2006年12月31日

シコ・ブアルキ(ほぼ)全アルバム一言寸評(下)

大晦日。昨日の続きで、シコの主なアルバムを順を追って聴きながら掃除(はかどらない)。しかしまあこうやって続けて聴くとシコがいかに高水準の作品を生み出し続けている稀有なアーティストであるかが本当にわかります。点数(5点満点)はあくまでも感覚的なものなのでご容赦ください。低い点をつけているものの中にも愛聴盤があります。1枚1枚、本当にすばらしいです。すべてをひっくるめて、シコ・ブアルキという我らの時代が後世に誇るべきアーティストです。

Vida(1980)
シンプルだが味わい深い一枚。余分を削ぎ落としてむしろ洗練されたシコ。4.5

Almanaque(1981)
丁寧で手の込んだ、こちらも名盤。サウンドに一段と奥行きが。4.5

Chico Buarque en Espanhol(1982)
スペイン語のシコ(ところどころ字あまり)も悪くない。何にしても名曲揃い。4.5

Chico Buarque(1984)
美しい一作。編曲も含めてあまりにも端正なので、いくらか物足りなく感じるくらい。一つの到達点であることは間違いない。「Vai passar」収録。4.5

Francisco(1987)
どこか突き抜けた感のあるこれも快心作。文句のつけようがない。シコのこのリラックスをどう表現すれば良いのだろう?5

Chico Buarque(1989)
耳心地は良いのだが、どういうわけか印象の薄い1枚。メロディがちょっと弱いせいかもしれない。3.5

ParaTodos(1993)
シコの最高傑作の一つというだけでなく、ブラジル音楽史に残る一枚。サウダーヂとブラジリダーヂが一杯に詰まっている。「Piano na Mangueira」のトムとのデュエットに涙。5

Uma palavra(1995)
過去の名曲を新アレンジで再録音。いぶし銀の味わい。「Quem te viu, quem te vê」も収録。4.5

As cidades(1998)
豊饒の才能を改めて痛感させられる。シコ独特のモダニズム。ルイス・クラウヂオ・ハモスとの息もぴたりと合って。4.5

Carioca(2006)
あまりにもストレートなリオ賛歌。真摯に表現するこの姿勢にひたすら共感を覚える。小ぶりな編成のバンドとストリングスの組み合わせも妙。そしてシコのシコたる個性が脈々と息づいている。ただ、ヴォーカルはちょっと一本調子かもしれない。「Renata Maria」収録。4.5

*今年1年、こんなにも芸のないブログを飽きもせずにお読みいただいて本当にありがとうございました。皆さんの2007年がすばらしい実りの年になることを心からお祈りします。僕も精一杯がんばります。来年も宜しくお願いします。
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2006年12月30日

シコ・ブアルキ(ほぼ)全アルバム一言寸評(上)

年の瀬。今日と明日は掃除をしながら、シコのアルバムを片っ端から聴いてみることにしました。他のミュージシャンとの共作やライヴ・レコーディングはひとまず省いて、それからなぜか見当たらないLP/CDも飛ばして、以下、主なアルバムの一口感想です。点数は5点満点。

Chico Buarque de Hollanda(1966)
最初期のお馴染みの大ヒットを満載。早くもシコ節が響き渡る。「A banda」「Olê, olá」など収録。4

Chico Buarque de Hollanda - Vol.2(1967)
前作の延長。いくらか甘ったるい感じがするのは否めない。「Noite dos mascarados」「Quem te viu, quem te vê」収録。3.5

Chico Buarque de Hollanda - Vol.3(1968)
一気に全体が哀感を帯びてきた。何と言っても「Retrato em branco e preto」のオリジナル版が貴重。「Roda viva」も収録。4.5

Chico Buarque de Hollanda - Vol.4(1970)
ハーモニーの感覚に新境地。アレンジもモダンに。それにしても美しい。「Gente humilde」収録。 5

Construção(1971)
さらに新境地に挑戦する意欲作。収録曲もヴァラエティに富んでいる。「Samba de Orly」収録。4.5

Quando o carnaval chegar(1972)
ナラとベターニアと共演した映画サントラ。従来以上にサンバ色が前面に。4

Chico Canta(1973)
全曲フイ・ゲーハとの共作。重要作ではあるが、今の耳には重た過ぎる感じもする。4

Sinal fechado(1974)
他のミュージシャンのカヴァー集。打って変わって明るい面が出た、MPB絶頂期のもう1ページ。3.5

Meus caros amigos(1976)
コンポーザーとしてのシコの一つの頂点とも言える充実した内容。映画や舞台のヒット曲が多い。「O que será」収録。 5

