャットで本当にチャーミングだった。鳥肌が立った。おそらくあれはガロートス・ダ・ルア時代のコーラスをたった一人で体現しようとしたものだろう。このシーンがこの夜のベスト。

「僕は家へは戻らない」。途中、コードを間違えた?というところがあったが、そのあとが気合が入りまくってすばらしかった。ヴォーカルのヴォリュームも少し大きくなったように感じた。

次の「ア・フェリシダーヂ」は、リフレインのところはほかのパートを歌って、これはブラジルでは観客の歌を促すところなのだが、日本ではもちろん歌声は起こらず、ジョアンもそれをわかっていて自分で本来のメロディを歌う。

ラストは「イザウラ」。

19:59 ジョアン退場。立ち上がって椅子の背に手を置いて何度もお辞儀をする。袖に戻る途中でもう一度頭を下げる。しばらくして場内が明るくなる。


*感想

ジョアン・ジルベルトは絶好調です。歌声が最高に滑らかですばらしい。今回のコンディションを心配していたのですが、まったくの杞憂でした。ヴィオラォンも新しいコードワークにも挑戦していて、まったくすばらしい。

兵器工場も炸裂。7曲も日本初演を演奏するなんて。しかも、「デュアス・コンタス」……。言葉がありません。トムの「ソリダォン」にも驚きました。

1曲1曲が短かったのは、疲れもあるでしょうから、仕方がないのではないかと思います。むしろジョアンはなるべく多くの曲を披露したいためにそうしているのかと思いました。

全体の時間も短かったのですが、うちの相方は、「あの演奏中断の時間がなかったから今回は短かっただけで、内容はいつもこのくらいだと思う」などと言っています。

それにしても、初日でこの調子ですから、2日目以降、一体どんなことになるのでしょう?

2006年11月04日

速報

ジョアン絶好調です。しびれたー。日本初演も7曲ありました。

曲目

18時16分 登場。「こんばんは。ごめんなさい」と挨拶して、演奏開始。

ティン・ティン・ポル・ティン・ティン
リジア
トレーゼ・ヂ・オウロ(日本初演)
ウェイヴ
ソリダォン(日本初演)
君は愛を知らない(日本初演)
十字架のもとで
プレコンセイト
オール・オヴ・ミー
エスターテ
バイーア・コム・H
グアシーラ(日本初演)
十字路
ヂサフィナード
ホーザ・モレーナ
ア・プリメイラ・ヴェス(日本初演)
白と黒のポートレイト
デュアス・コンタス(日本初演)
サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ
黄金の口のモレーナ(日本初演)
モーホのアヴェ・マリア
想いあふれて

19時32分 一度退場も、1分も経たないうちに戻ってきてアンコール。いきなり日本のファンのために自作の「ジュヴゼメ・ジャパォン」(一昨年の「ジャパォン・メウ・コラサォン」とは明らかに別の曲)を二度歌う。

イパネマの娘
コルコヴァード
メヂタサォン
話から話へ
オ・パト
僕は家へは戻らない
ア・フェリシダーヂ
イザウラ

19時59分 退場。

2006年11月03日

明日からジョアン・ジルベルト

心を開き、目を向け、耳を傾けましょう。

あとは、歌い出すもよし、泣き出すもよし、笑い出すもよし。

必要以上にバイアスが掛かってしまうと、楽しめるものも楽しめなくなってしまうかもしれません。それに、音楽の聴き方なんて人それぞれであって良いはずです。

たった一つだけ言えることは、ジョアン・ジルベルトは期待を裏切らないアーティストだということ。

あとは体調を整えて、疾風怒濤の一週間に身をゆだねようと思います。

2006年11月02日

静けさは維持されるのか?

ジョアン・ジルベルトのコンサートの特異な点、他のアーティストのそれと大きく異なる点は、それはもうたくさんあるのですが、その中でも筆頭に挙げられるのは、「静けさ」だと思います。

ジョアンの初来日のコンサートで、初日の一曲目の、「僕は家へは戻らないNão vou pra casa」の演奏が始まって真っ先に驚いたのは、スピーカーから流れてくる音が本当に小さいことでした。日常的に音の洪水の中で暮らしている僕たちにとって、あのような音量による音楽体験というのは、ほかにほとんど例がない、比べるべき体験がないものでした。それは、カルロス・ラセルダが書いている(ボサノヴァというのは)「弱音器の音楽」あるいは「抑制されたマイクの音楽」であるという指摘を裏付けるものでした。

