2014年12月09日

トム・ジョビン没後20年

今日12月8日は、トム・ジョビンの20回目の命日。トムが亡くなって、今日でちょうど20年になります。
僕は没後10年の2009年12月8日には「愛と微笑みと花」を上梓することができたのですが、あれからずっとさぼりっぱなしで、今日までに何も間に合わせることができませんでした。せいぜい旧知のジョビンマニアの一人のところに行ってグラスを傾けるくらい……。
10年前に危惧していたように、世界もすっかり「トムがいない日々」に慣れてしまった感があります。ブラジルも。日本も。僕自身もそうです。
しかし急いで何かの答えを出すことはしないで、もう少し成り行きを見守って、トムのことは思い続けて、やるべきことをやっていこうという気持ちはあります。
こんなに多くのものを受け取ったのですから。トムが僕の人生を決めてしまったのですから。
そうだなあ。まだまだずっと先、10年以上先ですが、生誕100年は、盛大にやりたいですね。
今から同志を募りましょうか。
Tom, Sem Você, Só Tinha De Ser Com Você.

BGM「Don't ever go away」(英語版)
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2009年12月09日

トム・ジョビン没後15年

今日12月8日は、トム・ジョビン(アントニオ・カルロス・ジョビン)の15回目の命日です。トムが亡くなって、今日でちょうど15年になります。

あの突然の逝去のニュースから15年…。月並みですが、時の流れの速さを痛いほど感じます。

5年前の没後10年の年に(その年とその前の年に)、「あともう少ししたら世界にとってのトム・ジョビンの意味は大きく変わってしまうのではないだろうか?」とふと思い付いて、「アントニオ・カルロス・ジョビン・ブック」なるものを2冊続けて上梓しました。

それから5年。案の定、トム・ジョビンは僕たちにとってずいぶんと遠いところに行ってしまった感じがあります。

これが6〜7年前であれば、イパネマやレブロンを歩いていると、もしかしたら次の角を曲がったところのボチキンでトムがショッピを呷っているのでは?という感じがまだあったのですが、今はもう、そういう感じはさっぱりなくなってしまいました。最近ブラジルに行っていないということもあるのですが、それにしても、ここのところのトムは本当に博物館だか記念館だかに閉じ込められてしまったような感じがします。

それは僕などにはたまらなく淋しいことです。ある意味では仕方がないのだとは思いますが…。

僕としては、どういうわけだか足を踏み入れてしまったこのトム・ジョビンをめぐる冒険を、ちゃんとあるところまで持って行かなければいけないというミッションがあります。今から没後20年に向けて、自分に何ができるのかを考えながら、準備を重ねていかなくてはと思います。

*などということを、12月8日恒例の上田力さんの「Jobim My Love」のライヴを新宿で聴きながら、今夜は考えていました。上田力さんの「Jobim My Love」は今夜で48回目。トム・ジョビンの曲だけを演奏するライヴを48回も開いている音楽家は世界にほかにいません。春に体調を崩された時には本当に心配したのですが、今夜の復活を心からお祝いします。50回目の時には僕もちょっとはお手伝いができると良いのだけどなあと思っています。

*何となくですが、リオの今の音楽シーンをトムだったらどう眺めただろうということよりも、リオのサッカー・ワールドカップやオリンピックをトムならどう眺めるだろうということの方が、僕にとっての興味の対象に移ってきてしまっています。

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2009年05月21日

トム・ジョビンが何の影響を受けているって?

バド・シャンクのアルバムについて知りたいことがあったので、日米のウェブサイトを検索していたら、次のような文章を発見してしまいました。

(バド・シャンクは)53年にはギタリストのローリンド・アルメイダと手を組み、ブラジル音楽とクールネスを融合したサウンドを創り上げている。このサウンドは若き日のアントニオ・カルロス・ジョビンに大きな影響を与え、ボサ・ノヴァの形成に一役買ったといえる。

署名はないのですが、一応は仕事として執筆された文章のようです。文章の一部を取り上げてああだこうだ言うのはフェアではないことは承知しているつもりですが、それにしても、いったい何をどのように取り違えたらこのような奇妙奇天烈な解説が生み出せるのだろうと不思議に思います。腹が立つのを通り越して、呆れてものが言えない。全身の力が抜けてしまいます。

僕がトム・ジョビンについて何かを書いてみようかと最初に考えていた時に背中を押したのは、モダン・ジャズの世界の人たちのトムの音楽に対する無理解でした。いくら何でももうちょっとはトムに対する認識を改めて欲しいというのが動機の一つだったことを思い出します。ついでに言うと僕が「三月の水」を書いた7年前くらいは、ちょうど時代の谷間のような時期で、ブラジル音楽の世界の人たちの間でもトム・ジョビンについて改めて語るのは「クールじゃない」というような雰囲気がありました。ブラジル音楽のライヴハウスで「今さらジョビンと言われてもねえ」と嘲笑されたことを思い出します(まあ後者は今のこの文脈ではどうでも良いのですが……)。

とにかく僕が前述のバド・シャンクについての文章を読んで、しばらくの間愕然として、それから思い出したのが、先日のオスカー・カストロ・ネヴィスの来日時の記者会見での一コマでした。米国のモダン・ジャズ系のジャーナリストらしき人物がオスカー・カストロ・ネヴィスにこういう質問をしました。

「ディジー・ガレスピーは、キューバン・ミュージックとブラジリアン・ミュージックとアメリカン・ミュージックとは将来統合するのではないかと言っているのですが、それについてどう思いますか?」

