2005年04月20日

まとめ 下

サウンド

「ジョアン・ジルベルトにおいては、ヴィオラォンは声によって補完される楽団の二分の一だ。ヴォイス・ウィズ・ヴィオラォンではなくてヴォイス・アンド・ヴィオラォンという一義的な存在を、そのひとかたまりを形成する楽団の二分の一だ」

 ジョアンのレパートリーは、何度も録音している古典と、彼の金庫から引き出してくる宝石に分類される。後者は、「その歌がどこで生まれたのかを知らない人々には互いの顔を見合わせさせる。普通それらは……ジョアン・ジルベルト的解釈と呼ばれるジョアン・ジルベルトのヴォイス・アンド・ヴィオラォンの音響効果で完全に再構成された……古いサンバやヴォーカル・グループのマルシャなのだ」。すなわち、「ジョアンは彼の公演用と考えられている曲以外のたくさんのブラジルの歌の兵器工場を持っている」

 ジョアンが歌っている曲のオリジナルを聴くことは驚くべき体験になる。それは、「付け加えられている情報の豊富さがより明らかになるからだ。彼は歌を断片の一つ一つに、語句の一つ一つに、コードの一つ一つに分解する。そして再建する。職人のように。声とヴィオラォンのサウンドの一義的な形のもとに。唯美主義者の書体を付け加えて」

 そしてまた、ジョアンには不当な評判が付き纏ってしまっている。コンサート会場の音質が完璧な状態になければ演奏しないからだ。

「ジョアンは非の打ちどころのない状態になければならない反響の品質という問題においては譲渡しない。声とヴィオラォンは、彼自身のパフォーマンスへの完璧なリターンとともに、どの地点からも完全に釣り合いが取れて聴き取れなくてはならない」

 しかし、彼が執着しているのは会場内のヴォリュームについてではない。

「舞台における反響についての彼の有名な執着は、その環境におけるヴィオラォンのヴォリュームと声のヴォリュームについてではない。高音、中音、低音の間の、周波数の調和した、透明さ、純粋さ、詳細さ、釣り合いについてである。それによって声のサウンドとヴィオラォンのサウンドがまるで観客のすぐ近くに清澄に残ることができるようになる。要するに、一人一人の耳元に達したいのである。何十メートルも離れているのではなくて、まるで数センチメートルの距離にいるように」

 そして、「反響が完璧に適正になった時、彼は、三千人がいる一つのホールが、歌手が一人一人の正面にいるとても小さな部屋であるような幻想を維持することができる。この状態になると、ジョアン・ジルベルトの公演は、アーティストと、彼のサウンドの魔法によって催眠術をかけられた観客が一体化する、忘れることのできない経験である」

*短文にまとめるつもりが結構な分量になってしまいました。メーロ氏の著書の紹介をこれで終わります。

2005年04月19日

まとめ 中



 ジョアンは、非の打ちどころのない語り口で一つ一つの言葉を自然に発声することに執着している。そうして詩行の本当の価値を取り戻そうとしている。

「彼の「esses」の語尾には「xis」の音がなく、(「sussurro」のような)無声摩擦音の状態の時には歯擦音になり、(「Brasil」のような)有声摩擦音の時には破擦音になる。言葉の語義と言葉の響き方のトータルの重みを込めて一つ一つの言葉を発することに完璧さを求めている。このようにして、すでに良く知られている曲を初めて歌う時にも、舞台の幕が開いた時にまだ知られていない舞台装置が現われるのと同様の効果を得ることができる」

 また、一九九四年のライヴ録音の「ウ・アモール・エン・パス」でも明らかなように、「彼の音符の絶対的に確実で正当な正確さは、ジョアン・ジルベルトの音程を議論する方法などないほどの秩序である。非常に低い音の調べで歌い始めると、それを保っていくのが懸念されるかもしれないが、囁きに近付いた彼の音程は、欠点のない状態を保っていく」

