2009年08月26日

ブラジル風バッハ全曲演奏会リポート(4)

2曲目は第9番(無伴奏合唱のための)。合唱:新国立劇場合唱団。指揮:ホベルト・ミンチュック。前述のように僕はこの曲は弦楽合奏曲としてしか聴いたことがなく、合唱版を聴くのは初めてでした。

プログラムではこの曲は「プレリュードとフーガから成っているが、2つの部分が楽章として分けられはせず、全曲一続きに流れてゆく」と解説されています。僕もずっとそう思っていたのですが、今回購入したホベルト・ミンチュックの全曲演奏のCDには、第1楽章がプレリュード、第2楽章がフーガと記載されています。ホベルト・ミンチュックはこの曲を2つの楽章で成り立っている曲として解釈しているようです。CDでもこの日の演奏でも、2つの楽章の間には切れ目はほとんどありませんでしたが。

舞台下手から男性12人、女性12人の合唱団が登場。そしてホベルト・ミンチュックが登場します。ハーモニカで簡単に合わせて合唱が静かに始まります。

最初に驚いたのは、歌い出しのところの印象が、トム・ジョビンの『ブラジリア……暁のシンフォニー』の第5楽章「合唱」の最初の部分の印象に瓜二つだということ。トムはこの曲の合唱版に霊感を受けてあの曲を書いたのではないかと思います。

それはともかくとして、この第9番、合唱曲になるとやはり雰囲気が全然違います。まるで別の曲のようです。プレリュードの部分はすぐに終わって、フーガの部分が始まります。ヴィラ=ロボス特有のあの執拗な反復が繰り返されていきます。リズムもユニークです。

新国立劇場合唱団の合唱は、ドラマティックで、躍動感があって、素晴らしかったです。合唱団の実力もあると思いますし、それを引き出したホベルト・ミンチュックの功績も大きいと思います。

ところで、ヴィラ=ロボスはこの曲を無伴奏合唱曲として書いたあとに、合唱曲としては演奏するのが難しいから、弦楽合奏曲として演奏してもよろしいと許可したということになっていますが、本当でしょうか? 今回の演奏を聴いて、僕はちょっと疑問を感じました。もちろん難しい曲なのだと思いますが、だからと言ってそういう変更を簡単に認めるものでしょうか? この曲が弦楽合奏曲として演奏されるようになったのは、何かほかの理由があったからではないのだろうかと感じました。

*続きます。
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2009年08月25日

ブラジル風バッハ全曲演奏会リポート(3)

オープニングは第6番(フルートとファゴットのための)。フルート:斎藤和志。ファゴット:黒木綾子。指揮はありません。これも好きな曲でした。

第1楽章はアリア(ショーロ)。出足はちょっと硬いかなと思いましたが、すぐに滑らかになりました。フルートとファゴットの絡み合い。シンプルでストレートな、メロディの美しさが際立つ演奏でした。

第2楽章はファンタジア。第1楽章を発展させた、より不協和的なハーモニーです。ちなみにスタートしてすぐのところで、トム・ジョビンが「ハダメス・イ・ペレ」で引用している上昇的音階をフルートが奏でるところがあります。フルートのリードが見事。良質のコンサートになることを予感させてくれた好演でした。

ここで司会の加藤昌則さんとブラジル大使館の男性が登場して、ヴィラ=ロボスの文章を朗読します。ブラジル大使館の男性がポルトガル語で読んで、加藤さんが日本語で訳します。あまりメモが取れなかったのですが、以下のような感じでした。

「私の音楽作品は……広大で豊穣な灼熱の土地の果実だ」

「そう、私は典型的なブラジル人だ」

「私は……この広大なブラジルの川や海や……この森林と大空に……熱帯の活力……直観的に書き写しながら、すべての作品を書く」

この文章、どこかで読んだことがある気がするので、探してみます。

そして加藤さんが、この日のコンサートが4時間30分の予定であること、演奏の順番は楽曲の順番ではなく、小さな編成がだんだん大きな編成になるようにしていることなどを説明します。また、これから演奏する第9番について、普段は弦楽合奏で演奏されることが多いが、今回の企画はオリジナルの編成で楽しんでいただく趣旨なので、オリジナルの無伴奏合唱で演奏するということを解説します。

*続きます。
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2009年08月24日

ブラジル風バッハ全曲演奏会リポート(2)

僕はクラシック音楽の世界に精通しているわけではないし、ヴィラ=ロボスに詳しいわけでも決してないのですが、「ブラジル風バッハBachianas Brasileiras」は大好きで、以前から良く聴いていました。自宅を捜索してみたら下記の盤が出てきました。

全曲演奏

ヴィラ=ロボス指揮/フランス・ラジオ放送・国立コーラス+オーケストラ(1954〜59年)

エンリケ・バティス指揮/ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ(1985〜86年)

一部の演奏

マイケル・ティルソン・トーマス指揮/ニュー・ワールド・シンフォニー(1996年)(4番・5番・7番・9番)

ポール・カポロンゴ指揮/パリ管弦楽団(1973年)(2番・5番・6番・9番)

アマニュエル・クリヴィヌ指揮/リヨン国立管弦楽団(1994年)(2番・5番)

実はホベルト・ミンチュックが全曲を録音していることは直前まで知らなくて、「買わなくちゃ」と思っていたのですが、公演までに間に合いませんでした。そうしたらちょうど昨日会場で売っていたので、相方にねだって買ってもらいました(これはそのあと思わぬ形で功を奏しました)。

それで、ホベルト・ミンチュック指揮、サンパウロ・シンフォニー・オーケストラの演奏を昨夜からずっと聴いているのですが、感動が甦るとはこのことです。素晴らしい演奏です。僕が今まで主に聴いていたのは、ヴィラ=ロボス本人と、エンリケ・バティスと、マイケル・ティルソン・トーマスの録音だったのですが、「ブラジル風バッハ」に決定的名盤が登場したと自信を持って言えます。この深み。この温かさ。この厚み。この輝き。そしてこのブラジリダーヂ。素晴らしいです。泣けてきます。おかげで今日は全然仕事になりませんでした。

さて、ホベルト・ミンチュックの録音を聴いていなかった僕にとって、「ブラジル風バッハ」の9番は絶対に弦楽合奏曲で、4番もオーケストラ曲以外にあり得ませんでした。ですから、今回の全曲演奏会でオリジナルの編成を採用して、9番は無伴奏合唱曲として、4番はピアノ独奏曲として演奏されると知った時には、ちょっとがっかりしたことを告白しておきます。

それから、全曲の中で僕が特に好きだったのは、4番・1番・5番あたりで、いちばん「面白くない」と思っていたのが、ピアノ協奏曲的な3番だったことも書き添えておきます。

*続きます。
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2009年08月23日

ブラジル風バッハ全曲演奏会リポート(1)

エイトール・ヴィラ=ロボス没後50年記念の「ブラジル風バッハ全曲演奏会」を聴きに東京オペラシティに行ってきました。

僕はこういう表現はあまりしないようにしているのですが、この日ばかりは、感動しました。心を打たれました。素晴らしかったです。

その題名の通り、「ブラジル風バッハBachianas Brasileiras」の全9曲を一気に通して演奏するという前代未聞のコンサート。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。合唱は新国立劇場合唱団。そして指揮はホベルト・ミンチュック。

