2011年06月19日

67年前の6月19日という時代

 1944年6月19日、セルジオ・ブアルキ・ヂ・オランダの夫人、マリア・アメーリア・セザーリオ・アルヴィンは、リオデジャネイロのカテーテのサンセバスチャオン産院に向かうその時に、空気中に何らかの違和感を、一種のオプティミズムのようなものを予感した。それはまた、周囲の人々が彼女に重大な出来事を隠しているという感覚でもあった。

 マリア・アメーリアの直観は正しかった。家族たちが彼女に隠していたのは、6月6日の連合国軍の「Dデイ」ことノルマンディ上陸作戦の成功だった。周囲の人間はそのニュースが彼女を興奮させて出産に差し障りが生じることを懸念したのだ。フランシスコ・ブアルキ・ヂ・オランダは、そのような時代の気分、大戦の終結への希望と新しい時代の前兆の中でこの世界に生を受けた。

 シコ・ブアルキの人生と作品を考える上で、このことは極めて重要な意味を持っていると思う。シコの作品を特徴づけているいくつかの性質、過剰なまでのオプティミズム、徹底して弱者の立場に立ったまなざし、青臭いくらいの理想主義・平和主義・民主主義などなどは、シコが生まれた時代が「そういう時代だった」ことと深く深く関係しているように思えるのだ。

 人間は、この世界に産み落とされて最初に吸い込んだ「時代の空気」に性質や人格を大きく左右されるというのが僕の持論だ。例えば、僕のスリークッションくらいの知り合いの中に、今回の大震災の直後に福島県で子供を産んだ女性がいる。僕にはどうしてもその子供が人間の生命や生きること・死ぬことに対する感受性が人一倍強い人間に育つのではないかと思えてしまう。あるいはそれは第三者の勝手な願いなのかもしれないけれど、「この時代に生まれた」という事実は、占星術や血液型の何倍もその彼の人間形成に大きな影響を与えるような気がしてしまう。

 ちなみに僕が生まれたのは東京オリンピックの約1ヶ月後の土曜日の朝。僕もまたどうしようもないくらいのオプティミストであり、また、他人から何と言われようと青臭い理想主義を追い掛けてどうにかこうにか生きてきている。

 まあそれはともかくとして、今日はシコ・ブアルキの67回目の誕生日。もうそういう歳なんだなあ。地球の裏側からフェリース・アニヴェルサリオ!

posted by naoki at 20:20| Comment(0) | シコ・ブアルキのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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