2009年08月01日

オペラ・ド・マランドロ観劇リポート(1)

原作:シコ・ブアルキ、脚本:鈴木勝秀、演出:萩田浩一、出演:別所哲也、マルシア、石川梨華の『オペラ・ド・マランドロ』を、池袋の東京芸術劇場で観てきました(8月1日(土)18:00〜)。

正直に言ってそれほど期待していなかった――本当に正直に言うと、全然期待していなかった――のですが、とても良かったです。「そうだったのか!」という発見もたくさんあって、心から楽しめました。

僕はもちろん1978〜79年のリオとサンパウロのオリジナルの舞台は観ていませんし(観ているわけがない)、1990年の日本での公演も観ていません。これまでこの作品に触れたのは1985年のフイ・ゲーハの映画『OPERA DO MALANDRO』だけで、それだけではこの作品の全貌は掴めませんでした。ですから今夜初めてシコのこの芝居をまともに鑑賞したと言えます。

まず、フイ・ゲーハの映画についてですが、僕にはあの映画は納得がいきませんでした。先日も某大先生と立ち話した際に、「あれつまらないんだよね」「エルバ・ハマーリョはすごいけどね」と意見が一致したのですが、フイ・ゲーハともあろう人がどうしてああいう中途半端な映画を撮ったのだろうと以前から不思議に思っていました。でもその理由がわかりました。

もともとこの舞台は長いのです。2時間30分はあるのです。今夜の公演も、18時に開演して、途中15分の休憩を挟んで、終演は20時50分。しかも曲の一部を端折っているのではと思われるところがいくつかあったので、原型は3時間近くはあるのではないかと推察します。それを1時間48分の映画にまとめるのはどう考えても無理があります。何かを切って何かを残さなくてはならない。そしてフイ・ゲーハは結果として中途半端な映画を生み出してしまった。盟友のシコに対する遠慮もあって思い切った作り方ができなかったのかもしれません。そういう事情だったことが良くわかりました。

*続きます。
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2009年07月12日

7月11日に聴いたレコード

アーヴィング・バーリンの話をしたらコール・ポーターについて触れておきたくなりました。

以前に上田力さんに『「想いあふれてChega de saudade」の最後の「長ったらしいところ」は絶対にコール・ポーターの影響だよね』と指摘された時には、まさしく目から鱗が落ちて、思い切り膝を叩いた(もちろん自分の膝をです)ものでした。

コール・ポーターの大有名曲の中でいちばんそれが感じられるのは「ナイト・アンド・デイNight and day」です。「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキンI’ve got you under my skin」と「ラヴ・フォー・セイルLove for sale」にもちょっとそういう感じがあります。クライマックスのところで歌詞と音符が字余りになって、無理矢理押し込んでも終わらなくて、仕方なくもう一度リフレインになる……ように聴こえるところです。

ほかにも、長調と短調との転調を繰り返して、一曲の中で明と暗の表情が交互に立ち現われるのも、コール・ポーターとトム・ジョビンに共通して認められる特徴の一つです。その魅力は「エブリタイム・ウィ・セイ・グッバイEvery time we say goodbye」の中の「from major to minor」の部分……本当に見事……に凝縮されています(この曲の話を始めると長くなるのでまた今度にします)。

それで今日は主に「ナイト・アンド・デイ」が入っているコール・ポーター集と、「想いあふれて」が入っているアルバムを交互に聴き比べて過ごしました。

『ソニー・クリス・プレイズ・コール・ポーター』AB面

『カンサォン・ド・アモール・ヂマイス/オリヴィア・バイントン』

『ジェリ・サザーン・ミーツ・コール・ポーター』AB面

『ビッグ・バンド・ボサノヴァ/オスカル・カストロ・ネヴィス』AB面

『チャーリー・パーカー・プレイズ・コール・ポーター』AB面

『アス・101・メリョーレス・カンサォンズ・ド・セックロ・XX(セレサォン・アルミール・シェヂアック)1/VA』

『エラ・フィッツジェラルド・シングス・コール・ポーター・ソングブック』ABCD面

『ホーザ・パッソス・カンタ・アントニオ・カルロス・ジョビン』

『コール・ポーター・ソングブック/オスカー・ピーターソン』

『トリビュート・トゥ・アントニオ・カルロス・ジョビン/ヨーセイ・コーニング』

『アニタ・オデイ・シングス・コール・ポーター・ウィズ・ビリー・メイ』AB面

*AB面の表記のあるものがLPで、ないものがCDです。
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2009年07月11日

ジョアン・ジルベルト、スペイン公演も中止に…

スペインでの公演が発表された時には「スペイン行っちゃおうかな!(マドリードの旧友にも10年も会っていないし)」などとも思ったのですが、結局予定が合わずに断念。

そして結局、そのスペインでの公演(7月18日マドリード、26日バルセロナ)もキャンセルになりました。9月にやるというのは本当でしょうか? 日本とイタリアに続いてスペインもこうですから、こうなってくると実現は疑わしくなってきます。

ご健康を祈ります! 

2009年07月05日

7月4日に聴いたレコード

数日前に事務所で誰かが掛けていたCDの中にエロール・ガーナーがあって(どうして彼または彼女が梅雨時の仕事中にエロール・ガーナーなど掛けようと思ったのかは知る由もないけれど)、その中にアーヴィング・バーリンの「オールウェイズAlways」が入っていました。

それで思い出したのですが、「オールウェイズ」の最後の部分はトム・ジョビンの「あなたなしではいられないEu não existo sem você」の最後の部分に似ているのではと以前から感じていました。トムは自他ともに認めるアーヴィング・バーリンの信奉者ですから、「オールウェイズ」から何らかのインスピラサォンを頂戴していたとしても不思議ではありません。

それで昨日は仕事をしながら「オールウェイズ」が入っているアルバムと「あなたなしではいられない」が入っているアルバムを交互に掛けるという我ながら趣味の悪い選曲をして一日を過ごしました。おかげで仕事はちっともはかどりませんでした(笑)。

でも結論は、「やはりそっくりだ!」。最後の最後の数小節だけですけれども。「オールウェイズ」は最近カエターノも歌ったようですから(『ア・フォーリン・サウンド』)、よろしければ聴き比べてみてください。

『ビリー・ホリデイ・オン・ヴァーヴ』E面

『イネーヂト/トム・ジョビン』

『デイヴ・ブルーベック・トリオ』

『トム・ジョビン・ポル・マイーザ』

『サヴォイ・レコーディングス/スタン・ゲッツ』

『カンサォンズ・ヂ・トム・ジョビン/ヴァニア・バストス』

『トリオ64/ビル・エヴァンス』A面

『カンサォン・ド・アモール・ヂマイス/エリゼッチ・カルドーゾ』A面

『ポートレイト・オヴ・ジョセフィン・ベイカー』

『ポル・トーダ・ミーニャ・ヴィーダ/レニータ・ブルーノ』B面

『シングス・ザ・アーヴィング・バーリン・ソングブック/エラ・フィッツジェラルド』

『アントニオ・カルロス・ジョビン・イ・フェルナンド・セーザル・ナ・ヴォス・ヂ・アゴスチーニョ・ドス・サントス』A面

『ザ・ベスト・オヴ・アーヴィング・バーリン/サラ・ヴォーン&ビリー・エクスタイン』B面

『ジョビン、ヴィニシウスを歌う/トム・ジョビン』

*AB面の表記のあるものがLPで、ないものがCDです。

*個人的には(ってもともと全部個人的な記述なのだけれど)、アーヴィング・バーリンの同系統の作品では「リメンバー」の方が百倍くらい好きです。

*ところでシコ・ブアルキがイタリア時代にジョセフィン・ベイカーの前座をしていた話って日本ではあまり伝えられていませんね。この件、『シコ・ブアルキNo.4』のライナーにちょっとだけ書いたのでぜひお読みください。
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2009年06月20日

シコ、誕生日おめでとう!

日付が変わってしまいましたが…。

僕の学生時代には、「なんか暗いなあと思ったら今日桜桃忌か」などと言う奴がいて皆で笑ったものでしたが、今はそういう話をしても通じないでしょうね。

で、桜桃忌ということは、シコの誕生日でもあります。

65歳なのですね。最高に働き盛りだと思います。

まだまだライヴをやってくれないと!
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2009年06月01日

Leite Derramado / Francisco Buarque de Hollanda

Leite Derramado

一応入手はしたのですが、「ブダペスト」の時のように読み終わる前に翻訳が出てしまうようなことに……いやいや、邦訳を出していただけるのならこれほどありがたいことはありません。

その前の「ベンジャミン」も半分も読んでいないので偉そうなことは言えませんが、シコの小説については、僕はちょっと態度を留保したままでいます。どのように言えば良いのか良くわからない。

前提として、「あのシコが書いた小説」としてしか読めないということもあります。そういう先入観がなければまたちょっと違った感想になるのでしょうけれど。

正直なところ、こういうものを執筆するだけの時間があるのならアルバムを録音してくれた方がありがたい、あなたが言いたいことを音楽というフォーマットを通じて受け止めたい……というのが今のところの僕の本音です。そこそこのできの小説を残すよりも、世界の大衆音楽界であなたにしか創れない傑作を残してくれた方が、世のため人のためではないかと……。

しかし、アーティストの「創造の衝動」というのは誰にも止められないということも事実です。存分にやっていただくしかないのでしょう。

それにしても、邦訳、出ないかなあ……。出ないだろうなあ……。

*マランドロのオペラについてもずっと書かないままでいてすみません。紹介するべきテキストがあれば公演が始まるまでに紹介します。
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2009年05月21日

トム・ジョビンが何の影響を受けているって?

バド・シャンクのアルバムについて知りたいことがあったので、日米のウェブサイトを検索していたら、次のような文章を発見してしまいました。

(バド・シャンクは)53年にはギタリストのローリンド・アルメイダと手を組み、ブラジル音楽とクールネスを融合したサウンドを創り上げている。このサウンドは若き日のアントニオ・カルロス・ジョビンに大きな影響を与え、ボサ・ノヴァの形成に一役買ったといえる。

署名はないのですが、一応は仕事として執筆された文章のようです。文章の一部を取り上げてああだこうだ言うのはフェアではないことは承知しているつもりですが、それにしても、いったい何をどのように取り違えたらこのような奇妙奇天烈な解説が生み出せるのだろうと不思議に思います。腹が立つのを通り越して、呆れてものが言えない。全身の力が抜けてしまいます。

僕がトム・ジョビンについて何かを書いてみようかと最初に考えていた時に背中を押したのは、モダン・ジャズの世界の人たちのトムの音楽に対する無理解でした。いくら何でももうちょっとはトムに対する認識を改めて欲しいというのが動機の一つだったことを思い出します。ついでに言うと僕が「三月の水」を書いた7年前くらいは、ちょうど時代の谷間のような時期で、ブラジル音楽の世界の人たちの間でもトム・ジョビンについて改めて語るのは「クールじゃない」というような雰囲気がありました。ブラジル音楽のライヴハウスで「今さらジョビンと言われてもねえ」と嘲笑されたことを思い出します(まあ後者は今のこの文脈ではどうでも良いのですが……)。

とにかく僕が前述のバド・シャンクについての文章を読んで、しばらくの間愕然として、それから思い出したのが、先日のオスカー・カストロ・ネヴィスの来日時の記者会見での一コマでした。米国のモダン・ジャズ系のジャーナリストらしき人物がオスカー・カストロ・ネヴィスにこういう質問をしました。

「ディジー・ガレスピーは、キューバン・ミュージックとブラジリアン・ミュージックとアメリカン・ミュージックとは将来統合するのではないかと言っているのですが、それについてどう思いますか?」

オスカー・カストロ・ネヴィスの回答はそれほど重要ではないので割愛しますが(「ブラジル音楽には個性がある。ほかの音楽に飲み込まれることはない」などと答えていました)(オスカー・カストロ・ネヴィスが「アメリカン・ミュージックというのはジャズのことですか?」と訊き返したのはファイン・プレイだったと思います)、僕はそのジャーナリストの質問に引っ繰り返りそうになってしまいました。そういうことを言ったガレスピーもすごいけれど、そういうことを訊ねたそのジャーナリストもすごい。特別な意図があって特別な発言を引き出そうとしていたのなら別だけれど、そうでもなさそうな様子でした。

モダン・ジャズの世界の人たちは、何でもかんでも「この音楽はモダン・ジャズの影響を受けている」で片付けようとしてしまいます。それはあたかもアメリカ合衆国の世界観と軌道を一つにしているように僕には思えます。僕は少なくとも、「トム・ジョビンの音楽はモダン・ジャズの影響を受けているのではない」ということだけははっきりさせておきたくて、書籍や雑誌やこのブログで言葉を重ねているのですが、どうしても力がなく、声が小さいがために、モダン・ジャズの世界の人たちにはまったく届いていません。非常に残念に思います。

せめてもの救いは、山下洋輔さんが書いている「等身大の栄光 世界にとってアントニオ・カルロス・ジョビンは一人しかいなかった」という文章が存在することです(「アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男」などに所収されています)。この文章を読めば、トム・ジョビンの個性について僕の著書の何十倍も理解が深められることと思います。モダン・ジャズの領域にもこういう良心が存在することは嬉しく思います。山下洋輔さんには「ピアノなんか弾いていないでこういう文章をもっと書いて下さい」とお願いしたいくらいです。

ちょっとまとまらなくなってしまいましたが、「トム・ジョビン(とボサノヴァ)とモダン・ジャズとの関係」は僕にとっては重要なテーマなので、一言言っておくことにしました。なおこの問題には「ジャズ」という言葉の解釈の違いも非常に大きく影響していると思うので、そのことについてはいずれまとまった文章を書かなくてはと思っています。
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2009年05月17日

追悼 バド・シャンク

*ここのところ本当に誰それが亡くなったという話しか書いていないような気がします……。

バド・シャンクが4月2日に亡くなっていたことを知りました。考えてみるとずいぶんレコードを持っているミュージシャンです(単純に録音が多かったからという噂もありますが)。ジャズ・ジャイアントとは呼べないと思いますが、時折はっとさせられる美しくスムーズなフレーズがあって、それでまた1枚、また1枚と買い求めてしまう、そういうアルト・サックス(&フルート)でした。それに何よりも音色がたまらない。ここぞというところのアドリブで不発だったりすることがあるのも憎めません。アート・ペッパーにはなれなくて、明るく見せようとするのだけれど、キャノンボール・アダレイほど開き直れない、という印象でした。リー・コニッツから影響を受けていることは顕著だし、ジャッキー・マクリーンに影響を与えているのではとも思います。意外に歌伴が良くもあるのは、実は意外ではないのかもしれません。ともあれ、西海岸ジャズの代名詞のような一人でした。冥福を祈ります。

今日聴いた音楽 バド・シャンク特集

*以下、すべてLPで、AB面通して聴きました。

『バド・シャンク・クインテット・コンポジションズ・オヴ・ショーティ・ロジャース/バド・シャンク&ビル・パーキンス・クインテット(昼と夜のバド・シャンク)』1954・1955

『バド・シャンク&ヒズ・ブラジリアン・フレンズ』1965

『パヴァーヌ・プール・ユニュ・アンファント・デファント(なき王女のためのパヴァーヌ)』(ザ・LA4)1976

『イージー・ライク』(バーニー・ケッセル)1953・1956

『レット・イット・ビー』(ウィズ・ザ・ボブ・アルシヴァー・シンガーズ)1969? 1970?

『ザ・バド・シャンク・カルテット(イラストのシャンク)』1956

『ザット・オールド・フィーリング』1986

『シーム・ミュージック・フロム・ザ・ジェームス・ディーン・ストーリー』(チェット・ベイカー&バド・シャンク)1956

『ミッシェル』(チェット・ベイカー&バド・シャンク)1966

『ザ・スウィングス・トゥ・TV』1958

『ゴーイング・ホーム(家路)』(ザ・L・A・フォア)1978

『バド・シャンク・カルテット(横寝のシャンク)』1956

『ウェイター、メイク・マイン・ブルース』(アニタ・オデイ)1960

『アット・カル・テク』1956

『オール・スルー・ザ・ナイト』(ジュリー・ロンドン)1965

『ザ・ローリンド・アルメイダ・カルテット』1954

『ウィンドミルズ・オヴ・ユア・マインド(風のささやき)(魅惑のスクリーン・ジャズ)』1969

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2009年05月13日

忌野清志郎さんのこと

というタイトルの文章を書こうと思ってこの10日間くらいパソコンに向かっていたのですが、長く長くなってしまって収拾がつかなくなってしまったので、その文章はここに載せるのはやめにして、代わりにざっくばらんに追悼の思いを記しておきたいと思います。

1980年から81年にかけて東京都多摩地区で高校1年生をやっているということは、おまけに同級生とバンドのようなものを組んでロックのようなものをやっているということは、もうそれだけで彼の弟分みたいな宿命になってしまうのでした。友人が『ラプソディ』のテープを持ってきた日のことは今でも忘れられません。当時の僕は英米のロックを聴きながら、スタッフやウェザー・リポートも聴いていたし、すでに『ゲッツ/ジルベルト』も聴いていたのですが、ほぼ100%海外の音楽しか聴いていなかった中で、彼の音楽だけは非常に直線的に心の中に入ってきました。それは多分に彼が多摩地区の出身で、スリークッションくらいの知り合いが周囲にたくさんいて(「キヨシなら知ってるよ」)、何となく親近感があったことも影響しています。ついでに言うと彼ならではの「ダブル・ヴィジョン」とでも呼ぶべき透徹した客観性と、ある種の野暮ったさを自認しながらエネルギーにしていくような感覚は、多摩地区の人間ならではの屈折が影響していると思います。

僕が彼に対する興味を失ったのは、坂本龍一と歌っているのをテレヴィで観てからでした。たぶん1982年だったと思います。何だか違ってしまったなあと思ったことを覚えています。ちょうどその前後から僕はロックをほとんど聴かなくなって(ジャズにのめり込んでいって)、日本国内のミュージシャンにも食指が動かなくなって、そのあと彼のことを気にしたことは一度もありませんでした。だから今回のニュースを知って(ちょうど僕たちは伊豆にいて、相方の友人がメールをくれて、彼がその前日に亡くなったということを知りました)、そのあとしばらく気分が重くなったのは、自分でも意外な感じがしています。

もう一つだけ言っておくと、彼はどうすれば日本語がメロディに自然に乗るかということを非常に真剣に考えていたミュージシャンです。歌を聴いているとそのことが非常に良くわかります。ボサノヴァを聴いている人にはそれがわかるはずです。

今はただ哀悼を捧げたいです。最後にあの夏の忘れられない第一声を。

「西武球場と言えば、昔よく、昆虫採集に来たぜ!」

80年代初頭の多摩地区の偉大なアニキ、忌野清志郎さんのご冥福を心から祈ります。
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2009年04月29日

シコ・ブアルキとオペラ・ド・マランドロ(2)

シコ本人の1978年6月の言葉をしばらく紹介します。

「「マランドロのオペラ」のテキストは、ジョン・ゲイの「乞食のオペラ」(1728)とベルトルト・ブレヒトとクルト・ヴァイルの「三文オペラ」(1928)に基づいている。この脚本はマウリシオ・セッチ、マリエータ・セヴェーロ、ヒタ・ムルチーニョ、カルロス・グレゴリオの協力を当て込んで、ルイス・アントニオ・マルチネス・コヘアによって導き出された二つのパートのうちの一つの分析を発端としている」。

*続きます。
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2009年04月27日

4月26日に聴いたアルバム ヴィニシウス・ソングブック

ネグロ・ヂマイス・ノ・コラサォン ヴィニシウス・ヂ・モライス
ジョイス
Joyce
Negro Demais no Coração Vinicius de Moraes
1988
凡庸なアレンジの曲も中にはあるが、ジョイスの伸びやかな歌は素晴らしい。ヴィオラォン一本で歌う「Primavera」が良い。タイトルはもちろん「Samba do Bênção」(ここではカエターノとデュエットしている)の一節。
4.5

ソングブック ヴィニシウス・ヂ・モライス Vol.1
VA
VA
Songbook Vinicius de Moraes Volume1
1992
ルミアールの「ソングブック」シリーズの最高傑作。MPBの1ページに刻まれた貴重な1枚だと思う。トム・ジョビン、カルロス・リラ、バーデン・パウエル、トッキーニョの「四大パートナー」を初め、ヴィニシウスの不在を嘆き哀しむ名唱・名演がずらりと並んでいる。これだけの歌唱と演奏を引き出したアルミール・シェヂアックの不在もまた大変な損失だ。どの曲も素晴らしいが、クアルテート・エン・シーとジルソン・ペランゼッタの「Apelo」などは本当に胸を打つ。ほかにはトムとバンダ・ノヴァの「Chega de Saudade」がここだけで聴ける貴重なヴァージョン。
5+

ヴィニシウス・エン・シー
クアルテート・エン・シー
Quarteto em Cy
Vinicius em Cy
1993
ヴィニシウスの恩寵によって世に出たミュージシャンは数あれど、クアルテート・エン・シーは存在そのものがヴィニシウスの作品のようなグループ。彼女たちのヴィニシウス集が悪いはずがない。全体的に明るい印象の作品に仕上がっている。
4.5

ソングブック ヴィニシウス・ヂ・モライス Vol.2
VA
VA
Songbook Vinicius de Moraes Volume2
1992
1枚目に比べると比較的地味な演奏・歌唱が多い中で、エドゥ・ロボの「Chora Coração」(これも伴奏はジルソン・ペランゼッタ)が良い。あとはナナ・カイミ、エルバ・ハマーリョ、ファファ・ヂ・ベレン、レニー・アンドラーヂの歌が印象に残る。
4

ミウーシャ・カンタ・ヴィニシウス&ヴィニシウス
ミウーシャ
Miúcha
Miúcha Canta Vinicius & Vinicius Música e Letra
2003
「作詞作曲ヴィニシウス」の曲のみで全体を構成。ヴィニシウス作曲の名曲は短調に集中していることを再認識。発売直後はミウーシャの明るい声がそぐわないように感じたものだが、今聴くとまったく悪くない。ベストはシコとのデュエット「Medo de Amar」。
4

ソングブック ヴィニシウス・ヂ・モライス Vol.3
VA
VA
Songbook Vinicius de Moraes Volume3
1992
トムのピアノをバックにシコが歌う「Sem Você」が胸に沁みる。ヘナート・フッソがエリオ・デルミーロのヴィオラォンで歌う「Gente Humilde」も良いし、トムとガルの2曲も良い。これまた名作。
5

キ・ファルタ・ヴォセ・ミ・ファス
マリア・ベターニャ
Maria Bethânia
Que Falta Você Me Faz Músicas de Vinicius de Moraes
2003〜2004
マリア・ベターニャのこの表現力はどうだろう? 最近の彼女は発言も含めて別の次元に突入している感じがする。素晴らしい傑作。
5+

Vinicius de Moraes Trilha Sonora do Filme Vinicius
VA
VA
ヴィニシウス(サウンドトラック)
2004
映画「ヴィニシウス」のサウンドトラック。シコ、カエターノ、エドゥ、マリア・ベターニャなどに若手の演奏をまじえている。Hさんのお勧めのモニカ・サルマーゾが2曲歌っている。
4

ジョビン、ヴィニシウスを歌う
アントニオ・カルロス・ジョビン
Antonio Carlos Jobim
Tom Canta Vinicius
1990
ヴィニシウスを追悼するメモリアル・ライヴの録音。冒頭の「Soneto da Separação」からしてただならぬ雰囲気。全体を覆う静けさからヴィニシウスを悼むトムの心情が伝わってくる。こういう感じが味わえるトムの録音はこのアルバムだけだ。選曲も抜群。普段あまり語られることのないトムとバンダ・ノヴァ・マイナス・リズムの傑作の一枚。「Eu Não Existo sem Você」の歌詞を変えているところなどは泣けてしまう。
5+

映画「ヴィニシウス 愛とボサノヴァの日々」を封切りの初日に観に行って、ヴィニシウスのことがずっと心にあったので、昨日は1日ヴィニシウス集を聴いて過ごしました。ヴィニシウスを知る人が彼について語ったり歌ったりする時、どうしてこうもサウダーヂが滲み出てくるのでしょう? 上記はいずれもぜひ聴いていただきたい名盤です。

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2009年04月25日

オスカー・カストロ・ネヴィスが語ったこと

来日中のオスカー・カストロ・ネヴィスの記者会見・カクテルパーティに行ってきました。アイルト・モレイラ、レイラ・ピニェイロ、パウロ・カラザンス、マルセロ・マリアーノと、来週ブルーノート東京でライヴがあります。

オスカー・カストロ・ネヴィスとちょっとだけ話ができました。僕がトム・ジョビンの本を書いていると言うと、彼は非常に驚いて、トムの思い出を話してくれました。亡くなった時はちょうど「次一緒にアルバムを作ろう」と話していたところだったとのこと。「I miss him」と何度も何度も言っていました。あとはレイラ・ピニェイロにも、ファースト・アルバムのトムとのレコーディングの思い出話がちょっとだけ聴けました。

ライヴは4月26日から5月1日まで。ライヴレコーディングも予定されているとのことです。

http://www.bluenote.co.jp/jp/sp/274.html
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2009年04月12日

シコ・ブアルキとオペラ・ド・マランドロ(1)

「オペラ・ド・マランドロ」が日本で上演されることになって、Eメールで質問もいただいたので、シコ・ブアルキと「オペラ・ド・マランドロ」についてぼちぼちと書いていこうかと思っています。これを機会にこの国でもシコがあともうちょっと取り上げられるようにならないだろうかと期待を込めて……。まあいつものようにぼちぼちと。

「オペラ・ド・マランドロ」は、ジョン・ゲイの「乞食オペラ(ベガーズ・オペラ)The Beggar's Opera」(1728年)と、ベルトルト・ブレヒトとクルト・ヴァイルの「三文オペラ(ディ・ドライグロシェノパー)Die Dreigroschenoper」(1928年)をベースにして書かれたシコの初めてのオペラです。1978年7月にリオデジャネイロで上演され、1979年10月にサンパウロで再演されました。演出はルイス・アントニオ・マルティネス・コヘアです。

この1978年という年は、ブラジルの政治的状況が劇的に改善された年でした。この年に録音された『シコ・ブアルキChico Buarque』(シコはこれまでに自分の名前のみのシンプルなタイトルのアルバムを3枚残していますが(そのどれもが極上の名盤ですが)、この78年録音がその1枚目でした)に収録された「カリシ」と「アペザール・ヂ・ヴォセ」こそは、それまで検閲に引っ掛かっていて録音が発表できないでいた、軍政下の「闘争するシコ」の象徴的な曲でした。ですから「オペラ・ド・マランドロ」は、書かれたのは前年の77年ではありますが、シコが自由に表現できる喜びを獲得した直後の、最初の仕事の一つと捉えることができると思います。

*続く。

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2009年04月09日

シコのオペラ・ド・マランドロの日本版

シコ・ブアルキの「オペラ・ド・マランドロ」の日本版が上演されるとのこと。驚きました。アトリエ・ダンカンの企画制作で、東京では7月25日から8月2日までというスケジュールです。マックス役は別所哲也さん。http://www.duncan.co.jp/web/stage/malandoro/top.html

過去に日本では1990年に宮本亜門さんの演出で上演されたことがありました。しかしあの雰囲気を日本人の演出で日本人が演じるのはずいぶん難しいと思います。今回はお手並みを拝見したいです。

これに合わせてシコが来日ということには…ならないでしょうね…。

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2009年03月14日

今日聴いたジョビン・ソングブック(32)

アローン・ウィズ・ジョビン
マルコス・アリエル
Marcos Ariel
Alone with Jobim
2008
2000年のアルバムに続くソロ・ピアノのジョビン集。再演曲も多いが、前回からスケール・アップした演奏。
4

イ・ア・ムジカ・ヂ・トム・ジョビン
ホベルト・カルロスとカエターノ・ヴェローゾ
Roberto Carlos e Caetano Veloso
e a Música de Tom Jobim
2008
2008年8月のサンパウロのショウのライヴ録音。両者の歌い比べはホベルト・カルロスの圧勝。原題は『Roberto Carlos e Caetano Veloso e a Música de Tom Jobim』で、三人目の主役がトムの音楽という趣旨だろう。DVDも発売中。
4

バカラック・ジョビン
シルヴァーナ・スティエヴァノ
Silvana Stiévano
Bacharach Jobim
2008?
バート・バカラック7曲、トム・ジョビン6曲で構成。サンパウロ出身のシルヴァーナは人懐こい歌声で人柄が感じられる。リズムが凡庸なのが残念。
3

ブラジリアン・スケッチ
ジム・トムリンソン
Jim Tomlinson
Brazilian Sketches
2001
英国のジャズ・テナー・サックス奏者。音色は『ザ・ベスト・オヴ・トゥー・ワールズ』の頃のゲッツに酷似。11曲中9曲がトムの曲。当たり障りなく聴き流してしまう殺菌系のジャズボッサ。
3

2009年03月02日

『リオデジャネイロのジャルヂン・ボタニコ』トム・ジョビンとゼカ・アラウジョ

直線距離のジャルヂン・ボタニコ
トム・ジョビン

我が愛しのジャルヂン・ボタニコ
先験的な瞑想の
何度も僕は経験した
静かな並木道の砂の雨の中で。

ほんの夜明けの、早朝の、漆黒の時間に、
暗い朝、小川に沿って、
すばしこいハイムネモリクイナ、
非の打ちどころのないバレリーナ、
独特の歩調で行っては戻る。
頭から行って、背中から、尾羽から戻る、独特の軌跡で、
大水でできた大きな穴のあり得ない幻、
影のと太陽の球体の、
影の中の見えないものと太陽の中の見えないもの、
虹色の、アジアンタムの間に。

森林の中の散歩?
おお、僕はそれには陥らない!

マンガ・マライアは
これ以上ないくらいブラジルのものだ。
マンゴーの木の陰だった、
僕はほとんど君にキスするところだった、
君はすごくきれいだった、
でもこれ以上ないくらいつっけんどんだった!

我が友ハダメスは彼が持っているもの以上の最良のものだ、
森林の中の太陽の一日だ、人を好くことの恩恵だ。

独特に語られている人間たちが、
フレイ・レアンドロの小さな湖を掃除する。
深みから現われる、竹の網の中に、
枯れた植物に巻き付かれた、
最高に鋭い歯の、巨大なホーリー…

そして僕は一つの秘密を語ろう:
フレイ・レアンドロの小さな湖には、朝、ほんの早朝に、
時々、クビワヤマセミが、オビハシカイツブリが現われる、
池の岸の柱で休んでいる。美しい!
青、白、黒の色を:赤みがかった喉と胸を持っていて、
素敵なくちばしを持っている。
最も大きいのはマルチン・ペスカドールの全種だ。カワセミだ。

(後略)


「僕はコレクターではない」と言い張ってきた僕ですが、いつの間にかトム・ジョビンと名前が付いているものは片端から買い漁るようになっていることを自覚するようになりました。オリジナル盤にはこだわらないので高額な出費はまずしないのですが、最近は音源よりも文献の方に興味が向かっていて、どちらかと言うと秘境の中に足を踏み入れつつあります。深夜に時間ができるとインターネットで世界中の古書店の書庫を探索しています(探しているものはほかにもあるので退屈することはありません)。

それに世界というのは広いところで、ネット上にトム・ジョビンの愛好者によるちょっとした閉鎖的なネットワークのようなものが存在していて、僕はその末席を汚させてもらっているので、ブラジルやカナダやドイツの先輩方から、「**に**が出品されているけれどちゃんとチェックしているか?」などというメールが頻繁に送られてくるので、その度にぶつぶつと言いながらも(あんなこと言っておいて結局自分で出品しているんじゃないか!)、コレクションだけは山のように溜まってきてしまいました。

とりわけトム・ジョビンが自分で執筆した文章はなるべく掻き集めておいて、いつの日にかすべて日本語にして世に送り出したい……ここのところはそういう夢想を抱くようになってきています。その意味ではいちばん厄介なのがLP時代にほかのアーティストのアルバムの裏面に贈った献辞でして、これは今後いろいろとご協力をお願いしてちゃんと集めなければいけないなと思っています。

前置きが長くなりましたが、そのような秘境を旅している僕が、これはおそらく手に入らないだろうと諦めていた……そのうちにリオの図書館でテキストだけでもコピーに取って来なくちゃと思っていた……稀少な写真集を、昨年の後半に入手しました。

トム・ジョビンとゼカ・アラウジョの共作「ジャルヂン・ボタニコ・ド・リオデジャネイロ」。1988年にエスプレサォン・イ・クルトゥーラから発行された写真集です。ゼカ・アラウジョという写真家によるリオの植物園の植物や動物の写真に、トム・ジョビンが散文的なテキストを寄せていて、二人の共同名義で出版されています。

作品全体の水準は今の目で見るとこんなものかなと思ってしまうのですが、テキストは非常に、トム・ジョビンの個性が満ち溢れていて貴重です。僕は思うのですが、トム・ジョビンのアーティストとしての実像にいちばん迫ることができるのは、おそらくは音楽家と翻訳者です。僕はそのどちらでもないのですが、少なくとも辞書を片手にトムの文章に向かい合ってみることはできるし、そういう作業を通じてこれまでに少なからぬ発見をしてきました。

だいたい、トムの文章は翻訳者泣かせです。冒頭に掲げたこの詩にしても、半分以上の語句はポルトガル語の辞書に載っていなくて、フランス語の辞書とスペイン語の辞書も駆使して、もちろんネットも最大限に活用して、それでも全然足りないので、図書館で図鑑を閲覧して、それでもまだ足りないので、ブラジル人の友人に電話して、まあ何とかここまできたという状態です。

でもこういう作業の積み重ねは決して無駄ではないと、トム・ジョビンを理解するための「à vol d’oiseau」だと確信して……と言うよりも、これは僕には生きるために必要な作業なのだと捉えています。なぜだかわからないけれども、どこからかこういうふうになっちゃったのだから仕方がありません。

あと書きも長くなりました。どういう写真集なのかは後日ちょっとだけ写真を載せることにします。たぶん。

2009年02月28日

無題

愛と自由、善と正義のために生きよう。そう心に決めた2月の終わりの夜です。

カーニヴァルは終わりました。もうすぐ3月です。

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2009年02月23日

2月22日に聴いたレコード

*窓の外の梅の花が開いて、ウグイスを初め、小鳥たちが次から次へとやって来て賑やかな1日でした。

*今日は最初に聴いた1枚にたまたま「ウェイヴ(ヴォウ・チ・コンタール)」が入っていたので、1日ずっと「ウェイヴ」が入っているアルバムを思い出しては聴き続けました。こういうのも悪くないな。仕事はなかなか捗らなかったけれど。

『ブラジリアン・プロジェクト/ブロッサム・ディアリー』

『ライヴ/ザ・ポール・デスモンド・クァルテット』

『アントニオの唄/ヘレン・メリル』A面

『ジョビン/ヴィクトル・アシス・ブラジル』

『インヴィテイション/ザ・シンガーズ・アンリミテッド』AB面

『ピアノ・イ・コルダス/ルイス・エサ』

『エラ・シングス・ジョビン/エラ・フィッツジェラルド』D面

『バトゥカーダ/ワルター・ワンダレイ』

『インテルプレタ・クラシッコス・ダ・ボサノヴァ/チン・マイア』

『イネーヂト/トム・ジョビン』

『エウ・イ・ア・ムジカ/ワンダ・サー&メネスカル』

『ボッサ・リオ』

『ムダンド・ヂ・コンヴェルサ/ドリス・モンテイロ』

『マリポサ/ルイス・ヴァン・ダイク』A面

*AB面の表記のあるものがLPで、ないものがCDです。
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2009年02月17日

今年の訃報(1)

「今年は忙しさを言い訳にしない」と宣言した直後に忙しさを言い訳にせざるを得ない事態に突入する。こういうことは、人生には良くあることです。仕方ないですね。

さて、年が明けてから、少なからず敬愛していたアーティストの逝去のニュースが相次いでいます。以下、弔辞のつもりでショート・メッセージを。何だかこのままいくとこのブログもタイトルを「今月の訃報」とでも変えないといけなくなってしまいそうですが。

ジャック・ランスロ(2月7日)
どうして僕がランスロを聴くようになったのかと言うと、もともとウラッハのブラームスがたまらなく好きだったのですが、その昔の評論家と言う評論家がウラッハとランスロを並べて語っていたからです。でもそもそもどうして僕がウラッハを聴くようになったのかと言うと、その昔某所にあった漫画屋の……長くなるのでここまでにします。でもランスロはやはりモーツァルトですね。

ジョン・アップダイク(1月27日)
若い頃に「ケンタウロス」を半分まで読んだところで不意の恋に落ちてしまって、後半を読み始めるまでに8年も掛かってしまったことがありました。まあ今よりもうちょっとはナイーヴな人間だったのでしょう。
短編では割合後年の「メイプル夫妻」の離婚のシーンが気に入っています。
あと、「ブラジル」という中編もあるのですが、あれは僕には全然面白くありませんでした。原書で読んだのですが(だってアップダイクが「ブラジル」などという小説を出すなんていったい何ごとかと思いましたよ)、読み終えて「時間を返せ!」と壁を叩きました。
僕がアップダイクの墓名に刻みたい一節は、どうして多くの人がこれを引用しないのだろうと不思議になるくらいの名言です。
「アメリカ人には儀式が必要だ」。
さようならウサギ。

ブロッサム・ディアリー(2月7日)
ちょっとショック。存在そのものが世界を明るくする貴重なアーティストというのはやはりいるものです。
夏の終わりの夕立の前の時間には、ミシェル・ルグランの「ワンス・アポン・ア・サマータイム」を、チェットでもマイルスでもアストラッドでもアート・ファーマーでもなく、あるいはカーリン・クローグですらルイス・ヴァン・ダイクですらモニカ・ゼターランドですらボニー・ハーマンですらなく、彼女の歌で聴きたいと思うのです。
ああもう聴いちゃう。真冬だけど真夜中だけど聴いちゃう。
あなたの「カルロス・アントニオ・ジョビン」のMCは永遠に不滅です。ご冥福をお祈りします。

アンドリュー・ワイエス(1月16日)
どうして僕がワイエスを観るようになったのかと言うと……以下省略。

ではまた。

*追記
カチャイート(オルランド・ロペス)が2月9日に亡くなったと教えていただきました。合掌。
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2009年01月26日

1月25日に聴いたレコード

『エリス&トム』

『キング・サイズ/アンドレ・プレヴィン』AB面

『ハプン・トゥ・ボサノヴァ/ハイ・ローズ』AB面

『ボッサ・ベレーザ/ガブリエラ・アンダース』

『クアルテート・ノーヴォ』

『オ・グランヂ・シルコ・ミースチコ/エドゥ・ロボ シコ・ブアルキ』

『ゴーイン・ホーム/アート・ペッパー』A面

『ミウ・ホーザス/アナ・パウラ・ロペス』

『ザッツ・オール/アン・バートン&マーク・マーフィ』

『ザ・サウンド・オヴ・イパネマ/ポール・ウィンター&カルロス・リラ』

『コイザス・タォン・シンプリス/ジョアン・ドナート』

『ワールド・オヴ・エミリー/ロジャー・ヨハンセン』

*AB面の表記のあるものがLPで、ないものがCDです。
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