そして日本のファンはジョアンのその演奏を完璧な静寂の中で受け止めました。どうしてあれほどまでに狂おしいまでの静けさが会場を支配したのか、本当のところはわかりません。でも基本的には一音一音を聴き逃すまいとする日本のオーディエンスの集中力が創り上げたアンビエンチだったのだろうと思います。

そしてそれはまさしくジョアンが求めていたアンビエンチだったのです。ペレイラ・ヂ・オリヴェイラでのライヴ盤のライナーに、ジョアンのこういう言葉が紹介されています。「Não se pode machucar o silêncio, que é sagrado」(高場将美さんが「静けさを傷つけてはいけないんだ。静けさは神聖なものだ」と訳しています)。日本のオーディエンスは意図せずしてジョアンのこの精神を見事に具現化してしまったのだと思います。だからジョアンはこの国のファンをこれほど大切にしているのだと思います。

ところで、もちろんジョアンはただ「音の小ささ」だけを意図しているわけではありません。ズーザ・オーメン・ヂ・メーロの解説によると、ジョアンは特に「高音、中音、低音の間の、周波数の調和した、透明さ、純粋さ、詳細さ、釣り合い」に執着しているのだそうです。そのようにして、「声のサウンドとヴィオラォンのサウンドがまるで観客のすぐ近くに清澄に残ることができるようになる」。すなわち、「彼は一人一人の耳元に達したいのである。何十メートルも離れているのではなくて、まるで数センチメートルの距離にいるように」。

そういう意味では、過去二度の来日公演では音響のスタッフも見事な仕事をなさっていると思います。それもまたあの静けさを創り上げている重要な要素です。

ズーザ・オーメン・ヂ・メーロの言葉をもう少し紹介しておきましょう。

「反響が完璧に正しくなった時、彼は、三千人がいる一つのホールが、一人一人の正面に歌手がいる非常に小さな部屋であるかのような幻想を維持することができる。この状態になると、ジョアン・ジルベルトの公演は、アーティストと、彼のサウンドの魔法によって催眠術をかけられた観客が一体化する、忘れることのできない経験である」

今回もまたあの静けさが会場を覆うのでしょうか? 

2006年11月01日

「記録」は塗り替えられるのか?

ジョアン・ジルベルトの今回の来日公演で楽しみなことの一つは、「記録」は更新されるだろうかということです。

ジョアン・ジルベルトは2003年と2004年の計10回の日本のステージで、毎回最低1曲は「日本初演」の曲を披露しています。本人が意識しているのかどうかはわかりませんが、これはちょっとすごいことです。何しろジョアンは演奏する曲を事前に決めているのではなくて(大まかには決めているのでしょうが)、ステージの床に広げたレパートリーのリストを見ながら次に演奏する曲を選んでいるのですから。今回の4回の公演でも「日本初演」が一曲ずつでも含まれていたら、本当に歴史に残るコンサートになるのではと思います(もうすでに歴史に残っていますが)。

で、まだ日本で演奏したことがないジョアンのレパートリーを色々な資料から書き出そうと思ったのですが、あまりに膨大なのでやめました。YouTubeでも、「カリニョーゾCarinhoso」(ピシンギーニャ/ジョアン・ヂ・バーホ)、「ブラジル・パンデイロBrasil Pandeiro」(アシス・ヴァレンチ)、「グアシーラGuacyra」(H.タヴァレス/J.カマルゴ)、「ヂガDiga」(V.パイヴァ/D.バチスタ)(これはベベルとのデュエット)などといったまだ録音していない曲の映像が観れます(「グアシーラ」は録音ありました)。この中では、ピシンギーニャの「カリニョーゾ」は聴きたいなあ。

ジョアンの最近のライヴのレパートリーで、日本未演の曲の中から聴きたい曲を挙げると、ジョビン・ナンバーなら「あなたを愛してしまうEu sei que vou te amar」、「さよならを言うくらいならSe é por falta de adeus」、「フォトグラフィアFotografia」、カイミ・ナンバーなら「バイアーナがやってくるLa vem a baiana」、「君は愛を知らないVocê não sabe amar」あたりになるでしょうか? でも、正直、何でも良いです。むしろ、ジョアンの演奏を通じてしか触れることのできない、1940〜50年代のカーニヴァルのサンバやヴォーカル・グループのマルシャを聴かせてもらう方が幸福かもしれないと思います。ズーザ・オーメン・ヂ・メーロの言うジョアンの「兵器工場」の中から選りすぐったナンバーを。「ピンセットで摘み取った、評論家に挑戦する」かのごときナンバーを。