オスカー・カストロ・ネヴィスの回答はそれほど重要ではないので割愛しますが(「ブラジル音楽には個性がある。ほかの音楽に飲み込まれることはない」などと答えていました)(オスカー・カストロ・ネヴィスが「アメリカン・ミュージックというのはジャズのことですか?」と訊き返したのはファイン・プレイだったと思います)、僕はそのジャーナリストの質問に引っ繰り返りそうになってしまいました。そういうことを言ったガレスピーもすごいけれど、そういうことを訊ねたそのジャーナリストもすごい。特別な意図があって特別な発言を引き出そうとしていたのなら別だけれど、そうでもなさそうな様子でした。

モダン・ジャズの世界の人たちは、何でもかんでも「この音楽はモダン・ジャズの影響を受けている」で片付けようとしてしまいます。それはあたかもアメリカ合衆国の世界観と軌道を一つにしているように僕には思えます。僕は少なくとも、「トム・ジョビンの音楽はモダン・ジャズの影響を受けているのではない」ということだけははっきりさせておきたくて、書籍や雑誌やこのブログで言葉を重ねているのですが、どうしても力がなく、声が小さいがために、モダン・ジャズの世界の人たちにはまったく届いていません。非常に残念に思います。

せめてもの救いは、山下洋輔さんが書いている「等身大の栄光 世界にとってアントニオ・カルロス・ジョビンは一人しかいなかった」という文章が存在することです(「アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男」などに所収されています)。この文章を読めば、トム・ジョビンの個性について僕の著書の何十倍も理解が深められることと思います。モダン・ジャズの領域にもこういう良心が存在することは嬉しく思います。山下洋輔さんには「ピアノなんか弾いていないでこういう文章をもっと書いて下さい」とお願いしたいくらいです。

ちょっとまとまらなくなってしまいましたが、「トム・ジョビン(とボサノヴァ)とモダン・ジャズとの関係」は僕にとっては重要なテーマなので、一言言っておくことにしました。なおこの問題には「ジャズ」という言葉の解釈の違いも非常に大きく影響していると思うので、そのことについてはいずれまとまった文章を書かなくてはと思っています。
posted by naoki at 03:24| Comment(1) | トム・ジョビン・没後10年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

オスカー・カストロ・ネヴィスが語ったこと

来日中のオスカー・カストロ・ネヴィスの記者会見・カクテルパーティに行ってきました。アイルト・モレイラ、レイラ・ピニェイロ、パウロ・カラザンス、マルセロ・マリアーノと、来週ブルーノート東京でライヴがあります。

オスカー・カストロ・ネヴィスとちょっとだけ話ができました。僕がトム・ジョビンの本を書いていると言うと、彼は非常に驚いて、トムの思い出を話してくれました。亡くなった時はちょうど「次一緒にアルバムを作ろう」と話していたところだったとのこと。「I miss him」と何度も何度も言っていました。あとはレイラ・ピニェイロにも、ファースト・アルバムのトムとのレコーディングの思い出話がちょっとだけ聴けました。

ライヴは4月26日から5月1日まで。ライヴレコーディングも予定されているとのことです。

http://www.bluenote.co.jp/jp/sp/274.html
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2008年12月19日

アブソリュート・ジョビン

2週間ほど前にネットオークションで購入したものが手元に届きました。久し振りに画像などまじえながら紹介しようと思います。12月8日にも何も書かなかったことですし(その夜はライヴをはしごしていました)、クリスマスシーズンでもあることですし。

まずは表紙からです。


RS表紙





マドンナが表紙の「ローリングストーン」の548号、1989年3月23日号です。実はこの「RS」、私が長年完全な形で入手できないだろうか?と探し求めていたものです。なぜか?

40ページを開くと、こういうページがあります。私が1989年当時に予備知識なしでこの「RS」を買ってこのページを開いていたら、飛び上がっていたと思います。


RS該当ページ1





下の方にあるタイトルは「アブソリュート・ジョビン」。上の方には、「アブソリュート・ソング」とあって、「ミュージック・オヴ・ブラジル」とあります。その下の言葉はこういう感じです。

「この「アブソリュート・ソング」は世界的に有名なブラジルの作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンによって創作された。1989年3月15日のカーネギーホールの「アブソリュート・ジョビン」コンサート(ストラッタ/フィリップス・プロダクション)で演奏される曲として。このジョビンの名曲はまた「イパネマの娘」と同様にポリグラムレコードの認可によって演奏・録音されている」

そして、このページにはソノシートが綴じ込まれています。


RS該当ページ2





さらに厚紙がもう一枚綴じ込まれています。


RS該当ページ3





ソノシートと厚紙を捲るとこういうページが現われます。


RS該当ページ4





下の方のタイトルは「アブソリュート・ハーモニー」。上の方には「アブソリュート・ウォッカ」とあります。

もうおわかりと思いますが、これはアントニオ・カルロス・ジョビンがスウェーデンのアブソリュート・ウォッカの宣伝広告のために作曲・演奏した一曲を収録したソノシートを綴じ込んだ「RS」です。

アブソリュート・ウォッカと言えばさまざまなデザイナーやアーティストを起用した広告で知られていますが、トム・ジョビンを起用したあたりにそのセンスの良さがうかがえます。私はこのソノシートだけは10年前に入手していたのですが、それが綴じ込まれていたこの「RS」を完全な形で目にするのは初めてで、久し振りに楽しい買い物をしました。もちろん私がする買い物ですから、現品は10ドルちょっとのものでした。

ちなみに曲は、トム・ジョビンのどの曲にも似ていませんが、非常にチャーミングです。前半はちょっとシナトラで有名な「アンダー・マイ・スキン」に似ているかな。

それでは皆さん、メリー・クリスマス!
posted by naoki at 18:48| Comment(2) | トム・ジョビン・没後10年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月09日

ジョビン特別番組がFMでオンエア

麻生雅人さんのディレクションによるアントニオ・カルロス・ジョビンのFM特別番組が制作されました。

おそらくここまでトム・ジョビンの実像に迫ったFM番組が放送されるのは日本で初めてだと思います。「ありきたりの内容にはしたくないよね」という合言葉で制作された、愛のある番組です。出演は、ダニエル・ジョビン、上田力、菊地成孔ほか。実は僕もほんのちょっとだけ参加させていただいています。

今のところの放送予定は下記の通りです。

エフエム山形(Boy FM) 11月9日(日) 18:00-18:55 
FM栃木 RADIO BERRY 76.4MHz  11月9日(日) 22:00-22:55
FM長野 79.7MHz 11月16日(日)20:00-20:55
FMとやま 11月23日(日) 18:00-18:55

東京その他の放送予定がまだないのが残念ですが……。
posted by naoki at 05:00| Comment(10) | トム・ジョビン・没後10年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月06日

ANTONIO BRASILEIRO(6)

前回紹介したブックレットの文章で、監督のロベルト・タルマが多大な「愛と情」を注ぎ込んでこの作品を作り上げたことが良くわかりました。20年前の製作だし、1時間の番組なので限界はありますが、60歳のトム・ジョビンの「今」を捉えたと言える内容の映像だと思います。結果として「ボサノヴァ」の「ボ」の字も出てこないところがユニークで、ヴィラ・ロボスとカルロス・ドゥルモンド・ヂ・アンドラーヂへのオマージュを引き出そうとしたあたりに、この番組の真骨頂があると思います。

でも前半のニューヨークの「漸新世(oligoceno)」だの「ウルブ」だのという場面は、大半の音楽ファンには退屈だと思います(僕は少しでもトム・ジョビンの心境に迫りたいと考えているので、その部分もとても興味深く観ましたが)。それでも、「トゥー・カイツ」が「おそるおそるの接近abordagem cuidadosa」の歌だと述べるところなど、新たな発見もありました。

中盤の演奏シーンでは、シコとエドゥと「ショーロ・バンヂード」を歌うところがいちばん感慨深いです。それから「リジア」の最後にマリーナ・リマに言っている言葉も記憶しておきたいです。

終盤の部分では、ソニア・ブラーガの発言が非常に好ましいです。それからゲッツが出てくるところでは、80年代にもトムとゲッツが互いに敬意を持って接することのできる関係であったことが証明されています。先日も知人たちと『ゲッツ/ジルベルト』録音時のジョアンとゲッツの衝突は本当か?という話になりましたが、あの当時のエピソードはやはりかなり誇張して伝えられている面があるのではないかと思わせる場面でした。

なお、「カンシオネイロ・ジョビン」では、この番組にはソニア・ブラーガとフランク・シナトラが出演してインタヴューを受けると書かれていたので、僕も『三月の水』の中でそのように紹介してしまったのですが、シナトラではなくてゲッツだったのですね。あの部分は誤りでした。ここに訂正します。

それに関連して言うと、最後の字幕でミッシェル・ルグランに対して謝意が述べられているのに、ルグランに関連する場面がないのはどういうことなのでしょう? もしかしてどこかに出演していたのに、今回のDVDに収録できずにカットされてしまったのでしょうか? 少しだけ気になります。

さて、何と言っても貴重なのはボーナス・トラックのマリガンとトムの場面です。インタヴューの中では、トムがボサノヴァを「愛の音楽」と説明しようとしているところ、マリガンがボサノヴァの「クール」に注目しているところが興味深いです。

でもそれよりも何よりも、マリガンほどの大物が「ワン・ノート・サンバ」のラストに手こずるところが面白いです。そして、マリガンがその部分のコツを掴むところで、「裏のフレイズを演奏している」と言い掛けて表情が変わるところに、ボサノヴァとモダンジャズの本質的な違いが見え隠れしているように思います。

ともあれ、僕もいくつかのシーンは観たことがあったのですが、完全な形で発売してくれないかなとずっと思っていた番組で、全体を通して視聴したのは今回が初めてです。今後もトム・ジョビンの映像資料の発掘に大いに期待したいです。

2008年10月05日

ANTONIO BRASILEIRO(5)

それでは続いて、DVDのブックレットに掲載されているこの映像の監督、ロベルト・タルマの文章を紹介します。

トムを救おう。

私がトム・ジョビンを発見したのは13歳の時だった。そのメロディ、その詩、そのイメージ、その素敵な風味を。「アントニオ・ブラジレイロ」を作る際に、私は夢に見た自分の人生を通り過ぎた。

トムに対する情熱の時期は他に比べるものがないもので、実際に今日まで続いている。私がその要求を申し出た時、ボニとダニエルはただ私にいつ準備が整うのかと訊ねただけだった。それが良いことだという確信は議論されることなく、ただ実行された。ネルソン・モッタ、エウクリデス・マリーニョ、グレイゼール、私は、愛されているマエストロとたくさんの会話をした。そしてたくさんの愛と情を込めてこの仕事を実行した。

トムを再現できることによって、まだ見ていなかった人が熱烈に好きになるであろうことを、すでに観ていた人はサウダーヂをちょっとだけ抑えるであろうことを、私は確信する。

ロベルト・タルマ

アントニオ・カルロス・ジョビンについて語る時、人はなぜかくも詩人になるのか……に1ページを刻む名文だと思います。

*あともう一度全体の感想を述べてこの項を終わりにします。

2008年10月04日

ANTONIO BRASILEIRO(4)

