2005年11月29日

訂正:ポント・ド・ムジコ

「愛と微笑みと花」に書いたことで、訂正というほどではないかもしれませんが、最近判明したことがあるので書いておきます。

ニュウトンは亡くなる日の当日に、奥さんのシレーニに「セントロのポント・ドス・ムジコスに行って来るよ」と言って部屋を出ました。僕は「愛と微笑みと花」で、この「ポント・ドス・ムジコス」という語に「ミュージック・スポット」と丁寧にルビを振ってしまいました。それは、この言葉がいわゆるライヴ・スポットのようなところを指していると思い込んだからでした。

ところが数日前に、『ガロータ・ヂ・イパネマ』のサウンドトラックの日本盤LPを古レコード屋で見つけて(ブラジル盤を持っているので買いませんでしたが)、その裏ジャケットの大島守さんのライナーノーツを読んで、膝を叩いたことがあります。

大島さんは、旧ヴェローゾ=現ガロータ・ヂ・イパネマのことをポント・ド・ムジコだと書いていました。さらに、それはどういう意味かと言うと、「東京駅や新宿駅にはジャズミュージシャンが仕事の打ち合わせや情報交換のために集まる場所がある。そういうところのことだ」と書いていました。

だから「ポント・ド・ムジコ」という語は、ライヴをするスペースではなくて、ミュージシャンが落ち合ったり打ち合わせたりするするたまり場のことを指しているのですね。吉祥寺で言えば「いせや」のようなところのことなのです(笑)。

まあ実に些細な話なのですが、こういう細部の情報を正していくと、色々なことが見えてくるものです。「トムはその日の午後ニュウトンと一緒にいたのではないか?」とかね。

*11月27日までのアクセス数が120017と、12万を超えました。いつもお読みいただいてどうもありがとうございます。