2018年01月15日

私が殺したリー・モーガン

僕の最愛のトランぺッターはマイルスでもチェットでもなくリー・モーガンだ。30年間そう言い続けてきて、その思いは今でもまったく変わらない。リー・モーガンほどあの時代のジャズを感じさせるトランぺッターはほかにいない。そのリー・モーガンのドキュメンタリー映画が上映されていて、今日の夕方時間ができたので観に行ってきた。
邦題は「私が殺したリー・モーガン」。このタイトルを聞けばモダンジャズファンには何を描いた映画なのかがわかる。リー・モーガンが浮気が原因でジャズクラブで夫人に射殺されたという話は有名で、「ジャズメンの壮絶な死」の標本の一つとしていつも引き合いに出されてきた。
でも、それが実際にはどういう事件だったのかは、これまであまり語られてこなかった。夫人の人物像なども、それからその夜本当は何が起きたのかも、僕が知る限りでは細部は明かされていなかった。リー・モーガンは浮気が原因でジャズクラブで夫人に射殺された――。多くのモダンジャズファンにとってはそれで充分だった。それ以上でも以下でもなく、それはそれほど重要な問題ではなかった。リー・モーガンが残した素晴らしい演奏の数々こそが重要だった。
この映画の感想を語る前提として、そういう思いが僕にはある。浮気した男を女が撃った。それがたまたまリー・モーガンだった。その話をほじくり返すことにどれだけの意味があるだろう? そう思いながらスクリーンの前に座った。そしてその思いは映画を観たとにもほとんど変わっていなかった。
実際、映画として、それほど良くできている作品とは思えない。夫人のヘレン・モーガンの人生が語られ、リー・モーガンの人生が語られる。リー・モーガンがドラッグに溺れ、ヘレン・モーガンの助力で立ち直り、ほかの女性が現われて、運命のその日がやってくる。語り口は淡々としていて、起伏が少なく、中盤はちょっと退屈になる。もっとドラマティックに構成しようと思えばできたのではないかと思う。
でも、それはそれとして、僕はスクリーンに釘付けになった。リー・モーガンを直接知る友人たちの証言。ヘレン・モーガンが死の直前に受けたインタヴューのテープ。そして何よりも、貴重な映像の数々。ジャズ・メッセンジャーズ時代から、死の直前の演奏まで。リー・モーガンの演奏を映像で観るのはほとんど初めてだと思う。釘付けにならざるを得なかった。若い頃はもちろん、僕がこれまであまり好んで聴いていなかった晩年の演奏も素晴らしかった。
そしてその事件の話なのだが、いくつかの偶然が重なって、起きてしまった事件だということがわかる。ヘレン・モーガンの声による告白はもとより、その時そこに居合わせたミュージシャンたち(ジミー・メリット、ポール・ウェスト)の証言が痛々しい。未だにそのショックを引き摺って生きているように思える。そしてそういう証言を繋ぎ合わせることによって、この映画は、その夜のその事件を立体的に浮かび上がらせることに成功している。1972年2月18日。誰もがその大雪のニューヨークシティの夜に引き摺り込まれる。

あとは備忘録として印象に残ったことを。
リー・モーガンの言葉(1):ジャズという言葉は好きじゃない。それは良い言葉じゃない。古い世代から与えられた言葉だ。ニグロと言われるのと同じだ。でも適当な言葉が見付からない。強いて言うとブラック・クラシカル・ミュージックだろうか?
岩切:これと同じ言葉をたくさんのジャズ・ミュージシャンが発言している。ジャズという言葉は汚い言葉なのだ。ほとんど「ファック」と同じ響きの言葉なのだ。そのことがあるので、僕はジャズという言葉を口にする時には一抹の恥を感じている。でも今、そのニュアンスは、限りなく薄められて消え掛かってしまっている。

リー・モーガンの言葉(2):創造力の本質は新しさだと思う。

もう一つ、誰が言っていたのか忘れてしまったが、ブルーノートのレコーディングの様子を、「アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフがたくさんの食べ物を持ち込んで、まるでパーティみたいにレコーディングが行なわれた」という言葉があった。ブルノートの演奏のあの独特のムードの一因はそういうところにもあったのだろう。
そしてこの映画はフランシス・ウルフの写真の素晴らしさを伝える映画にもなっている。その写真には当時の音が聴こえるし、煙草の煙を嗅ぎ取ることができる。

