2006年03月01日

ジョビン・トリビュート「Sem Voce」のライヴのお知らせ

スティーヴ・サックスさんがリーダーを務める、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品を演奏するプロジェクト「Sem Voce」のライヴが、3月31日(金)に中目黒の楽屋であります。これはおすすめのライヴですよ。

メンバー:スティーヴ・サックス(サックス/フルート)、山本のりこ (ギター/ヴォーカル)、柏木広樹(チェロ)、二村希一(ピアノ)

楽屋 電話 (03) 3714-2607

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2006年02月22日

コパカバーナで……

「ラティーナ」のサイトに、18日夜にコパカバーナのビーチで行なわれたローリング・ストーンズの無料コンサートに130万人が集まったという記事が出ています。25日からカーニヴァルなのですが……。

うーむ…。

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2006年02月14日

ふたたびニュウトン・メンドンサのこと

2月14日。聖ヴァレンタインの日。ニュウトン・メンドンサの誕生日です。

ニュウトン・メンドンサはその三十三年の生涯に全部で四十曲を作曲しました。そのうち二十三曲は一人で作った曲ですが、その中で生前に録音された曲はたったの五曲に過ぎません。彼の不遇振りを伝える数字だと思います。

一方、トム・ジョビンとの共作は十七曲あって、そのうち十三曲は録音されています。有名なところを挙げると、「ある夜」「十字路」「ヂサフィナード」「メヂタサォン(メディテイション)」「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ(ワン・ノート・サンバ)」あたりがベストファイヴになるでしょうか?

幼馴染のこの二人は光と影のような関係にあって、トムがいなければニュウトンはニュウトンになり得なかっただろうし、ニュウトンがいなければトムはトムになっていなかったと思います。エピソードはそれはもうたっぷりとありますから、興味のある方は僕の「愛と微笑みと花」をお読みください。

以前にも書いたように、「ボサノヴァ50周年」に向けてニュウトン・メンドンサの再評価の声が高まってくると良いなあと思っているのですが、今のところはそんな気配は微塵もないですね。

でも、ボサノヴァの草創に深く関わった一人です。そして、ボサノヴァ前後のブラジル音楽は、彼のような無数の不遇のアーティストによって支えられているように思います。
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2006年02月09日

ナシメント・シルヴァ107(下)

*昨日の続きです。

この時代にジョビンは友人ニュウトン・メンドンサと「ヂサフィナード」と「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ」を含むいくつかの曲を書いた。ビリー・ブランコと「リオデジャネイロ交響曲」を、ヴィニシウス・ヂ・モライスと「オルフェウ・ダ・コンセイサォン」を作曲した。

ナシメント・シルヴァ通りからは「ガロータ・ヂ・イパネマ」もその世界的成功に向けて離陸した。ヴィニシウス・ヂ・モライスと共作して女性歌手エリゼッチ・カルドーゾが歌ったLP「カンサォン・ド・アモール・ヂマイス」も生まれた。ジョビンはジョアン・ジルベルトと彼の歌手としての最初のレコード「シェガ・ヂ・サウダーヂ」のトラックををリハーサルした。1959年にはソプラノ歌手レニータ・ブルーノがジョビンとヴィニシウスによる室内歌曲のLP「ポル・トーダ・ア・ミーニャ・ヴィーダ」を録音した。

トム・ジョビンは週末や休暇は家族が所有する小さな地所ポッソ・フンドで過ごすことが良くあった。ナシメント・シルヴァ通りのアパートの窓から眺めるのが好きだった風景にインスパイアされて「コルコヴァード」を書いた。ある休日のあと、自宅に戻ると、通りの反対側の新しい建物がすでに風景を覆ってしまっていた。

*そしてトム・ジョビンはナシメント・シルヴァからすぐ近くのバラォン・ダ・トーヘに移ったのでした。今度ナシメント・シルヴァ107に行くことがあったら、ヘデントールを隠してしまった「向かいの建物」にも注目しましょう!
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2006年02月08日

ナシメント・シルヴァ107(上)

Eメールで、「フア・ナシメント・シルヴァ107」についてのご質問をいただきました。僕の「三月の水」という本にも書いているのでそちらもご覧いただきたいのですが(必ずしも買わなくても良いです。図書館ででも借りてご覧ください)、たまたま「クルービ・ド・トム」にもこの住所についての記述があったので、この機会に丸ごと訳しておきます。今夜はちょっとさぼってポルトガル語からではなくて英語ヴァージョンからの訳です。

一九五三年にトム・ジョビンと彼の最初の妻のテレーザ・エルマニーはイパネマ界隈のビーチとホドリーゴ・ヂ・フレイタス湖の間のこの建物の201号室を借りた。彼らはそこで一九六二年まで暮らし、数ブロック離れたバラォン・ダ・トーヘ通りの一軒家に移った。

そのアパートメントには二つのリヴィングルームと二つのベッドルームがあった。前面の窓からはコルコヴァードの陸の頂上のキリスト像がまっすぐに見えた。

*続きます。
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2006年02月06日

シコの新アルバム間もなく

シコ・ブアルキの1998年以来のアルバムはビスコイト・フィーノのスタジオでの録音を終えて、CDとDVDのデュアル・ディスクとして発売されるようです。DVDの面にはレコーディング風景なども収録されるようです。

先のDVDシリーズで明らかになったように、シコのファンはAクラスとBクラスに位置するので、より高額な商品の購買力もあるのだということです。うーむ……。

http://www.biscoitofino.com.br/bf/not_bfnamedia_cada.php?id=498
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2006年02月05日

上田力さんのライヴのお知らせ

上田力さんとナンダ・ノヴァの「Jobim My Love act 36」が、2月19日(日)に都内・新大久保のspace Doで行なわれます(開場 2:30 p.m. / 開演 3:00 p.m.)。チケットと問い合わせはTEL/FAX03-3408-7588の「Space Nova」辻さんまで。なお僕は所用によりかなり遅刻して駆け付ける予定です。

それから上田さんのアレンジ講座「間違いだらけのアレンジに喝ッ!」が、2月21日・3月7日・28日にヤマハ横浜店で行なわれるとのこと。こちらも問い合わせは上記「Space Nova」までどうぞ。

以上、お知らせでした。

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2006年01月19日

ハンス・ヨアヒム・コールロイター

 トム・ジョビンの最初の音楽教師だったハンス・ヨアヒム・コールロイターが、セヴェリノ・アラウジョの教師でもあったことを先日書きましたが、ウィキペディアの記事にさらに驚きの事実がありました。

 1915年9月2日生まれのコールロイター、なんと、亡くなったのは2005年9月13日だったとのこと。すなわち昨年の9月、今からたったの四ヶ月前です……。

 しまったなあ。何とかして会いに行っていれば良かった。

 1937年にドイツからブラジルに移住したコールロイターは、1939年から「ムージカ・ヴィヴァ」という運動を始めてその中心人物となります。そしてその生涯にたくさんの生徒を持って音楽を教えます。その中には、トム・ジョビン以外にも、ポピュラー音楽またはクラシック音楽の分野で大成した次のような面々がいました。

 ヂャルマ・コヘーア、カエターノ・ヴェローゾ、トン・ゼー、ジルベルト・メンデス、マーロス・ノブリ、ティム・ヘスカーラ、クララ・スヴェルナー、ジルベルト・ティネッチ、マルセーロ・ブラッケ、ネルソン・アイレス、パウロ・モウラ、ホベルト・シオン、ジョゼ・ミゲル・ヴィスニック、ヂオゴ・パシェコ、アイザック・カラシェフスキー、ジュリオ・メダリアという面々です(僕には半分くらいわからないのですが)。

 音楽を教えることについて、コールロイターは次のような言葉を残しています。

「私は教えるとはどういうことかを生徒から学んだ。教訓は三つある。(1)絶対的な価値などない、相対的な価値があるだけだ。(2)芸術には誤ったことなどない、重要なのは新しいものを創り出すことだ。(3)教師の言うことはまったく信用できない、君が読んだことも、君が考えたこともだ、常に問い掛けることが必要なんだ」

http://www.stickel.com.br/atc/site/materia.php?materia_id=1634
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2006年01月17日

愛と哀しみの翻訳講座(後)

 前出のサイトの記事の中に、tataravôという単語のことが出てきました。「パラトドス」の歌詞の始めのところでシコは自分の父や祖父や曽祖父の出身地を歌っているのですが、その最後に出てくるのがtataravôです。僕はこれを無造作に高祖父と訳してしまったのですが、シコ自身がこの単語を誤って使っているのではないかという話です。

 祖父はavôですし、曽祖父はbisavôです。そして高祖父は?と訊かれると、多くのブラジル人はtataravôと答えるそうです。でも実際は、高祖父を表わす語として辞書に載っているのはtrisavôだということです。

 さらにいくつかの辞書では、tataravôはtrisavôの父親であるtetravôの相似形として説明されているということです。

 さらに加えて、その他の辞書では人々の最近の使い方を認めるようになってきている、すなわち、tataravôを高祖父を表わす語として受け入れるようになってきているということです。

 僕も最初は「シコほどの人でも言葉の本来の意味を取り違えて歌詞を作ったのかなあ」と思ったのですが、音節を数えて、納得がいきました。音節数は、tataravôは4で、
trisavôは3です。すなわち、シコはおそらくヘドンヂーリャを手に入れるためにこのtataravôという語を故意に誤用したのではないかと思われます。

*今日までのアクセスが140,009と、14万を超えました。いつもご覧いただいてありがとうございます。
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2006年01月16日

愛と哀しみの翻訳講座(前)

*別に講座でも何でもないのでそのつもりでお読みください……。

 シコ・ブアルキの「パラトドス」を訳した時に書こうと思っていたことを忘れていました。

 この歌詞には辞書を引いてもなかなか載っていない単語がいくつか出てくるのですが、avoandoもその一つです。avoarという動詞の現在分詞だということはわかるのですが、avoarという言葉は僕のどの辞書にも出ていない……。

 僕はこういう時には知り合いのブラジル人に質問するか、ネットで検索することにしています(調べたい内容によります)。この時はネットで調べて、そうしたら以下の記事を見つけたのでした。
http://www.tvcultura.com.br/aloescola/linguaportuguesa/significacaodaspalavras
/variacaodovocabulario-voar-avoar.htm

 要するに、avoarはvoar(飛ぶ)の変化形だということです。そしてポルトガル語には、このように変化形や相似形を持っている言葉がたくさんあるということです。

 ポルトガル語の歌詞や文章を読み込もうとしていつも止まってしまうのは、このようなちょっとしたことです。すなわち、「誰かに説明してもらえば良くわかるのだけれど、こちらから質問しないかぎりは誰も説明してくれないこと」です。

 でもそれを言えば、日本語がいちばん厄介なのだろうなあと容易に想像できます。avoarとvoarに関して言えば、「すてる」=「ふてる」とか、「ゆでる」=「うでる」という感じなのでしょうね、きっと。
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2006年01月13日

トム・ジョビンのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(4)

 ほかにも、この本で紹介されているアーティストで、触れておきたいアーティストはたくさんいます。ガロート、ジャネッチ・ヂ・アルメイダ、カルロス・ジョゼ、ミルチーニョ、セルジオ・アウグスト、マリオ・ヘイス、などなど。でもきりがないので、トム・ジョビンのことにちょっとだけ触れてこの本の話は終わりにします。

 坂尾さんはトム・ジョビンとずいぶん親しかったのですね。べろべろに酔ったトムが坂尾さんの肩に腕を回して何やら喋っている写真は、大変に微笑ましいです。

 トムについての文章の中でいちばん深く肯いたのは、「シェガ・ヂ・サウダーヂ」発売前にバーでピアノを弾いていたトムを聴いた時の坂尾さんの印象です。

「この人はジャズマンではないな、という感じを受けた」

 僕はもちろんその時代にトムがどういうピアノを弾いていたのかは知る由もありませんが、その話はとても良くわかります。トム・ジョビンのピアノは後年になっても多くのジャズ・ピアニストのピアノとはまるっきり違っていました。それは、僕の本にも書いたことですが、たくさんのジャズ・ピアニストと同じ夜にカーネギーホールのステージに立った、ヴァーヴ50周年のVHSとCDで一聴瞭然です。他のピアニストが叩きまくった鍵盤の前にトムが座ると、何ともまろやかで含みのある音が生み出されてきます。

 そして坂尾さんは、ジャズマンではない人のボサノヴァの名曲を「ジャズ化作品」とは言えないはずだ、と書いています。僕も深く同感します。

*「ボサ・ノーヴァ詩大全」の話はひとまずここまでにします。興味のある方はぜひともお読みください。
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2006年01月12日

イザウラ・ガルシアのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(3)

 イザウラ・ガルシア(イザウリーニャ・ガルシア)のこともこのブログで先月書いたばかりでした。

 僕はイザウラ・ガルシアのアルバムは『ア・ペルソナリッシマ』という彼女のニックネームをタイトルにしたベスト盤しか持っていないのですが、確かに「ア・ペルソナリッシマ」(非常に個性的)です。歌い方だけではなくて発音にも特徴があるように思っていたのですが、この坂尾さんの解説で初めてわかりました。彼女はイタリア系で、これはイタリア訛りなのですね。

 そして坂尾さんの文章によると、トム・ジョビンとニュウトン・メンドンサがイザウリーニャに「メヂタサォン(メディテイション)」を提供したのは、「ラジオの女王」と呼ばれたイザウリーニャの当時の名声にあやかりたかったからということのようです。

 でもトムもニュウトンもそのイザウリーニャの歌い方が気に入らなくて、結果としてジョアン・ジルベルトのあの録音が生まれたというのは、これまた運命のいたずらで面白いです。歴史の端境期らしいエピソードだと思います。
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2006年01月11日

ヂャルマ・フェヘイラのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(2)

 坂尾英矩さんの「ボサ・ノーヴァ詩大全」では、このブログで以前に紹介したヂャルマ・フェヘイラ(坂尾さんの表記ではヂジャルマ・フェレイラです)の二曲が紹介されていて、このほとんど話題に上らない作曲家の略歴が明らかにされています。五〇年代末から六〇年代に掛けてルイス・アントニオとコンビを組んで、テレコ・テコ・サンバのヒット曲を次々と生み出していたとのこと。ちなみに僕が以前に書いたものは2005年4月23日の記事をお読みください。

 坂尾さんが取り上げている「サウダーヂの香りCheiro de Saudade」という曲、マイーザの『ヴォルテイ』での録音とヴァルテル・ヴァンデルレイ(ワルター・ワンダレイ)の『レイン・フォレスト』での録音を聴いてみたのですが(後者は「Taste of Sadness」というタイトルになっています)、これまたチャーミングなメロディの佳曲です。「リカード・ボサノヴァ」も「フォイ・ア・サウダーヂ」もそうですが、本当に才能豊かなメロディ・メーカーだったのだなあと思います。

 ただ、坂尾さんはヂャルマ・フェヘイラが亡くなったとは書いていないですね。僕はその記事を確かに読んだ記憶があるのですが、今ちょっと探してもどこにあったかわからなくなってしまいました(今年は記事中に出典をちゃんと記さなくてはいけないと思っています)。

 ヂャルマ・フェヘイラ。再評価されて欲しいコンポーザーの一人です。
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2006年01月10日

アニタ・オデイのこと〜「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んで(1)

 坂尾英矩さんの「ボサ・ノーヴァ詩大全」を読んだ感想を、ちょっとずつ書いておきます。

 大島守さんが「ボサノヴァはアニタ・オデイの影響を受けている」と指摘したという話はすごく面白いです。ジョニー・アルフがアニタ・オデイの大ファンだったことを言い当てたという話。それでさっきからアニタ・オデイを聴いています。僕もアニタ・オデイは大好きで、LPを数えたら13枚ありました。「イパネマの娘」を歌っているのも出てきました。

 たった今、スタン・ケントン楽団で歌っている40年代の録音を聴いています。もちろん50年代のヴァーヴの録音も良いのですけれど、この若い頃は本当にすばらしいです。非常にクールで、独特のリズム感があります。月並みですが、「粋」なのです。

 でも、これをボサノヴァに結び付けて考えるという芸当は、やはり常人にはできません。大島守さんの慧眼には、何枚帽子を脱いでも足りません。

 ただ、これが「ボッサ」なんだと言われたら、何となく、ああそうなのかと思うところもあります。この絶妙のフィーリング。ほんのちょっとした、ほかの歌手とは違う感じ。

 しばらくアニタ・オデイを聴き込んでみようかなと思ったりしています。

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2006年01月09日

『ボサ・ノーヴァ詩大全』を読んで

 『ボサ・ノーヴァ詩大全』を一読しました。大変勉強になりました。

 このまま放っておくと歴史の闇に葬り去られてしまうであろう数々のエピソードがこのような形で日の目を見たことを、一人のボサノヴァ・ファンとして喜びたいです。掲載されているアーティストたちがまたとても興味深い面々で、この欄でも言及してきた歌手たち、演奏家たち、作曲家たち、作詞家たちが多数取り上げられています。

 随所に出てくるのが、トロピカリアについての言及です。例えば、

「(トロピカリアは)反体制運動としては意義があったかもしれないが、それは歌詞上の問題であってエレキとエイトビートでデビューしてきたトロピカリアは音楽的にクリエーティヴなインパクトを何も残していない」

「『ブラジル音楽を駄目にした犯人はトロピカリアだ』」(アイルト・モレイラの言葉)

といった具合に、かなり主張の明確な内容になっています。

 ボサノヴァの中級ファンはぜひご一読を。少なくとも一箇所は「そうだったのか?」と膝を打つページがあると思います。この欄でも感想をちょっとずつ書いていこうと思います。
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2006年01月08日

『ボサ・ノーヴァ詩大全』


 この欄でも時々予告していた、坂尾英矩さんの『ボサ・ノーヴァ詩大全』(中央アート出版社)が完成しました。

 まだパラパラとページを捲っただけですが、何よりも選曲の渋いこと渋いこと。半分くらいは「どんな曲だったっけ?」と思ってしまうような曲が並んでいます。詩を集めたと言うよりは、エピソードに重点が置かれているような構成で、これは読み応えがありそうです。編集は長谷川久さんです。

 今から読むのが楽しみです。連休明けには大手書店に並び始めるのではないかとお聞きしています。
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2006年01月01日

Feliz Ano Novo!

明けましておめでとうございます。

10年くらい前から、元日には何かしら一つでも良いので新しい仕事に取り掛かるようにしています。そのほとんどは実になっていないのですが、結果が出るのは2年後くらいですので、まあ、のんびりとやれば良いと思っています。今日もほんの数行だけ書き始めました。どんなことになるやら。とにかく、何かを始めるのに元日というのは非常にわかりやすくて良い日です。

今日は実家で甥っ子姪っ子と遊んで、今帰ってきて、日本酒を飲みながらジョアン・ジルベルトのモントルー・ライヴのD面の「イスト・アキ・オ・キ・エ?」(なぜか「サンダリア・ヂ・プラータ」と表記されている)を聴いています。

ああ、いい仕事したいなあ、という気持ちがふつふつと込み上げてきます。

今年もどうぞ宜しくお願いします。
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2005年12月31日

「リオ、ミレニアム」

さて、大晦日です。

大晦日と言えば、先日スカイパーフェクトTVのシネフィルイマジカで「リオ、ミレニアム」という映画を放送していました。1999年の大晦日のリオを舞台にしたブラジル映画です。監督はヴァルテル・サレス。何となく観ていたのですが、いきなりネルソン・サルジェントが出てきて驚きました。しかも「サンバは死なず」をちょっとだけ歌って倒れるという役です。機会があればご覧下さい。映画そのものもなかなか良いです。

この一年間ご覧いただいて本当にありがとうございました。皆さんの温かいまなざしに支えられて何とか続けています。来年もぼちぼちとやりますので、どうぞ宜しくお願いします。

それでは皆さん、どうぞ良いお年を!
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2005年12月15日

ラティーナ・バックナンバー

eメールで質問もいただいたので、引き続き、僕が普段重宝している過去10年くらいの「ラティーナ」のバックナンバーを紹介します。

1993年10月号〜94年2月号
エレンコ・レーベルの軌跡[全五回]
 MEシリーズの主要な全アルバムを解説しています。大変詳しくて、非常に参考になります。

1994年3月号
シコ・ブアルキ・ディスコグラフィ

1997年6月号
カエターノ・ヴェローゾ・ディスコグラフィ

1998年8月号〜10月号
ヴィニシウス・ヂ・モライス物語[全三回]
 これも非常に詳しくて参考になります。

といったところでしょうか? ほかにも思い出したらまた紹介します。
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2005年12月14日

イザウリーニャ・ガルシアの死亡記事

また「古い「ラティーナ」のページを捲っていたら……」という話。1993年12月号にイザウリーニャ・ガルシアの死亡記事があるのを見つけました。亡くなったのは知っていたけれど、こうやって紹介されていたとは知りませんでした。古い「ラティーナ」にはこのように、何年も経ってから「お」と思う記事が少なくありません。

それで知ったのですが、ジョアン・ジルベルトのレパートリーとしてお馴染みの「De conversa em conversa 」(ルーシオ・アルヴィスとアロルド・バルボーザ作)は彼女の持ち歌だったのですね。

でもこの記事には書いていないのですが、ボサノヴァ・ファンにとって彼女の名前は「Meditação 」(ニュウトン・メンドンサとトム・ジョビン作)を初めて歌った歌手として光り輝いています。さらに、彼女が歌詞の中に「アイ、アイ、アイ」などというアドリブを入れてしまったために、トムがその録音を全然気に入らないで、ジョアンの二枚目のアルバムで「救済」しようとしたという事実によって記憶されています。

しかしこの記事によると、旦那のヴァルテル・ヴァンデルレイとは「嵐のような結婚生活」だったとのこと。一体どんな?
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