 ジョアンの歌のもう一つの魅力は、ルバート(リタルダンドとアッチェレランド)とサスペンションである。

「音節や語句を引き延ばして、彼はあとから追い着くようにヴィオラォンを先に進めさせ、遅れた分を急いだり縮めたりして、もう一度早めに歌い、詩行の一行をほかの一行に、あるべき場所の外に補って、そして、再び一緒に進行していくためにヴィオラォンの到着を待つのである」

 ロレンゾ・マンミは、「実際、ジョアン・ジルベルトの歌は伴奏のコードに基づいていると言うことはできない。繰り返し聴くことができるのは、その反対に、歌にぶら下がっているコードである」と語っている。

 そして、ジョアン自身の貴重な発言。

「当時の歌手たちの音の響きを引き伸ばす歌い方は曲の自然なバランソを損なってしまうと感じていた」

 また、「僕が同調できなかったもう一つのことは、歌手たちがいくつかの言葉でしていた、最大のバランソを創り出すためにその言葉の上に被さるリズムにアクセントを置くという変更だった」

 すなわち、「僕は、言葉はできるだけ自然な形で、まるで会話されているように発音されなくてはならないと考えている。変更というのはすべからく、作詞家が彼の詩行で言いたかったことを改悪することになってしまう」

 さらにまた、「ヴィオラォンにちょうどぴったりの声の響きが必要なんだ」という言葉もある。ペドロ・ブロッホ博士に教示された「言葉の発音方法を妨害しない呼吸の形式」によって、「曲の内側に異なる効果を与えることができる」と語っている。(続く)

2005年04月17日

まとめ 上

 ズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」を、ちょっとだけ紹介するつもりだったのが、次第に力が入ってしまって長々と引き伸ばしてしまいました。

 音楽を「解説」もしくは「評論」することの意味については常日頃から自問しているつもりですが、メーロ氏のこの著書は労作だと思います。自分で音楽をしない僕のようなファンにとっては、たくさんの「糸口」が示されていて、とても興味深く読めました。

 で、翻訳がまずい上に紹介の仕方も断片的でわかりにくかったと思うので、さらなる要約をまとめておきます。しばらくしたらもとの方は削除してこちらだけを残すようにするつもりです。

リズム

 シンコペーションとは、二拍子の二つの拍子のあとの方……普通の音楽では弱い拍子として演奏される拍子……にアクセントを置いて、テンション、バランソ、スウィング、レヴェーザ(軽やかさ)を創り出すことだ。

「ジョアン・ジルベルトが最初の数枚のレコードで取り組んだヴィオラォンのリズムの分割は、小節内の八分音符や十六分音符にアクセントを置く新しい方法だった。アクセントはよりテンションを創り出す形で割り当てられた」

 シンコペーションはさらに、弱い拍子を引き伸ばして次の強い拍子を侵食する。一小節の最後の八分音符は次の小節の最初の八分音符と結合して、強い拍子が弱められる。

「ジョアン・ジルベルトはこの方法をサンバの取り決めに適用してヴィオラォンを演奏した。(中略)要するに、ジョアンのヴィオラォンは彼以前のサンバの特性だった強い拍子の舞台を奪ったのだ」

 サンバ・カンサォンやショーロのヴィオラォンのバチーダは、「ボルダォン」と呼ばれる強い拍子の一つの音符と、二拍子の残りの空間を「十六分音符・八分音符・十六分音符」に分割する。ジョアンは、その強い拍子を休符にして「ためる」ことによって、沈黙の中に強力なスウィングを創り出した。

 さらに重要なことは、トム・ジョビンの次の言葉に要約されている。

「(ジョアンのバチーダは)のちにそうなってしまったような常に自己満足的な規格化されたバチーダじゃなかった。それはクリシェじゃなかった。クリシェに陥ったら、途端に誰の関心も引かなくなる。なぜならそこからどこにも行けなくなるからだ。ジョアンは絶対にそうじゃなかった。彼はケース・バイ・ケースだった。ハーモニーとメロディにリズム的な調和を持っていた」

ハーモニー

 ジョアン・ジルベルトは一つの曲を何十回も何百回も練習して三つか四つの音から成る転位コードを発見して完成させている。それらのコードではトニックがファンダメンタルになっていないか、存在しないことさえある。例えば「ヂサフィナード」では、トニックの代わりにボルダォンに五度音程を用いて、さらなる不調和、さらなる刺激を創り出している。

「その音符は歌の自然さを損なわずに、まるですでに以前に聴いたことがあるもののように飾りながら、オリジナルのシークエンスを単純化していた。新しいアプローチの感覚を持っていて、絶対に取り替えられたり取り除かれたり付け加えられたりできない決定版になっていた」

 彼の親指、人差指、中指、薬指から発せられる一度に四つの音符は、「ヴィオラォン一本のオーケストラ」である。(続く)

2005年04月15日

ジョアン・ジルベルト〜エピローグ 下

(続き)

 客席では、新たな拍手喝采の爆発のあと、たくさんの人がからだを揺すりながら椅子に座っている。ジョアンは再び始める。

 Vai minha tristeza e diz a ela……

 声を次第に落としていく彼の良く知られたルールによって要請された時だけは、彼らは意を決して歌い始める。静かに、音程を外さずに、歌詞も間違えずに、リズムも逃さずに、信じ難いヴォーカルの擬態。それは、充分に準備されて彼のヴィオラォンと正確なタイミングで起こる対旋律の歌唱に先導されたパフォーマンスにぴたりと適合している。ジョアンはさらに大いに満足したようで、動作とオープンな微笑みで承認する。彼が普通の音量になると、皆は歌をやめ、改めて聴くことに満足する。

 拍手喝采、大変な拍手喝采、共有される幸福、立ち上がる人、全員がアンコールを求める。彼は去る。が、賞賛の拍手は止まらない。マイス・ウン、マイス・ウン、マイス・ウン。ジョアン・ジルベルトは戻ってくる。

 静寂。

 ジョアン・ジルベルトは歌い始める。

(完)

2005年04月14日

ジョアン・ジルベルト〜エピローグ 中

(続き)

 ある段階まで来ると、誰かがリクエストする。「ジョアン、『ドラリシ』歌って!」。彼はまるで待ち構えていたようだ。イントロなしで、メロディにダイレクトに入る。

 Doralice, eu bem que lhe disse,amar é tolice,……

 観客は陶酔する。どの歌でも空気中の震えを感じることができる。曲が終わると、熱烈な拍手喝采の中で、ジョアンは深く考え込むように頭を下げる。床に広げられた、彼のレパートリーのタイトルが書かれた紙をちらっと見る。選曲が行なわれた瞬間は正確にはわからないが、彼は間もなく決心する。一つのコードに満足する。そしてダイレクトにメロディへ。

 Madame diz que a raça não melhora, que a vida piora por causa do samba,……

 それはサンバの、ジョアンが護り、広め、価値を高め、彫り刻み、実践しているサンバの凱旋の物語だ。ジョアン・ジルベルトはサンバが持っている切り札なのだ。

 ジョアン・ジルベルトは世界におけるブラジルのサンバの可能性になったのだ。(続く)

2005年04月12日

ジョアン・ジルベルト〜エピローグ 上

*長らく紹介してきたズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」ですが、本編の要約はほぼ終わりましたので、最後に「エピローグ」を紹介します。とても味わいのある文章なので、ここだけはノーカットで、ほとんどそのまま掲載します(引用符は省略します)。おそらく三回くらいで紹介できると思います。

 もしもディスクがあらゆる人にとって彼の文化遺産を保存するためにあるのなら、ジョアン・ジルベルトのリサイタルはブラジル人が羨ましがられる特権だ。実際に毎年、静寂と純粋の巨匠が彼独特のサウンドを創り出す場面に参列することができる。

