2009年02月17日

今年の訃報(1)

「今年は忙しさを言い訳にしない」と宣言した直後に忙しさを言い訳にせざるを得ない事態に突入する。こういうことは、人生には良くあることです。仕方ないですね。

さて、年が明けてから、少なからず敬愛していたアーティストの逝去のニュースが相次いでいます。以下、弔辞のつもりでショート・メッセージを。何だかこのままいくとこのブログもタイトルを「今月の訃報」とでも変えないといけなくなってしまいそうですが。

ジャック・ランスロ(2月7日)
どうして僕がランスロを聴くようになったのかと言うと、もともとウラッハのブラームスがたまらなく好きだったのですが、その昔の評論家と言う評論家がウラッハとランスロを並べて語っていたからです。でもそもそもどうして僕がウラッハを聴くようになったのかと言うと、その昔某所にあった漫画屋の……長くなるのでここまでにします。でもランスロはやはりモーツァルトですね。

ジョン・アップダイク(1月27日)
若い頃に「ケンタウロス」を半分まで読んだところで不意の恋に落ちてしまって、後半を読み始めるまでに8年も掛かってしまったことがありました。まあ今よりもうちょっとはナイーヴな人間だったのでしょう。
短編では割合後年の「メイプル夫妻」の離婚のシーンが気に入っています。
あと、「ブラジル」という中編もあるのですが、あれは僕には全然面白くありませんでした。原書で読んだのですが(だってアップダイクが「ブラジル」などという小説を出すなんていったい何ごとかと思いましたよ)、読み終えて「時間を返せ!」と壁を叩きました。
僕がアップダイクの墓名に刻みたい一節は、どうして多くの人がこれを引用しないのだろうと不思議になるくらいの名言です。
「アメリカ人には儀式が必要だ」。
さようならウサギ。

ブロッサム・ディアリー(2月7日)
ちょっとショック。存在そのものが世界を明るくする貴重なアーティストというのはやはりいるものです。
夏の終わりの夕立の前の時間には、ミシェル・ルグランの「ワンス・アポン・ア・サマータイム」を、チェットでもマイルスでもアストラッドでもアート・ファーマーでもなく、あるいはカーリン・クローグですらルイス・ヴァン・ダイクですらモニカ・ゼターランドですらボニー・ハーマンですらなく、彼女の歌で聴きたいと思うのです。
ああもう聴いちゃう。真冬だけど真夜中だけど聴いちゃう。
あなたの「カルロス・アントニオ・ジョビン」のMCは永遠に不滅です。ご冥福をお祈りします。

アンドリュー・ワイエス(1月16日)
どうして僕がワイエスを観るようになったのかと言うと……以下省略。

ではまた。

*追記
カチャイート(オルランド・ロペス)が2月9日に亡くなったと教えていただきました。合掌。
posted by naoki at 23:25| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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