本編は前回紹介したところで終了ですが、注目はボーナス・トラックです。トム・ジョビンとジェリー・マリガンの、おそらくは1964〜66年ごろのモノクロの映像が収録されています。これは、以前に何かのDVDに一部が収録されていたと思いますが、今回ここに収められているのがおそらく残されている全貌だと思います。

トムはピアノの前に座っていて、トムと向かい合う位置にマリガンがいます。まずはインタヴュアーがトムにこう言います。「ボサノヴァは音楽だけに留まらず、すでにアメリカ合衆国でとても大きな衝撃を創り出しています。あなたはそれを好ましいと思いますか?」。
トムは次のように答えます。
「好ましくもあり、好ましくなくもあります。なぜならそこには大きな商業的な波があるからです。それと同じことはリオでも起こりました。初めのころはボサノヴァは非商業的音楽と考えられていました。誰もボサノヴァを録音しようとしませんでした。でもボサノヴァが売れると、皆がボサノヴァを録音するようになりました。それから物事はちょっと……商業化しましたcomercializado。どう言えば良いのかわからないのですが」。マリガンが「売り払ったんだね」と言葉を補います。
トムは言葉を続けます。「そしてそこ(ブラジル)でも同じ現象がありました。それが今ここ(米国)で起こっていることだと思います。その時現われたのは、ボサノヴァ冷蔵庫、ボサノヴァ洗濯機、ボサノヴァ弁護士……」。マリガン爆笑。「たくさんありました」とトム。「そして今、こちら(米国)でラジオを聴いていると、ボサノヴァ櫛、ボサノヴァ靴、それは音楽にとって必ずしも良いことではありません」。

インタヴュアーが次の問いを投げ掛けます。「これは新しい哲学であり、生き方であるとあなたが言う時、それは何を意味しているのですか?」。
この質問にまずはマリガンが答えます。「それは多くの国で実際に起こっていることだよ。もし正確に言うとすれば……」。トムが「イエス」と相の手を打って、マリガンは、「『クール』なものごと、若者たちの行動と一致する……我々が40年代と50年代の初めにアメリカで実際に通り過ぎて来たことさ。それからそれは突破口を開いて、もう一度反動が起こったんだ。それは非反動なんだよ」と言います。さすがはクールの権威マリガンです。トムは、「そう、それです」と頷きます。
そしてマリガンが面白い喩えをします。「それはマーロン・ブランドが演技で示した態度のようなものだ。彼は無表情だった。自分が感じていることを決して表に出さなかった。でも人々には彼が心の内側で感じていることがわかったんだ」。
トムが後を継いで、「そうです。そして彼の感受性を感じたのです」。
マリガンは「だね」と頷きます。そして、「でも、君がそれは哲学を表現していると言う時、私はそれが君が本当に言いたかったことだとは思わない。君はブラジルで直ちに巻き込まれた人々について話したよね」。トムが「イエス」と言うと、マリガンは「でももう一つの種類の哲学がある。音楽で表現される哲学だ。そしてそれは本当にさらに……」と言います。このあとをトムが引き取って、「愛を込めて」と言います。
マリガン「うん。でも人々は無表情にミスリードされる」。
トム「イエス。でも愛は、たくさんの愛が、実は隠されている。でも、実演するのは『クール』なんです」。

マリガンは「君は英語の歌詞も書いているね。ブラジルにいるアメリカ人の友人からずいぶん助けてもらったと聞いている。『ワン・ノート・サンバ』では」と言います。
トムは「南米に住んでいる全北米人が私を助けてくれました」。
マリガンは「どうやるのかな?」。
こうして「ワン・ノート・サンバ」を二人で演奏することになります。
トムは演奏の前に、「この曲のオリジナルが意味しているのは、『いくらかは(more or less)』です」と言います。
そしてトムはピアノを弾きながら「ワン・ノート・サンバ」を、すなわち英語の歌詞を歌い始めます。ワンコーラス目が終わると間奏からマリガンがクラリネットで入ります。トムがハーモニーを付けます。けれども最後は何となくぼんやりと終わってしまいます。

トムは「グッド、ジェリー」と言いますが、マリガンはさすがに満足せずに、「最後のフレイズを普通にプレイしてしまった。最後のはとても難しいフレイズだ」と言います。トムは「そうなんです」と言います。
もう一度最後の部分を二人で演奏しますが、マリガンはうまく吹けません。最後のフレイズを掴んでいません。
トムが「私にとってはジャズのフレイズもとても難しいですよ」と言うと、マリガンは「そう言ってくれてありがとう」と苦笑します。トムは「いや本当ですよ」と言います。
マリガンは「リズムセクションが聴ければなあ。リズムセクションは八分音符をプレイするからね」。
マリガンが口の中でチコチコとドラムのシンバルの音を口ずさむと、トムがそれを受けて、チコチコと口の中で言いながらピアノを弾きます。しかしマリガンはまた失敗。「私は裏のフレイズを演奏しているんだ。なぜなら」と言い掛けて、その時何かを掴んだような表情をします。そしてトムに、「もう一度いこう」と言います。
そしてようやく二人の息が合ったエンディングに成功します。さらにもう一度。トムは「グッド、ジェリー、パーフェクト」と言います。
マリガンはもう一度、間奏の部分から気持ち良さそうに吹き始めます。最後はちゃんと決まって、トム「やったね」。マリガン「やったね」。

最後のクレジットを見ると、このボーナストラックの部分はカーネギーホールのマリガンを記録した映像の一部に収められていたようです。

*続く。

2008年10月03日

ANTONIO BRASILEIRO(3)