実は、当初は、聴きに行こうかどうしようか迷っていたのですが、ホベルト・ミンチュックが指揮すると聞いて、これは行かなくてはと決めました。彼の卓越した表現力は『ジョビン・シンフォニコ』での演奏で視覚的にも確認しています。ブラジル交響楽団の現役の芸術監督。この数年は世界各国のコンサートで称賛を浴びていて、大マエストロ街道をまっしぐらです。ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」を振るのに彼以上の適任者は考えられません。

ただ、オーケストラの性格や実力がわからなかったので、正直、どうなることかと思っていました。

ヴィラ=ロボスを演奏する時にいちばん大事なのは、とりわけ、「ブラジル風バッハ」を演奏する時にいちばん大事なのは、あの独特のブラジリダーヂであり、唯一無二のサウダーヂです。あのたっぷりの思い入れは普通の「ヨーロッパのクラシック音楽の現代音楽」とは一線を画しています。そういう部分がどれだけ表現できるかは、未知数だと思っていました。

そういう杞憂が裏切られて、本当に感銘を受けました。こういうことがあるのだなあと、今もまだ余韻に浸っています。ホベルト・ミンチュックは素晴らしい。初来日の歴史的な場面に立ち会えたことを幸運に思います。その演目がまたヴィラ=ロボスで本当に良かった。

ジョビンが聴こえた! ブラジルが見えた! ヴィラ=ロボスが伝わった! まさにそういう夜でした。

この日の演奏の内容と、僕が受けた感想を、何回かに分けて書いていこうと思います。

*続きます。
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2009年08月21日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(18)

ずいぶん引っ張ってきましたが、とりあえずこの話題は一度幕を引きます。

シコ・ブアルキのファンにとっては、単純にシコの音楽――しかも脂の乗り切った1970年代後半の珠玉の22曲――に2時間30分も浸っていられることの幸福と言ったらありません。それももともとシコが構想したオリジナルの舞台の展開の中で聴けるのですから、大変貴重な機会です。純粋に楽しいし、また、シコの創作の秘密に迫るために、これほどヒントに満ちている作品もないのではないかと思います。東京に続いて名古屋も大阪も終わってしまったようですが、仙台公演はまだこれからのようです。シコ・ブアルキを愛するファンであれば元は取れると思います。

それにしても、客席の9割以上はシコの名前さえ知らずにチケットを購入したオーディエンスだったに違いありませんが、反対に言えばそういう客層にシコの存在をアピールできる絶好のチャンスだったはずです。ほんの1ヶ月ほどの間に1万人以上(たぶん)の日本人がシコの音楽を聴くのですから、こういう機会はおそらく二度とないだろうと思います。なのに、プログラムには簡単なプロフィールが載っているだけで、シコの顔写真さえ載っていません。誰かの手の写真が載っているけれど、これはシコの手ではありません(笑)。もちろんディスコグラフィなどもない。こういうことでは、劇中に登場する楽曲に興味を持ったオーディエンスをシコの音楽に誘導できないと思います。

僕もあとになってこうやって布教活動に精を出しているわけですが、もうちょっと事前に働き掛ければ良かったと反省しています。本当なら前述の『オペラ・ド・マランドロ』のサウンドトラックを国内発売することだってありだったのではないかと、今になって悔やんでいます。シコ・ブアルキ来日実現プロジェクトチーム(というのをたった今立ち上げました)の発起人として、この好機を下地づくりに生かせなかったことを残念に思います。

シコ・ブアルキを一人でも多くの人に聴いて欲しい。「ボサノヴァ後」の最高最良のブラジル大衆音楽のアーティストなのですから。

最後になりましたが、今回の公演を実現してくれたアトリエ・ダンカンに心から感謝します。日本では知られていないこういう作品を上演するには、相当な困難や障壁が伴ったのではないかと推察します。権利の問題や翻訳の問題も一筋縄ではいかなかったはずです。僕は一人のシコのファンとして、20年以上レコードだけで聴いてきたシコの音楽作品に新しい命が吹き込まれたことが本当に嬉しかった。ありがとうございました。

「見逃した!」というシコのファンは、ぜひとも再演運動を。そう言えば東京公演の最終日のカーテンコールで、マルシアは「次はポルトガル語でやろうよ」と言っていましたよ。

*とりあえずこの話題は一度終わりにします。その後思い付いたことなどがあればまた付記します。
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2009年08月20日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(17)

「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」についてあれこれ述べてきましたが、この曲に関して言えば、今回の公演の日本語の歌詞はひどかったです。

全部はメモが取れなかったのですが、「嫌われ者は誰? はぐれ者はどこ? おかま、レズビアン」「梅毒でもいい。ヘルペスでもいい。おかまでなければ」「田舎者でいい。文なしでもいい。おかまでなければ」「前科者でいい。黒人でもいい。おかまでなければ」などという部分がありました。今時こういう差別的な表現も珍しいよなと思いながら聴いていました。何だか違うような気がするなあと思ってあとからオリジナルの歌詞を読み返して、この曲に興味が湧いてきたのでした。

この曲の日本語の歌詞が象徴するように、今回の演出の中では、ジェニが「おかま」であるという設定が必要以上に大袈裟に強調されていたと思います。彼女が「おかま」かどうかはそれほど重要ではないということは、この曲のオリジナルの歌詞を読んだだけで明らかです。この歌詞の中で彼女はただの女性として描かれています。「おかま」だとかそういう種類のことは一語も出てきません。

それにもちろん『三文オペラ』の中ではジェニーはただの娼婦で、「おかま」などという表現は一切出てきません。

ジェニが「おかま」であるという設定に意味を与えてしまうのは、まんまとシコの術中にはまってしまっているようで、制作側がそれでどうするのだという感じがありました。どうしても意味を与えるのだとすれば、もっと丁寧に作り込む方法もあったのではないかと思うのですが、そのあたりの取り扱いも「あとは役者に任せて」という乱暴さを感じました。

「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」のオリジナルの歌詞についてもう一言だけ述べておくと、最後のリフレインのところで「石pedra」が「糞bosta」(失礼)に代わって「ジェニに糞を投げろJoga bosta na Geni」となる部分があります。「糞bosta」というのは軍政下の検閲当局(センスーラ)ではまず認められなかった言葉です。

資料を読むと、シコはどうも「ボスタbosta」という語を「ボーラ・ヂ・セーボBola de sebo」という語に置き換えて検閲を通したようです。「ボーラ・ヂ・セーボBola de sebo」はフランス語では「ブール・ド・シュイフBoule de suif」。すなわち「脂肪のかたまり」です。

*続きます。
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2009年08月19日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(16)

ジェニについての雑感を述べます。

「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」はモーパッサンの「脂肪のかたまりBoule de suif」をベースにしています。その置換はとても明白で、ジェニはブール・ド・シュイフですし、ツェッペリン号はプロシア人の士官です。そして大衆は馬車に乗り合わせた乗客です。

これをそのまま『オペラ・ド・マランドロ』全体に当てはめると、ブール・ド・シュイフ(ジェニ)を蔑んで、彼女を利用して、最後に捨てる乗客たち(大衆)は、シュトリーデルであり、ヴィクトリアであり、タイガーであると思います。

さらに、ジェニがマックスを売るという行為は、ブール・ド・シュイフがプロシア人の士官と寝るという行為、すなわちジェニがツェッペリン号の艦長と寝るという行為に重ねられています。それは歌詞の中の「不正なこと」で、「拒否する」べきだった行為です。

「脂肪のかたまり」の枠組みを用いれば、マックスを売ったジェニの行為は「正当化される行為」だという見方もできます。ただしそれはジェニの「動機が純粋であれば」です。

今回の舞台ではジェニのその行為の動機はほとんど描かれていませんでした。おそらくシコのオリジナルの脚本でもほとんど語られていないはずです。そのあたりはシコは『三文オペラ』の精神に忠実だと思います。

もちろんジェニがマックスを売るという行為は『三文オペラ』のジェニーがメックを売るという行為を踏襲したものです。そして、「行為はただの行為である」「行為に動機を求めてはならない」という立場こそはブレヒトが意図した「叙事的演劇」の本質です。

要するに、「動機」を問題にする「脂肪のかたまり」の精神と、『三文オペラ』の精神とは激しく対立していることになります。

僕は最初、脚本全体の展開と直接関係のない物語を有するこの「ジェニとツェッペリン号」が歌われるのは、シコが本当は『オペラ・ド・マランドロ』の脚本の中に「ジェニとツェッペリン号」の物語を挿入したかったからではないかと考えていました。でもそうするとあまりにも物語が複雑になってしまうので、それを諦める代わりにこの曲だけ残したのではないかと思っていました。

しかし、考えてみると、「ジェニとツェッペリン号」は『三文オペラ』の「海賊ジェニー」の『オペラ・ド・マランドロ』版と言えます。「ジェニとツェッペリン号」のツェッペリン号は「海賊ジェニー」の海賊船と一致しています。「ジェニとツェッペリン号」におけるツェッペリン号の「二千の口」「二千の大砲」は、「海賊ジェニー」の「八枚の帆と五十門の大砲を備えた船」を連想させます。

そして、「ジェニとツェッペリン号」が「海賊ジェニー」の『オペラ・ド・マランドロ』版だと考えれば、この曲の唐突さは納得がいきます。その「感じ」は『三文オペラ』の展開の中で「海賊ジェニー」が浮き上がっている「感じ」と似ています。

ついでに言うと、その「海賊ジェニー」はブレヒトのオリジナルではピーチャムの娘のポリーが歌いますが、パブストの映画ではジェニーがメックを売る前に歌います。シコはパブストの映画を熱心に研究したと語っているので、それでジェニがマックスを売る前に「ジェニとツェッペリン号」を歌うことにしたのではないかと思います。

*続きます。
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2009年08月18日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(15)

ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim

大切なのは不正なことは拒否することだ
歓楽街と波止場で
彼女は恋人だった
彼女の身体は放浪者たちのもの
盲人たちの、移住者たちの
何も持たない者たちのもの
少女の時からこうして身を捧げる
ガレージで、食堂で
タンクの後ろで、茂みで
囚われた者の女王だ
狂人たちの、ハンセン病患者たちの
孤児院の子供たちの
またしばしば繰り返すだろう
生気のない老人たち
未来のない未亡人たち
彼女は善意のかたまりだ
それは都市が
常に繰り返して生きるからだ

ジェニに石を投げろ
ジェニに石を投げろ
彼女は殴られるためにできている
彼女は唾を吐くにふさわしい
彼女はどんなことでも与える
呪われたジェニ

ある日現われた、輝くばかりの
雲の間に、浮かび上がる
巨大なツェッペリン
建物の上を巡航した
二千の口を開けた
二千の大砲があった
驚いた都市は
麻痺して止まった
たちまち凍り付く
でも巨大なツェッペリンは
下降した、艦長は
「思想を変えろ」と言う
「この都市を見ると
 たくさんの怖ろしいことと不公平なこと
 私はすべてを爆発させた
 でも私は悲劇を回避できる
 もしこの美しい婦人が
 今夜私に奉仕するなら」

その婦人はジェニだった
でもジェニではあり得ない
彼女は殴られるためにできている
彼女は唾を吐くにふさわしい
彼女はどんなことでも与える
呪われたジェニ

でも実際、彼女はただちに
とても不幸でとても誠実で
外国人を魅惑した
とても立派な軍人
とても勇敢で権力のある
彼女のものだった、虜になった者
処女が生まれる
それが彼女の秘密だった
それに彼女は移り気だった
とても高貴な男と寝て
光沢と銅の匂いを嗅ぎ
醜い男との愛を選んだ
異端の説教を聞いて
祭典の都市は
その手にキスをした
膝を付く市長
赤い目の司教
巨万の銀行家

彼と行け、行けジェニ
彼と行け、行けジェニ
君は僕たちを救うことができる
君が僕たちを償うんだ
彼女はどんなことでも与える
祝福されたジェニ

要求はそれほど多かった
とても率直で、とても不愉快だった
彼女は吐き気を抑えた
身を刺すようなその夜
情夫に身を捧げた
死刑執行人に身を捧げる者のように
彼はとても汚いことまでした
一晩中無作法にしゃぶりついた
満足するまで
夜はなかなか明けなかった
彼は冷たい雲の中に出発した
彼の銀色のツェッペリンで

緩和された苦悩の中で
彼女は寝返りを打った
微笑もうとさえした
でもすぐに夜が明けた
そして歌の中の都市は
彼女を眠らせておかなかった

ジェニに石を投げろ
ジェニに糞を投げろ
彼女は殴られるためにできている
彼女は唾を吐くにふさわしい
彼女はどんなことでも与える
呪われたジェニ

*日本語として滑らかではありませんし、誤りもあるかもしれません。だいたいシコの歌詞を片手間に翻訳するのは無謀というものです。しかし大筋だけでも伝わればと思って訳しました。それから詩としての出来よりももとの意味を直訳することを心がけました。

*続きます。
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2009年08月17日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(14)

「脂肪のかたまり」のストーリーを。

普仏戦争に敗れてプロシア軍に占領されつつあった1870年のフランスのルアン(ルーアン)。ノルマンディーの商人の中にはフランス軍のいるル・アーヴルに逃げようとする人たちがいました。彼らは陸路でディアップまで出てそこから船に乗ることを考えます。馬車が仕立てられ、十人の乗客が乗り合わせます。

狡猾で陽気なワイン問屋のロワゾー夫妻、紡績工場のオーナーで県会議員でもあるカレ=ラマドン夫妻、由緒ある家名のユベール・ド・ブレヴィル伯爵夫妻、二人の修道女、共和主義者のコルニュデ、そして、よく太った美しい娼婦のブール・ド・シュイフ(脂肪のかたまり)です。

大雪のために馬車は思うように進めません。乗客たちは空腹に苛まれます。ブール・ド・シュイフは持参していた食事を乗客たちに分け与えます。一同は感謝して打ち解けます。ブール・ド・シュイフはプロシア人の兵士たちに対する嫌悪を語ります。馬車は途中の宿泊地のトートに到着します。

翌朝になって出発しようとすると、その宿屋を占領しているプロシア軍の士官の命令で出発できないことがわかります。夕食の席上で、ブール・ド・シュイフがプロシア人の士官と寝るのを断ったためだということがわかります。

足止めは翌日、さらに翌日と続いて、一同はブール・ド・シュイフに他人のために我が身を犠牲にする英雄たちの話をします。修道女たちまで、動機が純粋であれば行為は正当化されるという話をします。その翌日にはユベール・ド・ブレヴィル伯爵が直接ブール・ド・シュイフに「あなたは、私たちをここにいつまでも置いておくつもりなのかね」と語り掛けます。

そしてその夜ブール・ド・シュイフはプロシア人士官の要求に応じます。

一同の中でコルニュデだけは、その企みに加担せずに、その日の夕食で、「諸君のやったことは、卑劣千万なことですぞ!」と罵ります。ただ、コルニュデはその宿屋に着いた夜にブール・ド・シュイフに言い寄って拒絶されています。それからコルニュデはその宿屋に着く前の馬車の中で共和主義の演説をぶって、ナポレオンびいきのブール・ド・シュイフに反発されています。

翌日、馬車は出発します。乗客たちはまるでブール・ド・シュイフが目に入らないかのように振る舞います。彼らは馬車の中で用意してきた食事を広げます。ブール・ド・シュイフだけは急いで出発したので弁当を持っていません。乗客たちはブール・ド・シュイフに食事を分け与えることすらしません。彼女は静かに泣き始めます。

コルニュデは「ラ・マルセイエーズ」を口笛で吹き始め、さらには歌い始めます。この曲がまだフランス国歌になる前のことで、その過激な歌詞に乗客たちの顔が曇ります。ブール・ド・シュイフは泣き続けます。

*続きます。

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2009年08月16日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(13)

『オペラ・ド・マランドロ』のオリジナルの舞台の曲の中で、「ジェニとツェッペリン号Geni e o Zepelim」の存在がどうしても引っ掛かっていました。

ほかの曲は脚本の展開の中で必然的に歌われているように思えるのですが、この曲だけは、どことなく居心地が悪いように感じられます。歌詞が非常に物語的で、起承転結があって、これだけで完結しています。結果としてこの舞台の中では収まりが良くない1曲になっています。『オペラ・ド・マランドロ』とは別個に、独立した世界を形成しています。

舞台版の名曲の中ではこの曲だけがフイ・ゲーハの映画の中で使われなかったのも象徴的です。フイ・ゲーハが映画の中でこの曲を使わなかったのは、混乱を排除するためだったのではないかと思います。ちなみに映画版ではジェニの役割はまた少し異なっていて、タイガーに呆気なく射殺されてしまいます。ジェニがマックスを売るという設定もありません。

とにかくそのことが気になっていたので資料を引っ繰り返していたら、驚くような発見がありました。この曲は、ギ・ド・モーパッサンの「脂肪のかたまりBoule de suif」の「自由な脚色・改作(adaptação livre)」だという記述です。シコにとても近い筋の資料なので、憶測などではなく、シコ自身がどこかでそう語っているに違いありません。

そこで慌てて本屋に行って、「脂肪のかたまり」を買って来ました。そして20年ぶりにモーパッサンを読みました。読んで良かった。「脂肪のかたまり」は、「ジェニとツェッペリン号」はもちろんのこと、『オペラ・ド・マランドロ』全体にも影響を与えていると思います。

しかしまったくこれだからシコは厄介です。一筋縄ではいかない。そしてだからこそあの独特の宇宙が形作られているのだと思います。

*まだまだ続きそうな展開になってきました。
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2009年08月15日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(12)

この期に及んで思い出したことがあったのでDVDを掛けてみると、あったあったありました。

2005年に発売されたシコのDVDシリーズの中に、『BASTIDORES』という一本があります。劇場や演劇をテーマにした一本です。

この中に、『オペラ・ド・マランドロ』のオリジナルの舞台の映像が少しだけ収録されていました。

関連する曲は4曲入っています。いずれも1978年の映像です。

まずはシコが「Homenagem ao malandro」を歌う場面です。1978年というクレジットが流れます。シコは自分では『オペラ・ド・マランドロ』に出ていないので、おそらくプロモーション用に撮られたフィルムなのだと思います。

巨大な米国1ドル紙幣のセットの前で、フォルクスワーゲンのボンネットに腰を乗せて歌うシコ。白のスーツに白の帽子に白の靴。黒のシャツに赤のタイに左胸に赤の薔薇。やはりシロ・モンテイロのマッチ箱を叩く仕草をしています。

背景の1ドル紙幣は舞台版のサウンドトラック『ÓPERA DO MALANDRO』Trilha Sonora da Peça Teatralのブックレットの中にもあって何だろうと思っていたのですが、オリジナルの舞台のセットだったのかもしれません。だとすれば、シコのメッセージはかなり強烈になると思います。

続いて、シコが『オペラ・ド・マランドロ』の解説を述べたあと、1978年の『オペラ・ド・マランドロ』の舞台の映像が始まります。マリエータ・セヴェーロ扮するテレジーニャ(今回のルー)とエルバ・ハマーリョ扮するルーシア(今回のマルゴ)が「マックスは私とこんなこともしたのよ」「私とはこんなこともしたのよ」(もちろんベッドの上での話)と言い合う場面です。丁々発止とはこのことで、二人の間に火花が散っています。

そして「O meu amor」が始まります。1コーラス目は最初にマリエータが歌って、次にエルバが歌って、二人で歌って、2コーラス目はエルバが歌って、マリエータが歌って、最後に二人で歌います。二人ともスタンドマイクで歌っています。右にマリエータ、左にエルバ。とても熱のある歌で、合間のダンスも気迫に満ちています。二人の歌唱と演技は、意外なことに、マリエータが完全にエルバを食っています。マリエータのエルバを睨み付ける目がすごい。エルバには映画版でのあの迫力は微塵もなく、マリエータの前でたじたじのような感じがします。

「O meu amor」を歌う二人の後ろにいるオターヴィオ・アウグスト扮するマックスも時々映ります。ちょうど牢の中にいるところです。しかし彼が演じるマックスは何ともだらしない男という印象です。全然格好良くありません。ちょっとくたびれた中年男という感じさえします。こういう人物設定だったのは意外です。

「O meu amor」を歌い終わったマリエータとエルバは舞台の両端に分かれて威嚇のダンスをします。それからずんずん中央に進んで行ったかと思うと、交錯するように側転します。二人ともワンピースを着たままです。そして、あっと思った次の瞬間にはもう掴み合っています。その次の瞬間にはもう横になって取っ組み合っています。すごい。本当に二人の間に何かあったのではないだろうかと思えるような迫力の喧嘩です。そしてこの喧嘩もマリエータが優勢。エルバの下着が丸見えになっています。

このあと、「Pedaço de mim」をジジ・ポッシとシコが歌う場面と、シコが一人で「Teresinha」を歌う場面が収録されています。いずれも1978年の映像です。しかしいずれも舞台の場面を収録したものではないと思います。

それにしても、「O meu amor」の映像が残っているということは、『オペラ・ド・マランドロ』の初演時の全編の映像もおそらくはグローボの地下あたりに眠っているのでしょう(地下とは限りませんが)。観たいなあ。観たいです。観れないでしょうか?

*続きます。
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2009年08月13日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(11)

このシリーズももうおしまいにしようと思ったのですが、関連アルバムの内容だけざっと紹介しておくことにしました。

*最初に書いた内容があまりにも雑だったので、その後に加筆・訂正しています。


『ÓPERA DO MALANDRO』 Trilha Sonora da Peça Teatral 1979

舞台版サウンドトラック。オリジナルのLPは豪華ダブルジャケットでした。当時のシコの創作意欲が凝縮。僕が『オペラ・ド・マランドロ』でいちばん愛着があるのはこのアルバムです。

1
マランドロ(マック・ザ・ナイフ)
O malandro (Die Moritat Von Mackin Messer)
MPB-4
MPB-4
ご存じクルト・ヴァイルとベルトルト・ブレヒトの全時代・全世界的スタンダードをMPB-4の面々が歌い繋ぐ。

2
ドゥラン賛歌
Hino de Duran
Chico Buarque e A Cor do Som
シコ・ブアルキ&ア・コル・ド・ソン
ドゥランというのは今回の舞台のシュトリーデルの初演時の役名。今回に照らし合わせて言えば「シュトリーデルを讃える歌」と言ったところ。ア・コル・ド・ソンにとってはモントルーの前後の録音のはず。マリエータが参加しているのかどうかは不明。

3
愛に生きる
Viver do amor
Marlene
マルレーネ
『オペラ・ド・マランドロ』の劇中曲としては五本の指に入る有名曲。リストの「愛の夢Liebestraum」の引用は計算の上。心憎いと言ったらない。

4
報われぬ歌
Uma canção desnaturada
Marlene e Chico Buarque
マルレーネ&シコ・ブアルキ
要するに「不倫の歌」ということ。こういう何の変哲もない曲を聴かせてしまうシコの魔法はトム・ジョビン譲りと言える。

5
巣窟のタンゴ
Tango do covil
MPB-4
MPB-4
シコがタンゴに挑戦、見事に楽しい佳曲が生まれた。しかし今回の舞台を観てからは、「マックぅースぅー、輸入商会でぇーすぅー」というサビの部分の歌詞が頭にこびり付いてしまった。

6
十二歳
Doze anos
Moreira da Silva e Chico Buarque
モレイラ・ダ・シルヴァ&シコ・ブアルキ
モレイラ・ダ・シルヴァもラパのマランドロの代名詞だった人。冗談に笑い転げるシコが楽しいトラック。少年時代を懐かしむ歌詞。

7
プチブル的な結婚式
O casamento dos pequenos burgueses
Alcione e Chico Buarque
アルシオーネ&シコ・ブアルキ
アルシオーネまで引っ張り出してしまったシコ。こういう曲ではもったいないような気もするが、息はぴたりと合っている。

8
テレジーニャ
Teresinha
Zizi Possi
ジジ・ポッシ
このアルバムの聴きどころの一つ。ジジ・ポッシの抑制した表現が胸を打つ。以前に書いたようにテレジーニャは今回の舞台のルーの初演当時の役名。

9
マランドロに敬意を
Homenagem ao malandro
Moreira da Silva
モレイラ・ダ・シルヴァ
『オペラ・ド・マランドロ』のセカンド・テーマと言ったところ。モレイラ・ダ・シルヴァが本領を発揮するいかしたトラック。

10
新聞小説のように
Folhetim
Nara Leão
ナラ・レオン
ただ黙って耳を傾けたいナラの好唱。

11
もし今捕まったら
Ai, se eles me pegam agora
Frenéticas
フレネティカス
コメディタッチのホンキィトンク・ナンバー。今回の舞台でも娼婦たちが賑やかに。

12
もし雇い主になったら
Se eu fosse o teu patrão
A Turma do Funil
ア・トゥルマ・ド・フニル
これもコメディタッチの曲で、マックスの手下たちと娼婦たちが歌い繋ぐ設定。

13
オ・メウ・アモール
O meu amor
Chico Buarque, Elba Ramalho e Marieta Severo
シコ・ブアルキ&エルバ・ハマーリョ&マリエータ・セヴェーロ
『オペラ・ド・マランドロ』の最大の有名曲。シコの名前もクレジットされているが、彼は歌っていないと思う。おそらくは1978年のアルバム『シコ・ブアルキ』に収録されていたのと同じトラック。

14
ジェニとツェッペリン号
Geni e o Zepelim
Chico Buarque
シコ・ブアルキ
ジェニのテーマ。『オペラ・ド・マランドロ』のある一面を象徴している佳曲。歌詞は暗喩に満ちているように思えるが、「ツェッペリン号」は何を意味するのだろう?

15
私のかけら
Pedaço de mim
Gal Costa e Francis Hime
ガル・コスタ&フランシス・ハイミ
今回の舞台で重要曲であることを認識したクライマックスの1曲。それにしてもこれまた豪華なデュエットだ。

16
オペラ
Ópera
Cantores líricos e a Turma do Funil
カントーレス・リーリコス&ア・トゥルマ・ド・フニル
オリジナルの上演でフィナーレを飾ったオペラの歌曲のパロディのメドレー。登場するのは、「リゴレット」(ヴェルディ)、「カルメン」(ビゼー)、「アイーダ」(ヴェルディ)、「トラヴィアータ(椿姫)」(ヴェルディ)、「タンホイザー」(ワーグナー)。悪趣味と言えば悪趣味だが。

17
マランドロ・パート2(マック・ザ・ナイフ)
O malandro No2(Die Moritat Von Mackin Messer)
João Nogueira
ジョアン・ノゲイラ
最後に「マック・ザ・ナイフ」をもう一度、今度はジョアン・ノゲイラの歌で。


『ÓPERA DO MALANDRO』 Trilha Sonora do Filme 1985

映画版サウンドトラック。15曲中8曲が映画用の書き下ろし(歌詞を変更した曲などを除く)。映画で主役を演じたエヂソン・セルラリとクラウヂア・オハナとエルバ・ハマーリョの歌が大半ですが、とりわけエルバ・ハマーリョの歌は、やはりこれが彼女が一人で持って行ってしまった映画であることを認識させるパフォーマンスです。

1
マランドロが帰ってきた
A volta do malandro
A Gang
Aギャング
今回の舞台と同じくマッチ箱を振る音から始まる。『オペラ・ド・マランドロ』のサード・テーマ的な曲。映画の冒頭の夜の路上のダンス・シーンが思い出される。

2
コパカバーナの娘たち
Las muchachas de Copacabana
Elba Ramalho
エルバ・ハマーリョ
エルバ・ハマーリョの魅力が炸裂するエキセントリックにして楽しい歌唱。

3
ジェニのテーマ
Tema da Geni
Instrumental
インストゥルメンタル
21秒で終わってしまうインスト曲。「ジェニとツェッペリン号」をモチーフにしている。

4
弾圧賛歌
Hino da repressão (Hino de Duran)
Ney Latorraca
ネイ・ラトハッカ
舞台版の「ドゥラン賛歌」が「弾圧賛歌」に生まれ変わった。今回の舞台では二幕の冒頭でタイガーが歌った曲。

5
あの女
Aquela mulher
Edson Celulari
エヂソン・セルラリ
この映画が意外につまらないのは、マックス役のエヂソン・セルラリが意外につまらないからではないかと思う。彼のヴォーカルも今一つ。

6
愛に生きる
Viver do amor
As Mariposas
アス・マリポーザス
映画では娼婦を志望して登場した少女が美しく生まれ変わるシーンで使われていた。要するに「ヴィヴェール・ド・アモール」の「アモール」は「ラヴ・フォー・セール」の「ラヴ」。

7
センティメンタル
Sentimental
Cláudia Ohana
クラウヂア・オハナ
ルーを演じた可憐なクラウヂア・オハナが登場するシーンで使われていた。旧き良きアメリカのミュージカル・ソングのパロディのように感じられる。

8
マランドロの喧嘩
Desafio do malandro
Edson Celulari e Aquiles
エヂソン・セルラリ&アキレス
やはりエヂソン・セルラリの歌が物足りなく感じられる1曲。

9
最後のブルース
O último blues
Cláudia Ohana
クラウヂア・オハナ
こちらは一応「ブルース」という設定。ダイナミックな曲で、クラウヂア・オハナには役不足のように感じられる。

10
女の言葉
Palavra de mulher
Elba Ramalho
エルバ・ハマーリョ
役に入り込んだエルバ・ハマーリョの鬼気は凄まじい。しかしこうして聴くと今回の舞台のマルシアの熱唱も思い出される。冒頭の歌い出しの歌詞は一瞬「サビア」かと思ってしまう。

11
オ・メウ・アモール
O meu amor
Elba Ramalho e Cláudia Ohana
エルバ・ハマーリョ&クラウヂア・オハナ
映画ではルーとマルゴの対決のシーンで使われていた。歌はもちろんエルバ・ハマーリョの圧勝。

12
巣窟のタンゴ
Tango do covil
Os Muchachos
オス・ムチャーチョス
『オペラ・ド・マランドロ』には不可欠の茶目気いっぱいのタンゴ。「マックぅースぅー、輸入商会でぇーすぅー」。

13
報われぬ歌
Uma canção desnaturada
Sueli Costa
スエリ・コスタ
シンガー・ソング・ライターのスエリ・コスタの泣きの歌唱。

14
リオ42
Rio 42
As Mariposas
アス・マリポーザス
フィナーレにふさわしいこの曲、今回の舞台では一幕の終わりで歌われていた。

15
私のかけら
Pedaço de mim
Elba Ramalho e Edson Celulari
エルバ・ハマーリョ&エヂソン・セルラリ
名曲。エヂソン・セルラリはここではエルバ・ハマーリョにリードされて無難に歌いこなしている。


『Chico Buarque apresenta MALANDRO』 1985

シコ自身を中心にした『オペラ・ド・マランドロ』の名曲のカヴァーレコーディング集。参加しているメンバーが豪華です。完成度は3枚の中で抜きん出ていますが、全体で30分もない録音時間が物足りなくもあります。

1
マランドロが帰ってきた
A volta do malandro
Chico Buarque
シコ・ブアルキ
『オペラ・ド・マランドロ』の代表曲の一つ。やはりシコ本人が歌うと一味違う。

2
コパカバーナの娘たち
Las muchachas de Copacabana
Ney Matogrosso
ネイ・マットグロッソ
キュートで危険でシニカルな怪唱。これを聴くとつくづく当時のネイ・マットグロッソにジェニを演じさせたかったと思う。

3
弾圧賛歌
Hino da repressão (Hino de Duran)
Ney Latorraca
ネイ・ラトハッカ
映画版と同じトラック。

4
最後のブルース
O último blues
Gal Costa
ガル・コスタ
映画ではクラウヂア・オハナが歌っていて今一つだったこの曲、ガルが歌うとやはり全然違う。

5
巣窟のタンゴ
Tango do covil
Os Muchachos
オス・ムチャーチョス
映画版と同じトラック。

6
センティメンタル
Sentimental
Zizi Possi
ジジ・ポッシ
これも映画ではクラウヂア・オハナが歌っていたが、ジジ・ポッシが歌うと実に魅力的な歌になる。この当時の彼女は素晴らしい。

7
あの女
Aquela mulher
Paulinho da Viola
パウリーニョ・ダ・ヴィオラ
こういうところでパウリーニョが聴けるのは嬉しい。それにしてもこの軽やかで完璧な歌唱はどういうことだ?

8
女の言葉
Palavra de mulher
Elba Ramalho
エルバ・ハマーリョ
映画版と同じトラック。

9
弾圧賛歌
Hino da repressão (2 turno)
Chico Buarque
シコ・ブアルキ
いきなりAOR調になった「弾圧賛歌」。こういうアレンジは当時を知る者としては心地良い。

10
リオ42
Rio 42
Bebel Gilberto
ベベル・ジルベルト
18〜19歳当時のベベル・ジルベルトが初々しい。

*『Opera Do Malandro de Chico Buarque - Ao Vivo』(2003)にはシコは関与していないようなのでとりあえず割愛。いずれ機会があればまた紹介します。

*続きます。

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2009年08月12日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(10)

あとどうしてもやっておかなくてはと思うのは、今回の『オペラ・ド・マランドロ』の公演で歌われたシコの曲のリストアップです。プログラムには各曲の邦題しか記載されていないので、これでは、今回の公演でシコの楽曲に興味を持ってCDを購入しようとしているオーディエンスに不便だと思います。以下、邦題はプログラムでの表記に拠っています。

第一部

1
A volta do malandro
マランドロが帰ってきた

2
Las muchachas de Copacabana
コパカバーナの娘たち

3
Viver do amor
愛に生きる

4
O meu amor
私の愛する人

5
Hino de Duran (Hino da repressão)
拝金主義

6
Tango do covil
穴蔵のタンゴ

7
Doze anos
12年

8
O casamento dos pequenos burgueses
ちょっとブルジョアな結婚式

9
Homenagem ao malandro
マランドロに敬意を表して

10
Teresinha
ルー

11
Rio 42
リオ42

第二部

12
Hino da repressão (Hino de Duran)
弾圧賛歌

13
Homenagem ao malandro
マランドロに敬意を表して

14
Folhetim
新聞小説

15
Ai, se eles me pegam agora
もし今、バレたら

16
Se eu fosse o teu patrão
もし私が雇主になったら

17
Palavra de mulher
約束の言葉

18
Las muchachas de Copacabana
お嬢様/お姉様

19
Geni e o Zepelim
ジェニと飛行船

20
Pedaço de mim
愛のかけら

21
Las muchachas de Copacabana
スローサンバ〜サンバ

22
O malandro (Die Moritat Von Mackin Messer)
マランドロ

*13曲目の表記がプログラムにないのでそこから1曲ずつずれています。上記の「14」がプログラムでの「13」になり、以下に続いています。

*ただし21曲目がインストゥルメンタルから始まって途中から歌が入るのをプログラムでは2曲に分けて表記しているのをここでは1曲にしました。ですから結果的にプログラムと同じ全22曲で収まっています。

結果的に、今回の舞台で歌われなかった『オペラ・ド・マランドロ』の主な曲は次の通りです。

Ópera
Uma canção desnaturada
Aquela mulher
Sentimental
Desafio do malandro
O último blues

ついでに言うと、シコの『オペラ・ド・マランドロ』関連アルバムは次の通りです。

ÓPERA DO MALANDRO Trilha Sonora da Peça Teatral 1979
舞台版サウンドトラック。

ÓPERA DO MALANDRO Trilha Sonora do Filme 1985
映画版サウンドトラック。

Chico Buarque apresenta MALANDRO 1985
シコ自身を中心とした『オペラ・ド・マランドロ』のカヴァー録音集。

Opera Do Malandro de Chico Buarque - Ao Vivo 2003
2003年にリオで再演された舞台のライヴ録音。

また1978年録音の『Chico Buarque』(名盤です)にも当時準備中だった『オペラ・ド・マランドロ』の曲が3曲登場します。

*続きます。
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2009年08月11日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(9)

以下、シコ・ブアルキ本人の初演当時の言葉を紹介しておきます。大半は協力者に対する謝辞ですが、こういう機会もなかなかないと思うので。

『オペラ・ド・マランドロ』のテキストは、ジョン・ゲイの『乞食オペラ』(1728)とベルトルト・ブレヒトとクルト・ヴァイルの『三文オペラ』(1928)に基づいている。この作品は、ルイス・アントニオ・マルチネス・コヘア(岩切註:初演時の監督)によって導かれた二つのパートから成る分析を出発点として、マウリシオ・セッチ、マリエータ・セヴェーロ、ヒタ・ムルチーニョ、カルロス・グレゴリオが加わっている。

このチームはまた朗読、批評、提案を通じて最終テキストの実現に協力した。創作の段階では、パブストの映画『三文オペラ』、アナ・カロリーナ(岩切註:映画監督で、同名の歌手とは別人)の映画『ジェトゥーリオ・ヴァルガス』、ベルナール・ドール(岩切註:フランスの演劇評論家で、ブレヒト研究家として知られる)の研究『演劇とその真実』、マダム・サタンの記憶、また、グランヂ・オテロ(岩切註:俳優)の愛情と証言が大いに参考になった。さらに三つのオペラの舞台となる歴史上の別々の瞬間の最良の見方のために、アルバカーキのマヌエル・マウリシオ教授が参加してくれた。ルイス・ヴェルネック・フィアンナ教授はあとからとても説得力のある意見で協力してくれた。マウリシオ・アハエスは舞台用のテキストに置き換える段階で我々のグループに参集してくれた。

脚本の公認のために(削除している)検閲当局と苦闘してくれた尽力にはジョアン・カルロス・ムラー博士に感謝する。同じ意味でルイス・マセード氏とウンベルト・バヘート氏にも感謝したい。最後に、我々の創造の過程を理解して加入してくれた『オペラ・ド・マランドロ』の出演者を抱擁したい。

この脚本はパウロ・ポンテスの思い出に捧げられる。

シコ・ブアルキ リオデジャネイロ、1978年6月

* 続きます。

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2009年08月10日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(8)

そのほかに感じたことをいくつか書き出しておきます。

(1)『オペラ・ド・マランドロ』が裏切りに裏切りを重ねる物語だという構造も気になりました。すなわち、マックスはマルゴを裏切る。タイガーはマックスを裏切る。ジェニもマックスを裏切る。ルーは父親のシュトリーデルと母親のヴィクトリアを裏切る。ルーはある意味ではマックスを裏切る。バハバスたちもマックスを裏切る。そしてブラジルはナチスドイツを裏切る。さらに言うと全体が劇中劇の手法を取っていて、物語そのものが最後の最後に観客を裏切る。これらは(多くは)『三文オペラ』の設定に準拠しているわけですが、これだけ裏切りに裏切りが重なると、どうしても1970年代のブラジルの状況を思ってしまいます。

(2)ジェニもまた重要人物です。ジェニに関してはシコは、数年前に映画になって話題になったマダム・サタンことジョアン・フランシスコ・ドス・サントスをモデルにしているという意味のことを発言していた記憶があります。

(3)シコはどうしてこういうミュージカルを書いたのか? 考えられることはすでに述べた通りですが、単純な動機として、ヴィニシウスにあやかりたい気持ちもあったのではないかとも思います。『三文オペラ』をベースにして『オペラ・ド・マランドロ』を書いたシコは、『オルフェ』をベースにして『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』を書いたヴィニシウスにどうしても重なります。

(4)ちなみに『オペラ・ド・マランドロ』はシコの4作目の戯曲です。当時のシコは芝居を書くのに熱心で、これ以前には、1967〜68年の『Roda Viva』、1973年の『Calabar』(フイ・ゲーハとの共作)、1975年の『Gota d'água』がありました。

(5)「Strudell」という役名が「ストリーデル」ではなく「シュトリーデル」とわざわざ訳されているのはリオなまりを強調するためかと思っていたのですが、どうもこれはドイツ名であることを表現しているようです。また、冒頭近くで娼婦志望の女性が「シュトリーデル」をうまく発音できずに何度言っても「シュトヒーデル」となってしまうのは、rがhになってしまうということでしょうか? だとすると彼女(文盲という設定です)の出身地域か出身階層を示唆しているのでしょうか?

(6)『オペラ・ド・マランドロ』の初演の舞台にはシコの夫人のマリエータ・セヴェーロが出演しています。テレジーニャという役名なのですが、これが今回のルーに該当するようです。ちなみにエルバ・ハマーリョもオリジナルの舞台に出演していて、ルーシアという役名を演じています。これは今回のマルゴに該当するようです。もちろんエルバはフイ・ゲーハの映画版でマルゴを怪演しています。

(7)上記のほかにもいくつかの重層的な構造が隠れていると思います。面白いと思ったのは、シュトリーデルが娼婦たちに娼館で起こったことはすべてお前たちの責任だと言う場面と、ラストに演出家兼脚本家のジョアン・アレグレなる人物が登場して「舞台上で起こったすべてのことは私の責任だ」と言う場面とが呼応し合っていることです。

(8)今回の日本公演の演出については、「マランドロ」に対する理解が、やはりいくらかずれているように感じました。もっと怪しくてもっと粋な感じが欲しかった。でもこれは仕方がない。予想の範疇と言えると思います。

(9)最後にサンバチームを登場させてフィナーレに持ち込んでしまう今回の脚本は、僕には興醒めでした。『三文オペラ』だからと言われればそれまでなのですが、方法が安易と言うか、発想が貧弱と言うか、もうちょっと工夫できなかったのだろうかという思いが残りました。物語の脈絡から一気に突き放されて取り残されてしまう展開は良いのですが、この芝居で「ブラジル=サンバ」というステレオパターンはないのではないかと思います。ちなみにオリジナルの舞台ではここで有名オペラの歌曲のパロディのメドレーが挿入されていたであろうことは、舞台版のサウンドトラックから明らかです。

(10)今回の役者陣の演技力や歌唱力については、このくらいだろうと思っていたちょうどそのくらいだったので、特に感想はありません。主役の別所哲也は奮闘していました。他にはタイガー役の石井一孝、マルゴ役のマルシア、ジェニ役の田中ロウマが印象に残りました。

(11)音楽(伴奏)が生演奏ではないのは残念でした。でもこれは仕方がないと思います。

(12)マックスの手下の役名はオリジナルの脚本では、ジョニー・ウォーカー(酒担当)、フィリップ・モリス(煙草担当)、ビッグ・ベン(時計担当)、ジェネラル・エレトリック(エレクトリック)(家電担当)となっていて面白いのですが、今回の表記はファーストネームだけでした。

(13)あと、日本の芸能界のことは全然わからないので、楽屋落ちみたいな台詞は勘弁して欲しいです。また、アドリブは結構ですが、はしゃぎ過ぎの悪乗りは見苦しいと思います。

* 続きます。
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2009年08月09日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(7)

全編を通じて印象的だったのは、一つ一つのエピソードの不可解さや理不尽さ――あるいは展開の唐突さが、『三文オペラ』の重要な要素であると同時に、極めてブラジル的であるということです。これは本当に目から鱗が落ちる思いでした。

例えば、『三文オペラ』と言えば常に話題になるのはあの最後の唐突な大円団です。今回の『オペラ・ド・マランドロ』では、タイガーがマックスを撃って、シュトリーデルの夫人のヴィクトリアがデモを止めようとするのですが、そのデモが止まらずに、ヴィクトリアが芝居をストップさせ、プロデューサーと脚本家兼演出家が登場して謝罪するという展開でした。資料を引っ繰り返すとこれはシコのオリジナルの脚本に忠実な演出のようです。

こういうアンチ・クライマックスの「はぐらかし」は、『三文オペラ』の意図に忠実であると同時に、シコの好みの展開であるように思えます。シコの曲にもそういう唐突感は時々あります。

そしてそれはもっと言うと、うまく言えませんが、ブラジルのアートに接していて時々受ける「感じ」でもあります。あるいは誤解を恐れずに言えば、これもうまく言えませんが、ブラジルのサッカーを観ていて時々受ける「感じ」でもありました。「どうしてそういう局面でそういうパスを出すんだ?」(成功するにしても失敗するにしても)という印象です。

『オペラ・ド・マランドロ』のそういう要素は意図的に生み出されたものと言うよりは、どちらかと言うと遺伝的な成因によるものではないかと感じました。カラフルでグロテスク。フレアとナンセンス。それらはシコにもともと身に付いている身体性のようなもののように思います。あるいはブラジル人にもともと備わっている肉体的衝動のようなものとして僕は受け止めました。

* 続きます。

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2009年08月08日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(6)

この『オペラ・ド・マランドロ』をどう観るかは、前述の「ルーが獄中のマックスを訪ねる場面」をどう観るかに掛かっています。

「変化の時」に対するルーの態度はあまりにも無邪気で無思慮で浅はかです。狂言回しとしての彼女がその「素晴らしい未来」を、浮浪者は問題外だとか、経営者には有利だとか、新しい人間だけが対応できるとか言っているのは、その新しい時代も薔薇色ではないこと、危険や矛盾を孕んでいることを示しています。彼女に比べると、「すごく怖い」「新しい何かなんかいらない」「発展なんかいらない」と断言し、怖ろしい声で吠えたり喚いたりして恐怖を表現しているマックスこそが、大衆の感情を代弁しているように見えます。

しかし、そのような面を踏まえながらも、シコは原則的に、時代の変化を積極的に捉える立場に立っているように思います。あるいはほとんど根拠も脈絡もなく――という意味では極めて『三文オペラ』的に――うまくいけばハッピーエンドの大円団に辿り着けるのではないかという直観的なポジティヴさによって、「素晴らしい未来」に乗り出そうとしているように思えます。

何にしても1977年という時代を思い起こしてみなければなりません。当時のブラジルの閉塞的な状況を考えれば、この作品の「素晴らしい未来」はシコの割合ストレートなメッセージとして受け止められるのではないかと思えます。それはシコがこの舞台の背景として1941年という時代を選んだことからも窺えます。

それから、その時代の変化の中で、マランドロはマランドロとして生きられなくなって、マックスは命を落とすことになります。しかしそれと同時に、デモが止まらなかったためにシュトリーデルも大金を払わなければならなくなって破産しますし、タイガーもマックスとの親交を暴かれて破滅します。マランドロの時代も終わりますが、強欲な資本家の時代も悪徳な官憲の時代も一旦は終わるのです。こうしてシコはシュトリーデルやタイガーによって象徴される「力を持つ者」に引導を渡そうとしているように思えます。

ただ、1977年から1941年を捉えるという構造は、設定自体が「時代は繰り返される」ということを強く示唆してもいます。その背景には1928年から1890年代を捉えるという『三文オペラ』の構造もあるので、なおさらです。

*続きます。

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2009年08月06日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(5)

この舞台を通じていちばん重要な場面は、おそらくは前述の場面、ルーが獄中のマックスを訪ねる場面です。

ルーはマックスに資金が尽きたことを告げ、書類にサインをさせて、これで私たちはれっきとした会社経営者になったと喜びます。そしてマックスに感想を求めます。

マックスは「怖いよ。何だかすごく怖い」と呻きます。

ルーは言います。「仕方ないわ。変化の時だから。皆が怖がっているわ。でも今動かないと。今革命を起こさないと。道路を造ったり、ビルを建てたり、とにかく元気を出して、新しい何かを始めないと」。

マックスは「新しい何かなんかいらない! 俺はこのままでいいんだ!」と吠えます。

ルーは続けます。「新しい人間だけが、新しい文明に対応できるのよ。浮浪者は今までと変わりなく、橋の下で暮らすだろうけれど、それは問題外。労働者には素晴らしい未来が開けるのよ。これは発展なの。今から何年かで全部変わるわ。交通も、流通も、社会も」。

「発展なんかいらねえんだ!」とマックスは叫びます。

ルーはさらに言います。「私たちは会社を持っているのだから、やる気さえあればどんどん前に進んでいける。時は来たのよ」。

そしてルーは、「愛のかけらPedaco de mim」を歌い始めます。マックスも途中から歌い重ねます。

歌が終わると場面は変わって、シュトリーデルとタイガーの押問答の末、タイガーはマックスを撃ちます。シュトリーデルの夫人のヴィクトリア(この役名はやはり「ヴィトーリア」にして欲しかった)がデモを止めようとしますが、デモは止まらずに、展開は『三文オペラ』のあの有名な大円団に傾れ込んでいきます。

*続きます。
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2009年08月05日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(4)

登場人物を簡単におさらいしておきます。仲間を率いて密輸をしているマランドロのマックス。売春宿の経営者でマックスを嫌悪しているシュトリーデル。シュトリーデルの娘でマックスと結婚するルー。マックスの幼馴染でシュトリーデルに多額の借金がある刑事のタイガー。マックスの子供を宿している娼婦のマルゴ。マックスの友人で「おかま」のジェニ。このあたりが重要人物です。

そして、マックスとルーの結婚に怒ったシュトリーデルが、タイガーにマックスを逮捕させる。さらに、マックスを殺害しないとデモを扇動してマックスとの関係を暴露するとタイガーを脅迫する――これがストーリーの骨子です。この物語に、マックスを諦められないでいるマルゴと、結局マックスを売ってしまうジェニが絡んできます。

この人間関係からシコの意図を読み取るとすれば、マックスがブラジルで、シュトリーデルがUSAでしょうか? それともそれではあまりにも単純過ぎるでしょうか?

注目したいのは、マックスと父親を和解させたくて、マックスの密輸の仕事を会社組織として登録しようとするルーの行動です。これは一見、マックスにまともな生き方をさせようという行為のようでありながら、実はマックスすなわちマランドロの生き方を否定する行為でもあります。言ってみれば、マックスに代表される社会の暗部を白日のもとに晒し出して、法治国家の管理体制の中に組み込むことに加担する、一見「健全」なようでいて、実は極めて「危険」な行為です。

このルーの行動がマックスにとってマイナスであることは、獄中のマックスを訪ねたルーが、会社設立の弁護士と経理士の費用と事務所の引っ越しの頭金のために貯金を使い果たしてしまい、借金が膨大になっていることを告白する場面からも明らかです。

*続きます。
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2009年08月04日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(3)

それにしてもシコはなぜこういうミュージカルを書いたのでしょうか?

前にも書いたように、『オペラ・ド・マランドロ』は、ジョン・ゲイの『乞食オペラ(ベガーズ・オペラ)The Beggar's Opera』(1728年)と、ベルトルト・ブレヒトとクルト・ヴァイルの『三文オペラ(ディ・ドライグロシェノパー)Die Dreigroschenoper』(1928年)を下敷きに書かれています。

『三文オペラ』が書かれた1928年は、ナチスが初めてドイツの国政選挙に進出した年。ナチスが第二党に躍進するのは2年後の1930年ですが、ベルリン在住のブレヒトには時代が急転直下する予感が強くあったことは間違いありません。

それに比べるとシコが『オペラ・ド・マランドロ』を書いた1977年は、ブラジルはもちろん軍政下の暗黒時代です。ただ、ガイゼル政権は翌78年から言論自由化をかなり推し進めるなど、それまでよりはいくらか明るい時代が到来しようとしていた前夜のような時でした。

『オペラ・ド・マランドロ』の舞台は、ヴァルガス政権下のブラジルが枢軸国支持(親ナチスドイツ)から連合国支持へと急転した1941年から42年に掛けてです。1928年に書かれた『三文オペラ』が1890年代のロンドンを舞台にしていて、1977年に書かれた『オペラ・ド・マランドロ』が1941年のリオを舞台にしているという構造も面白いと思います。当然、シコは1941年のリオに、1977年のリオを重ねていたに違いありません。

ただ、そこはシコの戯曲ですから、ブラジルが連合国側に付いてめでたしめでたしという単純な設定でもないように思います。

*続きます。

posted by naoki at 01:40| Comment(0) | シコ・ブアルキのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする