2011年06月19日

67年前の6月19日という時代

 1944年6月19日、セルジオ・ブアルキ・ヂ・オランダの夫人、マリア・アメーリア・セザーリオ・アルヴィンは、リオデジャネイロのカテーテのサンセバスチャオン産院に向かうその時に、空気中に何らかの違和感を、一種のオプティミズムのようなものを予感した。それはまた、周囲の人々が彼女に重大な出来事を隠しているという感覚でもあった。

 マリア・アメーリアの直観は正しかった。家族たちが彼女に隠していたのは、6月6日の連合国軍の「Dデイ」ことノルマンディ上陸作戦の成功だった。周囲の人間はそのニュースが彼女を興奮させて出産に差し障りが生じることを懸念したのだ。フランシスコ・ブアルキ・ヂ・オランダは、そのような時代の気分、大戦の終結への希望と新しい時代の前兆の中でこの世界に生を受けた。

 シコ・ブアルキの人生と作品を考える上で、このことは極めて重要な意味を持っていると思う。シコの作品を特徴づけているいくつかの性質、過剰なまでのオプティミズム、徹底して弱者の立場に立ったまなざし、青臭いくらいの理想主義・平和主義・民主主義などなどは、シコが生まれた時代が「そういう時代だった」ことと深く深く関係しているように思えるのだ。

 人間は、この世界に産み落とされて最初に吸い込んだ「時代の空気」に性質や人格を大きく左右されるというのが僕の持論だ。例えば、僕のスリークッションくらいの知り合いの中に、今回の大震災の直後に福島県で子供を産んだ女性がいる。僕にはどうしてもその子供が人間の生命や生きること・死ぬことに対する感受性が人一倍強い人間に育つのではないかと思えてしまう。あるいはそれは第三者の勝手な願いなのかもしれないけれど、「この時代に生まれた」という事実は、占星術や血液型の何倍もその彼の人間形成に大きな影響を与えるような気がしてしまう。

 ちなみに僕が生まれたのは東京オリンピックの約1ヶ月後の土曜日の朝。僕もまたどうしようもないくらいのオプティミストであり、また、他人から何と言われようと青臭い理想主義を追い掛けてどうにかこうにか生きてきている。

 まあそれはともかくとして、今日はシコ・ブアルキの67回目の誕生日。もうそういう歳なんだなあ。地球の裏側からフェリース・アニヴェルサリオ!

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2010年06月19日

シコ・ブアルキ物語@ラティーナ(5)

今日6月19日はシコ・ブアルキの66回目の誕生日。そして明日は、5ヶ月間連載してきた「シコ・ブアルキ物語」の最終回を掲載した「ラティーナ」7月号が発売になります。

今回のテーマは「作詞家としてのシコ」。歌詞についてだけでなく、民政移管から今日までのシコの活動を網羅したつもりです。トムやヴィニシウスやエドゥとのコラボレイション、大傑作『パラトドス』について、小説家としてのシコ、近年の新しいハーモニーの追求についてなどなど、今回だけ読んでも「シコ・ブアルキとは何か?」の入門篇になると思います。ぜひともお読みください。

*今朝は岡山にいます。これから鳥取まで走ります。BGMはパリのライヴと『No.4』と『アルマナキ』。この度の「ラティーナ」のシコの連載についてはまたのちほど追記します(たぶん)。
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2010年05月20日

シコ・ブアルキ物語@ラティーナ(4)

「ラティーナ」連載の「シコ・ブアルキ物語」。第4回目は、「演劇・映画とシコ・ブアルキ」について書きました。

デビュー直前の1960年代中盤から1970年代末までのシコにとって、演劇作品というのは極めて重要な作品発表の場でした。一時期までのシコは「芝居」というフォーマットに人並ならぬ愛着を持っていたように思えます。そのことを中心に、ようやく話が1980年代の軍事政権終結くらいまで進んできました。少なからず安堵しているところです。

今回は結構日本では知られていないエピソードも盛り込んだので、興味を持って読んでもらえると思うのだけれど。「ラティーナ」6月号は今日発売です。ぜひお読みください。

*昨日、渋谷タワーレコードのインストアライヴで秋吉敏子さんを聴きました。タワーレコードで秋吉敏子さんなんてすごいことです。大学時代にジャズ喫茶のレコード係として客が入らない夜に「孤軍」を掛けて踊っていた僕としては夢のようなことです。しかも1曲目が「Long yellow road」だなんて。秋吉さんのピアノはオーケストラそのものでした。曲間のお話もとても良くて、僕の周辺では啜り泣き多数でした。良い夜でした。
演奏曲目:「黄色い長い道」「ソルヴェージ・ソング」「ディープ・リヴァー」「ホープ(『ヒロシマ そして終焉から』より)」


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2010年05月08日

アンジェリカ

アンジェリカ

その女性は
常に口癖を歌う
ただ自分の息子を寝かし付けたいだけだったと
海のような闇に暮らす息子を

その女性は
常に悲嘆を歌う
ただその拷問を思い出したいだけだったと
自分の息子に嘆息させた苦痛を

その女性は
常に同じたくらみを歌う
ただ自分の天使を保護したいだけだったと
そして彼の身体を休息させたいだけだったと

その女性は
鐘を鳴らすように歌う
自分の男の子のために歌いたがっていた
もう歌うことのできない彼のために

その女性は
常に口癖を歌う
ただ自分の息子を寝かし付けたいだけだったと
海のような闇に暮らす彼女は




*夜中にふと思い付いて訳してみました。シコ・ブアルキがズズ・アンジェルのことを歌った1981年の作品です(共作ミルチーニョ)。軍事政権に息子のスチュアートを奪われたズズは、シコに全幅の信頼を置いて、息子の最後に関するすべての証拠をシコに託しました。そして彼女もまた軍事政権の手に掛かります……。このことは「ラティーナ」の6月号にちょっと書いたのでぜひお読みください。シコの全キャリアの中でもとても意味のある1曲だと思います。

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2010年05月02日

ジョアンとマリア

ジョアンとマリア

ところで僕はヒーローだった
僕の馬は英語しか喋らなかった
そのカウボーイの婚約者は
君だった
ほかの三人を除いてだけど
僕はいくつもの大隊と対決した
ドイツ人とその大砲と
それでパチンコは片付けた
そしてロックを練習した
マチネーのために

ところで僕は王だった
警備員だったし、裁判官でもあった
僕の法律では
みんな幸せになる義務があった
そして君はプリンセス
僕がその位に就かせたプリンセス
驚くくらいに美しかった
僕の国を裸で歩いていた

駄目だ、逃げるんじゃない、駄目だ
あの時は僕が君の玩具だったってふりをするんだ
僕は君のこまだったって
君の可愛い動物だったって

うん、私に手を貸して
みんなもう怖いものなんてないよね
あの悪い時代には
みんな生まれてさえいなかったんだよね

ところでそれは宿命だった
ごっこ遊びはこうして終わった
あの時の裏庭の
でもそれは果てしのない夜だった
君が世界に消えたからだ
予告もしないで
ところで僕は気が狂うほど訊き出したかった
僕の人生はどうなっていくのだろう?



*次の「ラティーナ」のために訳してみたのでここに載せておきます。シコの歌詞を翻訳するなんて本当に無謀で冷や汗が出るのですが。シヴーカの曲にシコが1977年に歌詞を書いた曲です。この曲のことを表現する言葉を僕は持っていません。ぜひともナラとシコのデュオを聴いてほしいです。それが僕がブラジル音楽から受け取ったすべてです。そして僕が後世に伝えていかなければならないすべてです。そのために時間を使わなければいけないのだと思います。
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2010年04月20日

シコ・ブアルキ物語@ラティーナ(3)

「ラティーナ」連載の「シコ・ブアルキ物語」。第3回目は、「軍事政権とシコ・ブアルキ」について書きました。

シコがブラジルにとって本当に欠くことのできないアーティストになったのは、1970年代の対軍事政権の闘争の象徴としてでした。70年代がとてもとても遠くなってしまった今、この時代のことを確認しておくのはそれなりに意味のあることではないかと思いながら書きました。それにしてもこの時期のシコは本当にエピソードが豊富で、資料を読み返していると時間が経つのを忘れてしまいます。その一部しか紹介できなかったのが残念ですが、積み残したことはまた次回にということで。

ところで今回もまたエリファス・アンドレアートの素晴らしいイラストレーションに誌面を飾っていただきました。「ラティーナ」の表紙を描き続けているアンドレアート氏は、エリス、パウリーニョ、ヴィニシウス&トッキーニョ、クララ・ヌネスなどさまざまなミュージシャンのアルバムのカヴァーイラストでブラジル音楽ファンにはお馴染みのビッグネームです。シコでは「オペラ・ド・マランドロ」「ヴィーダ」「アルマナッキ」あたりが彼の作品です。アンドレアート氏のイラストの脇に自分の文章が載るなんて、ちょっと信じられない光栄です。

「ラティーナ」5月号、今日発売になりました。ぜひお読みください!
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2010年03月19日

シコ・ブアルキ物語@ラティーナ(2)

「ラティーナ」連載の「シコ・ブアルキ物語」。第2回目は、「トロピカリスタとシコ・ブアルキ」です。

1960年代末期のシコとカエターノとの関係は、今はもうほとんど語られなくなりましたが、この時期の両者の「確執」はシコの音楽に大きく影響を落としています。とりわけ71年の「コンストルサォン」は……などということを中心に書いています。明日発売予定の4月号に掲載されますので、ぜひお読みください。

それにしてもまだ1971年までしか話が進んでいない……。でもこの時期のシコの周辺を語ろうとすると、紙数がいくらあっても足りなくなってしまって、大変悩ましいところです。


*私は今四国にいます。今回のアグスティン・ペレイラ・ルセーナの来日ライブには行けません。大変残念です。ご成功をお祈り致します。

*そう言えばラティーナのサイトのニュースに、パウロ・セザル・サラセーニの映画のサントラへのジョアン・ジルベルトの新録音の記事があります。楽しみだ。
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2010年02月27日

オルリーのサンバ

オルリーのサンバ

さあ、兄弟
この飛行機に乗るんだよ
君がこうするのはもっともだ
こうして逃げ出して行くのは
この寒さからね
でも、キスを
僕のリオデジャネイロに
どこかの風来坊が
手を付けてしまう前に

失礼を謝っておいてくれ
こんなにも長い間
こういう期間が続いていることを
でも、絶対に言わないでよね
僕が泣いているのを見たことは
あの嫌な奴らには
僕は持ち堪えていると言ってくれ
そしてどんな具合か見てきてくれ
あそこでの暢気な暮らしがどんなふうか
そしてできれば僕に送ってくれないか
良い報せを


*この歌を僕の最愛の友に捧げます。トッキーニョを見送ったシコの心境が、今はちょっとだけわかります。

ヴァイ、メウ・イルマォン。今度はリオで会おう。

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2010年02月19日

シコ・ブアルキ物語@ラティーナ(1)

「ラティーナ」にシコ・ブアルキについて書かせていただくことになりました。題して「シコ・ブアルキ物語」。数回の連載になる予定で、第1回目は明日発売の3月号に掲載されます。この3月号、なんと表紙がシコ・ブアルキです。

今回の記事は、デビュー直後のシコの瑞々しい音楽世界を記録した「RGE3部作」が、この2月にボンバ・レコードから初発売されることを記念したものです(「Vol.3」については現時点では発売は未定とのこと)。シコのオリジナル・アルバムが日本で発売されるのは本当に貴重な機会で、この時機に再評価の機運が高まることを期待します。

シコ・ブアルキが「ラティーナ」の本文に登場するのは、『パラトドス』が出た直後の1994年3月号以来とのこと。実に16年ぶりということになります。

その1994年3月号を我が家では大切に保存していて、佐藤由美さんの丁寧かつ的確なアルバム紹介をことあるごとに参考にしてきました。インターネットがなかった時代、シコに関する情報は日本では本当に少なかったので、この号は本当に重宝したものです。

その号以来の「ラティーナ」のシコの記事をまさか自分が書くことになろうとは。またとない機会なので、資料を山のように積み上げて、辞書を片手に紹介するべきエピソードなどを洗い出している毎日です。

一人でも多くの若い人にシコ・ブアルキを聴いて欲しいし、今回の記事がその道しるべの一つになればこれほど嬉しいことはありません。こういう文章を書かせていただけることの幸福を味わいながら、使命感に燃えているところです。

皆さん是非ともお読みください!!!

「ブログ・ラティーナ」
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2009年08月21日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(18)

ずいぶん引っ張ってきましたが、とりあえずこの話題は一度幕を引きます。

シコ・ブアルキのファンにとっては、単純にシコの音楽――しかも脂の乗り切った1970年代後半の珠玉の22曲――に2時間30分も浸っていられることの幸福と言ったらありません。それももともとシコが構想したオリジナルの舞台の展開の中で聴けるのですから、大変貴重な機会です。純粋に楽しいし、また、シコの創作の秘密に迫るために、これほどヒントに満ちている作品もないのではないかと思います。東京に続いて名古屋も大阪も終わってしまったようですが、仙台公演はまだこれからのようです。シコ・ブアルキを愛するファンであれば元は取れると思います。