「ショーロ・バンヂード」が終わると、パウロのヴィオラォンとジャキスのチェロをバックに、パウラ・モレンバウムが「ブラジル風バッハ第五番」のアリアを歌い始めます。トムがヴィラ・ロボスへの思いを語ります。
「ヴィラ・ロボスのサウダーヂと言ったら。彼は導師guruだ。マエストロmestreだ。マスターmasterだ」。一瞬だけヴィラ・ロボスが演奏と指揮をしている映像も流れます。

トムは彼のもう一人の導師であるカルロス・ドゥルモンド・ヂ・アンドラーヂの詩の一節を朗読します。そしてこう語ります。
「僕は『僕たちの最大の詩人』と言うことはできない。なぜならそういうことは世界中が言っているからだ。『僕たちの最大の詩人』とね。それで僕はこう言いたい。『どんなにすばらしいことだろうか。カルロス・ドゥルモンド・ヂ・アンドラーヂの友人でいるということは』」。
そしてトムはカルロス・ドゥルモンド・ヂ・アンドラーヂの詩を朗読します。場面はいつの間にかリオのジャルヂン・ボタニコです。詩は「挽歌(エレジー)Elegia」(抜粋)。読み終えてトムは「カルロスにキスを、ね」と言います。

すると今度は「トムにキスを」という字幕が出て、カエターノ・ヴェローゾがヴィオラォンを弾きながら「あなたを愛してしまう」を歌います。

続いてはトムが「べベル」を歌い始めます。再びバンダ・ノヴァの演奏です。前回紹介したいくつかの演奏と同様のスタジオもしくはステージで収録されている映像です。

それから「ルイーザ」が流れます。映像はおそらくこの曲がテーマとして採用されたソープオペラ「ブリリャンチ」からの映像です。アレンジもオリジナルのサウンドトラックのものです。

その曲が終わるとニューヨークにいるソニア・ブラーガが歩きながらインタヴューを受けるシーン。彼女はこう語ります。
「私が思うにトムはすべての女性の夢なの。でもすべての男性の夢でもあるのね。なぜなら彼は男性的でもあり女性的でもあるから。彼はすべてなの。ほとんど完璧な組み合わせ。その上、彼の音楽は、とても複雑なものになりそうなのに、でも、彼はその複雑を単純にする人なのね。彼は、思考して、あなたに一つの言葉を提示する哲学者のようだわ。情熱を、愛を、将来を。ブラジルに戻ることを、遠くにいることを、近くにいることを。それがジョビンよ」。

すると今度はスタン・ゲッツが現われて、隣に座っているトムに向かってこう語ります。二人ともワイングラスを持っています。
「20世紀前半には偉大な作曲家が何人もいた。ガーシュウィン兄弟、ジェローム・カーン、ハロルド・アーレン、コール・ポーター……」。ここでトムが「バーリン」と助け船を出して、ゲッツは続けます。「アーヴィング・バーリン。でも20世紀後半には、これは私の見解だが、3人だね。究極の美と天才は。その一人がジョビンだ」。トムは帽子を脱ぐ真似をします。

続いてインストゥルメンタルの「もし皆があなたと同じだったら」。『テラ・ブラジリス』に入っているマルシャふうのアレンジです。映像はブラジルの街の人々の表情です。
途中からトムのカルロス・ドゥルモンド・ヂ・アンドラーヂの詩の朗読が被さります。詩は「必要の詩Poema do Necessidade」です。

ラストは「ボルゼギン」。トムがピアノの前に座って、スティルのアニメーションと共演します。プロモーションヴィデオふうのつくりです。

この曲が終わると、クレジットが流れ始めます。

*続く。

2008年10月02日

ANTONIO BRASILEIRO(2)

ウルブの話のあとは演奏シーンです。

まずはバンダ・ノヴァの「ジェット機のサンバ」。トムは紺のジャケットを着ていて、リラックスしてピアノを弾いています。バンドは、ジャキス・モレンバウム、チアォン・ネット、パウロ・ブラーガ、パウロ・ジョビンという不動のメンバーに、コーラスは左から、アナ、パウラ、エリゼッチ、マウーシャ、シモーニ。時折映し出されるリオの空からの風景は、来日時にNHKで放映されたライヴに挿入されていた映像とまったく同じような気がしますが……。

次はピアノを弾くトムの隣にマリーナ・リマが座って、トムにしな垂れ掛かりながら「リジア」を歌います。ところどころトムもハーモニーを付けて、一部はヴォーカルも取ります。若くて美しい女性を相手にした時のトムの張り切りようは今さら言うまでもありません。おまけにエンディングにマリーナに囁きます。「この歌は車の流れに消えていく。レボウサスrebouçasトンネルの入口にこうして……。スモッグが熱気に立ち上って……」。そしてキス。トムは「僕はマリーナを思いながら……」と付け加えて、マリーナがうふふと笑います。この曲のシチュエイションを地でいくような展開にちょっと胸がきゅんとなります。

続いてジョイスが「インセンサテス」を歌います。ピアノはトムではなくてジルソン・ペランツェッタ。トムは二人の前に座ってジョイスが歌うのを見守っています。その感じがちょっと不自然で不思議です。ラストにジルソンがピアノで「ボニータ」を仄めかして、ジョイスが「ボニータ」と歌うと、トムもハーモニーを付けます。

このあとガル・コスタがトムのピアノの脇に凭れて「ヂンヂ」を歌います。これは過去に紹介したDVDのどこかに収められていた映像です。

次のシーンはおそらくトムの自宅で、ピアノのトムの隣にシコ・ブアルキ。二人は「黄金の歳月」のリハーサルをしています。トムは「acidenteが知りたいかい?」と言ってこの曲のイントロを、メリハリを付けて、一部を強いアタックで弾いて、「ショックアブソーバーさ」などと言っています。それからこの曲の歌い出しの部分について、「写真には誰も写っていない。でもそれを見たなんて、馬鹿みたいだ(parece ridícul)。ね、わかるだろう? 僕は、君が言う通りだ(parece que dizes)と作らなくちゃいけなかった。だって」と言ったところで場面が変わって本番シーン。前の4曲と同じようなスタジオあるいはステージ(観客はいない)のようなところで、トムのピアノの横でシコが「黄金の歳月」を歌います。途中で挿入されるシーンはジルベルト・ブラーガの同名のドラマのシーンだと思います。

続いてはスタジオのようなところで今度はエドゥ・ロボとリハーサル。エドゥはヴィオラォンを抱えていて、トムはピアノの前に座っています。エドゥがトムの顔を見て歌い始めようとしますが、トムははぐらかして、自分は始めるふりをしたんだ、マエストロは良くこういうことをするんだ、などと言って、デイヴ・グルーシンから聞いたチェコのマエストロのカリフォルニアのコンサートの逸話を、立ち上がってジェスチャーをまじえてふざけながら説明します。このあと場面が前の5曲と同様の場面に戻って、トムのピアノにエドゥがヴィオラォンを弾きながら「ショーロ・バンヂード」を歌い始めます。ピアノの傍らにはシコもいて、トム、エドゥ、シコの3人の歌声が重なっていきます。

*続く。

2008年10月01日

ANTONIO BRASILEIRO(1)

1987年のTVグローボの特別番組「アントニオ・ブラジレイロ」がジョビン・ビスコイトフィーノからDVDとして発売されました。トム・ジョビンの還暦を記念して作られた番組で、ニューヨークとリオで録画されています。そのうちのいくつかの場面はこれまでにもいろいろなDVDにちょこちょこと収められていましたが、まとまった形での発売は初めてです。監督はロベルト・タルマ。この場で内容を少しずつ紹介していこうと思います。

最初の場面はニューヨークの国立歴史博物館。動物の剥製(模型?)が次々に映って、「サウダーヂ・ド・ブラジル」が流れて、トムのナレーションが重なります。
「漸新世(oligoceno)の後期、中央アメリカはずっと水の中に沈んでいた。何千年もそのままだった。水没していたんだ。水は中央アメリカを覆っていて、動物たちが行き来するのを阻んでいた。北半球から南半球へとね。それで南米には、ブラジルには、大きな哺乳動物がいないという特性が与えられたんだ。ブラジルの大きな哺乳動物は僕たちみたいに輸入されてきたものだ。バッファロー、コブウシ、牛。だからブラジルの動物区系はオーストラリアの動物区系に似ているんだ。島の動物区系なんだよ。巨大な島のね。それと鳥が豊富なんだ。ブラジルは世界で最も鳥の種類が多い国だ。その動物区系には泳ぐのも飛ぶのもよじ登るのもすべて存在する」。
ゴリラの剥製が映ったかと思うと、そのポーズを真似しているトムが映って、それからタイトルバック。映像はブラジルの動物たちです。

次の場面はニューヨークのセントラルパーク。「セントラルパーク、ノヴァヨーキ、プリマヴェーラ・ヂ・1987」というナレーションが読み上げられますが、担当はアロイージオ・ヂ・オリヴェイラです。続いて「花の中のトムと木々」というナレーションが流れるのですが、トムはトレンチコートと帽子とマフラーで完全防寒していて、まだ寒そうです。
公園を歩くトムの映像に、トムの声が流れます。
「うん、母が僕に言ったんだ。いい? もしあなたにとって良いことなら、トム、あなたはブラジルを出なさい。そしてアメリカ合衆国に行きなさい」。
ヴィオラォンを抱えてベンチに座ったトムは「これきれいだろ?」と言って、フランシスコ・アルヴィスの「ア・ヴォス・ド・ヴィオラォン」をちょっとだけ歌います。インタヴュアーが「あなたは音程は確かなのに、どうして『ヂサフィナード』を作ったんですか?」と質問。トムは、「僕はスペシャリストじゃないある男を弁護するためにこの曲を作ったんだ」と言って、「ヂサフィナード」を一節歌います。そして、「で、ジョアン・ジルベルトが録音した。最後はこうだった」と言って、最後の音をはずしたパターンを歌います。インタヴュアーが「完全に不協和音(dissonante)ですね」と言うと、トムは「僕がこれを作ったら、ジョアン・ジルベルトは言った。『僕はそれは録音しないよ。僕は自殺者じゃないからね』」。

このあと「トゥー・カイツ」が流れて、セントラルパークを歩くトム。運動をしている女性に話し掛けてふざけています。そして、車の中でインタヴュアーが「『トゥー・カイツ』は、接近abordagemですか?」と訊ねると、トムはこう答えます。「接近だけど……彼が感じた……おそるおそるのcuidadosaだね」。
さらに移動中の車の中で、
「フェルナンド・サビーノが言っていた。ニューヨークは担架から見るための都市だって。担架で動けばここではすべてが見えるって」。
「アストラッド・ジルベルトがここに住んでいた」。
「おお、あれ美しいね」と観光用の馬車の馬を指差して、「イパネマにはもうないなあ」。

ニューヨークの夜景のあとは、ニューヨークの国立歴史博物館に戻って、「サウダーヂ・ド・ブラジル」が流れます。トムが赤い頭のウルブの剥製の前で説明します。
「これが僕らのジェレーバjerebaだ。カミランガcamirangaだ。このウルブには特別な性質がある。彼は、この目立つ鼻の孔が見えるね、彼はにおいを嗅ぎ取るんだ。そして毒見をするんだよ。においを嗅ぎ取るんだ。彼が食べたものはほかの動物も食べる。もし彼が触らなければ、例えば、それが死んだ動物でも、毒に毒されて死んだからで、彼が触らなかった動物は誰も触れないんだ」。
「ウルブは寒いのが好きじゃないし、雨が好きじゃない。好天が好きなんだね。ウルブはアラスカからパタゴニアまで行く。ブラジルを経由してね。人間はジェレーバを利用できるよ。くっついて行けばブラジルまでヒッチハイクできる」。

*続く。

posted by naoki at 03:20 | TrackBack(0) | トム・ジョビン・没後10年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

A CASA DO TOM  MUNDO, MONDE, MONDO(1)

ジョビン・ビスコイト・フィーノから発売された表題の映像を観ました。トム・ジョビンの夫人アナ・ジョビンのディレクションで2007年末に発売されたばかりのDVDです。

感想を一言で言うと、ここまで私的な映像作品を良くリリースしたものだなあと。僕のような人間には涙が出るほど嬉しい作品なのですが、大半の部分はインタヴューとナレーションで構成されていて、演奏の映像が少ないので万人向けではないかもしれません。でもとても貴重な記録なので、ここでは内容を何回かに分けてお伝えしたいと思います。

タイトルの『ア・カーザ・ド・トム』が示しているように、モチーフになっているのはトムとアナが暮らしたいくつかの家です。第一にリオデジャネイロのジャルヂン・ボタニコの自宅、第二にポッソ・フンドの別荘、第三にニューヨークのアパートメントです。

そして、トムが書いた詩「シャパダォンChapadão」が全編を通じて朗読されています。トムとアナの「エンサイオ・ポエティコENSAIO POÉTICO」に掲載されている長大な詩ですが、エレーナ・ジョビンが書いた「アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男」の邦訳版(青土社)にも掲載されています。僕が持っている版では282ページに載っていました。国安真奈さんはこのタイトルを「高原」と訳しています。

*続く。

2007年12月16日

気になっていたこと

もう1週間が経ってしまいましたが、12月9日の「トム・ナ・マンゲイラ」トークイヴェント@Aparecidaで、ヴァスコの言葉をうまく紹介できなかった部分があって、ずっと気になっていたので簡単に補足しておきます。

「トム・ジョビンの音楽のコードやハーモニーの特徴を、音楽を演奏しない人にもわかるように説明して欲しい」という僕の質問に対して、ヴァスコが話してくれたのは、だいたい次のような内容でした。

「トム・ジョビンは、ジャズのスタンダードと同じようなコード進行を用いながら、ピアノの演奏で彼独自のヴォイシングを使っている。その結果、聴き手にとってとても耳に馴染みやすいサウンドを創り出している。それが彼の音楽の要点だと思う」

とても重要な点が、うまく通訳できなかったので、お詫びとともに訂正しておきます。

2007年12月08日

トム・ジョビンの命日です

今日は、トム・ジョビン13回目の命日です。

今日12月8日(土)は夕方から新大久保Space Doの上田力さんのライヴ『Jobim My Love』に向かいます。幕間に一言喋るように言われているのですが、それよりも新編成の演奏を楽しみにしています。このプロジェクト、今回が43回目というのですから年季が違います。18時30分開場、19時開演です。

明日12月9日(日)はこれも夕方から、西荻窪Aparecidaでヴァスコ・デブリートと『Tom Na Mangueira』発売記念トークイヴェント。18時開場、19時開演です。現在鋭意打ち合わせ中です。

また昨夜は、某誌から依頼を受けていた「ジョビン生誕80周年+『マンゲイラに捧げる』」に関する原稿をようやく書き上げて送付することができました。こちらは発売になったらまたご紹介します。

毎年この季節になるとトム・ジョビンを思い出さずにはいられませんが、今年は自分もいろいろと関わらせていただいて、多忙に追われながらも感慨を味わっています。

それにしても、3年前の「没後10年」は全然盛り上がらなかったのに……。

「13回忌」と言いますが(13回忌は13年ではありませんが)、このくらいがやはり一つの節目になるのかもしれないなあと思っているところです。

2007年12月04日

「トム・ナ・マンゲイラ」の発売を記念してトークイヴェントを開催します

大変ご無沙汰してしまいまして、申し訳ありません。

さて、大事なお知らせです。

トム・ジョビンの「マンゲイラに捧げるTom Na Mangueira」のDVDがコアラレコーズとトゥピニキーンから発売される(12月19日発売)のを記念して、ヴァスコ・デブリートとトーク・イヴェントをやることになりました。

DVDの内容の一部を先行紹介するとともに、ヴァスコのミニライヴも予定しています。会場はWillie Whopperさんの「Aparecida(アパレシーダ)」(都内西荻窪)http://aparecida.pokebras.jp/です。

日程は12月9日(日)、すなわち、トム・ジョビンの命日の翌日です。18:00開場、19:00開演です。 Chargeは無料ですので、ドリンクを注文してください。

僕は生来の面倒くさがりで、人前で喋るのが大の苦手なので、今までこの種のことからは逃げ回っていたのですが、とうとうやることになってしまいました。ご配慮いただいたWillieさんに感謝しています。

当日はどちらかと言うと僕は進行を担当して、ヴァスコにたくさん喋ってもらおうと思っています。

でも1人も集まらなかったらどうしよう?などと心配しています。都内在住の皆さん、お時間がありましたらどうぞいらしてください。歓迎します!

2007年10月30日

トム・ナ・マンゲイラのDVDが発売に!

ちょっと海外に行っていたりして、長らくご無沙汰していてすみませんでした。ぼちぼち再開します。

以前にちょっとほのめかしたことがありましたが、トム・ジョビンの未発売映像が発掘され、DVDが発売されることになりました。発売は日本のコアラレコード。なんと、1991年11月5日のマンゲイラのクアドラでのライヴです。

僕は「ガロータ・ヂ・イパネマ」だけ見せてもらいましたが、マンゲイラでのライヴなのに、客席が大合唱になるところがとても面白かったです。

このライヴのいきさつについては、「カンシオネイロ・ジョビン」での言及を以前にちょっとご紹介したことがありました(下記参照)。おそらくベッチとアルシオーネも出ていると思います。すごい組み合わせですね。

http://blogs.dion.ne.jp/naoki/archives/452472.html

http://blogs.dion.ne.jp/naoki/archives/456550.html

「ジョビン生誕80周年」の極めつけとも言える発掘に拍手。発売は12月19日とのこと。今から待ち遠しいです。

2007年05月27日

フランシス・アルバート・シナトラ&アントニオ・カルロス・ジョビン

おかしな時間に眠ってしまって、夜中に起き、ワインを飲みながら仕事。それも一段落して、『シナトラ&ジョビン』を音をぎりぎりに絞ってかけています。

ウィー・スモール・アワーズが夜明けに変わっていく瞬間。ブルーとブルーの境目の空間。消え入りそうなこの時間に、このアルバムは良く似合っています。

シナトラのこの謙虚さは、ほかのアルバムでは絶対に聴けないものです。そしてトムのヴィオラォンの的確さ。オガーマンの優雅なアレンジ。ベストは、「ハウ・インセシティヴ」です。

世界は美しい。

2007年04月27日

エレーナ・ジョビン『アレイア・ド・テンポ』

エレーナ・ジョビンがトム・ジョビンの曲をバックに自作の詩を朗読する『Areia Do Tempo』というCDをようやく手に入れました。

僕のポルトガル語力では朗読を聴いただけでは詩の内容はとても理解できないし、ブックレットの活字を追いながら聴いても意味を把握するのは困難です。時間のある時にゆっくり辞書を引こうと思います。

ただ、『ジョビン・シンフォニコ』の楽曲を背景にエレーナのトムを思う詩の朗読を聴いていると、それだけである種の感慨にひたひたと浸されていきます。万人にお勧めできるアルバムではないと思いますが、僕などには非常に貴重な一枚です。

ちなみにタイトルは、『時の砂』もしくは『時間の愚行』というような意味です。

いちばん驚いたのは、エレーナの喋り方がトムにそっくりなこと。そうそう、兄弟姉妹って、喋り方が似るんですよね。昔、うちの弟@が女の子と電話で喋っているのを横で聴いていて、自分とほとんど同じ口調でデートに誘おうとしているので恥ずかしくていたたまれなくなってしまったことがありました。まあそんなことはどうでもいいのですが、エレーナの朗読もまたとても音楽的なのに驚きました。詩なのだから、当たり前といえば当たり前と言えるかもしれませんが。

エレーナ・イザウラ・ブラジレイロ・ヂ・アルメイダ・ジョビンは1931年2月23日生まれですから、今76歳です。早く会いに行かないと。

参考

2007年03月25日

決意表明のようなもの

 びりーばんばんさん。

 ありがとうございます。以前に吉祥寺のジャズクラブで菅原(弟)さんにご挨拶したことがあるのですが、ご本人でしょうか?(ご本人なわけないですね)

 えーと、僕の感想をちゃんと書いておかないといけないと、思い直してきちんと書くことにします。

 あの夜、最初に登場したミュージシャンには、僕は実は好感を持ちました。このまま場数を踏んでうまくなって欲しいと思いました。歌唱スタイルは僕の好みではなかったけれど(スポンテニアスが足りない)、「思いを伝える」ということをもっと意識すれば(そのほかのことは大した問題ではない)、大いに飛躍する可能性があると思いました。これから頑張って欲しいです。

 その次に登場した歌手は、僕はまったく受け入れることができませんでした。トム・ジョビンなど別に好きでもなんでもなくて、ただ単に頭数を合わせるために借り出されて歌わされているような印象を持ちました。だから彼女の方が気の毒だったのではないかと思います。もしも彼女がトム・ジョビンを本当に好きであれば、コール・ポーターの曲でも別の曲を歌っていたはずです。

 そして重ねて言いますが、トム・ジョビンは僕よりも心の広い人です。きっとそういうすべてのことをひっくるめて「許している」人です。僕の感想はあくまでもジョビン・フリークの春の夜のたわごとです。

 このイヴェントが無駄だったとは思いません。人々が集まって、トム・ジョビンについてちょっとでも考えることは、非常に大きな意味があることだったと思います。もし人々が本当にジョビンについてちょっとでも考えたのであればですけれど。そういう意味では、中原仁さんの開演前のスピーチは、的確で簡潔で、意味のあることだったと思います。

 そしてはっきりしたことは、ハートのないミュージシャンには、ジョビンの音楽を演奏する資格はないということ。でもそのハートがあるのなら、僕は茂原だろうとどこだろうと出かけて、一生懸命聴くつもりでいます。そしてそれを一人でも多くの人に伝えるつもりでいます。それが僕のミッションです。生きることの核の部分です。おそらくはトム・ジョビンから与えられた使命です。そのほとんどは一銭にもならないことなのですけれど、これからもできるかぎりのことはします。ある意味では、ジョビンの音楽の監視者であり続けます。駄目なものは駄目だと言います。良いものは良いと言います。色々言われても、頑張る覚悟でいます。

 そして、ある晴れた朝に……。