それとあともう一つ。ジミー・メリットがリー・モーガンのフィラデルフィアでの通夜の様子を語る場面。字幕は「あの時代の終わりだった」とか何とかなっていたが、ジミー・メリットは「End of the begining」と言っていた。そうかもしれない。リー・モーガンは、何かの始まりのサインだったのかもしれない。モダンジャズの何かの。ポピュラーミュージックの何かの。

最近は映画を観る度に字幕に文句を言っている気がするが。
posted by naoki at 00:22| Comment(0) | 映画と映像資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

快楽のピアニスト

*僕が引っ越しをする時にはいつも金木犀が香っている気がします。

5年前に初めてパリに行った時、アメデオ・モディリアーニやエディット・ピアフやジム・モリソンが眠っているペール・ラシェーズ墓地に行って、ショパンの墓もあるというのでショパンにもお参りして、さあ帰ろうかと歩き始めて数歩で足が止まった。ショパンの3つ隣の墓銘に目が止まったからだった。

Michel Petrucciani  1962〜1999

それは僕にはまったくの不意打ちで、パリの秋の青空を仰ぎ、立ち尽くすしかなかった。とてもゴージャスかつシンプルな大理石の墓石。そんな形で彼に再会するとは思ってもいなかった。

ミシェル・ペトルチアーニの生涯を描いたドキュメンタリー映画が上映されているというので今夜観に行ってきた。邦題は「情熱のピアニズム」。「1984」を撮ったマイケル・ラドフォードが監督をしている。

映画そのものは、特別な工夫があるわけではなく、彼の人生を淡々と綴ったもので、それほど良くできているとは思わない。新しい発見も多くはない。しかしペトルチアーニの人生があまりにも圧倒的なので、そういう作り方が功を奏しているとも言える。余計な装飾がないことは称賛すべきことなのかもしれない。

そう、圧倒的。僕はペトルチアーニの演奏を生で聴いたことは一度しかない。そしてその時の感想がまさしくそれだった。ペトルチアーニの演奏は、何と評して良いのか、当時の僕にはわからなかった。ただただその迫力に圧倒されただけだった。

ミシェル・ペトルチアーニのことを語るのはとても難しい。どうしても話が彼の障害に関することにいってしまうからだ。そしてそれは、多くの場合、彼が最も嫌ったに違いないレッテル貼りとかカテゴリー分けとかに繋がってしまうからだ。

ただ、ペトルチアーニのピアノのからっとした明るさのことは書いておきたい。彼のピアノには彼の内面の葛藤が入り込んでいない。聴き手が当然想像するであろう、あの障害から彼が受けたに違いない苦痛や苦悩の痕跡が見当たらない。彼の音楽は純粋に音楽的な音楽で、そのスリルは純粋に音楽的なスリルで、そのエモーションは純粋に音楽的なエモーションだ。それが彼のピアノの特徴と言えば特徴だと思う。

そしてその鍵は映画の終盤でだんだん明らかになってくる。ペトルチアーニ本人が「僕が苦しんでいると言えれば良いんだけど、言えないんだよね。全然苦しんでいないんだから」という意味のことを言うシーンがある。これがこの映画のいちばんのハイライトだ。

その発言には多分に誇張もあるに違いない。でも僕はそれこそ彼が言いたかったことなのだと受け取りたい。

ペトルチアーニは、女性を抱いたりドラッグを吸ったりするのと同じようにピアノを弾いたのだ。ペトルチアーニにとってピアノは最高の快楽の一つだったのだ。彼はそれが気持ちが良いからピアノを弾いたのである。

これも映画の終盤で、彼を良く知る登場人物の証言の中で、印象に残った言葉が、「オプティミスティック」と「ヴァイタリティ」だった。それもまた上記のことと符合している。能天気にして元気。周囲の心配や困惑をものともせずに。それで彼はあれだけ女性にももてたのだ。

だからこの映画のテーマを言葉にするとすれば、「彼は、生きた」ということになると思う。それが彼のピアノの正しい聴き方--などというものがあるとしての話だが--ではないかと思う。

ミシェル・ペトルチアーニ。「1980〜90年代のジャズ・シーンで唯一何かを成し遂げた男」(ジョン・アバークロンビー)。うん、そう思う。あの実りの少なかった時代にジャズを聴いていた者の一人として、彼と同時代に生きたことは最大かつ最高の幸福だ。

*冒頭に書いたように、映画の最後の日本語の字幕は間違っています。画面の説明は「à côté de」だったと思うけれど、その仏語は必ずしも「隣」のことではないからね。パリに墓参りに行こうと思っている人がいたら要注意です。

posted by naoki at 23:48| Comment(0) | 映画と映像資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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