2009年03月14日

今日聴いたジョビン・ソングブック(32)

アローン・ウィズ・ジョビン
マルコス・アリエル
Marcos Ariel
Alone with Jobim
2008
2000年のアルバムに続くソロ・ピアノのジョビン集。再演曲も多いが、前回からスケール・アップした演奏。
4

イ・ア・ムジカ・ヂ・トム・ジョビン
ホベルト・カルロスとカエターノ・ヴェローゾ
Roberto Carlos e Caetano Veloso
e a Música de Tom Jobim
2008
2008年8月のサンパウロのショウのライヴ録音。両者の歌い比べはホベルト・カルロスの圧勝。原題は『Roberto Carlos e Caetano Veloso e a Música de Tom Jobim』で、三人目の主役がトムの音楽という趣旨だろう。DVDも発売中。
4

バカラック・ジョビン
シルヴァーナ・スティエヴァノ
Silvana Stiévano
Bacharach Jobim
2008?
バート・バカラック7曲、トム・ジョビン6曲で構成。サンパウロ出身のシルヴァーナは人懐こい歌声で人柄が感じられる。リズムが凡庸なのが残念。
3

ブラジリアン・スケッチ
ジム・トムリンソン
Jim Tomlinson
Brazilian Sketches
2001
英国のジャズ・テナー・サックス奏者。音色は『ザ・ベスト・オヴ・トゥー・ワールズ』の頃のゲッツに酷似。11曲中9曲がトムの曲。当たり障りなく聴き流してしまう殺菌系のジャズボッサ。
3

2009年03月02日

『リオデジャネイロのジャルヂン・ボタニコ』トム・ジョビンとゼカ・アラウジョ

直線距離のジャルヂン・ボタニコ
トム・ジョビン

我が愛しのジャルヂン・ボタニコ
先験的な瞑想の
何度も僕は経験した
静かな並木道の砂の雨の中で。

ほんの夜明けの、早朝の、漆黒の時間に、
暗い朝、小川に沿って、
すばしこいハイムネモリクイナ、
非の打ちどころのないバレリーナ、
独特の歩調で行っては戻る。
頭から行って、背中から、尾羽から戻る、独特の軌跡で、
大水でできた大きな穴のあり得ない幻、
影のと太陽の球体の、
影の中の見えないものと太陽の中の見えないもの、
虹色の、アジアンタムの間に。

森林の中の散歩?
おお、僕はそれには陥らない!

マンガ・マライアは
これ以上ないくらいブラジルのものだ。
マンゴーの木の陰だった、
僕はほとんど君にキスするところだった、
君はすごくきれいだった、
でもこれ以上ないくらいつっけんどんだった!

我が友ハダメスは彼が持っているもの以上の最良のものだ、
森林の中の太陽の一日だ、人を好くことの恩恵だ。

独特に語られている人間たちが、
フレイ・レアンドロの小さな湖を掃除する。
深みから現われる、竹の網の中に、
枯れた植物に巻き付かれた、
最高に鋭い歯の、巨大なホーリー…

そして僕は一つの秘密を語ろう:
フレイ・レアンドロの小さな湖には、朝、ほんの早朝に、
時々、クビワヤマセミが、オビハシカイツブリが現われる、
池の岸の柱で休んでいる。美しい!
青、白、黒の色を:赤みがかった喉と胸を持っていて、
素敵なくちばしを持っている。
最も大きいのはマルチン・ペスカドールの全種だ。カワセミだ。

(後略)


「僕はコレクターではない」と言い張ってきた僕ですが、いつの間にかトム・ジョビンと名前が付いているものは片端から買い漁るようになっていることを自覚するようになりました。オリジナル盤にはこだわらないので高額な出費はまずしないのですが、最近は音源よりも文献の方に興味が向かっていて、どちらかと言うと秘境の中に足を踏み入れつつあります。深夜に時間ができるとインターネットで世界中の古書店の書庫を探索しています(探しているものはほかにもあるので退屈することはありません)。

それに世界というのは広いところで、ネット上にトム・ジョビンの愛好者によるちょっとした閉鎖的なネットワークのようなものが存在していて、僕はその末席を汚させてもらっているので、ブラジルやカナダやドイツの先輩方から、「**に**が出品されているけれどちゃんとチェックしているか?」などというメールが頻繁に送られてくるので、その度にぶつぶつと言いながらも(あんなこと言っておいて結局自分で出品しているんじゃないか!)、コレクションだけは山のように溜まってきてしまいました。

とりわけトム・ジョビンが自分で執筆した文章はなるべく掻き集めておいて、いつの日にかすべて日本語にして世に送り出したい……ここのところはそういう夢想を抱くようになってきています。その意味ではいちばん厄介なのがLP時代にほかのアーティストのアルバムの裏面に贈った献辞でして、これは今後いろいろとご協力をお願いしてちゃんと集めなければいけないなと思っています。

前置きが長くなりましたが、そのような秘境を旅している僕が、これはおそらく手に入らないだろうと諦めていた……そのうちにリオの図書館でテキストだけでもコピーに取って来なくちゃと思っていた……稀少な写真集を、昨年の後半に入手しました。

トム・ジョビンとゼカ・アラウジョの共作「ジャルヂン・ボタニコ・ド・リオデジャネイロ」。1988年にエスプレサォン・イ・クルトゥーラから発行された写真集です。ゼカ・アラウジョという写真家によるリオの植物園の植物や動物の写真に、トム・ジョビンが散文的なテキストを寄せていて、二人の共同名義で出版されています。

作品全体の水準は今の目で見るとこんなものかなと思ってしまうのですが、テキストは非常に、トム・ジョビンの個性が満ち溢れていて貴重です。僕は思うのですが、トム・ジョビンのアーティストとしての実像にいちばん迫ることができるのは、おそらくは音楽家と翻訳者です。僕はそのどちらでもないのですが、少なくとも辞書を片手にトムの文章に向かい合ってみることはできるし、そういう作業を通じてこれまでに少なからぬ発見をしてきました。

だいたい、トムの文章は翻訳者泣かせです。冒頭に掲げたこの詩にしても、半分以上の語句はポルトガル語の辞書に載っていなくて、フランス語の辞書とスペイン語の辞書も駆使して、もちろんネットも最大限に活用して、それでも全然足りないので、図書館で図鑑を閲覧して、それでもまだ足りないので、ブラジル人の友人に電話して、まあ何とかここまできたという状態です。

でもこういう作業の積み重ねは決して無駄ではないと、トム・ジョビンを理解するための「à vol d’oiseau」だと確信して……と言うよりも、これは僕には生きるために必要な作業なのだと捉えています。なぜだかわからないけれども、どこからかこういうふうになっちゃったのだから仕方がありません。

あと書きも長くなりました。どういう写真集なのかは後日ちょっとだけ写真を載せることにします。たぶん。