それにしても、客席の9割以上はシコの名前さえ知らずにチケットを購入したオーディエンスだったに違いありませんが、反対に言えばそういう客層にシコの存在をアピールできる絶好のチャンスだったはずです。ほんの1ヶ月ほどの間に1万人以上(たぶん)の日本人がシコの音楽を聴くのですから、こういう機会はおそらく二度とないだろうと思います。なのに、プログラムには簡単なプロフィールが載っているだけで、シコの顔写真さえ載っていません。誰かの手の写真が載っているけれど、これはシコの手ではありません(笑)。もちろんディスコグラフィなどもない。こういうことでは、劇中に登場する楽曲に興味を持ったオーディエンスをシコの音楽に誘導できないと思います。

僕もあとになってこうやって布教活動に精を出しているわけですが、もうちょっと事前に働き掛ければ良かったと反省しています。本当なら前述の『オペラ・ド・マランドロ』のサウンドトラックを国内発売することだってありだったのではないかと、今になって悔やんでいます。シコ・ブアルキ来日実現プロジェクトチーム(というのをたった今立ち上げました)の発起人として、この好機を下地づくりに生かせなかったことを残念に思います。

シコ・ブアルキを一人でも多くの人に聴いて欲しい。「ボサノヴァ後」の最高最良のブラジル大衆音楽のアーティストなのですから。

最後になりましたが、今回の公演を実現してくれたアトリエ・ダンカンに心から感謝します。日本では知られていないこういう作品を上演するには、相当な困難や障壁が伴ったのではないかと推察します。権利の問題や翻訳の問題も一筋縄ではいかなかったはずです。僕は一人のシコのファンとして、20年以上レコードだけで聴いてきたシコの音楽作品に新しい命が吹き込まれたことが本当に嬉しかった。ありがとうございました。

「見逃した!」というシコのファンは、ぜひとも再演運動を。そう言えば東京公演の最終日のカーテンコールで、マルシアは「次はポルトガル語でやろうよ」と言っていましたよ。

*とりあえずこの話題は一度終わりにします。その後思い付いたことなどがあればまた付記します。
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2009年08月20日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(17)

「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」についてあれこれ述べてきましたが、この曲に関して言えば、今回の公演の日本語の歌詞はひどかったです。

全部はメモが取れなかったのですが、「嫌われ者は誰? はぐれ者はどこ? おかま、レズビアン」「梅毒でもいい。ヘルペスでもいい。おかまでなければ」「田舎者でいい。文なしでもいい。おかまでなければ」「前科者でいい。黒人でもいい。おかまでなければ」などという部分がありました。今時こういう差別的な表現も珍しいよなと思いながら聴いていました。何だか違うような気がするなあと思ってあとからオリジナルの歌詞を読み返して、この曲に興味が湧いてきたのでした。

この曲の日本語の歌詞が象徴するように、今回の演出の中では、ジェニが「おかま」であるという設定が必要以上に大袈裟に強調されていたと思います。彼女が「おかま」かどうかはそれほど重要ではないということは、この曲のオリジナルの歌詞を読んだだけで明らかです。この歌詞の中で彼女はただの女性として描かれています。「おかま」だとかそういう種類のことは一語も出てきません。

それにもちろん『三文オペラ』の中ではジェニーはただの娼婦で、「おかま」などという表現は一切出てきません。

ジェニが「おかま」であるという設定に意味を与えてしまうのは、まんまとシコの術中にはまってしまっているようで、制作側がそれでどうするのだという感じがありました。どうしても意味を与えるのだとすれば、もっと丁寧に作り込む方法もあったのではないかと思うのですが、そのあたりの取り扱いも「あとは役者に任せて」という乱暴さを感じました。

「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」のオリジナルの歌詞についてもう一言だけ述べておくと、最後のリフレインのところで「石pedra」が「糞bosta」(失礼)に代わって「ジェニに糞を投げろJoga bosta na Geni」となる部分があります。「糞bosta」というのは軍政下の検閲当局(センスーラ)ではまず認められなかった言葉です。

資料を読むと、シコはどうも「ボスタbosta」という語を「ボーラ・ヂ・セーボBola de sebo」という語に置き換えて検閲を通したようです。「ボーラ・ヂ・セーボBola de sebo」はフランス語では「ブール・ド・シュイフBoule de suif」。すなわち「脂肪のかたまり」です。

*続きます。
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2009年08月19日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(16)

ジェニについての雑感を述べます。

「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」はモーパッサンの「脂肪のかたまりBoule de suif」をベースにしています。その置換はとても明白で、ジェニはブール・ド・シュイフですし、ツェッペリン号はプロシア人の士官です。そして大衆は馬車に乗り合わせた乗客です。

これをそのまま『オペラ・ド・マランドロ』全体に当てはめると、ブール・ド・シュイフ(ジェニ)を蔑んで、彼女を利用して、最後に捨てる乗客たち(大衆)は、シュトリーデルであり、ヴィクトリアであり、タイガーであると思います。

さらに、ジェニがマックスを売るという行為は、ブール・ド・シュイフがプロシア人の士官と寝るという行為、すなわちジェニがツェッペリン号の艦長と寝るという行為に重ねられています。それは歌詞の中の「不正なこと」で、「拒否する」べきだった行為です。

「脂肪のかたまり」の枠組みを用いれば、マックスを売ったジェニの行為は「正当化される行為」だという見方もできます。ただしそれはジェニの「動機が純粋であれば」です。

今回の舞台ではジェニのその行為の動機はほとんど描かれていませんでした。おそらくシコのオリジナルの脚本でもほとんど語られていないはずです。そのあたりはシコは『三文オペラ』の精神に忠実だと思います。

もちろんジェニがマックスを売るという行為は『三文オペラ』のジェニーがメックを売るという行為を踏襲したものです。そして、「行為はただの行為である」「行為に動機を求めてはならない」という立場こそはブレヒトが意図した「叙事的演劇」の本質です。

要するに、「動機」を問題にする「脂肪のかたまり」の精神と、『三文オペラ』の精神とは激しく対立していることになります。

僕は最初、脚本全体の展開と直接関係のない物語を有するこの「ジェニとツェッペリン号」が歌われるのは、シコが本当は『オペラ・ド・マランドロ』の脚本の中に「ジェニとツェッペリン号」の物語を挿入したかったからではないかと考えていました。でもそうするとあまりにも物語が複雑になってしまうので、それを諦める代わりにこの曲だけ残したのではないかと思っていました。

しかし、考えてみると、「ジェニとツェッペリン号」は『三文オペラ』の「海賊ジェニー」の『オペラ・ド・マランドロ』版と言えます。「ジェニとツェッペリン号」のツェッペリン号は「海賊ジェニー」の海賊船と一致しています。「ジェニとツェッペリン号」におけるツェッペリン号の「二千の口」「二千の大砲」は、「海賊ジェニー」の「八枚の帆と五十門の大砲を備えた船」を連想させます。

そして、「ジェニとツェッペリン号」が「海賊ジェニー」の『オペラ・ド・マランドロ』版だと考えれば、この曲の唐突さは納得がいきます。その「感じ」は『三文オペラ』の展開の中で「海賊ジェニー」が浮き上がっている「感じ」と似ています。

ついでに言うと、その「海賊ジェニー」はブレヒトのオリジナルではピーチャムの娘のポリーが歌いますが、パブストの映画ではジェニーがメックを売る前に歌います。シコはパブストの映画を熱心に研究したと語っているので、それでジェニがマックスを売る前に「ジェニとツェッペリン号」を歌うことにしたのではないかと思います。

*続きます。
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2009年08月18日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(15)

ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim

大切なのは不正なことは拒否することだ
歓楽街と波止場で
彼女は恋人だった
彼女の身体は放浪者たちのもの
盲人たちの、移住者たちの
何も持たない者たちのもの
少女の時からこうして身を捧げる
ガレージで、食堂で
タンクの後ろで、茂みで
囚われた者の女王だ
狂人たちの、ハンセン病患者たちの
孤児院の子供たちの
またしばしば繰り返すだろう
生気のない老人たち
未来のない未亡人たち
彼女は善意のかたまりだ
それは都市が
常に繰り返して生きるからだ

ジェニに石を投げろ
ジェニに石を投げろ
彼女は殴られるためにできている
彼女は唾を吐くにふさわしい
彼女はどんなことでも与える
呪われたジェニ

ある日現われた、輝くばかりの
雲の間に、浮かび上がる
巨大なツェッペリン
建物の上を巡航した
二千の口を開けた
二千の大砲があった
驚いた都市は
麻痺して止まった
たちまち凍り付く
でも巨大なツェッペリンは
下降した、艦長は
「思想を変えろ」と言う
「この都市を見ると
 たくさんの怖ろしいことと不公平なこと
 私はすべてを爆発させた
 でも私は悲劇を回避できる
 もしこの美しい婦人が
 今夜私に奉仕するなら」

その婦人はジェニだった
でもジェニではあり得ない
彼女は殴られるためにできている
彼女は唾を吐くにふさわしい
彼女はどんなことでも与える
呪われたジェニ

でも実際、彼女はただちに
とても不幸でとても誠実で
外国人を魅惑した
とても立派な軍人
とても勇敢で権力のある
彼女のものだった、虜になった者
処女が生まれる
それが彼女の秘密だった
それに彼女は移り気だった
とても高貴な男と寝て
光沢と銅の匂いを嗅ぎ
醜い男との愛を選んだ
異端の説教を聞いて
祭典の都市は
その手にキスをした
膝を付く市長
赤い目の司教
巨万の銀行家

彼と行け、行けジェニ
彼と行け、行けジェニ
君は僕たちを救うことができる
君が僕たちを償うんだ
彼女はどんなことでも与える
祝福されたジェニ

要求はそれほど多かった
とても率直で、とても不愉快だった
彼女は吐き気を抑えた
身を刺すようなその夜
情夫に身を捧げた
死刑執行人に身を捧げる者のように
彼はとても汚いことまでした
一晩中無作法にしゃぶりついた
満足するまで
夜はなかなか明けなかった
彼は冷たい雲の中に出発した
彼の銀色のツェッペリンで

緩和された苦悩の中で
彼女は寝返りを打った
微笑もうとさえした
でもすぐに夜が明けた
そして歌の中の都市は
彼女を眠らせておかなかった

ジェニに石を投げろ
ジェニに糞を投げろ
彼女は殴られるためにできている
彼女は唾を吐くにふさわしい
彼女はどんなことでも与える
呪われたジェニ

*日本語として滑らかではありませんし、誤りもあるかもしれません。だいたいシコの歌詞を片手間に翻訳するのは無謀というものです。しかし大筋だけでも伝わればと思って訳しました。それから詩としての出来よりももとの意味を直訳することを心がけました。

*続きます。
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2009年08月17日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(14)

「脂肪のかたまり」のストーリーを。

普仏戦争に敗れてプロシア軍に占領されつつあった1870年のフランスのルアン(ルーアン)。ノルマンディーの商人の中にはフランス軍のいるル・アーヴルに逃げようとする人たちがいました。彼らは陸路でディアップまで出てそこから船に乗ることを考えます。馬車が仕立てられ、十人の乗客が乗り合わせます。

狡猾で陽気なワイン問屋のロワゾー夫妻、紡績工場のオーナーで県会議員でもあるカレ=ラマドン夫妻、由緒ある家名のユベール・ド・ブレヴィル伯爵夫妻、二人の修道女、共和主義者のコルニュデ、そして、よく太った美しい娼婦のブール・ド・シュイフ(脂肪のかたまり)です。

大雪のために馬車は思うように進めません。乗客たちは空腹に苛まれます。ブール・ド・シュイフは持参していた食事を乗客たちに分け与えます。一同は感謝して打ち解けます。ブール・ド・シュイフはプロシア人の兵士たちに対する嫌悪を語ります。馬車は途中の宿泊地のトートに到着します。

翌朝になって出発しようとすると、その宿屋を占領しているプロシア軍の士官の命令で出発できないことがわかります。夕食の席上で、ブール・ド・シュイフがプロシア人の士官と寝るのを断ったためだということがわかります。

足止めは翌日、さらに翌日と続いて、一同はブール・ド・シュイフに他人のために我が身を犠牲にする英雄たちの話をします。修道女たちまで、動機が純粋であれば行為は正当化されるという話をします。その翌日にはユベール・ド・ブレヴィル伯爵が直接ブール・ド・シュイフに「あなたは、私たちをここにいつまでも置いておくつもりなのかね」と語り掛けます。

そしてその夜ブール・ド・シュイフはプロシア人士官の要求に応じます。

一同の中でコルニュデだけは、その企みに加担せずに、その日の夕食で、「諸君のやったことは、卑劣千万なことですぞ!」と罵ります。ただ、コルニュデはその宿屋に着いた夜にブール・ド・シュイフに言い寄って拒絶されています。それからコルニュデはその宿屋に着く前の馬車の中で共和主義の演説をぶって、ナポレオンびいきのブール・ド・シュイフに反発されています。

翌日、馬車は出発します。乗客たちはまるでブール・ド・シュイフが目に入らないかのように振る舞います。彼らは馬車の中で用意してきた食事を広げます。ブール・ド・シュイフだけは急いで出発したので弁当を持っていません。乗客たちはブール・ド・シュイフに食事を分け与えることすらしません。彼女は静かに泣き始めます。

コルニュデは「ラ・マルセイエーズ」を口笛で吹き始め、さらには歌い始めます。この曲がまだフランス国歌になる前のことで、その過激な歌詞に乗客たちの顔が曇ります。ブール・ド・シュイフは泣き続けます。

*続きます。

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2009年08月16日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(13)

『オペラ・ド・マランドロ』のオリジナルの舞台の曲の中で、「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」の存在がどうしても引っ掛かっていました。

ほかの曲は脚本の展開の中で必然的に歌われているように思えるのですが、この曲だけは、どことなく居心地が悪いように感じられます。歌詞が非常に物語的で、起承転結があって、これだけで完結しています。結果としてこの舞台の中では収まりが良くない1曲になっています。『オペラ・ド・マランドロ』とは別個に、独立した世界を形成しています。

舞台版の名曲の中ではこの曲だけがフイ・ゲーハの映画の中で使われなかったのも象徴的です。フイ・ゲーハが映画の中でこの曲を使わなかったのは、混乱を排除するためだったのではないかと思います。ちなみに映画版ではジェニの役割はまた少し異なっていて、タイガーに呆気なく射殺されてしまいます。ジェニがマックスを売るという設定もありません。

とにかくそのことが気になっていたので資料を引っ繰り返していたら、驚くような発見がありました。この曲は、ギ・ド・モーパッサンの「脂肪のかたまりBoule de suif」の「自由な脚色・改作(adaptação livre)」だという記述です。シコにとても近い筋の資料なので、憶測などではなく、シコ自身がどこかでそう語っているに違いありません。

そこで慌てて本屋に行って、「脂肪のかたまり」を買って来ました。そして20年ぶりにモーパッサンを読みました。読んで良かった。「脂肪のかたまり」は、「ジェニとツェッペリン号」はもちろんのこと、『オペラ・ド・マランドロ』全体にも影響を与えていると思います。

しかしまったくこれだからシコは厄介です。一筋縄ではいかない。そしてだからこそあの独特の宇宙が形作られているのだと思います。

*まだまだ続きそうな展開になってきました。
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2009年08月15日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(12)

この期に及んで思い出したことがあったのでDVDを掛けてみると、あったあったありました。

2005年に発売されたシコのDVDシリーズの中に、『BASTIDORES』という一本があります。劇場や演劇をテーマにした一本です。

この中に、『オペラ・ド・マランドロ』のオリジナルの舞台の映像が少しだけ収録されていました。

関連する曲は4曲入っています。いずれも1978年の映像です。

まずはシコが「Homenagem ao malandro」を歌う場面です。1978年というクレジットが流れます。シコは自分では『オペラ・ド・マランドロ』に出ていないので、おそらくプロモーション用に撮られたフィルムなのだと思います。

巨大な米国1ドル紙幣のセットの前で、フォルクスワーゲンのボンネットに腰を乗せて歌うシコ。白のスーツに白の帽子に白の靴。黒のシャツに赤のタイに左胸に赤の薔薇。やはりシロ・モンテイロのマッチ箱を叩く仕草をしています。

背景の1ドル紙幣は舞台版のサウンドトラック『ÓPERA DO MALANDRO』Trilha Sonora da Peça Teatralのブックレットの中にもあって何だろうと思っていたのですが、オリジナルの舞台のセットだったのかもしれません。だとすれば、シコのメッセージはかなり強烈になると思います。

続いて、シコが『オペラ・ド・マランドロ』の解説を述べたあと、1978年の『オペラ・ド・マランドロ』の舞台の映像が始まります。マリエータ・セヴェーロ扮するテレジーニャ(今回のルー)とエルバ・ハマーリョ扮するルーシア(今回のマルゴ)が「マックスは私とこんなこともしたのよ」「私とはこんなこともしたのよ」(もちろんベッドの上での話)と言い合う場面です。丁々発止とはこのことで、二人の間に火花が散っています。

そして「O meu amor」が始まります。1コーラス目は最初にマリエータが歌って、次にエルバが歌って、二人で歌って、2コーラス目はエルバが歌って、マリエータが歌って、最後に二人で歌います。二人ともスタンドマイクで歌っています。右にマリエータ、左にエルバ。とても熱のある歌で、合間のダンスも気迫に満ちています。二人の歌唱と演技は、意外なことに、マリエータが完全にエルバを食っています。マリエータのエルバを睨み付ける目がすごい。エルバには映画版でのあの迫力は微塵もなく、マリエータの前でたじたじのような感じがします。

「O meu amor」を歌う二人の後ろにいるオターヴィオ・アウグスト扮するマックスも時々映ります。ちょうど牢の中にいるところです。しかし彼が演じるマックスは何ともだらしない男という印象です。全然格好良くありません。ちょっとくたびれた中年男という感じさえします。こういう人物設定だったのは意外です。

「O meu amor」を歌い終わったマリエータとエルバは舞台の両端に分かれて威嚇のダンスをします。それからずんずん中央に進んで行ったかと思うと、交錯するように側転します。二人ともワンピースを着たままです。そして、あっと思った次の瞬間にはもう掴み合っています。その次の瞬間にはもう横になって取っ組み合っています。すごい。本当に二人の間に何かあったのではないだろうかと思えるような迫力の喧嘩です。そしてこの喧嘩もマリエータが優勢。エルバの下着が丸見えになっています。

このあと、「Pedaço de mim」をジジ・ポッシとシコが歌う場面と、シコが一人で「Teresinha」を歌う場面が収録されています。いずれも1978年の映像です。しかしいずれも舞台の場面を収録したものではないと思います。

それにしても、「O meu amor」の映像が残っているということは、『オペラ・ド・マランドロ』の初演時の全編の映像もおそらくはグローボの地下あたりに眠っているのでしょう(地下とは限りませんが)。観たいなあ。観たいです。観れないでしょうか?

*続きます。
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2009年08月13日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(11)

このシリーズももうおしまいにしようと思ったのですが、関連アルバムの内容だけざっと紹介しておくことにしました。

*最初に書いた内容があまりにも雑だったので、その後に加筆・訂正しています。


『ÓPERA DO MALANDRO』 Trilha Sonora da Peça Teatral 1979

舞台版サウンドトラック。オリジナルのLPは豪華ダブルジャケットでした。当時のシコの創作意欲が凝縮。僕が『オペラ・ド・マランドロ』でいちばん愛着があるのはこのアルバムです。

1
マランドロ(マック・ザ・ナイフ)
O malandro (Die Moritat Von Mackin Messer)
MPB-4
MPB-4
ご存じクルト・ヴァイルとベルトルト・ブレヒトの全時代・全世界的スタンダードをMPB-4の面々が歌い繋ぐ。

2
ドゥラン賛歌
Hino de Duran
Chico Buarque e A Cor do Som
シコ・ブアルキ&ア・コル・ド・ソン
ドゥランというのは今回の舞台のシュトリーデルの初演時の役名。今回に照らし合わせて言えば「シュトリーデルを讃える歌」と言ったところ。ア・コル・ド・ソンにとってはモントルーの前後の録音のはず。マリエータが参加しているのかどうかは不明。

3
愛に生きる
Viver do amor
Marlene
マルレーネ
『オペラ・ド・マランドロ』の劇中曲としては五本の指に入る有名曲。リストの「愛の夢Liebestraum」の引用は計算の上。心憎いと言ったらない。

4
報われぬ歌
Uma canção desnaturada
Marlene e Chico Buarque
マルレーネ&シコ・ブアルキ
要するに「不倫の歌」ということ。こういう何の変哲もない曲を聴かせてしまうシコの魔法はトム・ジョビン譲りと言える。

5
巣窟のタンゴ
Tango do covil
MPB-4
MPB-4
シコがタンゴに挑戦、見事に楽しい佳曲が生まれた。しかし今回の舞台を観てからは、「マックぅースぅー、輸入商会でぇーすぅー」というサビの部分の歌詞が頭にこびり付いてしまった。

6
十二歳
Doze anos
Moreira da Silva e Chico Buarque
モレイラ・ダ・シルヴァ&シコ・ブアルキ
モレイラ・ダ・シルヴァもラパのマランドロの代名詞だった人。冗談に笑い転げるシコが楽しいトラック。少年時代を懐かしむ歌詞。

7
プチブル的な結婚式
O casamento dos pequenos burgueses
Alcione e Chico Buarque
アルシオーネ&シコ・ブアルキ
アルシオーネまで引っ張り出してしまったシコ。こういう曲ではもったいないような気もするが、息はぴたりと合っている。

8
テレジーニャ
Teresinha
Zizi Possi
ジジ・ポッシ
このアルバムの聴きどころの一つ。ジジ・ポッシの抑制した表現が胸を打つ。以前に書いたようにテレジーニャは今回の舞台のルーの初演当時の役名。

9
マランドロに敬意を
Homenagem ao malandro
Moreira da Silva
モレイラ・ダ・シルヴァ
『オペラ・ド・マランドロ』のセカンド・テーマと言ったところ。モレイラ・ダ・シルヴァが本領を発揮するいかしたトラック。

10
新聞小説のように
Folhetim
Nara Leão
ナラ・レオン
ただ黙って耳を傾けたいナラの好唱。

11
もし今捕まったら
Ai, se eles me pegam agora
Frenéticas
フレネティカス
コメディタッチのホンキィトンク・ナンバー。今回の舞台でも娼婦たちが賑やかに。

12
もし雇い主になったら
Se eu fosse o teu patrão
A Turma do Funil
ア・トゥルマ・ド・フニル
これもコメディタッチの曲で、マックスの手下たちと娼婦たちが歌い繋ぐ設定。

13
オ・メウ・アモール
O meu amor
Chico Buarque, Elba Ramalho e Marieta Severo
シコ・ブアルキ&エルバ・ハマーリョ&マリエータ・セヴェーロ
『オペラ・ド・マランドロ』の最大の有名曲。シコの名前もクレジットされているが、彼は歌っていないと思う。おそらくは1978年のアルバム『シコ・ブアルキ』に収録されていたのと同じトラック。

14
ジェニとツェッペリン号
Geni e o Zepelim
Chico Buarque
シコ・ブアルキ
ジェニのテーマ。『オペラ・ド・マランドロ』のある一面を象徴している佳曲。歌詞は暗喩に満ちているように思えるが、「ツェッペリン号」は何を意味するのだろう?

15
私のかけら
Pedaço de mim
Gal Costa e Francis Hime
ガル・コスタ&フランシス・ハイミ
今回の舞台で重要曲であることを認識したクライマックスの1曲。それにしてもこれまた豪華なデュエットだ。

16
オペラ
Ópera
Cantores líricos e a Turma do Funil
カントーレス・リーリコス&ア・トゥルマ・ド・フニル
オリジナルの上演でフィナーレを飾ったオペラの歌曲のパロディのメドレー。登場するのは、「リゴレット」(ヴェルディ)、「カルメン」(ビゼー)、「アイーダ」(ヴェルディ)、「トラヴィアータ(椿姫)」(ヴェルディ)、「タンホイザー」(ワーグナー)。悪趣味と言えば悪趣味だが。

17
マランドロ・パート2(マック・ザ・ナイフ)
O malandro No2(Die Moritat Von Mackin Messer)
João Nogueira
ジョアン・ノゲイラ
最後に「マック・ザ・ナイフ」をもう一度、今度はジョアン・ノゲイラの歌で。


『ÓPERA DO MALANDRO』 Trilha Sonora do Filme 1985

映画版サウンドトラック。15曲中8曲が映画用の書き下ろし(歌詞を変更した曲などを除く)。映画で主役を演じたエヂソン・セルラリとクラウヂア・オハナとエルバ・ハマーリョの歌が大半ですが、とりわけエルバ・ハマーリョの歌は、やはりこれが彼女が一人で持って行ってしまった映画であることを認識させるパフォーマンスです。

1
マランドロが帰ってきた
A volta do malandro
A Gang
Aギャング
今回の舞台と同じくマッチ箱を振る音から始まる。『オペラ・ド・マランドロ』のサード・テーマ的な曲。映画の冒頭の夜の路上のダンス・シーンが思い出される。

2
コパカバーナの娘たち
Las muchachas de Copacabana
Elba Ramalho
エルバ・ハマーリョ
エルバ・ハマーリョの魅力が炸裂するエキセントリックにして楽しい歌唱。

3
ジェニのテーマ
Tema da Geni
Instrumental
インストゥルメンタル
21秒で終わってしまうインスト曲。「ジェニとツェッペリン号」をモチーフにしている。

4
弾圧賛歌
Hino da repressão (Hino de Duran)
Ney Latorraca
ネイ・ラトハッカ
舞台版の「ドゥラン賛歌」が「弾圧賛歌」に生まれ変わった。今回の舞台では二幕の冒頭でタイガーが歌った曲。

5
あの女
Aquela mulher
Edson Celulari
エヂソン・セルラリ
この映画が意外につまらないのは、マックス役のエヂソン・セルラリが意外につまらないからではないかと思う。彼のヴォーカルも今一つ。

6
愛に生きる
Viver do amor
As Mariposas
アス・マリポーザス
映画では娼婦を志望して登場した少女が美しく生まれ変わるシーンで使われていた。要するに「ヴィヴェール・ド・アモール」の「アモール」は「ラヴ・フォー・セール」の「ラヴ」。

7
センティメンタル
Sentimental
Cláudia Ohana
クラウヂア・オハナ
ルーを演じた可憐なクラウヂア・オハナが登場するシーンで使われていた。旧き良きアメリカのミュージカル・ソングのパロディのように感じられる。

8
マランドロの喧嘩
Desafio do malandro
Edson Celulari e Aquiles
エヂソン・セルラリ&アキレス
やはりエヂソン・セルラリの歌が物足りなく感じられる1曲。

9
最後のブルース
O último blues
Cláudia Ohana
クラウヂア・オハナ
こちらは一応「ブルース」という設定。ダイナミックな曲で、クラウヂア・オハナには役不足のように感じられる。

10
女の言葉
Palavra de mulher
Elba Ramalho
エルバ・ハマーリョ
役に入り込んだエルバ・ハマーリョの鬼気は凄まじい。しかしこうして聴くと今回の舞台のマルシアの熱唱も思い出される。冒頭の歌い出しの歌詞は一瞬「サビア」かと思ってしまう。

11
オ・メウ・アモール
O meu amor
Elba Ramalho e Cláudia Ohana
エルバ・ハマーリョ&クラウヂア・オハナ
映画ではルーとマルゴの対決のシーンで使われていた。歌はもちろんエルバ・ハマーリョの圧勝。

12
巣窟のタンゴ
Tango do covil
Os Muchachos
オス・ムチャーチョス
『オペラ・ド・マランドロ』には不可欠の茶目気いっぱいのタンゴ。「マックぅースぅー、輸入商会でぇーすぅー」。

13
報われぬ歌
Uma canção desnaturada
Sueli Costa
スエリ・コスタ
シンガー・ソング・ライターのスエリ・コスタの泣きの歌唱。

14
リオ42
Rio 42
As Mariposas
アス・マリポーザス
フィナーレにふさわしいこの曲、今回の舞台では一幕の終わりで歌われていた。

15
私のかけら
Pedaço de mim
Elba Ramalho e Edson Celulari
エルバ・ハマーリョ&エヂソン・セルラリ
名曲。エヂソン・セルラリはここではエルバ・ハマーリョにリードされて無難に歌いこなしている。


『Chico Buarque apresenta MALANDRO』 1985

シコ自身を中心にした『オペラ・ド・マランドロ』の名曲のカヴァーレコーディング集。参加しているメンバーが豪華です。完成度は3枚の中で抜きん出ていますが、全体で30分もない録音時間が物足りなくもあります。

1
マランドロが帰ってきた
A volta do malandro
Chico Buarque
シコ・ブアルキ
『オペラ・ド・マランドロ』の代表曲の一つ。やはりシコ本人が歌うと一味違う。

2
コパカバーナの娘たち
Las muchachas de Copacabana
Ney Matogrosso
ネイ・マットグロッソ
キュートで危険でシニカルな怪唱。これを聴くとつくづく当時のネイ・マットグロッソにジェニを演じさせたかったと思う。

3
弾圧賛歌
Hino da repressão (Hino de Duran)
Ney Latorraca
ネイ・ラトハッカ
映画版と同じトラック。

4
最後のブルース
O último blues
Gal Costa
ガル・コスタ
映画ではクラウヂア・オハナが歌っていて今一つだったこの曲、ガルが歌うとやはり全然違う。

5
巣窟のタンゴ
Tango do covil
Os Muchachos
オス・ムチャーチョス
映画版と同じトラック。

6
センティメンタル
Sentimental
Zizi Possi
ジジ・ポッシ
これも映画ではクラウヂア・オハナが歌っていたが、ジジ・ポッシが歌うと実に魅力的な歌になる。この当時の彼女は素晴らしい。

7
あの女
Aquela mulher
Paulinho da Viola
パウリーニョ・ダ・ヴィオラ
こういうところでパウリーニョが聴けるのは嬉しい。それにしてもこの軽やかで完璧な歌唱はどういうことだ?

8
女の言葉
Palavra de mulher
Elba Ramalho
エルバ・ハマーリョ
映画版と同じトラック。

9
弾圧賛歌
Hino da repressão (2 turno)
Chico Buarque
シコ・ブアルキ
いきなりAOR調になった「弾圧賛歌」。こういうアレンジは当時を知る者としては心地良い。

10
リオ42
Rio 42
Bebel Gilberto
ベベル・ジルベルト
18〜19歳当時のベベル・ジルベルトが初々しい。

*『Opera Do Malandro de Chico Buarque - Ao Vivo』(2003)にはシコは関与していないようなのでとりあえず割愛。いずれ機会があればまた紹介します。

*続きます。

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2009年08月12日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(10)

あとどうしてもやっておかなくてはと思うのは、今回の『オペラ・ド・マランドロ』の公演で歌われたシコの曲のリストアップです。プログラムには各曲の邦題しか記載されていないので、これでは、今回の公演でシコの楽曲に興味を持ってCDを購入しようとしているオーディエンスに不便だと思います。以下、邦題はプログラムでの表記に拠っています。

第一部

1
A volta do malandro
マランドロが帰ってきた

2
Las muchachas de Copacabana
コパカバーナの娘たち

3
Viver do amor
愛に生きる

4
O meu amor
私の愛する人

5
Hino de Duran (Hino da repressão)
拝金主義

6
Tango do covil
穴蔵のタンゴ

7
Doze anos
12年

8
O casamento dos pequenos burgueses
ちょっとブルジョアな結婚式

9
Homenagem ao malandro
マランドロに敬意を表して

10
Teresinha
ルー

11
Rio 42
リオ42

第二部

12
Hino da repressão (Hino de Duran)
弾圧賛歌

13
Homenagem ao malandro
マランドロに敬意を表して

14
Folhetim
新聞小説

15
Ai, se eles me pegam agora
もし今、バレたら

16
Se eu fosse o teu patrão
もし私が雇主になったら

17
Palavra de mulher
約束の言葉

18
Las muchachas de Copacabana
お嬢様/お姉様

19
Geni e o Zepelim
ジェニと飛行船

20
Pedaço de mim
愛のかけら

21
Las muchachas de Copacabana
スローサンバ〜サンバ

22
O malandro (Die Moritat Von Mackin Messer)
マランドロ

*13曲目の表記がプログラムにないのでそこから1曲ずつずれています。上記の「14」がプログラムでの「13」になり、以下に続いています。

*ただし21曲目がインストゥルメンタルから始まって途中から歌が入るのをプログラムでは2曲に分けて表記しているのをここでは1曲にしました。ですから結果的にプログラムと同じ全22曲で収まっています。

結果的に、今回の舞台で歌われなかった『オペラ・ド・マランドロ』の主な曲は次の通りです。

Ópera
Uma canção desnaturada
Aquela mulher
Sentimental
Desafio do malandro
O último blues

ついでに言うと、シコの『オペラ・ド・マランドロ』関連アルバムは次の通りです。

ÓPERA DO MALANDRO Trilha Sonora da Peça Teatral 1979
舞台版サウンドトラック。

ÓPERA DO MALANDRO Trilha Sonora do Filme 1985
映画版サウンドトラック。

Chico Buarque apresenta MALANDRO 1985
シコ自身を中心とした『オペラ・ド・マランドロ』のカヴァー録音集。

Opera Do Malandro de Chico Buarque - Ao Vivo 2003
2003年にリオで再演された舞台のライヴ録音。

また1978年録音の『Chico Buarque』(名盤です)にも当時準備中だった『オペラ・ド・マランドロ』の曲が3曲登場します。

*続きます。
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2009年08月11日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(9)

以下、シコ・ブアルキ本人の初演当時の言葉を紹介しておきます。大半は協力者に対する謝辞ですが、こういう機会もなかなかないと思うので。

『オペラ・ド・マランドロ』のテキストは、ジョン・ゲイの『乞食オペラ』(1728)とベルトルト・ブレヒトとクルト・ヴァイルの『三文オペラ』(1928)に基づいている。この作品は、ルイス・アントニオ・マルチネス・コヘア(岩切註:初演時の監督)によって導かれた二つのパートから成る分析を出発点として、マウリシオ・セッチ、マリエータ・セヴェーロ、ヒタ・ムルチーニョ、カルロス・グレゴリオが加わっている。

このチームはまた朗読、批評、提案を通じて最終テキストの実現に協力した。創作の段階では、パブストの映画『三文オペラ』、アナ・カロリーナ(岩切註:映画監督で、同名の歌手とは別人)の映画『ジェトゥーリオ・ヴァルガス』、ベルナール・ドール(岩切註:フランスの演劇評論家で、ブレヒト研究家として知られる)の研究『演劇とその真実』、マダム・サタンの記憶、また、グランヂ・オテロ(岩切註:俳優)の愛情と証言が大いに参考になった。さらに三つのオペラの舞台となる歴史上の別々の瞬間の最良の見方のために、アルバカーキのマヌエル・マウリシオ教授が参加してくれた。ルイス・ヴェルネック・フィアンナ教授はあとからとても説得力のある意見で協力してくれた。マウリシオ・アハエスは舞台用のテキストに置き換える段階で我々のグループに参集してくれた。

脚本の公認のために(削除している)検閲当局と苦闘してくれた尽力にはジョアン・カルロス・ムラー博士に感謝する。同じ意味でルイス・マセード氏とウンベルト・バヘート氏にも感謝したい。最後に、我々の創造の過程を理解して加入してくれた『オペラ・ド・マランドロ』の出演者を抱擁したい。

この脚本はパウロ・ポンテスの思い出に捧げられる。

シコ・ブアルキ リオデジャネイロ、1978年6月

* 続きます。

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2009年08月10日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(8)

そのほかに感じたことをいくつか書き出しておきます。

(1)『オペラ・ド・マランドロ』が裏切りに裏切りを重ねる物語だという構造も気になりました。すなわち、マックスはマルゴを裏切る。タイガーはマックスを裏切る。ジェニもマックスを裏切る。ルーは父親のシュトリーデルと母親のヴィクトリアを裏切る。ルーはある意味ではマックスを裏切る。バハバスたちもマックスを裏切る。そしてブラジルはナチスドイツを裏切る。さらに言うと全体が劇中劇の手法を取っていて、物語そのものが最後の最後に観客を裏切る。これらは(多くは)『三文オペラ』の設定に準拠しているわけですが、これだけ裏切りに裏切りが重なると、どうしても1970年代のブラジルの状況を思ってしまいます。

(2)ジェニもまた重要人物です。ジェニに関してはシコは、数年前に映画になって話題になったマダム・サタンことジョアン・フランシスコ・ドス・サントスをモデルにしているという意味のことを発言していた記憶があります。

(3)シコはどうしてこういうミュージカルを書いたのか? 考えられることはすでに述べた通りですが、単純な動機として、ヴィニシウスにあやかりたい気持ちもあったのではないかとも思います。『三文オペラ』をベースにして『オペラ・ド・マランドロ』を書いたシコは、『オルフェ』をベースにして『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』を書いたヴィニシウスにどうしても重なります。

(4)ちなみに『オペラ・ド・マランドロ』はシコの4作目の戯曲です。当時のシコは芝居を書くのに熱心で、これ以前には、1967〜68年の『Roda Viva』、1973年の『Calabar』(フイ・ゲーハとの共作)、1975年の『Gota d'água』がありました。

(5)「Strudell」という役名が「ストリーデル」ではなく「シュトリーデル」とわざわざ訳されているのはリオなまりを強調するためかと思っていたのですが、どうもこれはドイツ名であることを表現しているようです。また、冒頭近くで娼婦志望の女性が「シュトリーデル」をうまく発音できずに何度言っても「シュトヒーデル」となってしまうのは、rがhになってしまうということでしょうか? だとすると彼女(文盲という設定です)の出身地域か出身階層を示唆しているのでしょうか?

(6)『オペラ・ド・マランドロ』の初演の舞台にはシコの夫人のマリエータ・セヴェーロが出演しています。テレジーニャという役名なのですが、これが今回のルーに該当するようです。ちなみにエルバ・ハマーリョもオリジナルの舞台に出演していて、ルーシアという役名を演じています。これは今回のマルゴに該当するようです。もちろんエルバはフイ・ゲーハの映画版でマルゴを怪演しています。

(7)上記のほかにもいくつかの重層的な構造が隠れていると思います。面白いと思ったのは、シュトリーデルが娼婦たちに娼館で起こったことはすべてお前たちの責任だと言う場面と、ラストに演出家兼脚本家のジョアン・アレグレなる人物が登場して「舞台上で起こったすべてのことは私の責任だ」と言う場面とが呼応し合っていることです。

(8)今回の日本公演の演出については、「マランドロ」に対する理解が、やはりいくらかずれているように感じました。もっと怪しくてもっと粋な感じが欲しかった。でもこれは仕方がない。予想の範疇と言えると思います。

(9)最後にサンバチームを登場させてフィナーレに持ち込んでしまう今回の脚本は、僕には興醒めでした。『三文オペラ』だからと言われればそれまでなのですが、方法が安易と言うか、発想が貧弱と言うか、もうちょっと工夫できなかったのだろうかという思いが残りました。物語の脈絡から一気に突き放されて取り残されてしまう展開は良いのですが、この芝居で「ブラジル=サンバ」というステレオパターンはないのではないかと思います。ちなみにオリジナルの舞台ではここで有名オペラの歌曲のパロディのメドレーが挿入されていたであろうことは、舞台版のサウンドトラックから明らかです。

(10)今回の役者陣の演技力や歌唱力については、このくらいだろうと思っていたちょうどそのくらいだったので、特に感想はありません。主役の別所哲也は奮闘していました。他にはタイガー役の石井一孝、マルゴ役のマルシア、ジェニ役の田中ロウマが印象に残りました。

(11)音楽(伴奏)が生演奏ではないのは残念でした。でもこれは仕方がないと思います。

(12)マックスの手下の役名はオリジナルの脚本では、ジョニー・ウォーカー(酒担当)、フィリップ・モリス(煙草担当)、ビッグ・ベン(時計担当)、ジェネラル・エレトリック(エレクトリック)(家電担当)となっていて面白いのですが、今回の表記はファーストネームだけでした。

(13)あと、日本の芸能界のことは全然わからないので、楽屋落ちみたいな台詞は勘弁して欲しいです。また、アドリブは結構ですが、はしゃぎ過ぎの悪乗りは見苦しいと思います。

* 続きます。
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