 観衆は幕が開く前に着席して、照明が消灯まで弱められるのを待つ。

 幕が開く。

 その前に拍手喝采の熱狂が起こる。儀式は、ヴィオラォンを握って舞台の中央まで断固として進むジョアン・ジルベルトによって始まる。素早く腰を下ろし、楽器とヴォーカルのマイクを調節し、最初の音符を始める。サウンドが空間を横切り、観客を慈愛の状態で魅了する。それらは彼の仲間の歌であり、すでに世界のものになっている音楽だ。

 ジョアンは彼と観客一人一人の間に打ち建てられる音楽的感受性の結合によってのみ説明できる空中浮揚の感覚を創り出す。全員が尊敬を持って聴く……夢中になって……鳥肌を立てて……恍惚状態に入り込む。(続く)

2005年04月02日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(9)

*続きです。この「サウンド」の章の結びの一文です。

「反響が完璧に適正になった時、彼は、三千人がいる一つのホールが、一人一人の正面に歌手がいる非常に小さな部屋であるかのような幻想を維持することができる。この状態になると、ジョアン・ジルベルトの公演は、アーティストと、彼のサウンドの魔法によって催眠術をかけられた観客が一体化する、忘れることのできない経験である」

*この章を読むと、ジョアンが追求してきたサウンドが最高の形で結晶したのが日本公演だったのではないかと思わずにはいられません。

2005年03月31日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(8)

*昨日の続きです。私たちが東京公演で耳にしたものはこれだったんだなあと思います。

「舞台における反響についての彼の有名な執着は、その環境におけるヴィオラォンのヴォリュームと声のヴォリュームについての執着ではない。高音、中音、低音の間の、周波数の調和した、透明さ、純粋さ、詳細さ、釣り合いについての執着である。それによって声のサウンドとヴィオラォンのサウンドがまるで観客のすぐ近くに清澄に残ることができるようになる。要するに、彼は一人一人の耳元に達したいのである。何十メートルも離れているのではなくて、まるで数センチメートルの距離にいるように」

 これは理想郷のようではあるが、大きな会場で役者や歌手が割合小声で話しているのに、まるで観客の脇にいるように鮮明に聴こえるケースはたくさん記録されている。ギリシアの遺跡の競技場や劇場の観光案内もその一つだ。(続く)

2005年03月30日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(7)

*昨日の続きです。重要な部分なのでそのまま引用します。

「一九七九年のカネカォンなどのブラジルのいくつかの公演で、ジョアン・ジルベルトは反響の問題に立ち向かっていた。たとえ多くはヴィオラォンと彼一人だったとしても。あるいは彼の音楽的アイデンティティのシンプルな音響的組み合わせと彼一人であったとしても。それはさらなる異論と非難(司法裁判の訴訟にさえなっている)と、とりわけジョアン・ジルベルトについて回る不当な評判を引き起こす一つの局面だ。たとえショウビジネスの何人かのスターの要求とはかけ離れていたとしても、ジョアンは非の打ちどころのない状態になければならない反響の品質という問題においては譲渡しない。声とヴィオラォンは、彼自身のパフォーマンスへの完璧なリターンとともに、どの地点からも完全に釣り合いが取れて聴き取れなくてはならない。結局彼はほとんど完璧というくらいでは受け容れられないのだ。彼の聴覚の研ぎ澄まされ方は、技術者にも聴き取れないものを瞬時に見つけ出し、彼らの立場を怪しくするほどの秩序なのだ。こうしてついに正義が彼にあることが認められるのだ」(続く)

2005年03月29日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(6)

*昨日の続きです。少し先を急ぎます。

「その唯美主義者ぶりはジョアン・ジルベルトがブラジルで暮らすために戻ってきたあとに行なった公演とレコードで聴くことができる」

 すなわち、一九八〇年と八一年に残した二枚のレコードの、ヒタ・リー、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、マリア・ベターニャとの共演には、ジョアンのエッセンスが詰まっている。マリア・ベターニャはジョアンとの共演について、録音を聴いて自分でびっくりしてしまったと、「これが私なの?」と声を上げてしまったと語っている。ジョアンは彼女に歌い方を指示したわけではなかった。しかしマリア・ベターニャはこの時のことを「私は新しい自分を贈られた」と回想している。(続く)

2005年03月28日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(5)

*先週からの続きです。

「ジョアンのあとにオリジナルのヴァージョンを聴くのは驚くべき体験である。付け加えられている情報の豊富さがより明らかになるからだ。彼は歌を断片の一つ一つに、語句の一つ一つに、コードの一つ一つに分解する。そして再建する。職人のように。声とヴィオラォンのサウンドの一義的な形のもとに。唯美主義者の書体を付け加えて」(続く)

2005年03月25日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(4)

*昨日の続きです。

 二〇〇〇年から公演に取り入れたエリヴェルト・マルチンスのサンバ「アス・トレス・ダ・マニャン」は、彼によれば一九四六年のアラシ・ヂ・アルメイダの最初の録音で覚えた曲である。

「ジョアンは彼の公演用と考えられている曲以外のたくさんのブラジルの歌の兵器工場を持っている。実際に時の流れの中で失われるところだった過去の歌と史料編集的な関係を保っている。四〇年代のヴォーカル・グループとの彼の結び付きは、観客を混乱させ批評家に挑戦する曲をピンセットで摘み取るための源泉の一つである」(続く)

2005年03月24日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(3)

*昨日の続きです。ジョアンのレパートリーについての部分です。

「一九六六年のTVレコードの番組「オ・フィーノ・ダ・ボッサ」への出演で、ジョアンはたった三曲を歌っただけだったが、ブラジル・ポピュラー・ミュージックの貴重な授業を行なった。最初はジャネッチ・アルメイダの「エウ・サンボ・メズモEu sambo mesmo」だった。一九四六年にアンジョス・ド・インフェルノというグループによってリリースされ、何十年ものちの一九九一年にジョアンによる録音があるだけの曲だ。ほかの二曲はまだジョアンに録音されていない。一九五六年にジャメラォンによって歌われた有名なサンバ「Exaltação à Mangueira」と、一九四二年のカルナヴァルのためにクァルト・アセスとウン・クリンガに録音されたアリ・バホーゾのマルシーニャ「Pica-pau」だった」(続く)

2005年03月23日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(2)

*こんばんは。今、関空にいます。

*昨日の続きです。

 彼の舞台は「ブラジル音楽の、「ブラジル」という言葉を歌う喜びから始まる有名なブラジリダーヂの、真の教室」である。

「ライヴでは彼のレパートリーは二つのグループに分類される。一つは古典。彼が過去に発表した歌であはあるが、無限の再創作に次ぐ再創作で一つ一つの演奏の音楽的情報をたくさん書き換えているために価値のある歌だ。録音回数がいちばん多い「ヂサフィナード」の場合、今回はどういうふうになっているのかを知るために熱烈に待ち望まれている真新しさが常にある。もう一つのグループは、ジョアンが彼の金庫から引き出してくる宝石である。その歌がどこで生まれたのかを知らない人々には互いの顔を見合わせさせる。普通それらは……ジョアン・ジルベルト的解釈と呼ばれるジョアン・ジルベルトのヴォイス・アンド・ヴィオラォンの音響効果で完全に再構成された……古いサンバやヴォーカル・グループのマルシャなのだ」(続く)

2005年03月22日

ジョアン・ジルベルトのサウンド(1)

*しばらく間が空いてしまいましたが、ズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」から、「ソン」の章を要約・拾い訳します。「音」を示すポルトガル語はいくつかありますが、「ソン」という言葉は僕は普通「サウンド」と訳しています。

*「歌(カント)」に続いて非常に力の入った章で、本文のほぼ最後の、この本のクライマックスとなる部分です。全部紹介するのに十回くらいかかると思いますが、ちょこちょこと出張などもあるので途中何度も中断を挟みます。どうかご容赦ください。

 普通の歌手がヴィオラォンを伴奏に使う時、歌手は楽器に彼の声を補完させ、音程とメロディラインを見失わないように先導させる。「楽器は観客の大多数にとってよりも歌手にとってより重要だ。観客にとってはヴィオラォンは二の次である」

 けれども、「ジョアン・ジルベルトにおいては、ヴィオラォンは声によって補完される楽団の二分の一である。ヴォイス・ウィズ・ヴィオラォンではなくてヴォイス・アンド・ヴィオラォンという一義的な存在を、そのひとかたまりを形成する楽団の二分の一である。したがってそれは別個の概念なのだ。人の声とヴィオラォンの弦という二つの異なる音色によって表現される、彼の声のために絶対に入念な容積を必要とする第三の音色を形成する別個の概念なのだ」

 この「移り気で見事に釣り合いの取れた音響的存在」こそが、ジョアン・ジルベルトの宇宙であり、一つの歌に対する彼の見方であり、一つの演奏に対する解釈の仕方であり、彼の作品に存在する曲の形式だ。日常の何気ない一言が、オリジナルの精神を損なわないで、初めて耳にするもののように聴こえるのもこのサウンドのためなのだ。(続く)

2005年02月27日

ジョアン・ジルベルトの歌(4)ジョアンは語る 下

*昨日の続きにして「ジョアン・ジルベルトの歌」の最後です。ジョアンの発言の引用符つきの部分をそのまま紹介します。

「そのような執着のもう一つの利点は、時々は語句を少し早めて一定の小節内に二つかそれ以上の語句を収めることができることだ。それによってリズムの韻を創り出すことができる。一つの音楽的語句はほかのもう一つの音楽的語句と韻を踏む。曲が不自然に改悪されることなしに。一般的に歌手は喉から出る声に執着して声を張り上げる。一人で低い音で語っているヴィオラォンを……あるいは何であれ伴奏のほかの楽器を……置き去りにして。ヴィオラォンにちょうどぴったりの声の響きが必要なんだ。空手の技の精密さを、詩的な結び付きを失わない歌詞を伴った……。彼(ペドロ・ブロッホ博士)は僕に、言葉の発音方法を妨げない呼吸形式を使うことを教えてくれた。一つ一つの歌詞は、また、より喉あるいは鼻を使ったそれと一致する発音は、曲の内側に異なる効果を与えることができる」(岩切註:ジョアンの発言はここまで)

「その「ホーザ・モレーナ」のトラックも含まれている彼の最初のLPレコードの録音で、ジョアンはすでに声とヴィオラォンを……すでに探求し尽くした音の響きを持っている」

2005年02月26日

ジョアン・ジルベルトの歌(4)ジョアンは語る 上

*ズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」の「歌(カント)」の章を紹介してきましたが、その最後は、非常に貴重なジョアン自身の発言が引用されている部分の要約・拾い訳です。

 ジョアンが自分の歌い方を最も詳しく語ったのは、おそらくは雑誌「ヴェージャ」の一九七一年五月十二日号に掲載された、タリク・ヂ・ソウザに許されたインタヴューだ。

「僕の目を覚まさせてくれた曲、異なった試みができるということを僕に示してくれた曲の一つは、ドリヴァル・カイミの「ホーザ・モレーナRosa Morena」だった。僕は、当時の歌手たちの音の響きを引き伸ばす歌い方は曲の自然なバランソを損なってしまうと感じていた。(「ホーザ・モレーナ」は)語句の響きを短くして、歌詞は小節の中に収まっていながら漂っていた。僕は改悪する必要などまったくなく、曲の構造をすべて動かすことができた。

 僕が同調できなかったもう一つのことは、歌手たちがいくつかの言葉でしていた、最大のバランソを創り出すためにその言葉の上に被さるリズムにアクセントを置くという変更だった。僕は、言葉はできるだけ自然な形で、まるで会話されているように発音されなくてはならないと考えている。変更というのはすべからく、作詞家が彼の詩行で言いたかったことを改悪することになってしまう」(続く)

2005年02月24日

ジョアン・ジルベルトの歌(3)テンポ 下

*昨日の続きです。

 一九九一年に録音したコール・ポーターの「ユー・ドゥ・サムシング・トゥ・ミーYou do something to me」でも、ジョアンは語句と語句の間のスペースを摘み取って原曲を圧縮している。

 さらなるセンセイションは、ジョアンがこの曲の構造を変えてしまっていることだ。オリジナルは四分の四拍子なのに、四分の二拍子で演奏しているのである。

「声の抑揚の変化が、完璧なメロディの声域の幻想を創り出している」ことに関する、ロレンゾ・マンミの解説。

「ジョアン・ジルベルトの基本的な直感は、その反対に、ルバートをドラマティックにではなく構造的な形で使うことも可能にする。著しいアクセントゥエイションと緩やかなアーティキュレイションという、基本と補足の二つの特性に分類されるブラジルの韻律法、また、ヴィオラォンのシンコペートしたバチーダと連続したヴォーカルの発声という二つの異なったプランでジョアン・ジルベルトが創り出しているのは、発達するために外部の援助を必要としない自給自足の有機体の中で、メロディを変化させていくのに充分な論法である。実際、ジョアン・ジルベルトの歌は伴奏のコードに基づいていると言うことはできない。繰り返し聴くことができるのは、その反対に、歌にぶら下がっているコードである。物干竿に数珠繋ぎになっている洗濯物のように」

 ジョアンの歌は三コーラスなら三コーラス集中して聴かないと、価値ある絶妙の創造を知覚することができない。どれも同じ方法で表現しているような誤った印象を持ってしまう。

2005年02月23日

ジョアン・ジルベルトの歌(3)テンポ 上

*ズーザ・オーメン・ヂ・メーロ著「ジョアン・ジルベルト」の「歌(カント)」の章から、引き続いて「テンポ」に関する部分の要約・拾い訳です。

「ジョアン・ジルベルトの歌にはさらに人を引き付ける魅力が存在する。すでに歌われたり録音されたりした曲の語句(フラーゼス)を彼がどのように展開していくのかを常に期待して鑑賞することだ。ジョアンはオルランド・シルヴァのように、ルバート(リタルダンドとアッチェレランド)とサスペンションを通じてヴォーカルの弾力性と柔軟性の要素を挿入する。音節や語句を引き延ばして、彼はあとから追い着くようにヴィオラォンを先に進めさせ、遅れた分を急いだり縮めたりして、もう一度早めに歌い、詩行の一行をほかの一行に、あるべき場所の外に補って、そして、再び一緒に進行していくためにヴィオラォンの到着を待つのである」(続く)


*蛇足

ルバート テンポを自由に加減して演奏すること

リタルダンド 次第にゆっくりと 

アッチェレランド 次第にテンポを速めて

サスペンション ある和音から他の和音に進行する時に先行する和音の中の一音または数音を次の和音まで繋ぎ留めて演奏すること

2005年02月22日

ジョアン・ジルベルトの歌(2)音程 下

*昨日の続きです。

「彼の音符の絶対的に確実で正当な正確さは、ジョアン・ジルベルトの音程を議論する方法などないほどの秩序である。非常に低い音の調べで歌い始めると、それを保っていくのが懸念されるかもしれないが、囁きに近付いた彼の音程は、欠点のない状態を保っていく」

 一九九四年にライヴで録音された「平和な愛O amor em paz」では、一コーラスめの「nunca mais」でオクターヴを飛び越えて、「mais」で頂点に上り詰めている。それはまるで低音で歌うのを避けているように聴こえるのだが、二コーラスめの同じところでは「まるで話しているような、でも完全に音程の合っている」低音で歌っている。低音で歌うのを避けているわけではないのだ。「同じ一つの曲のヴォーカルの異なる表現の絶妙な変更の一つ」なのである。