Chico Buarque(1978)
伸びやかで広がりのある快心作。各曲の味わいは現在に通じている。「Cálice」収録。5

Ópera do malandro(1979)
豪華な顔ぶれによる「マランドロのオペラ」舞台版。リズムに新しい展開がある。4

*80年代以降はまた明日やります。
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2006年12月25日

白と黒のポートレイト

ヴァスコとホブソンとのクリスマス・パーティから仕入れてきたエピソードを。

トムが曲を書いてシコが詩を書いた「白と黒のポートレイトRetrato em branco e preto」という曲があります。僕は前からちょっと変だなと思っていたのですが、ポルトガル語では「preto e branco」と言うのが普通です。「branco e preto」というのは日本で「黒白テレビ」とか「黒白写真」と言うのと同じような逆さまな感じがします。

実際、トムもそう思ったようで、歌詞を書いてきたシコに電話して、これはおかしいのではないかと言ったそうです。そうするとシコは、

「マエストロ、preto e brancoにしてもまったくかまいませんよ。ただ、それなら、「Vou colecionar mais um soneto」の「soneto」を「tamanco」に換えてくださいね」と言ったそうです。

要するに、「韻」の話です。「tamanco」はオランダの木靴のことです。言葉としてはここでは何の意味もない言葉です。

今夜ヴァスコと話してきてこの手の話はたくさん仕入れてきたのですが、シコは本当に歌詞の構造的美学を重視する「作詞家」です。で、そういう彼の意図は、ポルトガル語がそれほどわからない僕たちのような日本のリスナーにも届いていると思います。あの耳ごこちの良さはものすごく考えられたものなのです。決して偶然ではないのです。

そうそう、「ヘドンヂーリャ」についてもまた改めて書きます。
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2006年12月22日

シコはどうして日本で受けないのだろう?

ブラジル・ディスク大賞の結果というのを教えてもらいました。驚いたことに、シコ・ブアルキの『カリオカ』は圏外(16位)。思わず言葉を失ないました。

僕は新譜をせっせと聴いている人間ではないので、10枚どころか3枚だって選ぶ資格はありませんが、それにしてもシコのこのアルバムをまったく評価しない日本のブラジル音楽業界(+ファン)って、いったいどうなっているのでしょう?

問題は相当に根深いところにあるのかもしれません。

それとも僕がずれているのか? そうなのか?

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2006年12月20日

ジョアンのDVDは発売中止

ジョアン・ジルベルトの来日公演のDVDは、発売中止だそうです。

http://www.gemmatika.com/newrelease.html

何だかこれで良かったような気もします。確かに今回の公演の最後の2日間の演奏のクォリティは、初来日と二度目の来日の公演と比べると、ちょっと・・・と思ってしまうところがありました。

それに何より、ジョアンの来日コンサートを生体験したものとしては、DVDなどというものが本当に必要なのだろうかとも思っていました。ジョアンのライヴはそういうものではないような、あの瞬間ですべてが完結してしまっているような、そんな気がちょっとしていました。

関係者の方々は大変でしょうけれども。

2006年12月19日

Nosso Tom 前夜祭ライヴ

昨夜は、先日書いた「Nosso Tom〜アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年記念ライブ 前夜祭」というライヴに行きました。

感想を一言だけ言うと、やはりトム・ジョビンの曲は難しいですね。普通に演奏してもつまらないし(本当に「普通に演奏してもつまらない」のかどうかは一考の余地がありますが)、かと言って普通じゃない演奏をしても限界があるし……。テクニカルな面以上にメンタルな面が大きいと思いますけれど、本当に難しいなあと思いました。

それからやはりトムの歌であろうとなかろうと、僕は「今そのアーティストがいちばん歌いたい歌」を聴きたいのだなあと強く思いました。必然としてのその人だけの歌が聴こえてこないと、面白くない。でもこれは仕事でも何でも同じですね。ちゃんと魂を込めて生きないといけませんね。毎日。お互いに。

終わったあとは仲間と飲んで酔っ払いました。このイヴェント、「後夜祭」もあるそうなので、次回に期待したいです。

*ところで「O Nosso Tom」というのはもちろん「O Nosso Amor」のもじりなので、ラストは全員であれを大合唱するのかと思っていたのですが、「Chega de saudade」でした。
posted by naoki at 02:14| Comment(1) | TrackBack(0) | ライヴ・リポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

ライヴ・イヴェント「Nosso Tom」

以前にこの欄でルイス・ホベルト・オリヴェイラさんの「クルービ・ド・トム」の中の記事について、「「o nosso Tom」という感覚がいいですよね」と書いたことがありましたが、なんとその名も「Nosso Tom」というプロジェクトが日本で始動することになりました。トム・ジョビン生誕80周年を記念して、アルバム製作とライヴが予定されているとのこと。中原仁さんのブログに詳細がありますが、12月17日には次のライヴ・イヴェントがあります。

「UNITONE presents Nosso Tom〜アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年記念ライブ 前夜祭」

■日程:12月17日(日)

■会場:代官山 UNIT

■開場/開演:17:00/18:00

■出演:LIVE/Saigenji、naomi & goro、Bophana with BIC (Hands of Creation) DJ/中原仁

■チケット料金:立席・前売り3,500円 (ドリンク代別)、当日4,000円 (ドリンク代別)

■問い合わせ:UNIT 03-5459-8630

17日は僕もライヴにお邪魔する予定でいます。

多くのミュージシャンが言っていることですが、トム・ジョビンの楽曲は演奏者にとっては「鏡」とか「踏み絵」のようなもの。実力とか個性とか内面とかが試されるリトマス試験紙みたいなものなのですね。ぜひともその「我らがトム」という感覚で、トム・ジョビンへの愛情と尊敬あふれる、個性的な、遊び心のある、でもオリジナルの「心」に忠実な、好演奏を期待したいものです。

2006年12月10日

上田力さんの「ジョビン・マイ・ラヴ」40回目

12月8日のトム・ジョビン12回目の命日には、大久保Space Doで上田力さんとナンダノヴァのジョビン・マイ・ラヴのライヴがありました。

今回はいつものメンバーに8管のホーン・セクションが加わって、これまでにない迫力のあるサウンドがすばらしかったです。圧巻だったのは「フェリシダーヂ」。ホーン・セクションを活かした厚みのあるハーモニーが見事でした。ラストに「ハルサイ」のバスーンのメロディが飛び出しましたが、これは、上田さんがトム・ジョビンにインタヴューした時に、ジョビン本人が「フェリシダーヂ」のテーマは「ハルサイ」のあの部分に似ていると喋っていたエピソードがベースになっていたものです。そういう遊びが随所にちりばめられていて、楽しいライヴでした。次回は3月25日とのこと。楽しみに待ちたいです。

終了後は西荻窪のWillieさんのアパレシーダで貴重な映像を見せていただきながら、深夜までジョビン談義(+その他)で痛飲。ジョビンの命日にふさわしい楽しい夜でした。
posted by naoki at 12:07| Comment(2) | TrackBack(1) | ライヴ・リポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

ジョビン命日恒例の上田力さんのライヴ

あっと言う間にもう師走! 12月8日(金)のトム・ジョビンの命日も目の前です。この日は、恒例の上田力さんのライヴ「ジョビン・マイ・ラヴ」が行なわれます。40回目の今回は、トロンボーンの池田さん率いる9人のホーンセクションが加わるというので、どんなサウンドになるのか楽しみです。

Jobim My Love Act40
2006年12月8日@新大久保space do

=NANDA NOVA=
上田力:Piano
吉田和雄:Drums
古屋栄悦:Bass
松崎義一郎:Bassoon
池田雅明:Trombone
黒沢綾:Voice
前田有文子:Flute
鬼武みゆき:Piano

=MASA HORNS=
内田日富:Trombone
小林稔:Trombone
渡辺亮:Trombone
萱生昌樹:SAX
橋爪亮督:SAX
田中哲也:Trumpet
羽毛田耕士:Trumpet
伊勢秀一郎:Trumpet 

■開場 18:30 開演 19:00■

CHARGE:前売 \4,300(with 1drink)
    当日 \4,800(with 1drink)

■お申込・お問い合わせ先■
koosie@sannet.ne.jp
Space Nova(辻)tel&fax 03-3408-7588

■会場■
株式会社ダク space do(B1)
〒169-0073 東京都新宿区百人町2−8−9
tel:03−3361−2211

2006年12月03日

雑感(20日間とちょっとが過ぎて)

あまりに空が青いのでもう朝なのだろうかと思って起き出したら、月の明かりでした。日曜の朝午前3時。仕事部屋の窓から真正面に65%のウィンター・ムーンが煌々と輝いています。もったいないのでちょっと仕事をしながらまたビール…。

一昨日は一日中埼玉県中部を車で走り回る仕事でした。何気なくジョアン・ジルベルトの「イン・トーキョー」をかけたら、新たな発見と思い出しが色々とあって、結局夜までずっと繰り返し聴きながら車を走らせていました。初冬の紅葉にジョアンの歌はとても良く似合います。でもおそらくジョアンの歌は若葉にも初雪にも大雨にも喧騒にも暗闇にも似合うのだろうと思います。

しかし改めて言うのは陳腐ですが、この「イン・トーキョー」は本当にすばらしい。至宝。記念碑。金字塔。こういう場面に立ち合えた私たちはなんと幸福だったのだろうと思います。やはりそれは奇跡と呼びたくなる種類の体験です。そして、こういう音楽が一方にあるのだということを、心の内側に持っていられることの幸福というのもまた…。

先日ライヴにお伺いしたある女性に「私の演奏をジョアンと比べないでくださいね」と言われました。でもある意味で比べてしまうのはどうしようもないことです。それは点数をつけるとか、ジョアンに比べて優れているとかいないとかではなくてです。うまく言えないのですが、例えば、自分だけの歌を歌っているかどうかとか、その一瞬に本当に集中しているかどうかとか、創造的であるかどうかとか、ひたむきに音楽に向かい合っているかどうかとか、ひたむきに人生に向かい合っているかどうかとか…やはりうまく言えないのですが。

そこで個人的なエピソードを一つ。僕の最初の「三月の水」を上梓する直前の出来事です。それはちょうどジョアンの初来日公演が終了した直後のことでした。

僕はその「三月の水」のカヴァーイラストはうちの相方のトムのイラストでいくしかないとずっと決めていました。リオの「ジョビン・ミュージック」にもそのように連絡していましたし、編集のKさんともそういう方向で話が進んでいました。ところが、直前になって、デザイナーの方がトムの写真を中心にしたカヴァーイラストを提案して、それで進行することに半ば決まりかけてしまいました。僕はその事実を半日後に知らされて、それに同意したといううちの相方と、かつてないほどの大喧嘩…うちの相方によると「離婚寸前の大喧嘩」…を繰り広げました。

僕の「三月の水」の表紙がどんなものになろうと、そんなことは多くの方は気にしないであろうことはわかっていました。でも、僕にとってその本の表紙はうちの相方のイラストでなければなりませんでした。もちろん、彼女のイラストが世間一般的な水準から見て優れているからというわけではありません。もっと優れているイラストや写真が世の中にたくさんあることはわかっていました。でも、その本の表紙だけは彼女のイラストでなければならなかった。だって僕はずっとそうなることを念頭に文章を書き続けていたのですから。要するにこれはそもそもの最初からそういう本だったのですから。そして彼女はその本の最高の理解者だったのですから。すなわちこれは二人で創った本だったのですから。

で、僕はジョアンの来日公演のプログラムを手にとって、相方にこう言ったのを良く覚えています。「この表紙を美しいと思わないか?」と。

それで相方も「わかった」と言って、編集のKさんに電話をかけてくれました。

ジョアンの初来日コンサートのプログラムのあのシンプルな表紙が美しかったのは、それがトータル・コンセプトの一環だったからです。「良い図案があったらそれを採用しよう」とかいうのではなくて、「ジョアンのコンサートのプログラムの表紙はこうでなくてはならい」と、誰かがそう思ったからです。きっと。

でも僕のような無名のライターが自分の最初の本の表紙に注文をつけるのは本来はあってはならないことで、そんなことは「どうぞお任せします」と言うべき問題でした。普通に考えればそういうことです。でも、僕はそうすることができませんでした。

それでその数日後に出版社の社長と直談判。夜の編集室で2時間くらい押問答の交渉が続きました。その大半はお互いに黙り込んでの沈黙の時間です。出版社としては「もうこれで進行している」というわけで、変更する場合には損害も生じます。ですから双方一歩も譲りませんでした。

と、その社長が、「ほかの人の意見も聴いてみよう」と言い始めました。そして、階下で仕事をしていた女性編集者に意見を求めることになりました。

彼女の答えは、「イラストの方が良いと思う」でした。

長々と書き過ぎてしまいましたが、ジョアン・ジルベルトの音楽は、僕にそういうことを思い出させてくれます。

生き抜くということ。妥協しないこと。貫き通すということ。諦めないこと。やり続けること。やり遂げること。真正面から立ち向かうこと。逃げないこと。そして、愛するということ。

ジョアン・ジルベルトのコンサートを過去に12回も体験できて本当に良かったと思うのは、音楽的な収穫ももちろんですが、それ以上に、ジョアンのコンサートを体験したあとはちょっとだけ背筋が伸びるからです。

以上……何を言おうとしていたのかわからなくなってしまいましたが……。

2006年12月01日

『サンバはセリア・ヘイス』

最近CDで復刻されたアルバムで、これだけは紹介しておかなくてはとずっと気になっていたのが、セリア・ヘイスという女性歌手の『O samba é Célia Reis』(サンバはセリア・ヘイス)です。

このセリア・ヘイスという歌手は1956年にパラー州ベレンからリオに上京。ベッコ・ダス・ガハーファスのボアチで歌い始めるとたちまち頭角を現わし、ナイトクラブで引っ張りだこになって、国内外のツアーに出るようになりました。ただし録音は非常に少なくて、この1962年のフィリップス盤と、もう1枚70年代にも吹込みがあるよううですが(こちらは詳しいことはわかりません)、残っているレコードはそれだけです。実力はすばらしいのにレコーディングよりもツアーを好む歌手だったようで、南米各国から北米や欧州にまで「ボサノヴァの伝道者」としてツアーを行なっています。

この『サンバはセリア・ヘイス』は、トム・ジョビンの珍しい曲「パラ・ナォン・ソフレルPara nao sofrer」を歌っていることがわかっていたので一度聴いてみたいと思っていたのですが、今までそのチャンスがありませんでした。こういう形で復刻されて、とても驚くと同時に、大変喜んでいます。

でも僕がこのセリア・ヘイスという歌手に興味を持って一度音を聴いてみたいと思っていた最大の理由は、ニュウトン・メンドンサです。彼女がリオに出てきて最初に出演したボアチ「マ・グリフ」で、彼女の伴奏を務めたのが、ニュウトン・メンドンサだったのです。1956年というと本当にボサノヴァ前夜という時期ですから、それまでサンバを中心に歌っていた彼女がニュウトンの伴奏から得たものは絶対に小さくなかったはずです。だからどういう歌い方をする歌手なのだろうと、ちょっと気になっていたのでした。

そして実際にCDを聴いてみた印象は、やはりとてもうまいです。特にリズム感がすばらしい。サンバカンサォン期からボサノヴァ期に移行するこの時代の他の歌手と同様に、サンバカンサォンをベースにしながら、軽やかなフィーリングを持ち備えていて、新時代の幕開けを感じさせる歌唱です。歌声と歌い方は、ちょっとシルヴィア・テリス的でもありますし、ちょっとマイーザ的でもありますし、ちょっとドロレス・ドゥラン的でもあります。ただ、音域がやや低くて、声が野太い感じがするところが、もしかしたら爆発的な人気を獲得できなかった原因なのかもしれません。哀感は余りありません。

このアルバムにはバーデン・パウエルがアレンジとヴィオラォンで参加。アルバムの冒頭を飾るのは「ソ・ダンソ・サンバ」ですが、彼女にこの曲を教えたのはバーデンだったそうです。ピアノはパウリーニョ・セーゴ、ハモンドオルガンがセルソ・ムリロ。MPB4も参加しています。なお、このアルバムは「レコード批評家ブラジル協会」のサンビスタ・新人賞を受賞したのですが、彼女はその授賞式をアルゼンチンへのツアーを理由に欠席しています。きっと欲のない人だったのでしょう。「だった」と言っても、おそらくは今でも健在なのではないかと思いますが。

セリア・ヘイスについては、拙著「愛と微笑みと花」にも書いていますので、こういう「ボサノヴァ秘話」(特にニュウトン・メンドンサ周辺)に興味があるという方は、よろしければそちらもお読みください。

『O samba é Célia Reis』


posted by naoki at 01:13| Comment(25) | TrackBack(2) | 新譜紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする